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夕影









***





「俺はお前を、自分の娘のように思ってるよ。だから―――傍にいて、助けてやってほしい。例え、俺がいなくなったとしても」


そう、華樂様に言われたのは姫様が目覚める一年ほど前だっただろうか。

様々な治療法や薬、時には呪術や呪いの類すらを以て、手を尽くしても尚目覚めない六櫻の国の眠り姫、華燐。

しかし、その血色は私が昔見た時よりも随分と上向いている様にも見えた。きっと、目覚めは近いのだろう。

そしてだからこそ、なのだろうか。私は、その時より華樂様の護衛から外れ、代わりに姫様の守護を命じられた。本音を言えば不服である。言葉通りに娘のように思っているならばこそ、傍に置いて使ってほしい―――それが、全てを与えられた私の想いであった。


「は。仰せのままに」


―――私には記憶がない。私には、親がない。

天狗の子、というらしい。私はいつの間にか山の中にあり、そこで華樂様に拾われた。

時代が違うのか、血が違うのか、或いはそもそも人ではなく本当に人と天狗が交わった結果生まれたモノなのか、この世界には時節そういう存在が生まれる。

記憶を持たず、どこから生まれたのかも不明。しかし、何か一つに凄まじい才を持つか、或いは万能と呼ばれるほどに様々に精通する知識を持つか………天狗の子は、そういう尋常ならざる存在であるという。

事実、私はこと戦うという点において天賦の才を持っていた。剣を持てばどう振るえばいいのかが分かる。相手の弱点が、どう動こうとしているのかが手に取るようにわかる。

戦場の気配が、例え遠方より撃たれる一騎当千の兵の矢であっても、私は捌けてしまう………だが。


「しかし華樂様。私は人の心の機微には疎く、戦いでしか人を守ることは出来ません。護ることは他の人間に任せたほうがよろしいのでは」


………だが、私は人の心が分からない。

ひとたび戦場を離れれば、剣を握ることしか出来ない私には、そこで平和に営む人間の何もかもが分からない。

唯一、華樂様の事だけは思える。仕えたいと、一つの武器として扱ってほしいと思える。しかし、それ以外は何も思えない。

―――天狗の子は記憶と共に何かが必ず欠落している。その代わりに、天賦の才が与えられると、そう言われる。きっとそれは事実なのだろう。

しかし、私のその言葉を華樂様は静かに否定する。


「いいや。お前でなくては駄目なんだ。この子には、道を切り開くための最強の鉾が必要だからな。そしてこの子が歩むであろう道を守れるのはお前しかいない………いつか、分かるさ。俺が華燐に向けている想いが、お前に向けている想いが」


淡く笑いながら、華樂様は私の頭に手を当てて、ゆっくりと撫でてくれた。

………そしてもう既に、この世から私が唯一仕えたいと願った人は居なくなった。その血を受け継ぐものだけを遺して。


「………」


意識を戦場に戻す。ぼうっとしながら手に持った首を放り投げた。

そして握った刀を振るう。轟音と共に金属が弾ける音がして、短い槍が空中に回転しながら弾け飛ぶ。


「………ふ」


呼吸を一つ。そして腰を低くして、目を細める。

木の陰に鎧が見えた。駆け回るうちに塗りたくった染料が取れたのだろうか、その鎧の色は黒色だった。


「時間稼ぎ、ですね」


私を相手に何故そんなことを、といえば答えは簡単だ。姫様を狙っているのだろう。

六櫻華燐に戦う能力はない。その才能も一切ない。長い間病に臥せっていた身体は脆く、生気に乏しく、最早生者としての気配が掴みにくい程だ。肉体の半分は死者なのではないかと思えるほどに。

だが、その血には六櫻華樂の血が流れている。六櫻の国は華樂様に忠誠を誓っている―――その血にもまた、忠誠を誓っている。

もしも彼女がいなくなれば、あっという間に六櫻の国は崩壊するだろう。それを、彼らは………神瀬の国は狙っている。彼の国の魔王の気性を鑑みれば、華樂様の居なくなった六櫻の国には価値などなく、また存在しているだけで腹立たしいものだろうから。

