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天唯の勢力状況




***





「………天唯は東と南に海を面している大陸国家。だけど大陸の構造は改めて見ても、地球のそれとはまったく違いますね」


大陸の東は巨大な半島のような陸地が一部長く伸びた構造となっており、そのため天唯全体は上部から俯瞰すると横に長い形となっている。陸続きになっている北や西は蛮族がたびたび侵攻を繰り返しており、それ故に国境線自体が曖昧だが、やはり横に長いという表現で間違っていないだろう。

南の方は長く海岸線が続いている訳だが、こちらは大陸の東とは違って小さな半島や小島が点在している形となっている。

ちなみに天唯が存在する大陸には四季があるが、これだけ広い大陸だ。東西南北でそれぞれ季節の長さや雪、雨の量、気温等は大きく異なる。六櫻の国が存在する大陸の南東は比較的、一年中快適に過ごせるが北の端にもなると雪に埋もれるようなこともあるらしい。

その分、立地や季節の差から天唯全体で産出される特産品は多岐にわたる訳だが。


「次。現在の天唯の状況」


そもそも天唯という本来は一つの巨大国家であった訳だが、そんなこの国が戦国乱世という状況に陥っているのは当然ながら理由がある。

遡る事、七十年前。私が生まれてもいない過去、元の世界で言うところの応仁の乱に該当する変事、金石朽衰(きんせきくすい)の乱が発生したためだ。

天唯を治める将軍の跡目争いという史実に近い現象によって発生した戦乱は一旦は収まったのだがその十五年後、これまた日本で言うところの明応の政変に該当する事件、有情苦果(いじょうくか)の政変によって下剋上を是とする風潮と戦乱は国中に広がり、戦国乱世の開幕となったわけである。

本格的な戦国乱世は有情苦果の政変から始まってるため、既に天唯が戦という嵐に飲み込まれてから五十年以上の歳月が経っている。それほどまでに長い間、この国は殺し合いを続けているのだ。

………国土が広大である事、人的資源や治められる年貢が豊富であること。これはそれぞれの国の体力を増やし、より長く戦を続かせる原因となっている気がする。

筆の尻尾を唇に当てながらまだまだ続くであろう戦国の世に対して溜息を吐いた。

元とはいえ文明人である以上、戦乱などしている暇があったら科学を始めとした文明の発展、民を富ませる政策の構想などに力を入れてほしいものだが、ままならないものだ。

墨で書き写した天唯の地図に、細い筆先でさらに情報を書き込んでいく。国家全体の構造の次は戦乱の世における勢力図を確認しておく。

なにせ毎日………は言い過ぎかもしれないが、一年ごとに大陸中の勢力は書き換わり、同盟関係やそこから繋がる貿易、金の流れが変動する。毎日情報を集めておかなければ、六櫻の国のような小国は生き残るのも難しい。

どのような時代も、基本的に小国というのはどれだけ勝ち馬に乗れるかが重要なのだから。


「本来なら透波、いえ。忍びの者を介して情報を集めたいところですが」


私が自在に動かせる部下は、殆どいないどころか無に等しいため、タイムリーな情報を手に入れることは難しい。少しばかり遅れた情報を以て推察するしかないのが現状である。

まあいい、出来ることをやるしかないのだ。改めて思考をまわす。


「天唯内の国のうち、最も覇権に近い位置にいるのは三つの大国………」


まずは西方の勇士、黒雲(くろずも)の国を治める兼宍(けんじく)家。西方の土地は大陸に攻め込まんとする蛮族と幾度も戦いを繰り広げているため、兵の練度が非常に高く、また兼宍家の現当主である兼宍瑞雲(ずいうん)は、ここ数十年で最大規模の軍を率いて襲い掛かってきた西方の蛮族と、その隙を狙って黒雲の国に攻め入ろうとした南方の小国連合六国を同時に相手にし、勝利を収めた名将でもある。

南東に位置する六櫻の国とは距離は遠く、また貿易相手でもないためかなり関りは薄いが、それでも彼らの戦働きは情報量の少ない私の耳にすら届くほどである。

次いで、北方の老雄たる白葵(しろあおい)写嶽(しゃがく)が率いる雪桐(せつとう)の国。

雪桐の国が存在する北方もまた、西方ほどではないにせよ外敵に脅かされている地域という事もあり、兵の練度は高く、それを以て戦乱の世で真っ先に頭角を現した国の一つである。

