おまけ 〜おいでませ魔王城〜
テンポや雰囲気を優先した結果本編からカットしたプチエピソードです。
魔王のキャラが若干変わってますが、コッチが素。
魔王なりに頑張りました。
青い空の下、青々と繁る森が広がっている。
明るい日差し。そよぐ風。そこかしこで鳥が羽ばたき、兎が跳ねる。
静かで穏やかな昼下り。
そこに、不釣り合いな哄笑が響く。
「ふははは! よくぞここまで辿り着いたな勇者よ! ――うーん、違うな。――せいぜい我に楯突いた事を悔いるがいい――なんだろ、何がしっくり来ない……?」
芝居がかった大仰な動作でビシリと指差したり、バッと腕を広げたりしながら突然高笑いしてみたりブツブツ言ったりする魔王。
端から見れば危ないヒトだが、この場に居るのは木々や野生動物や虫ばかり。
それを奇行と見倣す存在はいなかった。
《名付け》られたばかりの魔族が数匹ほどいるが、価値観をこれから構築する彼等は何の感想を抱くでもなく、淡々と魔王のする事を見ている。
このままこの行動が続けば魔族達の感性に致命的なナニカが発生しかねない。
だが幸い、魔王のこの行動は直ぐに収束し、魔族達は致命的なナニカを植え付けられずに済んだ。
「そもそもの問題として、あんまり元のキャラクターから離して、咄嗟の時にアドリブ出来ないようじゃ意味無いんだよな……」
しばしの黙考の後、魔王は思い付いた。
「そうだ! お芝居見に行こう!」
以前街を見て回った時、大きな劇場もあったし、移動劇団もあるようだった。
上手く魔王が出て来る芝居があれば参考に出来るし、何なら相談を持ち掛けてもいい。資金ならある。
「よし、そっちはそれでいいとして、後は魔王の衣装と魔王城か。……コッチも相談してからの方が良いかな?」
なんせ、魔王として働く為の武力と言うかチート能力はあるものの、その辺のセンスには少々自信の無い魔王だ。
元から威厳とか威圧感とかが備わっていればありのままで良かったのだろうが、これまで生きて来た中で『彼』が受けた評価といえば。
「見てるとなんか気が抜ける」
「あんたが居ると緊張感無くなる」
「顔が平和」
なんて内容なのだ。どういう意味か。
とにかくそのままでは『魔王』として恐れられるのは厳しいと予想される。
出向く先で収穫が得られる事を祈ろう。
――数ヶ月後。
「いや、良い出会いに恵まれた。演技指導のみならず、魔王のマスクや魔王城のデザインまでしてくれてな。ほら、これだ」
そこには、いい子でお留守をしていた配下達に嬉々として成果を披露する魔王の姿があった。
とある旅芸人の一座に突撃し、「訳あって魔王として振る舞う事になった。どうすれば魔王らしくなれるか教えて欲しい」などと宣った魔王。ただの不審者だ。
変なのが湧いたとばかりに胡乱な顔をするヒト達。それでも要望に応えてくれた彼等は大変気の好いヒト達だった。
最初に資金援助を申し出たのも大きかったのだろうが、それでも真剣に『どんな魔王像を創るか』を議論し、ちょっとした仕草や声のトーン等で印象を変えるテクニックなどを教授してくれたりと随分と世話になった。
魔王のマスクも城も如何にもでありながらありきたりでも無い絶妙なデザイン。流石プロ。
事情もろくに説明しなかったのに、深く尋ねる事なくこんな親身に『魔王』を創り上げてくれるとは。侵攻を始める際には事前に密告しよう。
さて、早速魔王城建築しますか。
「出来た! うむうむ、雰囲気が出てていい感じだ」
神から与えられたチートを駆使し、ほんの数時間で完成した魔王城。
黒を基調に、所々に赤と金を使い、ゴシック感(この世界にゴシックの概念があるが知らんが)と高級感が同居した外観。
装飾はガーゴイルの石像や髑髏でおどろおどろしく、剣や槍のような先の尖った物を多様して敵意を表現。
いやホント、良い仕事してくれたよ、劇団のヒト。
家の一軒や二軒余裕で建てられる広々としたロビーで、魔王は満足して頷いた。
その、翌日。
「使いづらい………」
実用性を、完璧に忘れていた。
現時点で住むのは魔王一人。そのままサッカーの試合でも出来そうな広さの寝室も、突き当りが霞んで見えない長さの廊下も、魔王一人が使うには不便なばかり。
魔族達が獣形態のまま出入り出来るよう全体的にスペース取ったのも災いした。ちなみに配下達は、閉じた所は落ち着かないと言って一度中を見ただけで城を利用する気配は無い。
更に凝りまくった装飾も、掃除や手入れの事を思うと今からげんなりする。
劇団のヒトとて、まさか『魔王城』を実用品として使うとは思ってもみなかった。故にデザイン重視で使い勝手など考えなかったのだ。
こんな当たり前の事を見落としていたとは、なんと間抜けな。
まぁ、創ってしまったものは仕方ない。見た目は気に入ってるし、いずれ必要になるだろうから維持しなくては。
「となると、人手が要るな」
配下達に、ヒトの姿に擬態する訓練をして貰おう。そしてヒトの暮らしを覚えて貰って、掃除や選択等の住処を清潔に保つ必要性を理解して貰って……あ、前に買った使役獣に手伝って貰おう。
