作戦立案
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「まず現時点で分かっている情報を纏めます」
そう言って私は夕影と霧墨に対して話し始めた。
ここは御殿の中央に用意させた軍議室だ。主に作業をしたのは女中であり、軍議室といっても簡素な椅子と机、地図と筆に木簡が積まれただけのものだ。
あまりにも設備がないかと思うかもしれないが、現時点で私が軍議をする相手として選ぶのは夕影と霧墨だけであり、そうなればこの部屋に集まるのは三人だけであるためこの程度の道具でも事足りてしまう。
戦略について他の家臣団と詳しく話すことはまずないだろう。彼らと話したところで理解は得られないし、情報が漏洩するだけに終わる結果すら想定される。
………尤も、今目の前にいる夕影と霧墨もまた、味方とは言い難いのだが。
それでも暫くの間は裏切らないだろうという想定で動けるのは大きい。
「須璃の国は我が六櫻の国の一の砦を、神瀬の国、土織家の助力を持って攻め立てた後、本隊を後方に下げました。次なる攻勢の時期を狙っていると考えていいでしょう」
「………おい、毒姫。その前に聞きたい、お前が死にかけた前の戦い、神瀬の国の兵はどのようにして潜伏してたんだ?」
霧墨からの私の呼称は毒姫で固定されたらしい。まあ、それはどうでもいい。
「須璃の国の兵の鎧を纏っていました。土色の鎧です」
「ッチ、傭兵稼業でも始めたのか、あの魔王サマは」
顎に手を当ててそう呟く霧墨。
確かにやっていることは傭兵のそれに近いが、あくまでも土織釈蛇の目的は私を殺すことである。金のために戦場を練り歩く傭兵とは少々その在り方は違うだろう。
そして今現在、土織家は私が死んだと思っている筈である。
実際最期の時に夕影が間に合わなければ、私はそのまま犯されて殺されていただろう。寸でのところで夕影の刃が間に合ったこそ、私は生きることを強要されている。
「私としての考えでは、既に土織家は須璃の国から兵を退かせていると考えます。彼の国は敵が多いですから」
「僕も同感だ。居たとしてもそれはそこまでの数じゃない。きちんと六櫻の国の兵を用兵すれば情報が伝わる前に殺しきれるはずだ。まあ、お前が生きているってことは必ずどこかで伝わるだろうがな」
「そうでしょうね。その前までに私たちは押しも押されぬ力を手に入れなければならないという事です」
神瀬の国、土織家が提示した条件として、私が成人するその時まで彼らが直接六櫻の国の攻めることは無い。
成人、即ち裳着だ。どれだけ長く見積もったとしても、猶予は十六歳まで。私の今の年齢が十三歳であるため、猶予は三年弱。
その間に、六櫻の国を土織家の侵攻に耐えられる国にするか或いは―――私以外の、後継者を用意する他無い。
土織釈蛇の攻撃対象は私だ。別の後継者がいれば、私が死ねば良いだけとなる。華樂の血を遺したうえで私の首を差し出せば全てが万事解決となるのだ。当然、私の意志としてもそうである。
………私はこの世界で生きていたくなどないのだから。
「―――その点で言えば、今回の須璃の国の侵攻はこちらにとっても好都合です。彼らから攻めてきたのであれば、なんの問題もなく彼らを滅ぼせる」
なにせ宣戦布告をしてきたの彼らだ。例え六櫻勢力が須璃の国の都を滅ぼし尽くしたとしても、それは何ら他国から攻められるようなことではない。
………実際は勢力を拡大すれば足を引いてくるものも居るだろうが、まだそれを考える必要はない。現時点において六櫻の国は須璃の国と対して差のない小国だ。彼の国を盗りこんだとしても、その評価は変わらないだろう。
「完膚なきまでに須璃の国を叩き潰します。彼らの国主を引きずり出し、その首を切り落とします。此度の戦は小競り合いではなく、正真正銘の存亡をかけた戦いと判断しなさい」
「姫様。まさか国を落とす、と?」
