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白鬼衆




鬼退治………などと呼称すべきですらない山賊の討滅から更に一月。

本格的な冬の訪れとなり、城下では寒さを利用した食材の加工なども始まっているらしい。つまりはまあ、寒天などだ。

まあそれはどうでもいいとして、先の山賊討滅から生き残った武官や引き込んだ洲鳥らを部隊として教育し、徐々に見られるようになってきた現在。

私の前には、久しぶりに顔を見ることになった霧墨が座っていた。


「お前、本気か?」

「わざわざ冗談を口にする必要がありますか?」

「………六櫻の国ではそこまで猛威を振るうことは無い寒さも、国の境を超えれば話は別だ。天候というものを甘く見過ぎだっつの、馬鹿娘が」

「天候が軍を容易く葬り去ることなど知っています。ですが、私たちは時間がないのですよ」


―――机の上には六櫻周辺の勢力を書き記した地図。文官に作らせたものであり、既にこの地図の上から須璃の名は消え、六櫻へと変わっている。

衣笠の双子を筆頭として行っている文官の育成、寺小屋の開設は時間がかかるものの、少しずつ効果を発揮しているようだ。

徐々に城内で見かける文官の数が増え、その質も向上している。詳細な地図の作製はそれらの地道な発展の成果の一つだろう。

さて。私たちが今話していることは、須璃を滅ぼした直後から考えていた事についてであった。

即ち、それは。


「隼波木を滅ぼすのは時間も手間もかかる。僕は反対だ」

「この時期を逃せば間違いなく私たちは停滞します。隼波木に準備され、後の展開が難しくなるでしょう」

「あのさあ、戦を知らないお前に何がわかるんだ?」

「私は軍略を知りません。しかしこれは政治の領域………国主である私の考えから導き出されたものです。この冬の間に、六櫻が須璃を滅ぼしたという情報は天唯に伝わるでしょう。北や西の大国がその情報を重要視するかは分かりませんが、東の魔王は必ず私たちにその視線を向ける」


もう一度言おう、実際に私が初潮を迎え、裳着を行ったかどうかなど本質的にはどうでもいいのだ。

神瀬の国が提示した期間は実質一年。その間に簡単には滅ぼせない国を作れない限り、六櫻は神瀬の国によって天唯の地図からその存在を消されるだろう。

華樂の死より既に二か月が経っている。本格的な冬に入り、春まで待てば半年近くの時間が消費されることとなる。

私としては、別に六櫻が滅びようと私自身が死のうともどうでもいいが、さりとてこれは契約だ。この国の国主として生きる代わりに、人という刃を持つ。私の代わりが生まれるまで、見つかるまで。だから、違えられない。

だって、約束を破ればそれは私が心の底から嫌悪しているあの国の者共の同じになってしまうでしょう?


「冬の間に隼波木を攻め滅ぼすための作戦を生み出すのがお前の仕事ですよ、霧墨」

「………ッチ。イラつくなぁ、本当に」

「人員、物資はまだ余裕がある筈です。あなたの仕事を手伝う文官もいる。最初よりも戦に使えるものの規模は増えていますよ。これで何も思いつかなければ、それは無能と呼べるでしょうね」

「煽んなよ毒姫が。案山子を増やしても役に立たねぇって分かんだろ?」

「六櫻の兵を基準に考えるなと言っているんですよ。これからはお前が案山子と呼ぶ兵を使うことの方が増えるのですから。それとも、華樂が育てた兵以外は扱えないとでも?とんだ甘えん坊だ」


拳を握り締める音が聞こえる。

ああ、どうでもいい。私は御殿の外へと視線を向けた。雪が降っている。信浮の街は寒さが厳しい類だ。盆地というのはそういうモノである。

それに対して隼波木という国は、六櫻と同じく海に面している小国だ。尤も小国とはいえ、規模は六櫻の凡そ三倍である。

………まあ、これは国土という点であり、あまり開墾の進んでいない隼波木は戦力という意味ではあまり優れているとは言えなかった。

国土は六櫻の三倍もありながら、その兵数は精々が倍といった程度。練度も須璃にやや劣るといったものか。須璃の国は何度も六櫻に献花を吹っ掛けていたという都合上、他の国よりも少しだけ武力を求める傾向にあった。

