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夢より醒めて


追想は終わり、目を覚ます。

目に飛び込むのは月光だ。今は夜であるらしい。一体どれほど時間が経ったのだろうか、実は意外と経っていないのかもしれない。

身体を動かそうとして、激痛が走ったのを自覚した。片目を動かせば、私は殆ど裸のままの姿であり、身体の至る所に包帯が巻かれているのがわかる。

―――酷い身体だと、他人事のように思った。

両足は綺麗に切断され、太腿の付け根から少し程度の長さしかない。利き手である右腕は肩から切り落とされており、眼は左眼しか残っていなかった。

部屋に置いてある鏡に視線を向ければ、隈と痣と包帯に塗れた少女がこちらを睨んでいるのが見える。


「本当に、酷いものですね」


………ああ。きっと、この世界には神も仏もいないに違いない。


「失礼します………ひ、姫様?!い、今人を呼びますので!!」

「………」

「夕影、夕影!!どこですか?!」


女中が目覚めた私を見てすぐに部屋の外へと飛び出していく。叫んでいる通りに夕影を呼びに行くのだろう。

私は静かに周囲を見た。誰に人はおらず、近くには鞘のない短刀と私のモノと思われる服が畳んでおかれていた。


「………ぐ」


うめき声をあげながら私は身体を動かして、手を伸ばす。

勿論、手を伸ばすのは―――短刀だ。

足が無く、包帯に覆われた片手だけではうまく体を動かすことも出来ない。それでも這いずるようにして、ようやく短刀を掴むと、私はそれをそっと頭の位置にまで持ち上げた。


「誰が」


誰が、生かしてくれと頼んだのか。

誰がこんな地獄のような世界で、生き続けたいと思うのか。

だから私がこのような選択肢を取るのは、何も間違ってなどいない。勢いよく、己の喉元へと短刀を突き刺した。

直後に、甲高い音が響いて左手が痺れる。

視界の端を、短刀が飛んでいくのが見えた。


「………お目覚めですか。しかし、姫様………今、なにをなさろうと?」

「自死です。このまま生きていても意味などないでしょう」


夕影の瞳が静かに開かれる。奥から青色の瞳が現れ、私をじっと見つめた。


「なりません。それは許されないことです、姫様」

「私の命ですよ?許すも許されないもありません」

「いいえ。いいえ、いいえ」


捉えられない速度で、夕影が私の首を掴む。そして、そのまま持ち上げて畳の上へと叩きつけられた。

ごふっと肺から息が漏れて、身体の傷口が開いたのか痛みと出血が身体を襲う。

やはり傷が殆ど治っていないということから、私が手足と眼を喪ってから、そう時間はたっていないらしい。全て、どうでも良い事だが。

溜息を吐くと、夕影の方へと視線を向ける。彼女の黒髪が垂れて、私の顔に当たっていた。非常に邪魔だと思った。彼女の髪も、彼女自身も。


「貴女は華樂様の血を引く唯一のお方。その血を絶やすことなどあってはなりません。まして、自死を選ぶなどと―――!!」

「どきなさい、夕影」

「貴女の民が、貴女の帰りを待っています。家臣たちが次にどの手を打つのかを、その決断を見つめています」

「………どきなさい。退けと、言っているでしょう」


夕影が私の首を握る腕に力が入る。息が出来なくなって、顔が歪んだ。


「貴女は未だ、何も成していない。血を遺すことすらしていない………自死など在ってはならない。我らが守ろうとしているものが率先して死ぬなどと」

「―――私に触るな………」


残った左腕で、首にかかった夕影の手を掴む。当然、彼女の肌は傷一つ付かないが、それでもかまわない。爪が割れるほどに強く突き立てて、その手を離せと睨み付けた。


「触れるな、私に触るな………二度とだ、二度と私の身体に、お前らの存在を近づけるな!!」

「っ!?」


夕影の手の力が緩み、身体が離れる。私は身体をよじらせつつ彼女から離れると、畳まれている服を掴んで夕影に投げつけた。


「気持ち悪い、気持ち悪い!!お前たちは血にたかる蛆虫だ!死んでしまえ、お前たちこそが死んでしまえばいい!!」


………一つ、気持ちが溢れればもう止まることなどなかった。冷静に自死を選ぼうとし、それすら阻まれれば。

一体私は、なにをどうすればいいというのか。


「私がお前たちに何をした!?何もさせなかったのも、無能な籠の鳥であることを望んだのもお前たちだ!!そしてお前たちは私の言葉に従わず、私を守らずこんな醜い結末になった!!」


