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呻き



***



こほ、とさらに数度咳き込みつつ、私は夕影を引き連れて自室へと向かう。

襖を開き中に入ると、同じようについてこようとする夕影の方を振り向いて釘を差した。


「………私の部屋に勝手に入るな」

「付近に居なければ守れません」

「そんな訳がないでしょう。貴女なら害意を持つものが私の周囲に現れれば即座に反応するはずだ」


殺気、とでもいうのだろうか。武芸の才を持たない私には一切近くすることのできない感覚だが、どういう訳か夕影はその意味不明な気配を察知することが出来るらしい。

それもかなり高精度に、だ。私が眠っている間に華樂の弱点として私を狙う輩も多かったそうだが、隠密に優れた彼らの全ては夕影の一刀の元に切り伏せられているという。

私が目覚める前の話だが、実際に一騎当千の兵たる夕影ならばその程度も容易なのだろう。

逆に言えば、夕影が私の部屋に常にいる必要などないという事になる。


「………姫様がいつ自害をするか分かりませんので」

「貴女が約束を守り続ける限りはそんなことはしませんし、仮にそうしたとしても―――貴女なら気が付くでしょう」


自らを殺すとしても、現代人のそれとは違って私のそれは自身に対する殺意と暴力性持ったものだ。

即ち自らを害する時に私は必ず自らに殺意を持つ。ならば、夕影は必ず気が付くだろう。


「………」

「ふん」


全ては推測ではあるのだが、夕影が言い返さない以上事実なのだろう。

視線を彼女から外すと、私は夕影を置いて襖を閉じる。

そして、あまり膨らんでいない胸に手を当てると敷かれた布団の上へと倒れ込んだ。


「ふ………ぐ………」


―――足が燃えている。いや腐っているのか、切り刻まれているのか。

きっと。その全てだ。

確かに義足から与えられる痛みは装着時のそれに比べれば随分と優しいものであった。だが、代わりにこの痛みは永遠に続く。義足を付け続ける限り、私の足は吐き気がするほどの激痛を発し続けるのだ。

だが、その痛みを感じている素振りなど見せるわけには行かない。痛みに呻くのは弱さだ。ただでさえ綱渡りのようなバランスの上で国主として存在している私が他人の弱みを見せれば、即座に付けこまれる。

少なくともこの国を真に生かし、魔王の手より逃がすには歴史の流れを知っている私が国主として舵取りを行うことが必須である。仮に摂関政治となり、私を見せかけの国主として操り、その背後でこの国を支配しようとするものが現れれば六櫻の国は終わりだ。

………華樂という人間一人のカリスマ性だけで成り立っていたこの国は潜在的にどうしようもない脆さを抱えている。

彼の統治以外は認めない。そうでなければ彼の血筋が支配するべきだ。もしもその全てが死に絶えれば、我らは六櫻の国ならず。

この国の人間はそう考える。私のような存在が血だけを理由に家臣団を良い様に使える時点で、この国は異常なのだ。


「けれ、ど」


そんな国の中で野心を持つものが現れ、私の血だけを利用してお飾りの国主として私を使い、その背後で権力を握ったとする。

彼はきっと私の血があればこの国の人間が従うと思うのだろう。だが、厄介なことに六櫻の国の人間はそこまで間抜けでもない。実権が他者の手に渡ったと理解した瞬間に、この国は六櫻の国足りえなくなるのだ。そうなれば夕影も霧墨も、この国から離れる。


「私と、しては………そちらのほうが、幸福かも、しれませんが………ぐ………」


いいや。飼い殺しにされ子を孕ませられ続けられるのが関の山か。死ぬにも死ねない状況が続くのだとしたら、私にとってすら幸せとは言えないのかもしれない。

兎も角だ。ただでさえ足りていない人材や資材がますます不足することになるだろう。それは間違いない。

そもそもとして、単純な武力や人望、そこから生み出される戦の規模として、六櫻の国は絶対に神瀬の国には勝てない。他の手段で勝つことが出来ると知る人間しか、この状況を打破することは出来ない。