写嶽は老兵と呼ばれることもあるが、その長く戦に従事した経験は侮るにはあまりにも恐ろしい知略となり、雪桐の国を大国たらしめている要因となっている。

北方の国も六櫻の国からは遠く、貿易の道筋が通っているわけではないため、やはり彼らとはほとんど関係性を持っていない。

さて、最後は東方の覇権を取った国であるが、その前に六櫻の国が存在する南について理解を深めておくべきだろう。


「それぞれ大国の存在している東、北、西とは違って南には大国と呼べる国は存在しませんね」


天唯の南に存在している国家は、六櫻の国も含めてその殆どが小国である。

群雄割拠の時代に於いても南方からはその一帯を支配するような強力な戦国大名が誕生しなかったために、このような小国が群れている状態に陥っている訳だが、これがなかなかどうして大国に滅ぼされにくい状況を作り出しているのだから困りものだ。

………小国は蟻のようなものとはいえ、群れれば蟻は象すら食らう。刻一刻と変わり行く小国同士の同盟関係は大国をして把握しきれるものでは無く、故にその粗雑と生き汚いとすら呼ばれる個の利を追い求める姿勢が幾度も大国の脅威を押し返してきたのだ。

時偶に、小国が連合を組み大国に押し入ることすらある。西方に挑んだ際には前述した通りあっけなく返り討ちに合った訳だが。

背後を海に面しており、半島や小島を領土に持つ南の小国が守りに強いというのも、従属や臣従していない小国が生き残り続けている理由ではあるだろうが。

東は兎も角として、西や北の国家には海を舞台にした戦いの経験はない。また、南下して大規模な遠征をすることも天唯の覇を狙う他の国に狙われる要因となるため、殆ど採用されない策である。

そう言った立地や情勢によって、南の小国は戦乱の世が始まってからも何とか生き残ってきたわけなのであった。


「―――最後に、東の大国」


東方の魔王、土織(つちおり)家。神瀬(こうのせ)の国を率いる、この時代に於いて最も苛烈な戦国大名であるとされ、神瀬に与えられた魔王の二つ名は土織家の現当主である土織釈蛇(とくだ)の二つ名でもある。

天才的な軍略と個の能力を併せ持ち、また部下にも優秀な人間がそろっている。人材も人脈も国土も兵糧も、そして金も………恐らくはこの世界、この時代で最も多く持っている存在であろう。

故にこそこの魔王、土織釈蛇こそが天唯の覇に最も近い人物であるとされている。

六櫻の国とは実は付き合いがあり、それは六櫻家現当主である華樂のおかげ………というかせいである。

釈蛇は気に入らなければどれほど偉い人間だろうと、幸徳を積んだ人間であろうと殺す暴君とされているがその反面、一度気に入り懐に囲い込んだ人間は余程のことがない限り尊重し、存在を守ろうとする。

私の父である華樂は彼自身の才能を見込まれて、どうやら気に入られた側の人間になったそうだ。ちなみに今、華樂が六櫻の地を離れているのは神瀬の国の本城である神瀬城を築城(・・)しに行っているためである。

そろそろ築城の設計や厄介な部分の指示も終わり、そろそろ帰ってくるようだが………本当に、無事に帰ってきてほしいものである。

私は完全に父におんぶにだっこという存在で、この国の中で認められてはいない存在だが、だからと言って私の事をそれこそ阿保みたいに可愛がっている父のことが嫌いなわけではない。

親バカというのだろうが、なんだろう。ここまで露骨に愛情を向けられたことは、前世を含めてもほとんどない。その愛には、応えたいというのも多少はあるのである。

この国の中で私が頑張っている理由なんて、それくらいだ。


「須璃の国に関しては頭の痛い事ですが………あの国は最近確か国主が変わったのでしたか」


老齢だった先代が退き、元服を迎えたばかりの若い縁者が国を背負っているとかなんとか。あまり情報は入っていないが、彼の国の同盟関係やどの国と損益による利害関係を結び、臣従しているのか。それくらいは調べておくべきだろう。

キッチリとその辺りを把握しておけば、父様に報告もしやすくなる。そうすれば、彼が何とかしてくれるだろう。


「さて。勉学と情報整理はこのあたりでしょうか。では次は城下に行きますか。夕影、居ますか?城下に参ります、よろしければ付き合ってください」

「………は。かしこまりました」


襖の向こうに声をかけると、己の白い髪に白百合を象った簪を挿して立ち上がる。

勿論、遊びに行くわけではない。産業や金回りの確認をしに行くのだ。静かに立ち上がり、襖を開いて歩きだすと数歩後ろを音もなく夕影が付き従う。

さて………では六櫻の国の城下を改めて見分するとしよう。





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