「ええ。どれほど慎重に事を進めても、どうせ私が生きていることはすぐに土織家に伝わるでしょう。ならばより苛烈にその報を届けさせるべきです」
そう言いながら、私は霧墨と夕影の前に一つの木棺を放り投げた。
「その木簡には私が現時点で知っている、須璃の国の産出物や石高を記入しています。彼の国は存外に鉱物資源が多い。完全に滅ぼせばそれを手に入れられる」
コツコツと進めていたお勉強の成果だ。私はこの六櫻の国周辺の情報を頭の中に叩きこんでいる。
私には間違いなく軍師としての才も国主としての才もないが、日本という国の現代に生きた男として、情報の集積とその利用に関してはこの世界の住人の水準の一歩上にいると判断している。
それも暫くの事であろうが、情報集積に加えて歴史の流れをある程度理解しているというのは必ず優位に働く。
この世界が例え私の知る史実とは欠片も合致する場所がないとしても、だ。人類が人類である以上、時代の進み方にそこまで差異が発生するとは考えにくい。
「は、刀を作るための玉鋼の材料なんて手に入れたところで、現状の六櫻の国じゃお前のために刀を振る存在自体がすくねぇだろうが」
「ええ。ですが問題はありません。元より彼らには期待していませんから」
―――そも、金属を大量に消費するのは今ではないのだ。
「霧墨。私は貴女に問いかけます。軍師と国主の役割の違いを。これは一体なんでしょうか」
霧墨に視線を向けて、問いかける。怪訝そうに私を見る霧墨に対して無表情を示したまま、言葉が返ってくるのを静かに待ち続けた。
暫くすると、霧墨が口を開いた。
「軍師は戦略と戦術を考える。どうやって用兵するかだな。で、国主はそのための手段を用意する。例えば武器や糧秣、兵の工面なんかだ。少なくとも僕はそう考えてる。ま、華樂様を始めとして優秀な国主はそのどちらもやって見せる訳だが。お前とは違ってな」
私を馬鹿にしてくる霧墨の軽口を無視し、左手を唇に当てて頷いた。
「成程」
霧墨の答えは私が想定していたものを大して変わりは無かった。
即ち、国主の役割は兵士が十分に戦えるだけの舞台を用意することだ。戦争が始まる前に、その戦場に至るまでの全てを整えることだ。
ならば問題はない。軍略ではなく国家運営という点に関して言えば、現代人でも熟すことは出来るだろう。寧ろ、それ以外は全て不可能だ。
「では霧墨。私はあなたが戦うために必要とする全てを用意します。その代わり、必ず戦いに勝ちなさい。良いですね」
「当たり前だっつうの。お前に言われるまでもねぇわ」
「………それで、どのように須璃の国と戦うつもりですか。あなたの考えを聞かせなさい」
事前のすり合わせが終わったところで、改めて霧墨に軍師としての考えを聞く。
完全なる殲滅戦であることと、そのための下準備は私が責任をもって行うという事を伝えれば、彼の頭なら作戦をはじき出すことは出来るだろう。
いや、そうでなくては困る。私に軍才はない。夕影もまた、戦場全体を支配する策略を生み出す力はない。この場において相応の智慧を持つのは霧墨だけなのである。
………出てきた発想が並以下ならさっさと殺そう。そう思いながら、私は眼を閉じて考えている様子の霧墨を残っている左目で眺めた。
「糧秣の運搬の想定は」
「須璃の国の村落からの略奪を想定して用意します」
「………姫様。それはあまりにも」
「現状の六櫻の国に物資の余裕はありません」
夕影の言葉をさっさと切り捨てる。戦う相手が須璃の国だけに留まるものか。
神瀬の国は必ず根回しをしてくる。戦いは続くだろう。ならば物資は温存すべきである。
これは身を護るための侵略戦争なのだ。
「ふん………使用できる兵は六櫻の国の総力のうちの半分弱。毒姫には人望がないからな、千人程度だろうよ」
「従わないものは殺しますので実際はもう少し減るかもしれませんね」
「………本当にお前は外道だな」
