交叉女城下街”信浮”
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須璃の軍勢を追いかける日々は数日ほど続いた。
六櫻の国もそうだが元々が小国だ、その領土は広い物とは言えないのだから、本城まで数日程度しか掛からないというのは当たり前の事である。
尤も六櫻の国の場合は道中に大量に砦が存在し、そこで防衛を行われるためこのように簡単にはいかなかっただろうが。
さて―――此処までの間に、私たちは最初のアレも含めて村を五つほど潰した。一部大きな村もあり、そこは六櫻側に対して強い抵抗を取ろうとしたため、容赦なく滅ぼした。
村人は一人残らず縛り上げ、多少は武の心得と勇猛さを持っていたらしい村の名士の首をその目の前で切り捨て、そのまま腐った匂いが充満し、その中で村人たちが餓死するように放っておいた。
万が一逃げられたとしてもまあ、それはそれで良い。
既に須璃の国の中には私が蒔いた毒が芽吹き始めているのだから。
「交叉女城の聳え立つ須璃の国の都………信浮ですか」
俗に城下街と呼ばれるものだ。中心に立つ交叉女城とそれを取り囲むように作られた木造の建物たち。
構成自体は六櫻の国の首都と対して変わらないものの、建造物の配置は多少、いやかなりこちらの方が甘いだろうか。
西洋世界の中世のように、六櫻の国の都は張り巡らされた建造物そのものが防壁となるように作られている。俗に言う惣構えというものであり、戦国時代の初期であれば、十分に堅牢な防壁となるだろう。
だが須璃の国は攻め込む側の兵が付け入る隙が多いのが素人の眼でも分かるのだ。幾つかは敢えて侵入させるのが目的の罠もあるのだろうが、単純な物量攻めを始めとした幾つかの戦術には全く対抗できそうにはなかった。
「霧墨はどこですか」
もうすぐそこに存在する須璃の国の城下街、信浮の奥底を見ながら霧墨を呼ぶ。
彼は本格的な城攻めの準備を始めた六櫻の国の兵士の陣頭指揮を執っていた。城攻めはそう簡単に終わるものでは無い。時間と手間が必要だ。
例え夕影のような一騎当千の兵がいたとしても、簡単に潰せるようでは、城足りえないのだ。
攻城のための補給線の整備や陣形及び陣地の作成などやることは多い。
「………あ?なんだよ、忙しいのはみて分かんだろ」
「そうですね。それでこの先の展開についてですが」
「………お前、人の話聞けよ」
「聞いていますよ。聞き入れるかどうかは別問題ですが」
左手で額を叩きつつ、隻眼で交叉女城へと視線を向ける。
尻に火を着けたまま追いかけまわした結果だろうか、交叉女城から迎撃の兵が出てくる様子はない。というよりも、既に彼らは城下街の防衛を捨てたのだろう。
実際にそれは正しい選択であると言えた。惣構えとは程遠い信浮の街では、如何に守りの方が有利であると言っても傷を受けずに完全に守り抜くことは出来ない。夕影がいるのなら尚更に平地で戦うのは得策ではないだろう。
単純な兵力のぶつかり合いならばそれは最早野戦なのだから。だからこそ、須璃の国の兵は城に引きこもるという選択を取る。
例え城下に住まう人を捨てたとしても、家が滅びなければ再興は出来る。まあ、そんな風に考えているのだろう。
「お前と話すと毒がうつる」
「うつったのならば最初からその適性があっただけでしょう。数は少ないですが、村を滅ぼしながら積み重ねてきた布石が芽を出すでしょう」
「………わざわざ兵糧を持たせて逃がしたあの農民共か?」
「ええ。彼らはきっと、もう底をつくであろう兵糧を握りしめたまま、交叉女城の堀の前で叫んでいる頃でしょうね」
―――歴史を知るという事は人の流れ、動き。そして歴史を動かす程の人の感情を知るという事。
軍師としての才能はなくとも、知識は力となる。少なくとも、今の霧墨よりも、人の、特に民衆の動きを支配するのは私の方が向いている。
それがいつまで続くかは分からないが。初戦は凡人でしかない私では、いずれは追いつかれるだろう。
「それがどうしたんだよ」
