庶家、衣笠家の双子
交叉女城の御殿は六櫻のそれに比べるとやや派手な内装が多かった。
とはいえ、構造そのものは大して変わりない。人が住み、仕事を行う場なのだから当然だ。戦うための城としての構造は異なるが、そちらに関しては六櫻の城の方が圧倒的に優れていることが、素人目でも分かる。
築城の才は戦国乱世において特に有用なものだ。持って生まれたのだから、華樂はきっと名を挙げられただろうに。私など、放っておけばよかったのだ。
「集まりましたね」
義足の音を鳴らして、御殿の中へと入る。中には連れてきた武士たちのうち、家柄や役職の高い者共が集まっていた。その他は土地の整備や修復に駆り出している。
開け放たれた障子の外からは未だに血の匂いが漂ってきていた。それどころか、地面に落ちたばかりの血液が水たまりを作っているのも見える。
既に首は桶に入れられ、処分されるのを待つだけのようだ。六櫻の下級の武士たちが後片付けを行っているのを横目に見ながら、私は上段の間へと腰を掛ける。
刀を左側において、その近くに夕影が座った。
「さて。………夕影」
視線を向けて指示を出す。
小さく頷いた夕影が良く通る声で命令を出した。
「法を作った経験のある者はこれより、姫様の元で須璃に出す法の制定を手伝う様に」
「………その毒姫に法が作れるものか。我らで制定した方が余程早く、良いものが作れる」
「そも、ここは既に六櫻なのだ。六櫻と同じ法を敷けばよいだろう」
扇子で畳を叩きながら、そのような声を聞き流す。
「どうせ悪法を作り、須璃の民が反乱を起こすのが関の山だ」
「は。お前たちなんぞに未来が見えるものか。言うことを聞きなさい、猿の方がまだ聞き分けが良い」
「………こ、の」
ギリ、という歯軋りの音がここまで聞こえてきた。それを鼻で笑い、扇子を家臣団へと向ける。
「これは国主である私の仕事であり、私の命令です。それを守れないというのであれば、その首をさっさと落としなさい。役に立たない兵は要らないのですよ。それとも、首を切られたいのでしょうか、あの―――ああ、なんだったか。名前を忘れてしまいましたね」
無意味に死んだ無能など、記憶しておく価値がなかったのでしょう、と付け加える。
青筋が立っている家臣団だが、所詮はこいつらには何も出来ないのだ。私の血が、私を守り、縛り付ける。
ただ沈黙が落ちた。咳払いをして、あたらめて夕影が言葉を発する。
「誰か」
「………失礼させてもらう」
「私もだ。付き合いきれん」
口々にそう言って、御殿を去っていく家臣たち。私は去っていく連中の顔を覚えつつ、その背を無言で見送った。
そうして、その中で一組だけが最後まで残った。
私はそれをみて小さく首を傾げる。
「子供?」
「姫様よりは年上です。年のころは十六ですから」
「成程。成人はしている訳ですか」
元服は済ませているようだ。………いや、元服と裳着と言った方が正しいのだろう。
最後まで残り、私に対して平伏しているその人間は、双子であった。
顔立ちは似ているが、とはいえ一卵性双生児のようにはっきりと同一という訳ではない。六櫻だけではなく天唯全体でありふれた黒の髪を邪魔にならないように縛り上げた二人は、じっと私を見つめていた。
「お前たちは?」
「私たちは衣笠家、三鈴と五十鈴………庶家の末端に連なるものです」
庶家とは、家を継ぐ主家から別たれた分家を意味する。
六櫻で言えば、華樂が家督を持ち、私が継いだ六櫻家が主家であるという訳だが―――。
「親戚?そんなものが居たのですか」
「華樂様の大叔父君の血筋です」
「ふぅん」
大叔父ともなれば、華樂の祖父母の兄妹という事になる。私から見れば曾祖父母の兄妹だ。
主家である華樂の血からは随分と遠く、確かに華樂狂いの六櫻の人間では後継者に選ぶことは無い訳である。
庶家とはいうが、あまりにも離れすぎている。家臣団の一つとして埋もれているという時点で、家そのものがなかったことにされているのだろう。
「それで、どっちが三鈴でどっちが五十鈴ですか」
私の問いかけに対して顔を上げたのは、双子の内の女であった。
「私が五十鈴です。横の弟が三鈴となります」
「は、はい。僕が三鈴です、よろしくお願いします………」
「そうですか。それで、最後まで残ったという事は私に対して何か言いたいことがあるという事ですか」
