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火の手、開城



***



「火の手が!!」


そんな声が聞こえ始め、飛び起きるのは隼波木の城主秋柄蓮司。飛び起きる、といってもあくまでもうたた寝程度であり完全に寝ていたわけではなく、武器を手に天守に上がる程度の判断力は残っていた。


「いつの間に………六櫻か!!」

「殿!城下に火が放たれ、燃やされています!」

「見ればわかる!六櫻の兵はどこに居るか!!さっさと打って出るぞ!!それから早馬を支城に出せ!!絶対に天狗女がいるぞ、一騎当千の兵が居なければ正面からなど戦えん!」

「ぎょ、御意!!」


籠城策を取ればこちらが圧倒的に優位。そして、このような速度を重視した城攻めなど、普通に考えれば成立するはずがない。

そう、秋柄蓮司の脳内で算段が付いていた。少しだけ、ほんの少しだけここで耐えれば、支城から搔き集めた兵力で簡単に六櫻の軍を踏み潰せると。

―――それは、普通に考えれば決して間違ってなどいない事実であった。けれど、六櫻の国の人材というのは良くも悪くも、普通ではないのだ。

戦そのものの経験が少ない秋柄蓮司という国主には、六櫻の国に集まった人間の異常さを感知するだけの嗅覚は、備わっていなかった。


「籠城だ!!飯をかき集めて弓を持て!!鎧を纏え!!」


………そう指示を出す秋柄蓮司の眼が見開かれ、口からただ息が漏れるだけの音が響く。

そしてその後に発されたのは、その男の生涯において最も大きな怒声(・・)であった。


「なにをやっているか!!!!」






***





「山の中で暴れ回るのに比べたら全然楽だ」

「油断せんようになぁ珠。ここは間違いなく敵地なんや」

「というか敵も夕影より弱い」

「あれは特別っつうやつや」


伸した武士を見やり、手を叩く、顔に深い傷を持つ男、洲鳥。

白い鬼の面を被った彼ら白鬼衆は、火の手が大きく上がった混乱に紛れ、城の中へと潜入していた。

………鍵縄を使って石垣にとりつき、城の中に入り込むという手法は城攻めの際に忍びが行う手段の一つである。当然、城を護るためにその侵入に対しての防護策はあり、例えば石垣そのものを急に設計し、さらにそれを上ろうとする不届き者に対して熱湯や石を落として撃退する、或いは弓矢や槍を持って絶命させるといった方法だ。

だがそれらは奇襲による混乱の中では平時のように機能はしない。

城の中に住まう人間によってもたらされる防衛能力であり、城そのものが自動的に迎撃をするという訳ではないためだ。だからこそ、城の中を血液のように動き回る人間の行動そのものが混乱によって鈍化すれば、その隙をついて城の中に忍び込むのは、理論的には容易い。

そう、理論的には、だ。本職の、それも腕の立つ忍びでもない限り、石垣というものは人が簡単に乗り越えられる壁ではないのである。

けれど。荒れた山の中を縦横無尽に暴れまわるだけの筋力と平衡感覚を持つ、一騎当千に近しい実力を持つ山猿………珠であれば、妨害さえなければ、簡単に石垣を乗り越えることが出来た。


「霧墨様の言った通りやったな。火の手の反対側は警戒が薄い」

「でも、こっちにもすぐにあつまりそうだ。なんか音が聞こえる」

「数は多いんか?」

「かなり」


洲鳥は考える。珠が持つ野生の感覚に対しては常に信頼を置いている。

そんな珠が言うのだ、きっとすぐにでもこの辺りにも人が来るのだろう。火の手が上がって暫くの時間が経った。もう既に城内は完全な警戒態勢が敷かれ、そして武装を整えた兵士が増える事だろう。

白鬼衆と呼ばれる元山賊団は決して弱くはないが、かといって完全に装備を整えた武士と正面から戦えば多くの犠牲が出る。所詮は山猿、即ち山賊上がりの雑兵であることを、彼らは知っていた。

