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霧墨



***



「………次はあそこですね」


左手の指を噛みつつ、私は次に行くべき場所を考える。

家臣団は私にとっては存在しない兵と同じであり、期間限定で私の配下として使える程度の存在でしかない。それ以上はないし、それ以上の物になる事は絶対にないだろう。

このようなやり取りの果てに人望などは生まれる筈が無いからだ。

例え私が凄まじい武勲を示したとしても、彼らが恭順の意を示すことは生涯無い。


「しかし、どうしても必要な力もある」


それは家臣団とは別の者だ。田村は夕影に命令して殺したが、そちらに関してはなるべくこちら側に引き入れたい。

―――味方ではない。ただ暫くの間、私の側に立てば良いという事だ。どうせ信頼関係など結ぶべくもないのだから。故に手段も問わない。

夕影を引き連れたまま御殿を歩き、私はその外れにある屋敷へとやってきていた。

ここはそう、最初の戦の前に私が訪ねた、軍師が住まう屋敷だ。


「出なさい、霧墨」


木の引き戸を義足で蹴り上げる。手でたたくよりも数倍騒々しい音が響き、しかし人が出てくる気配はなかった。

舌打ちをすると、私は更に扉を蹴る。何度も、何度も。

いい加減に木の扉が破れそうなほどにボロボロになると、ようやく扉の向こうから怒号と共に人の気配が感じられた。


「何のつもりだ!!」

「貴方に用があってきました、霧墨」

「………あ?」


手に持った筆を振り上げたままの霧墨が私の姿を見て一瞬呆ける。

そして、すぐにその唇の片方を意地悪気に吊り上げた。


「ぷ、お前!!あはは、なんだそのなりは!!たかが須璃の国との戦いでどんだけ怪我してんだよ!!」


自身の腹に手を当てて、これでもかと嗤う霧墨のそれは、まさに私を嘲るために過剰に演じてみせているのだろう。

心底くだらない。私は視線の色を変えないまま、彼の三文芝居が終わるまで沈黙を保ち続けた。

私が反応を示さないことに眉を顰めた霧墨が、ようやくその笑い声を収める。


「それで?」


そう言った霧墨の視線は私を見て、そして背後の夕影を見た。


「武勲は立てて来たのか?僕を従えるに足るほどのものを。まあ、その様子じゃ駄目だったみたいだけど。功を焦って敵から袋叩きにでも会った?その様子だと犯されてもいるかもな!はは、生まれてくる世継ぎはどこの誰の子かもしれない訳だ」

「残念なことに私にはまだ初潮が来ていませんので子を孕む心配はありません。………華樂が認めた軍師と言いますが、存外先を見る目は無いようですね」

「はぁ?」


先程霧墨が私に対してやって見せたように、私もまた口の端を歪ませる。


「華樂が死に、それを狙ったかのように須璃の国が攻めてきた。その時点で須璃の国と神瀬の国の間に何かしらの密約があってしかるべきと、軍師ならば想定するべきだったのでは?」

「―――姫様。おやめください」


背後の夕影が私がこれから何をしようとしているのかを察し、止めようとする。しかしその声はすべて無視した。


「ええ。須璃の国は上手でしたから、私はこのように随分とやられてしまいました。相手の兵の中には神瀬の国の尖兵が紛れていたわけですから。如何に六櫻の国の兵が優れていようとも、同等の質を持ち数で優る彼らに勝てる道理はないでしょう」

