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浸透


***




法の整備のための会議を終えた日から数日後、華燐より実験都市と呼ばれた交叉女城の城下街、信浮の街に幾つもの新たなる法律が作られた。

城から使わされた役人………文官が、その内容を町民へと声にして説明する。信浮の街もまた、六櫻の街と同じように識字率は高いとは言えないため、こうして読む人間が必要であった。

華燐の仕掛けによって前国主への信頼が砕け散った信浮の街の住人であったが、かといって侵略者である六櫻の姫に忠誠を誓っているという訳ではなく、現在は様子見という形が近かった。


「検地だぁ?これで税をもっと取り立てようって腹か?」

「武官と文官………と、登用制度っつうのか?武官、つまりはお侍さんになれるってことか」

「おい、侍になれば税を免除だってよ。それどころか俸禄まで貰えるんだぜ!」

「馬ぁ鹿お前、きちんと聞いてなかったのか?登用制度は武官と文官の二種類あるんだって。侍は武官だぜ?」

「でもよぉ、俺達みたいなただの町民が腰に刀下げられるんだぜ?」

「どれも難しい試験があるんだろ?あと、登用制度で取り立てられても武勲を上げないと下級武士扱いになるそうじゃないか。どうせ、刀を持っても別に特別偉くなるわけじゃないんだろうさ」


さらに町民たちの噂話は続いていく。


「奉行所?信浮の町の中に武士………じゃなかった、武官と文官が仕事をする場所を作るってのか」

「警備の人員もその場所に、って警備?」

「要は町の中に直接お侍さんの溜まり場を作るってこったろ?でも何のためなんだろうなぁ」

「そりゃおめえ、俺達が反乱しないようにってことだろうさ。やだねぇ、監視されてる気分だぜ」

「ああ、でも困りごととかあれば解決してくれることもあるってよ?」

「本当かねぇ」


次に話は作物のそれへと変わる。


「肥料に人糞やし尿を使うことを禁ずる?」

「寄生虫対策………良く分からんなぁ」

「種籾の選別だぁ?なんのためにやるのやら。土いじりをしたこともないお姫様の考えなんてどこまで信じられるのかねぇ」

「肥料も熟成してからってのが良く分からんな。いつやったって同じようなもんだろうに」


農民の領域である農業への決めごとには多くの不満が噴出していた。彼らにも長いこと農業に携わってきたというプライドがあるのだ、けれど須璃の国を滅ぼした姫という肩書のせいで、不満が表に出ることは無く、とりあえずは従ってみようという風潮が大多数であった。

かくして様々に作られた法律は信浮の街へと伝えられ、その規律によって彼らは生活をすることとなる。

―――農作物や税に関する法律の効果が出るのは一年後。けれど、既に検地は始まっていた。そして、登用制度も速やかに行われる。

新しい息吹が、思想が徐々に広まり始めていた。





***




「姫様、もう少しお食べになられた方が良いかと」

「いりません。それよりも信浮に敷いた法律の経過について聞きたい。衣笠の双子を呼び出しなさい」

「………かしこまりました」


くたくたになった少量の粥を半分程度食べ、下げさせる。

たったそれだけしか食べていないのに、私の胃には吐き気が襲い始めていた。きっとこれはストレスだろう。

吐くよりは食べないほうが良い。どうせ長生きする必要はないのだ、最低限生命活動が維持できればいい。

御殿の自室から出ると、応接用の別の部屋へと移動する。季節は冬へと入り、山深い信浮の街にはちらほらと雪の影も見えるようになってきた。

須璃を滅ぼしてから凡そ一月と言ったところか。その間にあの双子はなかなかに文官として使えるということを確信したため、数少ない仕事を任せられる相手として重宝していた。

華樂のために、と。もはや存在しない影を追いかけてこちらの指示を折り曲げる真似をしないという点だけで、既に他の者よりも役に立つのだ。


「五十鈴と三鈴。城下の様子はどうですか」

「はい。検地については最初は不安がっている町民が多かったようですが、終わった後に収めるべき税が減った者共については礼を言われる事が多かったそうです」

「逆に増えた者については………まあ、お察しの通りです」


検地についての報告だ。一月の間に六櫻の下級武士に文官、更には旧須璃の女中たちまでを動員して信浮の町やその周囲の農村の田畑を検地して回った。

大農地を持つ者ほど、本来納めるべき税に対して少ない量を収めていたことなどが発覚し、この計算だけでも来年の税収は増加するだろうという事がわかる。

とはいえ露骨に変わるという訳ではない。代わりに田畑の面積が少ないものは本来よりも多い税を納めていたため、その分は差し引かれるのだ。増える分と減る分を見て、僅かに増える方が多かったというだけでしかない。


「不満を持ったものの近くには監視のための武官を置いておきなさい」

「は」


五十鈴が答え、隣の三鈴が続けた。


「次に登用制度についてですが、税から逃れられる上に俸禄までもらえるということで応募者が殺到しています」

「でしょうね。しかし私が用意した試験で大多数はふるいに掛けられていると思いますが」

「はい。ただ、その結果文官方で使えそうな人材がなかなか見つからず」

「………元より期待はしていませんでしたが、そうなりましたか。武官の方は?」

「そちらは一定以上集まったため、募集を停止しています。農民は身体が出来ているものも多い、体力試験は問題ないものが多く、また協調性試験を突破できるものもそれなりの数がいたようです」


