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痛みの義足




夕影という駒を手に入れた私は、そのまま彼女に問いかける。


「この後の予定は。そもそも私はどれほど寝ていましたか」

「………姫様は丸一日寝ておりました。予定については目覚め次第、須璃の国への対策と、そして」


夕影の視線が言いにくそうに宙を彷徨った。

不愉快であるためさっさと言葉を促す。


「はっきりと言いなさい」

「………では。民が、此度の、そう。失態について、説明を求めております。一の砦が須璃の国に此処まで侵略されたことも、味方がこれほど大きな被害を負ったことも今までなかったことですから。それと、華樂様の死についても」

「そうですか、ああ、本当にくだらない。まあいいです。先に民へと説明を済ませてから次の準備を進めるとしましょう」


無意識に立ち上がろうとして、舌打ちをする。両足が無いのでは話にならない。


「それよりも先に移動手段の確保です。何でも良いので、絡繰師を呼んで義足を用立てなさい。何を置いても性能優先です、肉体への負荷や金など気にしなくてよいので」

「義足、ですか?」

「このまま戦場に立てと?貴女は随分と鬼畜なのですね。蚯蚓のように私が戦場を這いまわる姿が見たいとは」

「そういう訳ではありませんが………義足、ですか」


そっと口元に手を当てる夕影には、何か心当たりがあるのだろう。


「ひとつ………かつて華樂様と親交があった、というよりは華樂様が助けたことのある相手からお礼として受け取った品です」

「………また父ですか、まあいいです。それはどんなものなのですか?」

「成長しても良い様に長さは可変式で、更には装着者が本来の足には及ばないもののある程度は自在に動かすことが出来る義足の、その試験型とのことです。ただ………」

「ただ、なんですか?」


随分と言いよどむ。少し苛立ってきたため、指先で畳を叩きながら夕影を睨んだ。

溜息を吐いた夕影は、その先の言葉を語ってくれた。


「熟達した侍ですら、それを付けたくはないというほどの未完成品なのです」


―――曰く、それは天狗の子と呼ばれる絡繰師の作り上げた義足の、最初のものであるらしい。

当然ながら初型ということは原型ということでもあり、何かと問題点が多い。その天狗の子と呼ばれる絡繰師はこの時代では有り得ない不可思議な絡繰を多く生み出す天才だそうだが、それとて試験段階の製品では粗も目立つというものだ。

まあ、当初絡繰師は試験型ではなく、その次に完成させ何とか実用に足るものを渡そうとしたらしいのだが、完成品を受け取ってはその絡繰師の発明をそのまま奪ってしまうことになるからと、用無しとなっていた試験型の方を貰い受けたらしい。

なんとも、あの父様らしい話である。


「確かに義足としての性能は素晴らしいのです。命じた通りに動き、身長に合わせて長さを変えられる。頑丈で壊れることはない」


ただし、と彼女は付け加えた。


「そんなものが今の今まで使われず、倉庫の中で眠っていたのには理由があります。………その義足は装着する際に、大の男ですら痛みに耐えられず死んでしまうほどの激痛を齎すのです」


さらには、と更に続く。


「装着しているときにも、痛みは続きます。装着する瞬間のそれよりは劣りますが、しかし戦場においては顔が歪み、耐えがたい程。激しく動けば接続部はその痛みをさらに増し、そういった事から実戦を行う侍たちには使われませんでした」

「………なるほど。ではそれを持って来なさい」

「しかし姫様」

「命令です。聞けないのですか?まあ命令に従わなかったのは一度目です。まだ許してあげますが、繰り返すようならこちらにも考えがありますので」

「………御意に。しかしその前に………いえ。まずは毛布を持ってまいりますので、少々お待ちを」


そう言うと夕影は襖を開き、消えていった。その姿を見送りつつ、私は考える。

痛みは我慢すれば良いだけだ。私は刀を以て実際に戦う戦士ではないのだから、激しく動くことによる激痛のデメリットはある程度無視できる。ならば優れた性能をもつその義足を付けない理由はない。

この世界の将というものは大抵、戦場に出て指揮を執る。作戦そのものは軍師が立てることがあるにせよ、国主はそれを採用し、兵士たちにそれを伝えなければならない。

つまりは私は必ず戦場に立つ必要がある。こんな私が今更戦いに混ざれるわけもなく、私の元に攻め込まれればその時点で詰みであることが殆どであるため、私が逃げの一手を打つかもしれないという可能性は最初から除外した。


「痛み、ですか」


今もまだ私の身体には激痛が響き続けている。欠損した部位が引き攣り、幻肢痛すら襲い掛かってくる。

しかし包帯を片手で解けば、幸いにして腹部や、その下の大事な部分にはあまり傷が無かった。これならばまあ、最低限子を孕むことくらいは出来るだろうか。

いや。そもそも私にはまだ初潮が来ていないため、それまでは生き残らなければならないのだが。その上でこんな身体に興奮する奇特な人間も探さなければならないのである。実に、実に面倒くさい。

