須璃落とし 急
「この、悪鬼め!!」
野太刀を構えた須璃の当主の大声によってさらに十余名程の兵が私達の元へと向かっていく。
それらの兵士の動きにはさほど気を向けることなく、彼らが抜けたことによって生じた穴の方へと私は視線が向いた。
そもそもの話として、兵士の練度が六櫻の方が圧倒的に上なのだ。乱戦となっても、六櫻側が一定の規律や集団性を維持しているのに対し、須璃側の兵士は逃げ出しているものも見える。
「ふぅん。足軽はやはり、信用には足りませんね」
所詮は頭数を増やすための物だろうか。練度もだが、なによりも彼らは規律を守らない。
軍隊を暴力を是とする強力無比な一つの生物足らしめるのは、規律だ。決められたことを守る、命令に従う。これらを守れないものは、戦場において不要なのである。
頭の片隅で足軽を使わない兵力の補填方法について考えつつ、私は視線を須璃春昭の元へと戻した。
「おおおおお!!!」
その男は馬の腹を蹴り、私の元へと一直線に走りだす。野太刀の構えは垂直に刀を立てたまま鍔が口元あたりへと来るように持つ、所謂八相の構えの形を取った。
装飾が施されたその兜に刀が当たらないためだろう。
その突撃というよりは殆ど突進と呼べる攻撃に呼吸を合わせて、集まった須璃の兵士が私たちに刃を向け、斬りかかる。
男共の表情は決死のそれであり、余程の覚悟をしているのだろう。だが、その結末は欠伸が出るようなものであった。
「がっ!?」
「なに、この………!?」
男共の腕が飛んだのが見えた。血が噴き出して兵の足元に刀が落ちる。
切り裂いた刃そのものは見えなかったが、土煙を上げて立つ夕影の刃に血が滴っている所を見るに、恐らく駆け抜け様に全員の腕を切り裂いたのだろう。
血を払うと、その刃を須璃春昭へと向ける。
だが、彼女が駆けだすその前に、須璃春昭の乗る馬の脚が刈られる。鈍い音を立てて馬が倒れ込んだ。
「私にも活躍の場は欲しいですな、さてさて」
「ッチ………!!」
涙助の槍が馬の足を切り落としたのだ。
まあ、元々矢が幾本も突き刺さり死にかけの馬だった。長くも無かったのだろうが、ああなってしまえば確実に命は絶たれる。
須璃春昭は受け身を取って地面の上を転がると、すぐに立ち上がり再び刀を構える。今度は正眼の構えを取り、私の前に立った。
「………貴様だけは殺さなければならぬ」
「随分と恨みを買ったものですね。あなたからそんな感情を向けられる覚えはありませんが」
私からあなたに感情を向けるなら話は別ですが、と心の中で付け加える。
じりじりとすり足でこちらへと近づきつつ、深く息を吸うのが見えた。斬りかかろうとする動作が形となる前に、黒髪を靡かせて夕影が立ちふさがる。
炎と悲鳴が散り、死体が転がるこの戦場の中で、彼の憎しみと私の憎しみがぶつかり合った。
「須璃を滅ぼしておいて良く言う」
「滅ぼす原因を作ったのはあなたでしょうに」
それに、と付け加えた。
「滅びはしませんよ。名を変え、主を変えてこの地は生き残る。あなたという存在は不要となるだけです」
「外道が」
そう吐き捨てた直後、男が走り出す。
相変わらず、この世界の人間の身体能力はおかしい。重い甲冑を纏ったままでも、前世の私の全速力を超える速度で駆けるのだから。
雄たけびを上げる男の刃を、夕影の刃が受け止める。鍔迫り合いになるが、須璃春昭の方の刃は力が強く籠められ、音を鳴らしているのに対し、夕影の手に持つ刀は一切揺れていなかった。
「………ッ!!そのような、得物で………!!」
「この国相手に使う必要がありますか?」
男は、血走った眼で夕影の刀を見て、怒声を上げる。
話の内容的に―――どうやら、あの刀は夕影の本来の武器ではないようだが、この程度の戦では自らの得物を持ち出すまでも無いと判断したのかもしれない。
まあ、実際に国の頂点と戦うことになって、これほどまでに圧倒的な差があるのだからその判断は誤りではなかったのだろう。
「舐めるなァァァ!!!!!」
二度、三度と剣戟が重なるが、激情に駆られる須璃春昭の剣閃はその全てを夕影によって弾かれる。
私を抱えた箒や古森は、その戦いを見ているだけだ。涙助もまた、襲い掛かる敵兵を退けはしても、その一騎打ちに介入するつもりはなさそうであった。