割れた爪で首を掻きむしる。


「この血をそれほどまでに繋がせたいなら、私を犯せばいい!!どうせこんな身体だ、私はろくに抵抗なんてできない!!私を幽閉して実務だけ他の者がやればいい!!もういいでしょう?!私はもう、この世界に生きていたくない!!誰が、誰が生んでくれと、育ててくれと願ったのですか!?」


叫ぶたびに身体に激痛が走る。

治っていない身体は血を流し、それと同時に残った左目から涙が流れた。


「………私は、恨みます。憎みます、父様―――私を産み落とした、貴方を」

「―――ッ!」


左ほおに強い衝撃がはしり、一瞬のうちに私の身体は布団の上へと転がされていた。

なにが、いや。頬を叩かれたのだ。口の中が切れたのか、新鮮な血の味が口腔に広がった。


「姫様………貴女を助けるために、華樂様は命を落としたのです。華樂様がこの世からいなくなった遠因は貴女にある」

「………だから、誰が願ったのですか。私が、生かしてくれと………そう、願ったと?」


………話が、通じない。

華樂を至上とするこの国の人間にとって、私は異物であり汚物だ。だからこそ、私の言葉など何の価値も意味も宿らない。

ただ唯一、意思でもなく想いも出なく、ただ私に流れる血というものだけが彼女を始めとしたこの国の人間を動かす要素となりえる。それ以外は、そうだ。私を構成する血以外の全ては、無価値な塵でしかない。

視界が黒く染まっていくような感覚を覚える。なにをしても、どうやっても逃げられない。死にすら(・・・・)、私は辿り着けない。

彼女たちが邪魔をするから。地獄を歩けと、歩き続けろと叫ぶから。


「親が子に願われたのです。なら、その責務を全うするのがこの時代に跡継ぎとして生まれたものの宿命です」


地獄を引きずり回される。そんな光景が脳裏に浮かんだ。いいや、浮かんだどころではない。焼き付いた。


「民が貴女を待っています。今も、城下で、この戦の趨勢を、この先の選択を」

「………民など、どうでもいい………」

「姫様!!」

「民も貴女も臣下もこの国も!私自身もどうでもよい………ですが」


そうか、この世界は地獄なんだ。私のためだけに用意された、地獄。

逃げることも死ぬことも許されない。本来の命の終わりを歪めてこの世界に生まれ落ちた私が背負った、罰なんだ。

―――いいですよ。だったら。


「責務だけは果たしましょう。そう望むなら」


左手を左眼の上に置いて、強く握る。少しの間目を閉じて、そして開く。

もう、光ある世界も幸福で温かい結末も、何も望みはしない。


「私が子を為すか、或いは私と同じように華樂の血を引くものが現れるまで、私はどのような手段を用いてもこの国を守り、この国の民を守り、貴女たちの主で居続けましょう」


驚くほど冷淡な声が出た。まるで感情が死に絶えたかのように。環境は人の魂を簡単に殺すのだろう………そのまま私の視線は夕影の瞳へと向く。

夕影が少しばかり目を見開いて、驚いたような表情を浮かべた。


「ただし、そのためには私の言うことを絶対に聞く駒が必要です。夕影、貴女の言う通り義務を果たすまで、私は自死を選ばずこの国のために奉仕し続けます。その代わり、貴女は―――私の命令に絶対服従しなさい。私が殺せと言ったら敵味方問わず殺し、護れと言ったら何であろうと護りなさい………よいですね」

「………姫、様?」

「………良いですね?」


畳を叩きつけてそう確認する。

一瞬口を噤んだ夕影は、その後に。


「―――御意に」


そう、確かに言質を取った。

この世界は私のために誂えられた地獄に他ならない。

だったら―――そう。この脳裏に焼き付いた地獄を、この世界中に広めてやる。地獄を生きろと強要するのだ、ならばそう叫ぶ己もまた地獄の業火に焼かれる立場にしてやる。

傍観なんて許さない。この世界の全てを、炎の中に埋めてやる。

好きに生きろと言いつつも、そうなることをこの世界が許さないならば。私を炎で焼き続けるならば………お前たちも、道連れ(・・・)だ。

涙は炎に焼かれて消え失せた。心もまた、傷と火によって物言わぬ石となった。後はもう進むだけだ。進んで進んで、私が歩いた道全てを地獄に変えてやる。



これは、そうとも。この世界に産み落とされた私の憎しみの物語だ。

………憎悪によって燃え上がる炎を世界へと広げていく物語だ。


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