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出来れば、よい旅を

 地上に戻ると、村は葬儀の最中だった。

 村の外れに墓地があり、そこに予想以上のヒトが集まっていた。

 勇者とその仲間達以外は、普通の村人といった雰囲気。悲しみはあるが、そこにあるのは諦念と納得。

 四年もの間目覚める事無く眠り続けていたのだ。何も知らずとも、察する所があったのだろう。


 魔王は離れた所から葬儀の様子を静かに見守った。


 やがて参列者達が去って行く。

 最後に残ったのは、勇者達とあのお嬢さんに似た面立ちの中年の女性。お嬢さんの母親だろうか。

 勇者とその女性はしばらく話し込んでいた。

 そして、女性は深々と腰を折り、勇者も頭を下げ、女性も去って行く。

 最後は、数年間共に戦って来た仲間達。こちらは長く話し込む事は無く、一言、二言、言葉を交わし、背を向ける。

 既に魔王の帰還に気付いていたのだろう、真っ直ぐこちらに向かって来る。普通の村人達を驚かさないよう気配を消し隠れていたが、その足取りに迷いは無い。

 村長の家でのタイミングの良さといい、やっぱこいつも魔王探知機搭載してるな……。


「もういいのか?」

「ああ、別れは済ませた」


 そう言う勇者の顔は、そんな顔も出来るのかと驚くくらいすっきりしている。

 いや、魔王が追い詰められた勇者しか知らなかっただけか。


 勇者の仲間達が、それぞれ礼を取ったり祈りを捧げたりして墓地を去る。

 これでこの場に居るのは魔王と勇者の二人だけ。不自然な程ヒトの気配が無いのは、予め指示してあったのか。


「その、魔王」


 もう殺してしまっていいのだろうか、と考えていると勇者から声が掛かった。


「もし無茶な事なら断ってくれていいんだが、頼みがある」

「珍しく歯切れが悪いな。なんだ?」

「……可能であれば、俺の死体は他の世界に葬って欲しい」


 予想外の申し出に、反応が遅れた。


「……そう難しい事ではない。構わんぞ。しかしいいのか? あのお嬢さんの隣でなくて」


 真新しい墓石に目を向ける。当然のように彼女の隣に埋葬する気でいたが。


「リアナとは向こうで会えるから。それより……俺はこの世界が、嫌いで堪らない。死体だけでも、この世界に残りたくないんだ」


 嫌い、と。その言葉は心底本音だろうが、そこにはそんな言葉では言い表せないくらいの重く昏い念が籠もっていた。


「――俺さ、物心ついた頃から、周り全部が不快で仕方なかったんだ」


 勇者は語り出す。ずっと胸の内に押し込めていたモノを。


「周りの大人達も、同じ孤児の奴等も、人だけじゃなく、花も草も、小鳥や虫も……太陽でさえ、煩わしく感じていた。……リアナだけが例外で」


 なぜ、それを今、魔王に語るのか。

 それは勇者自身にもよく分からない。


「孤児だから、恵まれなかったかから、周り全てが気に入らないんだと思ってた。けど、リアナのように不快感を感じない奴を見つけた。……魔王なのに、人類の敵なのに、味方の連中より、好ましく感じた。戦ってたけど、あんたの側は心地良かったんだ」

「へ……?」


 え? いや、確かになんか敵意とか無いなーとは思ってたけど。

 え?


「ずっと意味分かんなかったけど、神域に行ってようやく分かった」


 ――到着するや否や神に斬り掛かり、神を甚振るのに夢中になっていると思っていたら。


「あの場所で、俺と神はあの場に馴染んでた。そこに存在するのが当たり前だって主張してるみたいに。その中で、あんたは浮いてた」


 以外に、確り周りを見ていたのか。


「なんてーのかな、乾いた土地で乾燥に強い植物ばかりが生えてる中に、唐突に水草が一本だけ生えてるみたいな、変な違和感があった。――それは、リアナも、あと事務員もだって気付いて……それで、俺が不快に感じるモノと、そうでないモノの違いが何なのか、ようやく分かった」

「…………」

「ああ俺、ずっとこの世界そのものを嫌ってたんだな、って。ずっと嫌いなものに囲まれて、だから、そうじゃないリアナやあんたに惹かれたんだな……って」


 有り得るな、と魔王は内心納得する。

 勇者の力は魂に付与されている。つまり歴代勇者は全て同じ魂の持ち主で、そして魔王の知る限り、歴代の勇者達は戦うだけ戦わされた後は用済みとばかりに暗殺されたり、体の良い肩書きだけ与えられて飼い殺しされたり使い潰されたりととても幸せとは言えない人生を送っている。

 記憶は継承されていない。

 しかしそれは『思い出せないだけ』で、経験は蓄積されているのだ。

 勇者が――この目の前に居る勇者が、産まれた時点でこの世界を嫌悪していても不思議はない。


「そんで……俺は…………あのクソ気持ち悪い神の一部なんだって、分かって…………」


 勇者が厭わし気に歯を食いしばる。

 それもまた事実。この世界に存在する全てのものは、あの神を素に生み出されている。


「この体も魂もこの能力(ちから)もあの神の一部だったんだと思うと吐き気がする。自分が気持ち悪くて仕方ねぇ。正直、一番にぶち殺してやりてぇのは俺自身なんだ」

「勇者、それは」

「分かってる、やらねぇよ。……リアナに、今度こそ気持ち伝えたいし」


 勇者の言葉に、一先ずホッとする。

 ――告白の後が少々心配だが。


「俺……リアナに会いたいのも本当だけど………それ以上にこの世界から出て行きたかったんだ。この世界の『外』があるって知って、嬉しくなって、そこに行きたいってすげぇ思って、俺、リアナの為なんて言って、結局ただ逃げ――」

