須璃の後片付け
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火が上がっている。死体を焼く炎だ。
死体の内訳は須璃の兵士や民が殆どではあるが、一部六櫻の兵も混ざっていた。如何に精強な兵とはいえ、戦とは真に命を賭けた殺し合いである以上、必ず死ぬ命というものは存在する。
絶対に欠ける事の無い軍隊などありえない。必ず戦をすれば人は死ぬ。あとは、その損失が許容範囲内かどうかだけだ。
今回は勿論、許容範囲に収まっている。須璃の兵は総数が約七百程度の内、六百程度が命を落とし、残りは抵抗を止めて捕虜となった。それに比べ六櫻の兵は五十人余りが負傷、そのうち三十人程度が死に至る傷を負っていた。
十分な戦果と言えるだろう。効率よく命を使うことが出来た。
「………臭いな」
鼻と口を覆う布を貫通してくるその煙に対してそう呟く。
敵も味方も武士も農民も関係なく一緒くたに集め、城下街の外れで油をかけて焼く。死体早く処理しなければ重篤な感染症を引き起こす可能性があるため、まだ戦後の処理の途中ではあるが優先して行った。
ああ、それにしても臓物や脳が焼ける匂いというのは本当に臭い。これで二度………いや、三度目か。
奇襲を行った際にもいくらか燃えていたので、三度であっている筈である。
「全て灰になったら水場と農地から離れた平地に埋めなさい」
私よりもさらに厳重に呼吸器系を保護した六櫻の兵士にそう告げると、そのまま現在解体作業が進んでいる六櫻側の本陣へと進む。
戦は終わったのだ、これ以上攻城戦のための備えを残して置く理由はない。これらは資材となるのだから、有意義に使うべきである。
本陣に戻れば、何やら竹簡に筆で記入している霧墨と、洗った首を手に持った涙助の姿が見える。ちなみに夕影はいつもの定位置であり、私の後ろで静かに歩いている。
「おお、姫。お戻りになられましたか。さて、夕影が切り落としたこの首級ですが、どういたしますかな?」
「使い道を考えてみましたが、須璃を乱したという罪状を並び立ててさらし首にするのが一番良いでしょう。民の不満のはけ口になってくれれば一番役に立ちます」
「………本当に糞みたいな思考回路だよ、お前」
「きっと育った環境が良かったのでしょうね。さて」
霧墨の言葉にこうなったのはお前たちのせいだと皮肉で返しつつ、首の処理は適当な人員に任せて私は左腕を交叉女城へと向けた。
「落とした城を確認しに行くとしましょう」
「………居抜きで使うという訳ですね」
「当たり前です。わざわざ作り直すだけの労力と人員、そして金があるとでも?」
六櫻の国は華樂の才能と人望によって戦力的には優れているが、所詮は小国程度の国力しか持たない。
人も金も、あまりにも不足している。
自然を生かした設計や勝手に人が集まって手伝ってくれるといった華樂の力がなければ、城や砦などこれほど大量に用意は出来ないのだ。
そしてもう華樂は死んでいる。今までの様な築城はもう二度と出来ないといって良い。
「幸いにして堀や城壁の一部が民によって壊されたりしている程度で、本丸は無傷ですから。あのまま再利用しても良いでしょう」
「ふぅむ。須璃の家臣団が残っているのが不安要素ですな。隠し通路や仕掛け、脆い場所などが敵方に露呈する可能性があるかと」
「捕らえた家臣団やその配下の衆の人数はどれほどですか」
「………捕らえた者共のうち、半数は足軽………もう半数が須璃家に近い家臣団ですが、城に頻繁に出入りしていた十数人程度だと、調べがついています」
私の問いに答えたのは箒だ。
捕虜とした家臣団に対しては聴取を行っている。答えない場合は拷問を始めとしたさまざまな行為を取って良いと許可してあるため、いよいよ情報を吐いたものもいるようだ。
既に主家がないのだ、それでも尚と忠誠を続ける家臣団が全てではない。綻ぶ場所はある。
頤に手を当てると、そのまま指先を箒の方へと向ける。
「出入りしていたもの、出入りしていた可能性があるもの、全て殺しなさい。情報を知るものすべてを処理しておけば守りやすくはなるでしょう」
「………完全では、ないかと」
「構いませんよ。失っても惜しくない土地と城です。それよりも此処の土地は実験に使いたい。さっさと戦後の処理を終えて政に戻ります………ああ、殺す前に税や律令に関する資料は集めさせておきなさい。それらは使いますので」
「御意に………」
掠れた声で命令を受け取る箒から視線を外すと、私は義足を動かして交叉女城へと歩を進める。
交叉女城の城下街は直接私たちと戦った外周部が特にひどい有様であったが、うちの方は家屋に対してはそこまでの被害は無いようであった。
