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民と国主







***





「毛布の洗濯は女中に任せます。装いを整え次第、民の元へと向かいます。付いてきなさい、夕影」

「御意に」


右目には包帯が巻かれたままだが、その下には醜い傷跡があるためとりあえずはそのままにする。

襖を開けようと手を伸ばせば、上手く行かずに手を取っ手にぶつけてしまった。やはり眼が片方しかないとやり難い。そもそも眼だけではなく、利き手も喪ったため、これから先の日常生活は随分と送りにくくなるだろう。

慣れなければならない。喪ったものは基本的に取り戻せないのだ。今回のような義足は稀なる幸運である。


「痛みは兎も角、なるほど性能は確かに良いようです」

「しかし断続的な痛みはある筈です。無理をすれば痛みは更に増しますので、過度な運動は控えてください」

「は。無理に決まってるでしょう?」


逃げの一手をうちこそしないものの、それでもある程度の”無理な運動”はしなければこの先の戦を生き残ることは出来ないのだから。


「衝撃は身体の内側を傷つけ、増した痛みは引くことは無くなります。せめて最低限の動きで事足りる様にすべきかと思います」

「痛みで死なない程度にしますよ。これでいいのでしょう?」

「いえ、そういうことでは………」


尚も何かを言おうとする夕影を無視して御殿を出る。城と市井の間を閉ざす大手門に向かえば、扉の向こうから怒号や罵声が飛び交っているのが分かった。

どれもこれも、私へのものばかりである。


「夕影。私の短刀を寄越しなさい」

「何に使うのですか?」

「護身用ですよ。誰か私に対して攻撃してこないとも限らないでしょう」

「………その際は私が守りますが」

「貴女は民と私を天秤にかけた際に本当に私を取るのですか?今までの事から、あまり信用は出来ませんね」


私はこの国の人間を信用すらしていない。信頼などもってのほかだ。

鞘のない短刀を小袖を止める帯の中に隠すと、私は門を守る兵士に対して命令を出して扉を開けさせる。槍を持った兵が私を見てギョッとしたような表情を浮かべているが、すべて無視だ。

ややあって重苦しい音を立てながら門が開かれると、その向こうには多くの民が集まっていた。


「………姫、様?」

「ええ。呼ばれたので出てきましたが、なんの用でしょうか」


私は忙しいのですが、と呟きつつ片方だけの目で私は集まった暇人共………己の国の民を眺めていく。

流石に武器を持つものは居ないようだ。六櫻の国は小さく、巨大な町はこの城下しかないものの、だからこそというべきか治安は決して悪い方ではない。あくまでも戦国時代にしては、という話ではあるが。

城を始めとした国主やその国主に従う国衆の管轄から離れた領域では野盗などによって略奪や凌辱が行われている例も多いという。ある程度の規則に沿って行われる戦争とは違い、辺境とでもいうべき場所ではそう言った人間の欲望が露骨に現れるのだろう。

―――まあそもそも、このままこの国の治安が良いままであるという保証などどこにもないが。私自身がそれを崩していくだろうとも、予測は出来ている。

血を流さねばこの国は守れない。この血筋もまた、守れない。


………いいや、逆か。あまねくすべてに全てに血を流させてやるのだ。


「いや、その傷………」

「そんなことはどうでもいいよ!華樂様が殺されたって、なんだい?!」

「後ほど触書を出します。それを読みなさい。読めないものは読めるものに教えてもらいなさい」

「ちょっと?!きちんと説明をしてよ!!華樂様がどれだけ偉大なのかアンタには分からないだろうけどねぇ!!あの人は―――!!」


随分と体格のいい女性が私の前に飛び出ると、そのまま私の胸ぐらをつかむ。

今日は随分と掴まれることが多いものだ。夕影の方に視線を向けると、刀を抜くべきか抜かざるべきか迷っているような表情であった。

………ほら、やっぱり。

心情的には夕影は彼ら寄りなのだ。その怒りを止めるわけがない。


「放しなさい。触れる許可を出した覚えはありません」

「なんだいアンタ、随分と横柄になってッ!!華樂様が居なくなったらアンタの天下だとても?!そんなわけないだろう、この国は華樂様が守り、発展させてきたんだからね?!」