「………土織家が、だと」

「貴方は言っていましたよね。この程度の戦には、貴方の力は要らないと。多少の異常事態があっても六櫻の国の兵なら何とかできる、などとも言っていましたか」

「………」


霧墨が小さく唸り始める。


「きっと華樂なら、父様なら須璃の国が攻め込んできた事からその背後に何がいるかも看破して指揮を執ったのでしょう。あの人は間違いなく天賦の才を持つ国主でしたから」

「………黙れ、出涸らしが」

「黙る訳ないでしょう。散々私を出涸らしと揶揄し、馬鹿にしてきた訳ですけれど―――」


左腕を口の前に持ってくると、私は嘲笑うような声音で言葉を紡ぐ。

これは、演技ではない。正真正銘の私の本心であり、彼を嘲る言葉そのものである。だからこそ、霧墨のプライドを酷く傷つけることになるだろう。


「貴方も、私と大して変わりのない無能(・・)だ」

「この糞女!!」


吐き捨てた直後、筆を投げ捨て霧墨が私に対して殴りかかってきた。

侍とは違い軍師という、完全に知識一辺倒の人間のしては霧墨の身体能力は高く、私が避けることは叶わないだろう。

けれど問題はない。彼の拳は、背後にいた夕影が瞬きの内に移動し、しっかりと受け止めていた。自らの拳が届いていないことを確認して、霧墨が叫ぶ。


「なんのつもりだ夕影!!」

「へえ。今度はきちんと守るのですね、夕影」

「役目ですので。しかし姫様、これ以上罪を重ねることはなさらぬように。華樂様が悲しみます」

「………どうでもいい。死人が悲しむことなど出来るものですか」


小声でそう呟き。拳を掴まれたままの霧墨に近づいた。


「挽回の機会を上げます。無能を返上したければ、私の元で軍師として戦列に参加しなさい」

「は、それが目的かよ」


じっとしていれば女児のように整った容姿でありながら、その印象を全て台無しにする苛烈な笑みを浮かべる霧墨。

掴まれていない方の手を首元に持ってくると、そのまま親指を立てて掻っ切る動作をした。


嫌だね(・・・)。お前なんかの下に付くもんか。僕を徹底的に馬鹿にする主君なんかに仕えたくもない」


はっきりとそう言うのであれば、交渉は完全に決裂したとみてよいのだろう。

残念だ、残念なのは確かなのだが、彼の言う言葉に対して私も同じことを思い、更に口の端を歪めた。


「………ふ、ははは。奇遇ですね。私も、私を蔑む部下など願い下げです」


温度のこもらない笑みを返しながらそう言うと、そのまま夕影に命じる。


「どうやら彼は私の方にはつかないようです。願い通り(・・・・)殺してあげなさい」

「姫様!!」

「は?お前は何を言ってんだ?」


目を細める霧墨に視線を合わせると、特に感情を込めずに淡々と伝える。


「無能とはいえ、軍師である貴方はこの国の機密を様々に知っている立場です。普通に考えて、裏切る可能性の高いお前のようなものを生かしておくはずがないでしょう。私の側に立たないという事は、裏切り者ということです。ならば即刻、この場で切り捨てるのみです」

「ばっ、糞女テメェ、何を言ってんのか分かってんのか?!味方殺しだぞ!?」

「お前は私にとって味方ではないと言っているのが分かりませんか?」


そもそも六櫻の国という国家の中に、私の味方は居ない。

利用しあう関係でしかないのだが、その枠にすら収まらないのであればその場で殺すのが正解だ。背後から撃たれるのも、知らないうちに罠に雁字搦めにされるのも御免である。


「貴方は確かに軍師なのでしょう。それも華樂が求めた程度には優秀なのでしょう。しかし、貴方の代わりがいないわけではない。天唯は広いですから。金払いによっては優秀な軍師も雇えるでしょう」

「………信に依らず、金によって兵を買うと?」

「当然です。信頼なんて犬に食わせてしまえばいい。私は貴方も夕影も、この国の誰も彼もを信じてはいませんよ」


左手で霧墨を指差すと、夕影に命じる。


「首を撥ねろ、夕影。それは裏切り者です」

「彼は必ず役に立ちます。生かしておくべきです」

「背中に刃を突き付けられたまま国家運営をするつもりはありません。従わないなら殺すまで。先程やったように」

「………」


夕影と霧墨の視線が、私の着物にこびり付いている、やや赤黒くなった染みへと向いた。

そうとも。既に一人やっているのだ。もう一人くらい増えたところでなんだというのか。罪だのなんだのと夕影はうるさいが、罪を積み重ねずしてこの地獄を生きれるものか。

地獄を広げるために、いくらでも罪など積み重ねてやる。

昏く笑うと、再度夕影に命じた。


「それを殺しなさい」

「―――御意」

「待て。待て待て待て!!」

「無視しなさい、夕影」


眉間にしわを寄せたまま、夕影が静かに刀を抜いた。

顔をひきつらせた霧墨が今更になって慌てだすが、私は敢えて無視して夕影に殺害を命じる。

これでいいのだ。当たり前だが私はこの時点で、何を言われようとも霧墨を殺すつもりである。


「待てって!!………糞が、いいぜ!!従ってやるよ!!」


振り下ろされた刀がその言葉で止まる。霧墨の頭蓋を真っ二つにする、その直前であった。


「誰が止めろと?」

「話だけでも聞くべきです、姫様」

「随分と過保護な事で。………ふん。いいでしょう、話してみなさい、霧墨」


舌打ちをすると、爪を噛みながら言葉を促す。

汗を垂らした霧墨が頷き、話し出した。


「ああ、親愛なる糞姫様!お前に従ってやる。お前の軍師をやってやる。僕はまだ死ぬわけには行かない。華樂様を超えるまでは」

「そうですか。しかしあれだけ反抗していたお前を私が信用することはありません。わざと負ける作戦を立てる心配もある」

「ふざけんな、それは無い。六櫻の国が滅びたら、華樂様を超えられない。だから、少なくともお前以外にこの国を背負って立つべき存在が現れるまでは、お前を主と認めて勝たせてやる………だけど、他に継ぐべき奴が現れたら分かってんだろうな。僕はお前を必ず殺す。どんな手を使ってでも追いつめて、生きていることを後悔させてやる」

「なるほど」


私はそう言うと、眼を閉じた。


「いいでしょう………では付いてきなさい。私の傍で軍議を行い、その才を使いなさい。しかし、裏切りの気配を感じた瞬間にその首を落とします」


ただし、と付け加えた。


「貴方の言う様に、他にこの国を継ぐべきものが現れたら好きにすればいい。夕影、貴女もです」

「言われなくてもそうするっつの。誰が好き好んでお前なんかに仕えるもんか」

「霧墨。姫様に対して失礼です」

「事実だろう。お前だって本心から仕えてなんていないだろうが」

「………」


図星だからだろう、夕影が言葉を発することなく黙り込む。

それらの様子をすべて無視し、私は彼女たちに背を向けた。


「私に軍師の才能はない。けれど、無いならあるものにやらせれば良い。うまくやる事です、霧墨。まずは須璃の国の対策から」


すぐに背後に夕影が着き、そのもう少し後ろを霧墨が歩いているのが見えた。


「御殿の中でも利便が良い中心地に軍議室を作らせます。そこで作戦会議と行きましょう」


霧墨への殺意が消える。かろうじて使える人材となった以上は、率先して殺す理由がないためだ。

無感情な表情に戻ると私は二人を引き連れて、御殿へと戻ったのだった。





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