反発
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一の砦までは凡そ三日かかるというのは、既に実体験として経験済みだ。
そうなれば、準備に必要な時間は一日しかない。兵の選別は夕影に放り投げればいいとして、私は作戦に必要な物資を集めなければならない。
………戦がどれほど長い空いた続くことになるのか。今の私には想像すらすることは出来ない。だが、短くして終わることは絶対にないだろうと断言できる。
なればこそ、取るべき手段は限られるのだ。
「………眩しい朝日だ」
そう呟いて、襖の奥から差し込む朝日に目を細める。
昨日の時点で夕刻を過ぎていたため、私はさっさと眠りにつき、来たるべき明日へと備えた。
その甲斐あって、私はかなり早い時間に目覚めることが出来たのである。眼に眩しく映る朝日が隻眼を貫くのはしょうがないことだろう。
とはいえ、だ。夕影のような側付きや女中、家臣団の幾人かは私の目覚めよりも早く登城し、職務に励んでいるのだろうが。
「………勘定部にも監査を行わなければ。しかしまずは須璃の国を攻め落としてからですね」
小国とはいえ国家一つを滅ぼし、さらにその後処理まで行うとなれば重労働だ。
敵の多いこの身、あちこちに首を伸ばしすぎて身動きが取れなくなってしまってはそこから足を救われる事態になりかねない。
結局は目の前の事を一つ一つ熟していくしかないのだ。
「いっ―――ッチ。忌々しい義足ですね」
作り物の足から伝わる痛みは今も変わらず続いている。収まるということを知らないその痛みは寝ている間も体を蝕み続けている。
眠りが浅いのを自覚した。眼の下の隈はきっと、命を終える時まで無くなることはないのだろうな。
そんな足を動かして立ち上がり、適当に衣服をまとう。
侍女などいないため、用意も着付けも全て一人で行う。これでいい、他人になど触れられたくもないし、華樂に傾倒しているこの国の人間がいつ心変わりをして、その袖の下に鈍い光を放つ刃を隠し持つかもわからない。
夕影が何かしら人を用意するなどと言っていたが、最初から期待はしていない。様々な意味で、だ。
まあそれは同でも良い事だ。着付けが終わったので昨日霧墨から渡された幾つもの増加で飾られた狐の半面を顔の傷に被せ、襖の取っ手を持ち開け放つ。
「おはようございます、姫様」
「………城下へ参ります。触書を出しますのでそれを伝達するように。文字の読める威勢の良い男を一人連れなさい」
そう言えばこの世界ではきちんとおはようが挨拶になっているのだな、と。
そんな同でも良い事を思った。本来の日本史であればこの時代の挨拶は基本的にごきげんようだったはずである。やはり、異世界という事なのだろう。
だが、異世界であっても命は命。
私の選択は結果的にそれを大量に奪うことになるだろうが、それでも立ち止まれはしないのだ。小さなことではあるけれど、今からやろうとすることもその一つ。
「姫様、何をなさるつもりで?」
「すぐに分かります。この国のためには必要な事ですので」
若干眉を顰めつつも、とりあえずなのか夕影は私の後ろに控え、後に続く。そのまま近づいて生きた女中に何事かを話している様子もあった。
それを横目で見つつ胸元に木簡を入れる。この木簡の中には当然、城下に行く用事そのものが記されている。
人がいるようでいない、御殿の中を突き進む。とはいえ窓の外、遠くを見れば剣を素振りしている人々も見えた。家臣団の一人だろうか。顔も知らないし、憶えるつもりもない。静かに視線を逸らした。
「秋ともなれば朝方は少し冷えますね」
独り言を呟いてとうとう城下へと繋がる大手門へと。
門兵に命令を出せば、異質なものを見る目をしたその兵士たちが掛け声とともに扉を開ける。
堀を繋ぐ橋を進み、城下町へと出れば既に民たちは朝早くから各々活動を始めていた。
朝早く起きて仕事に取り掛かるのは、武士も平民も同じである。なにせこの時代はまだ光源が発達していない。灯りを取るのは蝋燭か松明であり、どちらも高級品であるためそうそう多用出来るものではない。
結果的に人々は朝早く起きて早くねることに繋がるのだ。
経済活動を考えるなら人の活動時間をずらせれば、とも思うがそればかりはこの世界、この時代では難しそうである。
所詮一般人でしかない私には、電気を一から生み出すような知識や頭脳は持ち合わせていないのだ。
「姫様。御所望の兵を一人ご用意いたしました」
背後を振り返る。橋の向こうから駆け足でやってくるのは、直垂を身に纏った大柄な男性であった。