それでも埋まりようのない差があったわけだが、そればかりは国主の器の差だろう。私と同じく、須璃の若い国主もまた王たる器などなかったという事だ。


「―――策はある。隼波木は所詮見かけだけの小国だ、季節が合えば一月で本城まで落とせる程に弱い。この時期だから厄介なだけだ」

「そうですか」


ああ、プライドの高いものは扱いやすい。

盲目的な狂信者よりはまだ、言葉での制御が利く。霧墨はなるほど、確かに優れた軍師なのだろうが、所詮は社会経験の少ない子供である。

自尊心を逆なですれば、簡単に動くのだ。


「明日の朝に詳細を聞きます。それまでに煮詰めておきなさい」

「………ッチ」

「返事が聞こえませんね」

「分かったよ!!」


鼻息荒く出ていく様子は、線が細いながらも確かに男児のそれだと思った。

今の私が持ちえないものだ。この世界、この時代にそれを持ちえた幸運を、彼は知りえないのだろう。

義足を動かし立ち上がる。背後から夕影が私の上着を掛けた。打掛と呼ばれる、この時代のコートのようなものである。


「何処へ参られるのですか?」

「武官と文官の教育の様子を確認します」

「成程………白鬼衆(・・・)はどうなさりますか」

「見に行きますよ」


白鬼衆(しらおにしゅう)とは、召し抱えた山賊たちの総称である。

彼らは既に戦力としては出来上がっているものであり、私たちが行う教育としては軍規や有事の際に従うべき存在などである。

それらはすぐに教え終わるものではあるのだが、さりとて元々は犯罪者である彼らを現状、何の成果もなしに軍隊の中に放り込むことは出来ない。殆ど、懲罰部隊のようなものであるためだ。

故に、彼らには彼らだけを集めた一団を作り、それに白鬼衆という名を与えた。組織の構成としては通常の軍部に属するものでは無く、私の直属である夕影の部下という扱いになり、その都合上私の馬廻衆の手足として動くことになるだろう。

………最前線で、夕影と共に動く元山賊の兵士。この特殊な状況は、珠という名を持つ小娘が強力な力を持つことも、理由の一つであった。

あれは強い。新たに教育を行った武官では逆立ちしたってあれには勝てない。涙助や箒なら勝てるだろうが、山賊団そのものが裏切った場合、数人には逃げられてしまう。

夕影だけなのだ。裏切った瞬間に、その珠も含めて全てを一瞬のうちに殺すことが出来るのは。夕影の下に白鬼衆を置かざるを得なかったのはそんな裏がある。

あれが私自身の手足として動いてくれれば多少やりやすくもあるが、出会いが出会いである、それも難しいだろう。

はあ、とため息をついて私の足はその白鬼衆の元へと向かった。





***




「うげ」

「ご挨拶ですね―――珠」


白い鬼面と赤毛。

鬼面の目元からは金色の眼が覗いている。その視線に乗っている色は、嫌な奴に出会った、だろうか。


「何しに来たんだよ、華燐」

「お前たちの様子を見に」

「んだよ、アタシらの監視かよ。別に裏切りゃしねぇっつの………そこの天狗からは逃げられねぇし」

「でしょうね」


珠の実力は確かだ。恐らく、天性の才がある。夕影曰く、鍛え上げれば一騎当千の名にすら手が届く、と。

だがこいつが天狗と呼ぶ女は規格外なのだ。小規模な戦局であれば一人でひっくり返せる怪物。それが、夕影という女である。

………しかし、だ。一匹の怪物だけで戦の趨勢は決しない。私には、数が必要だ。なるべく質の良いものが。


「珠!お前、俺らの雇い主になんて口利いとるん!」

「躾がなっていないようですね、洲鳥」

「申し訳ありやせん、姫様。言って聞かせますんで」

「聞くようなものでは無いでしょうに。最初から期待していませんよ。さて」


鬼面でも隠せない右頬の傷跡を持つ洲鳥を見つめる。

流石に傷そのものは治癒し、傷跡だけが残ったらしい。案の定、消えないものとなったようだ。実にどうでもいい。


「喜びなさい、実戦です。次に戦うものは隼波木の雑兵共だ」

「………戦をすると?」

「ええ、すぐにでも。しっかりと働きなさい。そうすれば、その鬼面を外すことも考えましょう」

「なんだ、殺せばいいのか?」

「そうですよ。戦となれば、お前たちも死ぬでしょうが。長持ちすることを期待しています。すぐに壊れてはリクルートした意味がない」

「りく?」


疑問の表情すべてを無視する。


「それまでに備えておきなさい。逃げれば殺すという事は変わりませんので、お忘れなく」

「分かってますわ、姫様。逃げねぇから安心してくだせえ」

「そうですか。口では何とも言えますからね」


信じるなんてことはしない。その必要もない。見る価値があるものは、結果だけだ。

巨大な棍棒を持ち上げた珠の方を見て、そして視線を外す。他の場所も見なければならないだろう。他にも事務仕事が待っている。

あまりにもやることが多い。頭痛を誤魔化しつつ、私は進む。


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