何をいまさら。視線で続きを促すと、舌打ちをした霧墨が机の上に広げられた地図の上に駒を放り投げた。
あれは将棋の駒か。この世界の遊技は私が知っているものと共通しているものが幾つかあり、将棋はその一つである。
「現状須璃の国の本隊は一の砦を再侵攻するためにやや後方、須璃の国の領域近くに引っ込んでると考えられる」
「でしょうね」
「だが奴らは国境の付近に砦を持たない。華樂様ほどの築城能力を持たない須璃の国の連中じゃ、仮に作ってもすぐに六櫻の国の勢力下に接収されちまうって判断だな」
須璃の国のその判断は正しいだろう。才あるものを集め回る土織釈蛇からすら認められた華樂の築城の才はこの世界において圧倒的と言えるほどに群を抜いている。
築城には当然、砦を始めとした防衛のための要衝を運用する才も含まれ、改築すらも広義では築城の能力に数えられる。
華樂は全てを熟せた。だからこそ、須璃の国は国境近くに砦をあえて作らなかった。
「だからあいつらは国境近くに野営地を造り、そこで準備をしていると考えられる」
王将を六櫻の国と須璃の国の国境近くに置いた。さらのその王将の周囲に金将や銀将も置く。飛車や角は無かった。
大駒二つが一騎当千ということだろう。須璃の国には本来ならば一騎当千の兵は存在しない筈なので、霧墨は敢えて省いたのだと考えられる。
さらに霧墨は飛車と玉将、銀将を手に持つと六櫻の国側の国境に並べた。
「毒姫の言った、村落からの略奪は実際のところ正解ではある。逆に今の六櫻の国で防衛は論外だ。防衛の方が有利とはいえ、今の六櫻の国と須璃の国じゃ士気が違う。毒姫を守るための戦なんぞ、誰がやりたがるか」
守って貰うつもりはない。勝手に彼らが守るのだ。私に流れる血筋を絶やさぬために。
上段に腰を降ろすと扇子で畳を叩いて、霧墨の言葉の先を待つ。
「つまり?」
「こちらから打って出る。それも精鋭を率いた奇襲で本陣をぐちゃぐちゃにする」
「ふむ。ついでに彼らの糧秣も奪い取れればいいですね」
「最初からそのつもりだっつの」
わざわざ私が言う必要もないか。
左手を唇に当てて、霧墨の作戦を吟味する。ここに現代人としての私の知識を織り込むにはどうすればいいか。
「敗残兵の心理………か」
暫く考えてそう口にすると、私は霧墨に指示を出す。
「敢えて少々の糧秣を持たせて逃がすのはどうでしょう。形振り構わなくなった兵は味方の村落からも物資を奪い取るでしょうが、最低限誇りや矜持を維持できる程度、しかし体力を回復させるには心許ない量を持たせれば、彼らは村落から略奪することは少なくなるのではないでしょうか」
「………まあ、その可能性は高い。それで?物資を村落に残した後、後から追討する僕たちがその全てを奪い取る、と?」
「ええ。効率的でしょう。どうせ死ぬ須利の国の兵の腹の中に糧秣が収まるより、これからも戦い続ける六櫻の国側に奪われる方が建設的だ」
無表情でそう言葉を零す。
霧墨も夕影も嫌そうな顔をしたが、知ったことではない。此度に戦は須璃の国の本隊を帰すことが目的ではなく、彼の国を亡ぼす国盗り戦なのだから。
「規律も道徳もねぇな。地獄に落ちるぜ、お前」
「この世こそが地獄でしょうに。では大まかな作戦は決まりました。さらに詳細な作戦とそれに必要な物資を木簡に書いて私に提出しなさい。その後に作戦日時や動員する兵を決めます………」
こほ、と軽く咳き込みつつ、私は立ち上がった。
それに伴って夕影も同じように立ち上がる。霧墨は地図を見たまま私の方に視線を向けることは無かった。
「今日はこれで終わりです。私は御殿の自室に居ます。何かあったらそこに来なさい」
私もまた視線を合わさずにそう言い残すと、軍議室を出た―――背後で、霧墨が呟く声が聞こえる。
「………あの女、華樂様がいる間に殺しておくんだった」
そうして貰えればどれほど幸福だったか。
胸の中でそう吐き捨てて、私は自室へと戻ったのだった。