「すぐに放さなければ国主に対する不敬と見なします」

「………こ、の餓鬼!!」


右手が振りかぶられるのがゆっくりと見えた。

私は帯の中に手を入れ、短刀を取りだすと彼女の首元へと狙いを定める。相手が兵であれば私に抵抗する方法などないが、同じ一般人であればきちんと冷静に狙えば殺すことは出来るのだ。

凶器とは、武器とは元来非力なものがその力の差を覆すために生まれたモノなのだから。

振り下ろされる拳が見えた直後、短刀を全力で突き刺そうと左手に力を入れる。しかしその短刀は割り込んできた夕影によって止められた。


「やりすぎです。双方共に」

「ゆ、夕影様!!」


どうしてと顔に書かれている民の拳を止めたのは夕影だった。同じように私の短刀もまた、私の手首を掴みそれ以上進まないように止められている。

触れられる嫌悪感で鳥肌が立ちそうだった。


「私に許可なく触れるな。離せ夕影」

「………失礼しました。しかし姫様、彼らは守るべき民です。刃を向けるのはやりすぎかと」

「国主を害する民ですか。随分とふざけた民も要るものです」


冷たく民を見据えると、私は夕影の手を振り払い、そして手にしている短刀を地面に捨てた。そのまま片手を広げて民の前に立つ。


「ふん。まあいいでしょう。それが国主の役割であるというならどうぞ、存分に私で怒りを発散すればいい。ええ、抵抗はしませんよ。それで死んだら後のことは知りませんが」

「姫様。そういうことではありません」

「何が違うというのですか?」

「せめて、華樂様の死についてはしっかりと姫様の口から説明すべきかと」

「結末は何も変わらないと思いますが?」


結論だけを述べれば、私が生まれ、育ったことによって華樂は魔王の怒りをかって死んだ。それだけなのだ。

つまりどんなに言葉を並べ真摯に対応しようが、私に対しての嫌悪や侮蔑の感情が生まれることに違いはない。

―――すべて無駄なのだ。この時間そのものが。

そもそも私は民に認められておらず、俗称は甘ったれや居眠り。そうとも、彼らとの間に絆など最初から存在しないのだ。

ないものを繋ぎとめることは出来ない。私にとって民は生き残るための道具の一つでしかないし、それ以上を求めることは一切ない。確かに彼らを生かすことは国主の務めであり、そして必須の仕事ではあるが、だからといって彼らと親交を務め仲良くするつもりは毛頭ない。


「………華樂様なら、そうなさりました。民と手を取り合うこと望み、実践しました」

「私は父様ではありません。彼と同じ轍を進むことは無い」


そもそもこの国にとって異物である私がどうして彼らと手を取り合うことが出来ようか。くだらない、心底くだらない。


「一言貴方達に言うことがあるとすれば―――私は華樂の血筋とこの国を守るという義務は熟します。しかし、その邪魔をするなら排除します。例え自国の民であろうとも。それが分かったら私の邪魔をしないでください。不愉快ですので」


近づく事の無い距離であるならば、最初から突き放してしまおう。

どうせこの道は一人きりなのだ。たった一人で憎しみの炎を撒き散らす、そういう歩みなのだ。

民に背を向けると城門へと戻る。兵に命じて扉を閉じさせれば、その向こうからまだ私を罵る言葉や怒号が響き続けていた。

きっと、一生彼らの憎しみは私に付きまとうのだろう。溜息が聞こえて、それと共に声が響く。


「そうして一人になられては、為せることも成せなくなります。どうか、よくお考え下さい、姫様」


背後に立つ夕影から諭された言葉に私は静かに振り向いた。

一切の光を宿さない瞳で、彼女の薄く開いた蒼い眼を見つめる。


「私を永遠の孤独に突き落としたのは貴方達でしょう」


そう言うと、私は視線を前に戻して先に進む。

………民の後には家臣団とのやり取りが待っている。痛む身体に鞭を打って、両の義足を動かした。



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