華樂ですら、その手段はとれなかった。天才的な築城センスと指揮の才がある、この戦国乱世の麒麟児ですら戦いにおいては土織釈蛇の軍勢には勝てない。

現状、戦いでは彼に勝つことは不可能なのだ。彼だけではない、西の勇将に北の老兵もまた、六櫻の国が総力を挙げて決死の戦働きをしたとしても、絶対に勝利などできない。

故にこそ本気で夕影との約束を………いや。契約を守るなら、私が国主として国家運営の舵取りを行える立場に居続ける必要があるのだ。


「わた、しは………ゆうかげとは、ちがう………けいやくは、まもる………いっしょに、されたくなんて、ない………!」


胸を掻きむしった。咳き込むのを我慢していた弊害だろう、口から涎が止まらない。

身体を丸めると私は何度もえずき、最終的に身体を丸めたまま吐瀉物を吐き出した。とはいえ、何も食べていないのだ、出てくるのは血の混じった胃液だけだった。

顔を歪め止まらない汗を左手の裾で拭う。

………襖の奥で、その取っ手に手がかけられた音がして即座に叫んだ。


「入るな!!私の………部屋に、はいるな………!!」


掠れた声でそう叫ぶと、少しの間が空いてから音が離れた。


「―――い」


痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。

だけど言葉にすることすら出来ない。してはならない。この地獄では私は常に冷徹に、無感情で悪鬼のように傲慢で居なければならない。

涙は零れない。だが、代わりに噛み切られた唇から血が流れた。

何度も深呼吸をしてようやく少し落ち着くと、体を起こす。ふと、部屋にある鏡に目を向ければ、本当酷い顔をした少女が私を睨み付けていた。

片方しかない眼の下には濃い隈が出来ている。目つきは以前までと比べると本当に悪くなっていて、なによりもその紅の瞳はどこまでも淀み、汚泥を流し込んだかの如く黒く濁り切っていた。


「これが、私ですか………」


意匠だけは凝っている呪いのような義足に潰れた右目と失った右手。ああ、残った部位もいつまで無事でいられるのか。

血に塗れた衣服はこれからもますます他人の血で真っ赤に染まっていくだろう。それは味方を名乗る羅刹か敵である悪魔の血か、そこまでは分からないが。


「糞………糞ったれ………!!」


その叫びは、発した私自身ですら何に対して言っているのか、分からなかった。

この世界に対する怨嗟か、何にも力を持たない私への罵倒か………これから奪う命に対する懺悔か、それとも世界を地獄に染めていく歓喜か。

うずくまったまま私は隻眼を閉じて、そのまま意識を手放した。







***





「姫様。霧墨から木簡が届いています。あと、これから話がある、とも」

「………」

「姫様?」

「………分かりました。今行きます」


襖の外から夕影に話しかけられて目を覚ます。

外を見れば日が暮れる直前といったところか。御殿の中の松明に火が入れられ、薄い橙の灯りが屋敷を照らしていた。

対照的に私の部屋は誰も入っていないため、真っ暗である。だが別に良い、誰もこの部屋の中に入れるつもりはない。

吐瀉物や涎で濡れている小袖を脱ぎ捨てると、代わりの小袖を頭から被る。

そのまま襖を開けると、一瞬だけ目を開いた夕影に溜息を吐かれた。


「女中を一人程度は部屋の中にお入れください。そのまま出歩かれては品性を疑われます」

「………うるさい」

「人畜無害で―――姫様に決して触れない置物のようなものを選別いたしますから」

「………勝手にしなさい」

「はい。では姫様、少し肌に触れさせていただきます」


顔を顰めつつも服を纏わないままに出歩くのも良いことではないので、我慢をして夕影に着付けを任せた。

終わった後に、彼女から渡された木簡を見てそこに書かれている霧墨の文字を眺める。


「霧墨が作戦に最低限必要と考える動員兵数と、必要な兵糧………あとは武器、弓に油が主ですか。国庫から全て出すとすればかなりの損害になりますね」


だがこの作戦で打ち負かすのは、今にもこの六櫻の国の本城に迫ろうと英気を養っている須璃の国の本隊なのだ。この程度の物資の消費は許容範囲だろう。

とはいえ損耗しすぎては後が繋がらない。六櫻の国は必ず戦い続けることになるのだから、特に華樂の時代からため込んできた六櫻城の物資に手を付けるのは最低限にするべきだろう。

唇に左手の人差し指を当てて、一瞬考え込む。そして一つ頷いた。

そのころには、私の足は再びの軍議質へと辿り着いていた。


「随分と速いですね、霧墨。欠陥だらけの作戦でなければいいのですが」

「言ってろ毒姫。その木簡に書いてあんのは最低限の物資だ、欲を言えばその倍は欲しい。きちんと用意しろよ」

「ええ。問題はありません………それで、話とは?」

「策の事に決まってんだろ。つうか、お前の見た目についても色々と手を加えねぇとだし」

「………はあ?」

「その包帯だらけ、ボロボロの塵みたいな姿のまま戦場に立たれても困るつってんだ。戦場に立つ国主なら見た目も拘る必要がある。その弱さ丸出しの恰好じゃ相手の士気が上がるだけだ―――お前みたいな雑魚は心の底から存在が気に入らねぇけど、僕が立てた作戦を邪魔される方が気に入らない」


不服そうに言う霧墨に私は心底どうでもよさそうに呟いた。


「そうですか」


自分の作戦に絶対の自信があるらしい。才能があるのは随分と羨ましいことだ。


「好きにすればいい。作戦の遂行に必要だというのなら私は許します。この命を捨てろというのは無理ですが」

「ふん。分かってるよ、だから死なねぇ程度に使い潰してやる………後悔しやがれ」

「無理ですね」


視線を霧墨に向ける。

じっと見つめていれば、舌打ちをした後に霧墨が詳細な作戦を話し始めたのだった。





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― 新着の感想 ―
[一言] よくあるご都合主義展開でないのがいいです。 ここから主人公がどう動くのか楽しみです。 これからも頑張ってください。
[一言] 姫の無理がいつまでつづけられるかな。
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