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反転攻勢



***



奇襲攻撃の達成後、私たちは一旦一の砦へと戻って来ていた。

ただし、雑兵共は物資の搬入や輸送を既に行っている。千人弱とはいえ、兵士という集団を動かすには時間がかかる。

ここからは拙速が必要な段階となるのだ、先んじて行動を起こしておくのは必須である。

指示を出した後、一の砦の軍議室へと足を運べば、中では将棋盤を前にした霧墨が居て、足音を聞いたのかこちらへと視線を向けた。


「生き残ったか」


舌打ち交じりの言葉を聞き流すと、霧墨の前に片足を立てて座る。


「目的はすべて達成です。私という存在も、若と呼ばれていた男に示すことが出来ました」

「………若か。須璃春昭、須璃の国の若き名代」

「名代?実際には反逆者でしょうに」


近年代替わりが行われた須璃の国。だが、あの男の若さを見るに、スムーズに権利の受けた渡しが行われたとは考えにくい。

―――天唯という国家は下剋上が当たり前となった世の中だ。十数年続いている戦は、民の心を荒廃させ、本来は臣下であったはずの戦国大名に野心を持たせた。

その醜い心情は、次の世代にも受け継がれている。即ち、必要とあれば親ですら殺すのが、この世界のあたりまえなのだ。


「反逆であっても、それが成功したのであれば名代となりえるのでしょう」


背後の夕影が呟く。

私は皮肉気に口を歪めると、思わずと言った体で吐き捨てた。


「私とは大違いだ。反逆が出来るだけ、あの男は恵まれていますね」


少なくとも、私という存在はこの六櫻の国の中で反逆など不可能である。

華樂という存在と、それに連なる信仰に近い信奉が、私という個人をすり潰す。この国の中で私は、華樂の血を蓄えているというだけの付属品でしかない。

ものに信奉を捧げることなどありはしない。信仰ならばともかくとしても―――いや。六櫻の国の中では信仰すらも、華樂が対象なのだ。

あまりにも、腐っている。ふざけている。そうは思うが、それを口にすることは無く、私は外で兵糧などを運ぶ兵士を見つめた。


「奪取した糧秣は?」

「相手が六櫻攻めのために用意した八割程度だ。二割は焼いたり、持ち逃げさせたりした」

「計画通りと言えるのでしょうね」


きっと、ああして運んでいる幾らかには須璃の国の糧秣が含まれているのだろう。

この奇襲で、いったいどれだけの人間が死んだのだろうか。考えたくもない、興味もない。

ただ、ただ。吐き気だけがした。


「………霧墨。古森が放った矢によって仕留めた敵ですが、どうやら敵の軍師らしいというのが分かっています」

「あ?」


一瞬だけ、ぼうっとしていると夕影が話を先に進めていた。

私も夕影の方に視線を向けると、閉じている目の向こうから青い瞳が覗いていた。


「須璃の軍師………馬廻衆、蔵下藁兵衛くらしたわらべえか?」

「私も見覚えがある顔であるため、可能性は高いかと」


六櫻と須璃の国は幾度も戦を交えている。

当然、一騎当千たる夕影は何度か刃を直接交えているだろう。私の護衛を勤める前は、夕影は華樂の護衛であったのだから。

戦において最前線に立って指揮を執る華樂と、その指示を誰よりも早く、確実にこなす夕影という組み合わせはきっと、須璃の国からすれば悪夢そのものであったに違いない。

そんな夕影ならば、確かに戦に於いて重要な役目を持つ兵の顔を覚えていても、不思議ではなかった。


「何者ですか」

「先代の時代から、軍師として兵法を考えていたものです―――華樂様から見ても、才ある兵士だと評する傑物でした」

「………へぇ」


あの父が才能があると断定したという事は、須璃の国の中でも突出した才を持っていたのだろう。

一騎当千の兵こそ居なくとも、才覚のある軍師がいた。それこそが、あの若者が未熟ながらも名代を勝ち取った理由であるのかもしれない。

まあ、それももはや無意味な事だ。死体が策を練ることなどありえない。諸葛孔明でもなければ、己の死を判断したうえで策を撒き、尚且つそれが成功することなどありえないのだ。