溜息を吐きつつ、身を隠しつつ放たれる矢を素手で弾いた。飛んでくる位置と速度が分かっていれば、手ですら矢は弾けるのだ。


「しかしこの場で即座に時間稼ぎを看破して行動するのは悪手、ですか」


相手は私が戦いに応じているからこその立ち回りをしている。私が逃げの一手を打てば、なりふり構わず、完全に妨害する方向に転ぶだろう。そうなれば、逆に姫様の元に向かうのが遅れてしまう。仮にも腕の立つ兵士を相手にしているのだ、足を止める行動に徹されれば対処は難しい。

そして恐らくは、いや確実に私を足止めしている敵兵の他に別動隊がいる。

………取捨選択が必要だ。多少の傷を負っていたとしても、生きて姫様を連れ帰ることが出来れば、国は―――華樂様の血筋は続く。まあ、胎に傷を負っていては困るが………いや、最悪彼女が死しても、国家としては血を受け継ぐ子さえ生まれればそれでいい。

という訳で私は多少の時間をかけてでも、確実に姫様を助けられる方法を選択した。


「出てきなさい。そのように逃げ回っていては、臆病者の誹りを受けますよ」

「………そう言われると、出ないわけには行かねぇな」


殺気が一瞬止まり、そして周囲の兵と何かしらの意思疎通をしたのが気配で分かる。そして暫くしてから刈り上げた黒髪を持つ、鎧武者が現れた。

手に持った長槍と腰に括り付けられた短槍。先程から私に攻撃を仕掛けている一騎当千は間違いなくこいつだろう。

なるほど、鍛え上げられた肉体と身に付いた技術は一騎当千と呼ばれるに足る強者だ。そして、自身の力量を弁えて(・・・)いる。


「厄介ですね」


小声でそう呟いた。

実力があっても無駄に自信満々な間抜けであれば即座に首を落とせるが、自身と敵の力量差をきちんと図れるものは倒すのに時間がかかる。

その点、目の前の槍兵は戦場に立つ資格を持っていた。


「名乗りは?」

「………神瀬の国、土織家が一番槍。壮馬一針(そうま いっしん)。六櫻の国の戦姫と相まみえられるとは幸運だ」


そうは言うが、視線には敵意と私に勝ちたいという欲がちらついていた。当然か、彼の兵を私は幾人か殺している。強敵を倒して名を挙げたいというのも乱世においてはおかしなことではない。

しかしまあ、それらの荒々しい感情を飼い殺せているのだからこの兵は優秀なのだろう。


「このような時まで礼節は不要です。蔑称でも呼んでも気にはしませんよ」

「そりゃどうも、天狗女(・・・)


軽く笑いながらそう言う男の言葉にはそこまでに嫌味はなく、まあ俗に言う快男児というやつだろうか。戦場でそのままでいられるという時点で、私と同じく平和の中で入られない性分なのだろうが。


「さて。一騎打ちでも?」

「アンタと?俺は敵の力量を測れるだけの強さは持ってると自負してるぜ?」

「ならこのまますり潰すだけです―――覚悟は宜しいですね?」


今まで片手で握っていた刀を、両手で持つ。そして腰を深く、しっかりと構えた。

壮馬一針が少しばかり頬に汗を光らせつつも、槍を構える。そして、何事かを叫んだ瞬間に、四方八方から私をめがけて槍が投げかけられた。

一騎当千の猛者であっても人間であることに変わりはない。切れば傷つくし、殺せば死ぬのが人の常。

故に、切り傷一つでも多く作るために槍を投げた………消耗戦を狙っているのだろう。だがまともに付き合ってあげるつもりはない。何もかもに。


「ハッ!!」


地面を蹴る。破裂音が響き、私の身体は壮馬一針の方へと突き進む。刀を構え、その首へと差し込んだ。


「ぐ、おお!!?」


良い反応だ、槍を隙間に捻じ込まれて防がれた。しかし甲高い音を立てて彼の手から槍が放られ、私はその隙を逃さずに壮馬一針の胴体を思いきり蹴とばす。ガコ、と音がして重厚な金属の鎧が凹んだ。


「ははは、やっぱ化け物だな―――ッ!!」


そう笑いながら吹き飛ぶ男。私は地面に落ちている彼自身が投げた槍を手に持ち、投擲をする。

彼は腰から短槍を取り出すと、それを以て私の投げ槍を防いだ。だがその瞬間には私は蹴り飛ばした男とは反対方向に地面を蹴って、先程私に対して槍衾を仕掛けた彼の配下の兵士の元へと飛び、その首を一瞬で切り裂いている。