だが、乱取りによって逃げ出した足軽衆が金品などを奪って逃走しているらしく、家屋中の道具類に関しては盗まれているものも多いらしい。全くもってろくでもないことである。
須璃の民は不安そうに私の方へと視線を向けている。別に取って食うことなどしないというのに。ただ、実験に付き合ってもらうだけだ。
「暫くは須璃に………いえ、交叉女城に常駐する必要がありそうですね」
既にここは須璃の国ではない。六櫻の国の信浮という土地なのだ。国主を滅ぼし、その城を乗っ取ったのだから。
「………姫様のお帰りになる場所は六櫻城です」
「は、決してあそこは帰る場所ではありませんよ。本拠というだけです」
城の大手門を潜り抜け、曲輪を進んで城の中を進んでいく。
御殿と言った居住スペースを更に超えると、城の中身を知るために天守まで進んでいく。
歩きながら考えるのはこの交叉女城に割く人員についてだ。
「空の城にするわけには行かない。城主が必要ですね」
しかし今の六櫻の国に私の意図を汲むような人材はいない。
仮にここで私が新しい支配体制とシステムを構築したとしても、六櫻の人間では再び華樂を中心とした歪で私を排除する考えのもとに、政治を行うだろう。
ならばここで人を育てるか。それが一番選択肢としては固いが、時間がかかる。須璃の人間の再利用はここを敵地にするだけだろう。
溜息をつきたくなる、あれもこれもないものばかりだ。
「時間は惜しいですが、背に腹は代えられませんか」
六櫻の風潮をここにまで浸透させる気はない。華樂至上主義の彼らと付き合っていては真面に行動できない。ならば育てるしかないだろう、例え時間を消費したとしても。
ここで滞在することになる暫くの間になるべく多くの実験を行い、情報を集めておけば消費した時間は帳消しになるだろうか。
そんなことを考えながら天守へと辿り着くと、戸を開く。
風が吹きつけ、隻眼を細めると、視界に映り込んできたのは四方のどこを見ても紅葉に染まる山ばかりの光景であった。絶景とは思わない。所詮は小国の城主が見る程度のそれだ。こんなもの、私は要らない。
要らないが、地獄を世に広める旅路の、第一歩ではあった。
山の向こうには六櫻の国がある。忌々しい故郷が。恩敵を見るようにその果てを睨み付けると、背後の夕影に私は命じる。
「兵の半数は霧墨と共に六櫻へ下がらせなさい。これだけの兵を臨戦態勢のまま維持するのは金と飯の無駄です」
「御意に。残り半数は?」
「長期的にこの須璃、いえ信浮に置きます。民が反乱を起こさないとは限りませんからね。監視役は必要ですし、ここで行う実験には人手が必要です」
天守の戸を閉めようとして戸を引くが、力が足りず動かない。舌打ちをすると、後ろから夕影がその戸を引いて閉ざした。
「………御殿へ行きます」
「根切りが終わったところかと。まだ後片付けが済んでおりません」
「見た目などどうでもいい。早く法を作らねばなりません。そして、定めたのちに触れ書きを出します。文字に強く、法を作った経験のある者を集めなさい」
「は」
武士というものは軍人であり、文官でもある。華樂の元で法を考え、城下に出した者もいる筈だ。
私の言うことを素直に聞くかは分からないが、その時は夕影の刃の出番である。使えないなら殺すだけだ。
「ところで姫様」
「なんですか」
「一体どのような法を作り出すつもりでしょうか」
背後から問いかける夕影を見れば、彼女の薄く開いた青い目からは、悪法ならば許さないという意思が感じ取れた。私はそれを鼻で笑うと、視線を前に戻す。
「富国強兵、そのための法です。ふん、明治政府がやったモノとは意味合いが異なりますが、目指すところは同じです」
「………どの国の政府でしょう」
「気にしなくて結構」
とにかく国を富ませる必要がある。そして、安定した、規律ある兵を作らねばらない。
そのための法を様々に作る。実に面倒で時間のかかる内政フェイズという訳だ。
「まずは六櫻の兵士も総出で城下を整えます。壊れた家屋、乱れた道、田畑を修繕するところからです。同時進行で私は法を作り、この信浮を作り変えます。さあ、急ぎなさい」
―――とにかく、私には時間がないのだから。
東方の魔王が定めた刻限、即ち私の初潮がいつ来るかなど分からない。どれだけ長く待っても、どれだけ情報を伏しても精々一年か二年か、その程度だろうか。事実に関わらず、その程度の時間で魔王は六櫻を滅ぼしにかかる。
その前に、この国を簡単には滅ぼせない、挑めば傷跡は残す程度の国にしなければならない。
力なくては蹂躙されるだけなのだから。
「命令違反は即刻殺せ。問答するだけ無駄だ。私に無駄な時間を使わせるな、いいですね、夕影」
「………御意に」
不服そうな夕影を連れて、私は御殿へと辿り着く。さて、まずは税に関する法律からだ。
何事も、金がなければ話にならない。