………だが、そうしなければ私は死ぬことが出来ないのだ。死はやがて来たる救いである―――そう、信じるしかこの心と身体を動かすことは不可能なのだ。


「姫様。お持ち致しました」


再度襖が開かれてその向こうから夕影が毛布と白い布に包まれた物を持ってやってくる。

毛布を床に敷きつつ、夕影はその布を取り去って、私の前に義足を差し出した。


「ふぅん」


まず思ったのは、随分と雅なものである、という感想だ。

内部のフレームを覆う外部装甲とでもいうべき所には、彫刻が施された木製のものが使われていた。モチーフとなっているのは桜と天女だろうか。

角度を変えて内部のフレームを確認すれば、そちらはきちんと金属部分が使われていた。傷を受けた部分とこの義足を繋ぐであろう接続部は、鋭利な針がいくつも並び、更には肌の肉をしっかりと喰らい、固定する機構が見て取れた。

一体どのような仕組みで動いているのだろうか。かつて元男として生き、現代人の知識を持つ私から見ても、明らかにそれはこの時代の、いや………私の生きた時代ですら存在しえない、行き過ぎた発明品に思えた。


「姫様。これから義足を装着しますが、その前にこちらを」


見分を終え、義足を付けるかと夕影に視線を向ければ、彼女は私に一枚の布を差し出していた。

といってもそこまで大きなものでは無く、包帯代わりに使えるかといった程度のものだ。


「………これは、舌を噛まないように、ということですか?」

「はい。痛みによる死の他にも、舌を噛んで死んでしまった例もありますので。一説に曰く女の精神は男よりも痛みに強いというので、姫様ならば痛みでの死はないと思いますが、舌を噛んだ場合はその限りではありません」

「そうですか。私とすれば、痛みに耐えきれず死んだほうが幸福なんですが。………何をやっているのですか夕影、さっさと私にそれを付けなさい」


利き手でもない片方の腕だけで自分に猿轡を出来るほど、私の手先は器用ではない。

夕影に命令すると、彼女が手早く私の口の中に布を通し、しっかりと結んだ。試しに噛んでみるが、顎は一切動かず、成程これならば舌を噛み切る心配はないだろう。

………半開きのせいで未だ裸体の肌を涎が伝っていくが、そんなことは気にしないことにした。


「では姫様、こちらの毛布の上に」

「………」


当然話すことは出来ないので小さく頷いて私は毛布の方へと這いずっていく。

この毛布は―――まあ、汚れないように、ということだろう。大の男ですら耐えがたい苦痛を与えるという義足だ。綺麗なまま耐えられるとは最初から思っていない。

毛布の上に座り、まずは左足を差し出す。なお、知っての通り私の身体は未だに服を纏っておらず、足を差し出したことで陰部が丸出しになっているのだが、相手が夕影であることと私が元々は男としての精神を有していたこと、そしてそれら情緒や感性が死に絶えたこともあって一切の羞恥を覚えなかったのは、我ながらに少々の驚きがあった。だが、まあ悪いことではあるまい。どうせそのうち、私は見ず知らずの男にこの身体を差し出さねばらないのだから。一瞬、吐き気が襲うが気のせいと思い込み、夕影が義足を用意するのを待った。


「参ります。姫様の安全のため、もしも暴れた場合は抑えさせていただきますがよろしいですね」


本来は触れられるのは嫌なのだが………そうは言ってられないのだろう。

私はまた首を縦に振ると、夕影が左足に義足を付ける様をじっと見ていた。

それは注射されるその瞬間を見つめていたことに近いのかもしれない。けれど、私を襲う激痛はそんな陳腐な例えでは表せないほど、苛烈なものだった。


「………うぅ、うううううう??!?!!」


―――灼ける、抉られる、潰される、切り刻まれる。その全ての感触が一気に欠けた足に襲い、それが脳にまで伝わる。

激痛などと、そんな言葉で表すことすら生ぬるい。

これは、そうだ。拷問だ、それも尋問のためではなく、苦しませて殺すためのそれだ。


「姫様、落ち着いてください………!」

「ぁぁぁぁ!!!!」


身体が撥ねる。こんな時でも涙は出ないが、代わりに身体の下の方から液体が垂れていく。

肌を脂汗が伝い、涎がさらに垂れ落ちる。強く、顎が軋むほどに歯を噛み締めて………舌を噛まないようにするための方策は、なるほど正解だったと言わざるを得ない。

神経を丸ごと火であぶり、千本針で貫いたかの如き痛みはしかし、実際の時からしてみれば一瞬だったのだろう。

意識が瞬き一つほど飛んで戻れば、私の左足には義足が嵌められていた。


「………ぅ」


痛みで気絶できればよかったのに。

逆に強すぎる痛みによって、私は長く気絶することも出来なかった。正確には、気絶してもすぐに叩き起こされてしまうのだ。

だから。この痛みを、もう一度味わうことになる。


「姫様、右足はどうしますか。また後日に」

「………」


首を横に振る。こんなものを後に残しておいてどうなるというのか。

自らの体液でぐちゃぐちゃになった毛布の上で、私は今度は右足を差し出した。


「分かりました。気を、しっかりと持ってください」


うるさい。さっさとやれ。

心の中でそう悪態をつきつつ、私は先程よりも強く、布を噛み締める。



―――酷い絶叫が、城中に鳴り響いた。



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[一言] 激痛を伴う義足装着
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