鬼面の山賊たち
鬼、と言ってもそれは言葉通りのものでは無いらしい。
私の催促を受けて続きを語りだした双子の話を聞いていると、そう判断できた。
「潜んでいるものは、鬼の面を被った山賊………いえ、山賊団だそうです」
「かなり広い範囲を縄張りとしているらしく、須璃と六櫻の境が本拠だと判断されていますが、その行動範囲は隣国”隼波木”にまで及び、略奪行為が確認されているようです」
鬼面の山賊団。彼らは人は襲いはするものの、決して殺しはせず、けれど品物は根こそぎ奪うという振る舞いをしているという。
規模は決して大きくないものの、各人が山の動きになれており、追跡は至難の業だそうだ。
尤も、その評価は須璃の国の民や兵の言であるため、六櫻の兵からすれば話は変わる可能性は高い。
「天狗がいるのですから、鬼がいても不思議ではないと思いましたが」
眼を閉じてそんなことを呟けば、夕影が即座にそれを否定した。
「………天狗の子と呼ばれる者たちも、天狗そのものを見たことがある訳ではありません。私もそうでしたが、気が付いたら山の中に居る所から記憶が始まります。その前の一切の思い出は持ち合わせません」
「そうですか」
オカルト的なものがこの世界にまだ残っているかは不明だが、姿こそなくても、不思議な現象自体は発生するのだろう。私という存在がそれを証明している。
まあどうでもいい。思考を現実に戻すと、首を動かして更に話の続きを促した。
「それで、ですね………奉行所を通じた話ですと、その山賊団を捕まえてほしい、と」
「人死には出ていないのでしょう?」
「不慮の事故や立ち向かっていって反撃を受け、そのままといった事例以外は殺さずの振る舞いをするようです。けれど先程も言いましたが、物資は根こそぎ奪われます。それで結果的に命を失ったものや食いはぐれて病を得た者、薬が届けられずに命を落とした名家の娘などもいるとか」
「なるほど」
私のこの納得は、山賊団の立ち回りの巧さについてだ。
人を積極的に殺して回るのであれば、その山賊団の危険度は非常に高いものとされる。そうなれば、国主は本腰を上げてその山賊団の討伐に向かうだろう。
だが、その山賊団が人を好んで殺さないのであれば、厄介者ではあるがだからと言って貴重な兵や時間、そして糧秣を抱えて討伐に向かうなどと言った行為はまず行わない。
常に六櫻との戦を考えていたような国であれば尚更だ。
そして山賊団そのものの被害ではなく、盗まれたが故の間接的な殺しに関しては、全てが国主に報告されることは無いし、大した害はないと判断されて見過ごされる可能性も高まる。
恐らくは、須璃の国主の荷物などは狙わないなどと言った規律決めもなされているのだろう。
今回はたまたま、奉行所という報告可能な機関が出来たことによって、私の元まで話が届いたと思われた。最終的に全ての判断を行う国主の元に情報が伝わらなければ、解決に向かうことがないのがこの世界に乱立する国家の在り方である。
「それで、どうされます………か?」
報告を終えた三鈴がやや上目で私の言葉を待つ。
「その山賊団は今も略奪を行っているのですね」
「そのようです。とはいえ、須璃が滅びていこう、警戒しているのか頻度は減ったようですが。しかし、旅人や商人が襲われ、身ぐるみを剥がされたものは確実にいるようですね。六櫻の領域近くでは事件の発生が少ないですが、隼波木との国境ではそれなりの頻度だとか」
「奪われた物資の内訳は?」
「………申し訳ございません、そこまでの情報は私達の元には。ただ、この季節ですから食料の類が多いかと」
「ふむ」
まだまだ物々交換が主流のこの時代の中、米を始めとした食料は金であり、重要な取引道具だ。そして冬が近づけば大抵の場合、食料の生産量は激減する。
冬季、冬の寒さの中で育てられる食料は少ないものだ。石油を用い、コンピュータ制御で行われる暖房なんてものは無いのだから、ビニールハウス栽培も不可能である以上、春から秋までにかけて作った物を貯蓄していくのが基本である。