家臣団の中でも文官よりなのだろう、背はあるが着物の下から見える腕や足には武士ほどの筋肉はない。とはいえ普通の男性よりははるかに隆々とした筋肉を持っているには違いないのだが。
胸板も厚く、なるほどこれならば声の通りも良いだろう。
「夕影殿、私を呼ばれたそうだが………む。もしやそちらの姫の用事か?」
姫様でもなく姫呼び捨てと来たか。
戦場以外で働く文官に至るまで、私への軽視は浸透しているらしい。まあ、そもそも今の世の中の現状で、病弱で力なき姫というだけで舐められる理由になりえる。本来ならば、女性の立場というのは弱いのが常なのだから。
私の場合はそれに父が死ぬ要因そのものであるという理由まで備わっているのだ、どうしようもないことではあるのだろう、不愉快ではあるが一々怒りを覚えることは無い。
というより夕影がおかしいのだ。この戦国乱世、圧倒的な武勇をその身一つで成し遂げることが出来るのであれば………例え女性であっても尊敬されるのだろう。
「これを。城下に御触れを出します。私が声を出していくのは相応しくありませんし、そもそも面倒です。貴方が代わりに話しなさい」
そう言いながら、私は胸元から取り出した木簡を直垂を着る男に放り投げる。
危なげなくそれを受け取った男は、木簡に書かれた私の醜い文字に一度眉を顰め、内容を読み進めてから眉に加えて口までに一文字に結んだ。
左の隻眼でその表情を静かに眺めつつ、男がその拳を強く握りしめて口を開いた瞬間に、その上から声をかぶせる。
「これは命令です。田村の二の舞になりたくなければ大人しく従う事だ」
こういうのは激情した方が負けなのだ。
相手を巧く使いたいのであれば、常に慎重に、そして冷静でいなければならない。一時の感情で生み出せる結果などたかが知れている。
現代では人の感情はより多く飛び交っていた。それを見極めるコミュニケーション能力は現代人が幼いころから育んだ力の一つであろう。日本人は一種の同調圧力を好む性質にあったが、それでもその圧の中でお互いの感情の向きを制御する技は、大抵の人間が持ち合わせている能力である。
例外がいることは認めるが、まあそれはどうでも良い。
「………この、毒姫め………」
「一度目は聞かなかったことにしてあげます。陰口は陰で発すればいい、鮒虫のように、薄暗い場所で」
うっすらと唇を上げて嘲る。
額の上に欠陥が浮き上がるが、私の後ろに控える夕影を見て、その腰の刀を抜き放つ愚行は取りやめたらしい。
「姫様。何を、なさるつもりですか。詳しくおっしゃってください」
「大したことではありません。戦に必要な物資を民から徴収します」
「………それは」
夕影もまた眉を顰めるが、直垂の男とは違い怒ることは無かった。
とはいえ薄く開かれた青い瞳は、私を責める色を帯びている。知ったことではない。
「民からの反発が強くなるかと」
「もう既に嫌われているでしょう。今更さらに圧が強くなったところでなんだというのですか?」
「反乱がおこる可能性もありまする!どう対処するつもりか!!」
「国賊となるなら参加したものすべてを連座で処刑します。私の思いつく限りの最も残酷な殺し方で」
「………華樂様が築き上げた民との信頼を貴様………」
はあ、と溜息を吐いて夕影に視線を向ける。そして、男の方に指を向けると、その首のあたりを横に引く。
「これは使い物になりません。殺せ」
「………姫様」
諫めようとした夕影に私は微笑みかけてやる。
分かっているだろう?命令に違反するのはこれで何度目だ。
その意味を込めて、私は左手で腰にくくってある扇子を自身の首に数度当てた。
お前が約束を守らないなら、私はこの世から去る。義務を放棄して利だけを受け取ろうなど、そんな虫のいい話があるものか。
息を一瞬だけ止めた夕影が刀に手を置く。
「久留也殿。ここは抑えてください。姫様にも………考えがあっての事ですので」
「―――この………ッチ」
もはや隠しもせずに舌打ちをする久留也と呼ばれた男。
私への説得は不可能と判断した夕影は相手の方を動かすようにしたらしい。正しい判断だ、時短になる。
ふん、と鼻を鳴らすと二人を背後に、私は城下の大通りへと向かう。
久留也と同等の反発は民からもあるだろうが、実にどうでも良い。信頼などよりも、恐怖の方が余程人を動かすのに容易いことは証明済みである。
なにせこの久留也という男が言う事を聞いたのは、脳裏に田村の死がチラついたからであろう。あまりにも意固地に反発すれば、確実に二の舞を演じると。
………同じことをすればいい。どうせ私も彼らも何の価値もない塵屑なのだから。
「ああ。都合よく暴れてくれるものがいればよいですね」
そう太陽に向かって呟いた。