それとも、と。
双子へと隻眼を向ける。
「法を作れる、と?」
「………経験はあります」
「二度だけ、それも対して重要なものではありませんでしたけど………」
「三鈴黙ってて」
「ご、ごめん姉さん!」
三鈴は謝ってはいるものの、それでも唇を引き締めて五十鈴の隣に座っていた。
そして五十鈴の瞳の中にあるのは、野心だろう。
「何が目的ですか」
何か理由があるのでなければ、私に取り入るものなど要る筈がない。
夕影は私の血、涙助は戦う場、箒は恐らく出世のためだろう。古森は知らない、あれは良く吠える子犬みたいなものだ。
こいつらは………箒と同じ匂いがした。
「………話が速くて助かります、姫様。姫様は私たち衣笠家についてどれほどご存じでしょうか?」
「今初めて知りましたし、興味を向けることもないでしょうね」
「本当に毒ばかり吐くんですね、流石毒姫様………」
三鈴を睨み付けると五十鈴が咳払いをして話を続ける。
「衣笠家は六櫻の庶家でありながら、他の家臣団に軽んじられています。薄くとも華樂様と同じ血を持つというのに!」
「それはどうでも良い。お前たちの親はどうしました。軽んじられている理由はそこでしょう」
六櫻の人間は華樂至上主義だ。華樂という個人とその直系の血だけを信仰する。薄い傍系の家なんてものは、彼らからすれば眼中にないし、逆に言えば意識するような存在ではないからこそ、妨害や悪意に晒されることもない筈である。
であれば、軽んじられている理由はほかにある。そもそもこんな子供が上位の家臣団と一緒の場に立っているという時点で理由は推測できるのだ。
有体に言えば単純な能力的な意味で、彼らは弱者だと思われているのだろう。
「えと、その………数年前、病に」
「災難でしたね」
「思っても居なさそうですね。まあいいですケド。元々庶家とはいえただの一家臣でしかありません。統治が乱れないように、敢えて力を手放したのが衣笠家ですから」
「そのせいで家計はいつも火の車だったそうですが………そ、それはさておき。一族は登場して内政業務を手伝っていたそうですが、そんな両親が病によって倒れたので」
「まだ若いこの三鈴が家督を継ぐことになりました。他に家督を継げる血縁者がいなかったので。けれど、まだ若い三鈴に一人で仕事をさせることは他の家臣たちに納得されず、私も補佐として一緒に登城しています。私たちが双子で一緒に仕事を行っているのはそういう理由があります」
若いのに大変だ、などというつもりはない。
そういう時代なのだから。そもそも肉体年齢だけを見れば私の方が年下である。
「ですが!実際の実務能力では、私も三鈴も既に一人前なのです!」
「確かに、僕たちは戦う力はありませんけど………事務仕事なら、問題なく出来ます………」
「二人でないと仕事が出来ない半人前などと、他の家臣団に見下されるのは我慢がなりません!!棒きれを振るう侍よりも算盤を持つ私たちの方がずっと頭が良い筈なのに!!」
両手を振り上げる五十鈴から視線を外し、夕影の方を見る。
彼女は顔を横に振った。元々が戦畑の人間であるこいつには、この双子の言葉が事実かどうかは分からないのだろう。
だが、まあ。事実かどうかはどうでもいい。能力に関しては確かめればいいだけだ。
それに、戦う力を持たないというのは、ある意味ではちょうどいい。これから丁度、分けようと思っていたのだから。
「―――名を挙げたいのですね」
「………はい」
「はい!」
双子がそれぞれ返事をした。野心が、きちんと双子の瞳には宿っている。
私は息を吐いて、眼を閉じた。
「いいでしょう。他でどういわれているかは知りませんが、私は役に立つ駒はきちんと使いますよ。では早速仕事に取り掛かります」
どうでもいい、私の立場など好きに使えばいい。私も同じように使うだけだ。
駒が手に入った、それだけが重要なのである。
やっと、内政のスタートラインに立てた。この双子が実際のところどれだけ使えるかどうかは分からないが………人手が増えただけでも、良しとしよう。
とにかくこの血の匂いが漂う場所では仕事にならない。他の家臣団に法の内容を聞かせるつもりもない。別の場所に仕事場を作り、作業を行うとしよう。
鈍痛を発する義足を軽く左手で叩いて、私は夕影と双子を率いて、移動した。