「いえ。あれはもう、一騎打ちではなく」
………一方的な虐殺だろう。
刃をどれだけ振るってもそれは夕影に届かない。甲冑を纏ったままの組み手を挑んでも、片手でいなされる。
「邪魔をするな!!………ぐぅ?!」
甲冑の上からの打撃で、男が血を吐き出す。
「うおおおおッ!!!」
掴みかかるも、その腕を掴まれて放り投げられた。
地面に転がり再び駆けだすが、終ぞ―――その腕が、宙を舞った。
「ぐ、ああああ!!!????」
刀ごと、音を立てて地面にその腕は落ちる。
そして須璃春昭が腕を抑え、夕影を、いや。その先にいる私を睨み付けた。
刃を握る腕を失ったその時点で、彼はもう武士としては終わりだ。片腕でも戦える猛者はいるにはいるだろうが、この男はそういった類の人間ではない。
一人で一国を奪えるだけの武力を持つのであれば、こんなふうに無様に地面を転がるものか。
そのような一騎当千は、夕影の事を指すのだから。
「終わりですね」
「………ま」
「まだ、などと言わないで結構です。勝敗は既に決まりました。ここ以外も、そうでしょう」
私が視線を周囲に向ければ、戦の終わりはすぐそこに迫っていた。
人数でも質でも戦法でも、全てで負けているのだからこうなるのは必然である。須璃の兵士は大多数が死に絶え、屍を晒している。建物は一部破壊され、民にも犠牲が出ているようだ。
まあ、火を放ったり民を殺したのは須璃側もやっている訳だが。というよりは、須璃が雇った下級兵が主犯である。
私は箒の腕の中から降りると、ゆっくりと義足の音を響かせて男の前へ立つ。
「逃げられてもつまらない。さっさと首を撥ねてしまいましょう。槍の先に括りつけて見せしめにしましょう」
「………ッ」
切り落とされた右腕に、紐を巻いているのが見えた。止血のためだろう、それを冷たく見ていると、体勢によって隠れた甲冑の内側で鈍く光るものが見える。
力強く蹴り上げられた地面に土煙を立てて、その光るもの………脇差を抜いた男が、私の首へとそれを突き刺そうと動き、叫んだ。
「お前だけは、死ね!!」
溜息を吐いて私は背を向けた。
不意打ちなど出来るものか。その程度で夕影の眼を誤魔化せるのであれば、私はとっくに自死に成功している。
ドサリ、という音だけが背後で響いた。数瞬遅れて血の雨が降る。
「逃げられてお家復興、などという状況になっても面倒ですからね。確実に死んでくれて結構」
「姫、首級はどうしますかな?」
「放っておいても良いですが、どうせなら屍も役に立てたいところです。とりあえずは拾って首を洗っておいてください。後ほど使い道を決めます」
幾つか候補はあるが、まあこの後支配下に置く子になる民のガス抜きに使うのが良いだろう。
私の言葉を受けて、涙助が須璃春昭の首を拾った。深い、あまりにも激しい憎悪の表情のまま固まったその首と視線が合った。
「安心してください。どうせ私も地獄行きですよ」
小さくつぶやくと、六櫻本陣へ向かって進む。
戦は決した、須璃は滅び―――ここは、六櫻の新たな土地となるのである。
まず一つ、領地が増えた。だが戦後の処理でやることは多い………心情的にはやりたくはないが、義務として次に必ずやらなければならいのは内政だ。特に足軽という兵科が使いにくいというのが相手方の軍の動きで分かった。
編制から徴兵システム、税や農作物の運用試験等々、試してみなければならないことも多い。
そういう点では、この須璃を落としたのはちょうどいいのかもしれなかった。だって、ここは滅んでも失っても大して痛くない土地なのだから、思う存分実験に使えるでしょう?
「………ああ。その前に屍も片付けなければ」
人間の死体や糞尿を肥料として使う気はない。蟯虫といった寄生虫問題もある上に、そもそも衛生管理の面から見ても有り得ない。
この時代では人は便利な道具だ、寿命や病で数を減らされては困る。正しい領主云々の前に、為政者としてその辺りも頭を使う必要がありそうだ。
「戦に勝ってもやることは多いですね」
溜息と頭痛が止まらない。それでも、私は進むしかないのだ。もう、後戻りはできないのだから。