………ああ、武田信玄も似たようなことはしていたのだったか?結局は滅びているのだから関係はないが。


「智慧の働くものが消えたのであれば良い事です」


そう呟く。

それと同時に、私たちの座る軍議室へと小間使いがやってきた。盆の上には煎茶が淹れられている。


「ご苦労」


霧墨がそう言って、湯呑を取った。

盆の上に載っているのは二つの湯呑。片方は霧墨が取り、そしてもう片方はどうするべきか、夕影が悩んでいる。

視線でさっさと取れと命じると、私は霧墨が向かう将棋盤の前へと立った。


「何を考えているのですか」

「………軍師が消えた以上、こちらの思惑通りに奴らが動く可能性は高い」

「でしょうね」

「略奪を続けて国を盗ったとして、その後が続かねぇってのは分かるだろ」


君臨し、統治するには人望が必要だ。

自国からすらその情を向けられていない私にとっては鼻で笑ってしまうようなものではあるが、この時代に於いて、人心を掌握するというのは必須の能力である。

だが、略奪を是とすれば人心は離れる。

須璃の国の兵を追い立てつつ、村々から略奪を働くのであれば、攻め滅ぼした後に問題が生まれるのは既に分かり切ったことであった。


「どうするつもりだ」

「貴方ならどうしますか」

「………さあな。それを考えるのは、僕の仕事じゃない」

「そうですか。―――憎しみの方向性を、須璃の国へと向かわせます。民は食い扶持さえ確保できれば、そして戦に直接巻き込まれさえしなければ私たちを恨むことは無い」


これは、事なかれ主義と同調圧力を良しとする日本人的思考に近いものだ。だが、事実だろう。国の中枢から外れ、その恩家にあずかりにくい農村部ほど、憎しみの方向性は容易く変えられる。

即ち、最初こそ奪うという行為が発生したとしても、その理由が須璃の国側にあると懇切丁寧に説明した後に、その後の補填までをしっかりと教えてやれば、統治は容易い。

六櫻の国よりも、須璃の国の統治の方が楽であるという事実には軽蔑の情を浮かべる他ないが、まあ楽に済むのであればそうすればよい。


「人の世に必要なのは、結局は金と飯の種ですから」


情など、犬に………いいや。蛆虫にでも食わせてやればいい。


「霧墨。貴方が次に考えるべきは、城攻めです。無様な策を立てないことを望みます」


そう言い放つと、私は立ち上がる。軍議室の障子を開け放てば、涙助と箒が私の脇を固めた。

気に入らない表情で古森もついてくるが、やつに関してはどうでもいい。

未だ、命令を素直に聞くとは言い難い兵だ。場合によっては切り捨てるつもりである。


「本当に気に入らねぇぜ、毒姫が」

「貴方に気に入られたところで利点などありませんから………兵への指示は?」

「済ませてる。お前がやることはねぇよ」

「そうですか」


眼を閉じると、この後の段取りを頭の中に浮かべる。

行軍に関しては霧墨の指示で事足りるだろう。敵の糧秣の接収や、火を撒いたことによる山火事の危惧とその対処、そして逃げた須璃の国の軍勢の追跡は既に行われている。

ならば私がするべきは、すぐに行われるであろう追悼戦への準備と、その先にある農村部への言葉による占領、その仕込み―――そして、城攻めの考案、それだけだ。

城攻めに関しては当然ながら、経験がない。効率的な方法を一から探らなければならないのは、不愉快ではあった。だが、霧墨がいれば何とか形にはなるだろう。

一番気にするべきは、どれだけ須璃の国に属する村々をこちら側に付けるかであるが………考えは、あった。

奴らに付けられた傷を、痛みを、最大限利用するとしよう。催される吐き気は無視をして。どうせ、私の苦痛などこの世界では端から認識など、されないのだから。

準備が整えられる六櫻の軍勢を見やりつつ、私は狐の半面へとそっと静かに、手を当てた。




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