商売を頼んだけど、そっちは大して重要じゃないし、商売を続けたがるようなら行商って手もあるし。
「よし! そうと決まれば、まずはヒト族用の住居を創るか」
こちらの都合で引っ越して貰うのだ、いきなりこんな住みにくい所に住まわせるのは流石に悪い。
魔王はヒトの国で見た一般的な家屋を思い浮かべ、魔王城の横にこじんまりした二階建ての家を創った。
後で。
「いやダメじゃん!! あの子魔族の殺害対象じゃん!! だから最初に連れ帰るの諦めてヒトの国で仕事させたのに何忘れてんの俺バッカじゃねーの!?」
己のアホっぷりに、思わず口調を荒くして自己嫌悪する魔王だった。
尚、二階建ての家は魔王が普段使いにし、魔王城は時間を凍結させて来たる日まで眠りにつく(掃除とか面倒だから、汚れたり劣化したりしないよう梱包して仕舞った)事となった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
月日は流れ、勇者によるヒト族削減が一先ずの成果を出し、魔族達がヒトを攻撃する理由が無くなった。
この件に関してはまだ先があるが、ともかく。
魔族とヒトを引き合わせても、もう大丈夫になったのだ。
つまり。
「魔王城をお披露目出来る!!!」
せっかくプロにデザインして貰って張り切って創ったのに、結局出番――勇者との対決――が無くなってしまい、寂しかったのだ。
せめてヒトを招いて驚かせたい。
それに以前断念した、使役獣を住まわせる案も今なら実行可能だ。ひょっとしたら引っ越しを嫌がるかも知れないが、今ヒトの国に居ると勇者の削減対象になってしまうし、それらが落ち着くまでは魔王城に居てもらうよう説得しなくては。
――という訳で、ヒトの国で商売をしている使役獣の元を訪れ、これまでの経緯を説明し、商売を畳んで魔王城に引っ越しする案を提示した。
強制にしたくは無い。出来れば納得の上で来て欲しいが、相手は使役獣で自分は主人の立場。命令にならないよう言葉選びに注意した。
「分かりました。私に異論はありません、ご主人様のご自宅にお邪魔させて頂きたく思います」
「商売に未練は無いのか?」
「全く無いと言えば嘘になりますが、治安の悪化で数年前からまともに商売出来なくなってきてました。この先も悪化していく一方でしょう、いずれ商売を諦める事になっていたかと」
「なるほど」
感情を視ても、ほんのりと寂しさもあるが、危険地帯から逃れられるという安堵の方が大きいようだ。連れ帰って問題無いだろう。
その前に。
「ところでだな」
「はい」
「私の事を、魔王だと説明しただろう」
「はい」
「随分落ち着いているが、なぜだ? 疑念は感じないから、信じていない訳では無いようだが」
魔王と言うのは、この世界のヒトにとっては恐怖の象徴の筈。それでなくとも、この治安の悪化を招いた張本人だ、もっと悪感情を向けてもおかしくないのに。
そもそも、自分はずっと魔王である事を隠していたのだ、もっと驚かれたり、受け入れられなかったりする可能性も考えていたのに、この落ち着きぶりは何事か。
「それですか。ご主人様が尋常ならざる方だという事は、早い段階で察しておりましたので」
「え……?」
「不思議なお召し物もさることながら、ゴブリンである私に人の姿を与え、人と同等の扱いをされるなどと有り得ない事をなさる。それもどなたかへの嫌がらせでも無く本心から私と人を等価と見做しておられる様子。一体どのような環境で育てばそのような思考になるのかと思い悩んだものです」
「は、はぁ……」
「持ち込まれる品々の希少さも異常なほどでしたが、――何よりも、我が主人は嘘のつけない方ですから」
「どういう意味だ?」
普通に嘘つくよ? ていうかずっと魔王だって事隠してたし……いやそれは隠し事であって嘘とは違うのか?
「ご主人様は分かりやすうございます。嘘をつく時や後ろめたい事がある時は分かりやすく挙動不審になりますから」
マジで!?
「尊大に振る舞おうとしておられるようですが、言葉の内容の割に言葉尻に心配が滲んでいたりチラチラと相手の様子を伺っていたり」
え? え?
そういえば勇者からは結局敵意を向けられる事は無かったし、その仲間一行も会話するようになるとあっと言う間に恐怖心やら敵愾心やらが霧散していた。
え? オレひょっとして大根?
もしかして勇者達、オレが全然魔王らしくないのに、頑張ってそれらしく振る舞ってると思って合わせてくれてた……?
嘘でしょ?
………嘘でしょ…………。
「第一、富裕ですら見窄らしくなっていく中でご主人様は何らお変わり無く、不自然極まりない……ご主人様? どうされました?」
ゆっくりと膝から崩れ落ち、床に手を着いて落ち込む魔王。その前で、使役獣は不思議そうに首を傾げた。
その日、魔王に多大なるダメージを与え、膝を着かせるという勇者にも出来なかった偉業が成されたが、その事実に気付く者はいなかった。
本人達も含めて。
劇団の方は普通に安全地帯に潜み、ひっそりと活動を続けそれなりに長生きし、使役獣氏はその後、執事的なポジションに付きました。