舞い散るのは彼らの血飛沫のみ。それを手を掴み、片手で刀を強く握った。


「御命頂戴致します」

「な、めるな!!!」


再び地面を蹴って壮馬一針の喉元へと迫り、片手に握った刀を突く。神速の突きをしかし、彼の槍は再び阻んだ。寸でのところで突きの向きを逸らし、頬を刀が裂いていく。

私はその結果を見ながら、冷静にその顔面に掴んだ血飛沫を放り投げてやった。そして、刀から手を離し、その耳元を両手で叩く。

視覚と聴覚を一時的に奪う。そして、もう一度彼の鎧を蹴とばした………今度は先ほどよりも、強い力で。


「聞こえてはいないと思いますが、貴方達に付き合う義理はありませんので」

「ぐお?!テメェ、この天狗女ぁぁぁ!!?」


空中の刀を掴み、鞘に仕舞うと身を翻して、戦場を駆ける。

少々時間がかかってしまった。姫様の元へと急がねばならない。

森の中を駆けていく。戦場全体の気配としては、須璃の国が構えた本陣へと六櫻の国の側が攻め込んでいるようだ。だが、恐らくは須璃の国の総大将は既に逃げ出している。

今回の戦は背後に神瀬の国があり、六櫻華燐を害するために須璃の国に戦力の提供を行ったのだろう。そして、目的が殆ど達成されたために須璃の国の兵は一部を除いて撤退をしている。残っている兵は殆どが規律も何もない賊のような、居なくなっても構わない者共であろう。

先程まで戦っていた神瀬の国の兵とは違って対処は容易いが、彼らが姫様に対してどのような行動をするかまでは私には読めない。霧墨がいればまた違ったのだろうか。

いや、意味のない事だ。霧墨もまた、私と同じく本来は華樂様に仕える存在であり、そして私とは違って姫様の配下になるような命令は受けていない存在である。だからこそ、彼には姫様からの要請を断る権利があった。

彼はもう、戦場に出ることは無いだろう。だからこそ、無意味な想定である。


「―――見えた」


微弱な気配は姫様の物か。その周囲に数名の男の気配を感じる。有象無象の雑魚だろうが………近づくと、血の匂いが濃いことが分かった。

いや。血の匂いの中に尿の匂いもある。薄らと聞こえるのは悲鳴だろうか。


「………姫様」


視界の中に、倒れ伏す六櫻華燐の姿が見える。顔からも、そして身体の殆ど部位から血を流した少女が。

私は刀を握り、一太刀で姫様に手を伸ばす男たちの手を切り飛ばし、返す刃で首を落とした。血を払い、鞘に刀を戻すと姫様の元へと駆けよる。


「姫様………姫様!」


残った左眼が一瞬だけ私を見て、すぐに空ろになって閉じられる。どこか、その瞳の中に虚無と闇が混じり込んでいたようにも思えて。


「………華樂様」


今は亡き主君へと、私は問いかける。


「やはり私には姫様の護衛は難しいようです。どうするべきなのか、未だに分かりません」


目を細め、溜息を吐く。戦場の気配は遠ざかり、一旦の戦の終わりが見えていた。しかし、須璃の国は最低でももう一度は攻めてくるだろう。六櫻の国を奪うために。

生き残ったこの姫はさて、一体どうするのか。いやまずは、医者に見せねばならないだろう。更にはその前に応急処置を施さねばこのまま命が果てるだろうか。


「意識が無くて幸いでした」


命だけは救わなくてはならない。彼女に流れる血のために。

私は付近の松明を拝借するとそれに着火し、そして―――姫様の傷口を焼いてから、肩に乗せた。

恐ろしく軽い身体を壊さぬように慎重にしつつ、私の歩は六櫻城へと向かっていくのだった。




―――私がどうするべきなのか、どうするべきだったのか。それは未だに分からない。ただ一つ言えることは、この時の私は姫様の味方とは言えない存在であったという事だけだろう。

今もまた、私は彼女の臣下には成れていないのかもしれない。いや、きっと。彼女は認めていないだろう。

それでも………それでもと、思うのだ。果ての先よりずっと、私は後悔を続けている………。





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[一言] 姫様、生き延びる。
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