商売をするのであれば、必要な物を売り、それより多くの物を貰う。或いは、金に換金できるなにかを貰うのが一般的だろう。
信浮は現在、全体的な食糧不足だ。戦によって失ったためである。それを狙って食糧を売り、工芸品などを安く買おうとした商人がいたのだろうが、更にそれらを狙って山賊団が暗躍していると推測できた。
―――なんだかんだいっても、人の移動がある以上は情報は伝達される。一月もあれば、六櫻が須璃を滅ぼしたという話はこの天唯の南側には伝わっていることだろう。
信浮の人間がどれだけ死のうともどうでもいいのだが、商人が運んできたものは本来この信浮を、ゆくゆくは六櫻を潤し、その経済を回すためのもの。それを横から奪われるというのは、有体に言って、そう。
「不快ですね」
無表情のまま、私はそう結論付けた。
「山賊団の情報は他にないのですか?」
「いえ………大抵の場合、夕方や逆に朝早く、人の眼が薄く、人の警戒が薄れてしまう時を狙って的確に仕掛けているようで」
「逃げ帰ったものもあまり詳しいことは憶えていないようなのです。ただ、目立つ白や赤の鬼面が印象的だった、と」
「………視線誘導か」
印象を鬼面に限定させているのだろう。案外、山賊団は普段、付近の農村などで普通に暮らしているのかもしれない。如何に広範囲で略奪を行っているといっても、ここは天唯の南側、小国ばかりの言わば辺境である。
訪れる商人の規模はあまりにも少なく、それだけで生きていくのは難しい筈だ。
………農民ではなくとも、最低でも金品に変えるために商人に化けるくらいはしていそうだ。
しかし、そうなると盗賊団のリーダーは中々にやり手である。
「それと、ですが………一度だけ、前国主の時代に、一度だけ盗賊団に迫ったことが合ったそうなのですが」
「途中で気付かれ、そして返り討ちにされた、と」
その言葉に私は片方の眉を顰める。
須璃の兵は六櫻に比べると練度が低いとはいえ、腐っても侍だ。ただの蛮族かぶれの盗賊団など、簡単に蹴散らせるはずである。
それが返り討ちにされたとなると。私は隻眼で夕影の方を見た。
「存外、鬼ではなく天狗なのかもしれませんね。まあいいでしょう、討伐に向かいます。民から情報を集めておきなさい。それを基に現在の居場所を割り出し、攻撃を仕掛けます」
「は」
「………一応言っておきますが、間違っても山賊団に私たちが討伐を画策しているという情報を流してしまわないように。逃げられては面倒ですから。うまくやりなさい、いいですね」
「畏まりました」
これでようやくすべての報告内容が終わったらしい。私は立ち上がると、義足を動かして御殿の自室へと戻った。
粥がなくなった机の上には幾つもの紙や木簡が置かれており、私が現在処理している仕事がそのままとなっている。
「姫様。わざわざ山賊どもを討伐する必要はありますか?」
「ええ。実験ですよ。今回連れていくものたちは農民上がりの武官限定とします。夕影、お前が選別しなさい」
「………登用制度の確認という事ですか。分かりました、では彼らを向かわせるように伝えます。姫様はその間に、もっと食事を多く取れるように体調を治して―――」
「何を言っているのですか、お前。私たちも行くのですよ。そうでなくては意味がない」
人を介した目や口、耳に何の意味があるものか。
私自身での確かめる以外に、信用など出来ない。
「本気ですか、姫様。霧墨もいないというのに」
「当然です。私が殺されないように頑張る事ですね、夕影」
そう言うと私は机の前に座る。書いているのは丁度話題に上がった、六櫻に帰らせた霧墨に対して送る手紙………いや。指示書だった。
これをかき上げてから山賊に関して思考を詰めるとしよう。
頭の中に幾つものタスクを浮かべて、そして一つ一つ消化していくために、筆を動かした。