………逃げようかと考えなかったといえば、嘘となる。

白鬼衆の主である少女は、きっと白鬼衆を使い捨ての道具として見ているだろう。信用されているとも思えなかった。

けれどあの少女の視線は―――あの少女が信じていないのは、白鬼衆だけではないと、分かってもいた。

誰も信じていない。恐らくは自分ですらも。どうしようもない程に彼女は孤独であることを強いられている。あの冷酷非情な仮面を、被らされている。


「子供やしなぁ。珠と同じ、小さな子供や」

「………頭、どうします?」

「俺はもう頭やない。白鬼衆の()頭や。逃げようかと思ったが、武士としてあの姫さんの下につくのも悪くないんやないか?」

「なんだ、何の話だ?華燐のことか?」

「そうや、早い所戻って、あのお姫さんまもってやらなあかんと思ってな」

「あいつは弱いからな」

「せやな。珠、お前はあのお姫さんの事、どう思う?」

「………洲鳥の顔に傷を付けたのは嫌いだ。だけど、寂しそうだからほっとけない」

「そかそか」


白い鬼の面の上から、洲鳥は珠の頭を撫でる。


「お前はいい子やなあ。山賊なんかに居るんわ勿体ないくらいやわ。んじゃま、さっさと仕事して帰るとしよか。頼むで、珠」

「おう!」


………白鬼衆が霧墨から指示された”仕事”。それは至極単純なものであった。

潜入し、そして城門を全て開けろ。

如何に堅牢な城であってもその城門が開かれてしまえば籠城は難しい。曲輪を始めとした城に備え付けられた防衛設備も、決して無敵ではない。

特に猛者の存在しうる戦場では、城門が開かれてしまえばそこから一気に落城まで持っていかれることも多いのだ。だからこそ、霧墨は身軽な白鬼衆に城門を内から開くという工作を、裏切りというリスクを承知の上で行わせた。

仮に裏切ったとしても、城門だけは開く。自身が逃げるために、門はどうであっても開かなければならない。その考えの上に、踊らされたという自覚はあったが、それでも。

白鬼衆の組頭である洲鳥は、踊らされることを。踊り続けることを、選んだのだ。



―――城門が開く。白い鬼の面を被った白鬼衆と呼ばれる六櫻の兵は、この戦から歴史の表舞台に登場し、そして長きに渡り、六櫻華燐という国主の命に従って様々な戦に出兵することとなる。






***





「開いたぞ、進め!!!」


号令を出すのは霧墨。私はその声を聴きつつ、足を動かす。

白鬼衆と呼ばれる元山賊団はその責務をきちんと果たしたらしい。如何に堅牢な城といえ、内から開かれればその防御能力は著しく低下する。

混乱に乗じて忍び込み、大手門を始めとした門扉を開け放ち、或いは壊した白鬼衆の働きによって、六櫻の兵はとうとう入城を果たした訳だ。

火の手が上がり、城下町にその煙が回りだしてから時間としては一時間程度。まだ、日が沈んで暫くと言った時間帯だが、僅かその時間だけで六櫻は隼波木の本城に足を踏み入れたのだ。

きっと、歴史的な快挙なのであろう。それを実践してみせた霧墨は間違いなく天性の才を持つのだろう。

だが、どうでも良かった。早くこの戦を終わらせたい。全て殺して、次の殺戮を始めなければならない。


「華燐!」

「………珠ですか。無事のようですね」


城の中に足を踏み入れる。曲輪を超えて攻めていく六櫻軍を後方から見ていると、いつの間にか戻ってきていた白鬼衆の珠が私の傍に立っていた。

曲輪は守りに優れた通路。私のように足の遅いものは囮としてすら使えない。だから夕影も含めて私と馬廻衆は軍勢の後方に位置取りしていた訳だが、どうやら白鬼衆は忍びのように屋根の上などを走って城内を無尽に駆け、移動を続ける六櫻軍に合流を果たしたらしい。

霧墨が山猿と呼んでいたことを思い出した。成程、彼らは使える山猿な訳だ。


「正直、戻ってくるとは思いませんでしたよ、洲鳥」

「まあ逃げようかとも思ったんですがね。放っておけないと思いましてなぁ」

「………?良く分かりませんね」


首を傾げた後に、首を振る。

そして隻腕に扇子を持ち、天守へと向けた。


「攻めの手は幾つあっても良い。行きますよ」

「御意に」

「やるぞやるぞ~!!」


新調された金属で補強された棍棒を持ち、珠が笑う。

私は呆れた視線を向けつつも、一瞬だけ口元を緩めると、すぐに表情を消して歩き出した。

―――隼波木の落城迄、もう少しである。





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