「折を見て民衆の一人を殺しなさい。遠くから矢で撃つのがいいでしょう。なるべく、交叉女城から矢が射られたように見せかければ尚更に良い」
「は、胸糞悪いことばっかり思いつくな、お前」
「この世界がそれだけ澱んでいるからでしょう。吸っている空気が濁っていれば思考も濁るものですよ。人員は好きにしなさい」
まあ、と言葉を繋げる。
「腕前から見るに古森を使うのが最適でしょうが」
あれは数日を共にして尚、私に対して未だ反抗的だが、それでも弓の腕前が優れていることは認めるべきだろう。
獣を狩るのも人の首を飛ばすのも、あれは巧いのだ。技量が利用に足るのであれば、使わない手はない。
弓の腕前が優れていれば勿論攻城でも役に立つのだが、攻め側は守りの三倍以上の兵力がなければ攻略が難しいと言われる城攻めに於いて、一人だけ優れた弓兵がいるだけでは戦況は大して変わらない。
それよりもより大きな流れと波紋を生み出すのに使う方が余程、生産的というものだ。
この場合、大きな流れとは人の動きであり、そして波紋とは―――。
「それにしても」
ふと、疑問に思ったことが口から零れた。
「あ?」
「どうして華樂は………父は、こんな簡単に攻め落とせる須璃を放置しておいたのでしょうね」
私程度に刈り取られるほどに、須璃の国は弱い。
戦国乱世、下剋上と領土拡大が是とされるこの時代に於いて簡単に斃せる隣国を放っておいたのは、何か理由があるのだろう。
「馬鹿かよお前。華樂様は優秀だが、いや。だからこそ、お前みたいな弱点を抱えたまま群雄割拠の時代に身を投じる筈がないだろうが」
「私がいなければ華樂は須利を滅ぼし、更に大きく領地を切り開いていたと?」
「―――それはどうでしょうね。華樂様は守りを好み、守りに対して強い才を示していたお方です。攻め滅ぼすという事自体がそもそも、好きではなかったのかもしれません」
「は、それはまた」
夕影の言葉に対し、皮肉気に嗤ってみせる。きっと彼らしい、のだろう。
改めて理解した。六櫻華樂とは主人公なのだ。きっと彼は、守るものが多い方が強かったに違いない。
「守るものが欲しかったのでしょう。そして、その最たるものが妻であり、そして」
「………」
薄めが開き、青い目が見える。とても気持ちが悪いと思った。
視界から外す。彼女の言葉の先を考えることなど、しない。してたまるか。
「私が持つ交叉女城を揺さぶる策はその程度です。後は霧墨、あなたの仕事です」
「言われなくても分かってるっつの。さて」
私に対しては不機嫌そうに答えるが、彼はその顔を兵の方に向ければ一転して、強気な笑みが浮かんでいた。
城攻めの実践など早々起こる筈もない。侵略戦争を仕掛けることの少なかった六櫻の国ならば尚更に。故に、霧墨はこの機会をなんだかんだ楽しんでいるのだろう。
誰だって、培った力を存分に発揮できるのは嬉しいものだ。それはきっと、培えるだけの土壌と時間がある幸福からこそ生み出される快楽だろう。
私には縁遠いものである。生まれてからずっと地獄を歩き続け、その中で死ぬことが定められている私には。
「けれど。まず一つ」
須利を落として、版図を広げよう。この地獄を、この時代に広げよう。
「須璃春昭。あなた自身に興味はありませんが」
精々、残酷に死に絶えてくれと、適当に思った。
兵の五月蠅い声が響く。遠くでは地鳴りのように、怨嗟の声が響く。
地獄の窯が開く。先の奇襲戦など比べ物にならない程に、人が死ぬ。左手の掌を見て、今更かと思った。既に、私は人を殺しているのだ。誰が一人でも殺したならば、後は何人殺そうが同じである。
―――法螺笛の姿が見える。補給線が整備され、陣営が作り出される。準備が終わったのか、戦陣が組まれていく。木の柵によって防備が組まれていく。
血と土の匂いが鼻先を掠める。背後で夕影が、隣で涙助や箒が、古森が自らの得物を確認している音が聞こえる。
………とうとう城攻めが、本格的な戦が始まる。私は静かに眼を閉じて、肺の隅々まで満たすように、息を吸って、吐いた。