こちらも想定通り。まあすぐに文官を補充できるとは考えていない。徐々に増やす事が目的なのだから、ここで一気に増加させる必要はない。

育てのための下地作り。結局はそれでしかないのだ。


「ええと、ちなみになのですが………」

「なんですか」


良い澱む三鈴に視線を向ける。横の五十鈴に肘でどつかれ、三鈴が口を開いた。


「文官方で使えるものが見つからないのは、計算や筆記が出来るものが、神職や商家の者が多いためです。ようは、文官にならなくても自分で稼げるものや、稼ぐ必要がない、稼いではいけないというものが多いのです」

「………」


神職、商家。三鈴の言葉に少しばかり考え込む。

隻腕の指を頤に当てると、その二つの単語の脳内で回した。

神職は武士の子弟に初等教育を施していることが多い。武士の家系が家臣として内務を担当できるのはそういった教育を行われていたからである。そして、武士と同じように金を持つ商家の子弟も、教育を受けている。

商家、そうだな。商家がいい。私は指を三鈴の方へと向ける。


「ふるいには掛からなかったものの、素質はあると判断したものはどれほどいますか?」

「え?………そ、そういわれましても」


三鈴が首を傾げる。

少しばかり分かりにくかったか。言い方を変えて三鈴に伝えた。


「―――教育を施せば使い物になりそうな、地頭の良いものはあなたの所見でどれほどいたのかと、聞いています。判断が出来ないのならそれでいい、こちらで新しく判断用の決まりを作ります」

「なるほど、それでしたら………え、ええと二割程度です、かね。もう暫く、二年ほどすれば合格にしても良い人材かと思って、記録しておきました」

「ふぅん。素晴らしい、ではそれらを文官として登用しなさい」

「華燐様、お言葉ですがまだ彼らは文官として実用段階にはありません。教えるにしても、私たち数少ない文官の仕事が増えすぎます」


五十鈴が指摘する問題点だが、それに関しては最早問題がないのだ。


「金を使って商家の人間を雇い、それに教育させます。ようは質の良い教育を時間を取って施せば、使える人材に育つのでしょう?」


商人は金で動く。人を派遣するという商売の形も、きっと受け入れる筈だ。


「寺小屋………そう。寺小屋の第一号をこの交叉女城の中に作ります。そこで文官に相応しい知識と教育を授け、内務を担当する人材を育成します。手配を行いなさい、また育成期間中の者共にも俸禄を支払います。本来のそれの半分程度ですが。月毎に試験を行い、それによって実用に達したものから文官職へと放り込みます」

「寺小屋ですか。確かに人材が足りないなら育てればいいだけの事、うん。その通りですね」

「身体が資本の武官にたいして知識が大多数を占める文官なら、育成も早い筈………これで、仕事が楽になる………!」

「そう巧くはいかないと思いますが。まあ、頑張りなさい」


どんな形であれ人を育てるのは面倒なものだ。いっそ、身体を鍛える方が思考や脳を鍛えるより楽だろうに。まだ、幼い衣笠の双子にはその理解が足りていないらしい。

まあ何事も経験だ。人を、部下を育てる面倒くささを彼らはここで覚えるのだろう。


「奉行所については?問題は起きていませんか?」

「何人か町内のまとめ役や暴れん坊と衝突したそうですが、前者とは和解、後者は捕まえて牢屋に放り込んであります。奉行所に配置したのが登用制度で抱え上げた元町民というのが大きいようですね」

「そうですか。なんであれ回りだしているのであれば上々です。治安の維持に貢献すればなお良いのですが」


設置して一月でそこまで劇的な変化など起きる筈もあるまい。長期的な目で見る必要がある。

今は大きな問題さえなければそれでいいのだ。

あとは街道の整備状況や戦で荒れた町の修復について話を聞く。どれも町民も手伝いつつ順調に進んでいるようで、もう一月もあれば完全に治るだろう、とのことであった。

六櫻に半数の兵士を返している現状、人手が足りないと思っていたが町民の力を借りられているのであれば、誤算が良い方向へと転んでくれたと言えるだろう。


「報告は以上ですね」

「ふむ。ご苦労、下がりなさい」

「は………あっ」


頭を下げた三鈴がそんな声を上げて目線を上げる。横の五十鈴にまた肘でどつかれているのが見えた。

仲がいいのか悪いのか。いや、隣にいるのだから悪いわけではないのだろう………どうでも良いか。

視線を向けて、その声の理由を無言で問いかける。


「え、えぇと………伝えるべきか迷ったのですが、奉行所の方から一つ要望が来ておりまして」

「要望?問題はなかったのではないのですか」

「奉行所のというよりも、町民の歎願が奉行所を通して伝わっているという形でして………」

「内容は?」


私が催促すると、すぐに三鈴はその内容を語りだす。


「―――旧須璃と六櫻の国境。そこの近くに”鬼”が住む、と」




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