「勇者」


 ぽん、と魔王は勇者の頭を撫でた。


「それは幸運だったな」

「ぁ……」


 勇者は一転してポカンと魔王を見上げた。

 魔王は知らなかったが、勇者はこの時人生で初めて頭を撫でられた。

 幼少時代世話をしてくれた者も孤児の多さに一人一人に目を配る余裕など無く、リアナも「男の子は嫌がるだろう」とそうした真似はしなかった。

 ぐちゃぐちゃに乱れていた勇者の感情が急にまっさらになって、魔王は不思議に思いながらも結果オーライと気にせず続ける。


「好きな子に会いたい。この世界を出て行きたい。望み二つが、一つの手段で叶うとは」

「っ、俺……でも」

「いいではないか、それで。『リアナに会いたいのも本当』なのだろう?」

「………! っ、うん、後悔、したんだ、何も言わなかった事」

「うん」

「俺、孤児で、あいつは、村長の娘で。好きになっても無駄だって、諦めてて」

「うん」

「それが、勇者とか言われて、鬱陶しかったけど、それなら、認められたら、リアナを、望んでも、良いのかな……って」

「うん」


 じわじわと、勇者の目元が潤んでくる。

 ずっと独りだった。リアナは居たけれど、彼女の前では格好をつけたくて、弱音を吐くなんて出来なかった。


「そう思って頑張って、結果出したら告白するんだって思ってて」

「うん」

「リアナ、俺の事、全然意識して無かった」

「……うん」

「誰にも、未練なんか、無かった。……好きだ、って言ってたら、待っててって言ってたら、なんか変わってたかな……?」

「……どうだろうな」


 勇者は俯き、拳を握り締めて泣くまいと堪えている。

 ――だから、魔王は勇者の頭を自身の胸に押し付けた。

 その姿勢で、ぽんぽんと頭を撫でられる。幼子にするような扱いに、勇者は怒るより先に戸惑う。

 そんな風に扱われる事なんて、なかったから。

 ただの孤児だった頃は使い捨ての道具で、勇者と呼ばるようになったら、希少品になったけどやっぱり道具でしかなくて。

 溢れ出す何かが何なのか分からなくて。でもどうしてか心地良く感じて、フッと肩の力が抜ける。

 力が抜けて…………張り詰めていたものが弛み、決壊した。

 静かな墓地に、くぐもった嗚咽が響く。


「っい、生きてて、欲しかった」

「うん」

「あんな、簡単に、死ねる、なんて……お、俺の事とか、おばさんとかなん、なんだと思って……!」

「うん、それはお嬢さんが悪い」

「っ。だ、だよな!? もっと、こう、なんかあるだろ!!」


 もう支離滅裂だ。でもそれでいい。筋道なんて通ってなくていい。

 押込めてたものをただ吐き出せ。感情なんて、思いなんて理不尽で相反してて制御不能で当たり前なのだ。無理に整然と語る必要は無いのだ。

 ごちゃごちゃなまま、吐き出して、置いて行くべきものを、置いて行け。

 そして、次に向かうといい。


 めちゃくちゃな、愚痴だか恋慕だか鬱憤だかを聞く事しばし。


「……ごめん、なんか、変な事言って」


 落ち着いてきた勇者が、顔を赤らめてそっと離れた。


「構わん」

「……。リアナに会えたら、今度こそちゃんと言うよ。振られても、自分を要らないモノみたいに思ってた所だけは、訂正させたい」

「そうか」


 とうに振られている自覚はあるんだな……。

 それでも伝えに行くんだな……。


「――そろそろ行くか」

「………ああ、そうだな」


 とても名残惜しいけれど。

 魔王との対話は、奇妙に心が浮き立った。落ち着かないのに終わらせ難い。

 もっと話したい。けど、きっと気が済むまでなんて言ってたら、いつまでも先へ進まない。

 だから、ここまで。


「ではな、勇者」

「ああ。さようなら魔王」


 別れを告げ、魔王は勇者の肉体と魂の繋がりを絶ち切る。命を奪うのに、無駄に体を傷付ける必要は無いのだ。

 フッと力を失い、その場に崩れる勇者の体を、魔王は抱きとめる。

 その視線の先、肉体から開放された魂が戸惑うように揺らぐ。

 直ぐに、その近くに次元の歪みが現れた。それが地球へ繋がる道だ。

 勇者の魂もそれが分かったのか、臆する事なくそこへ向かう。歪みを潜る直前、魂は挨拶するように上下に揺れ、それから歪みの中へ消えて行った。




「さようなら、ルイス。良い旅を」






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 それから魔王は勇者の亡骸を亜空間へと仕舞い、村長の家に向かった。

 家には勇者の仲間達が待機しており、勇者の死を聞くと静かに祈りを捧げた。

 魔王への恨み言は無かった。口に出さないだけでなく、その感情を抱いて無かった。

 あったのは安堵とバツの悪さ。寂しさと無力感。


 聖女だけ、青白い顔で生気も無く幽鬼じみた様子でぼんやりしているが。

 まぁ、彼女は信仰を生き甲斐にし、洗脳教育を受けて育った子だ、神殿と神そのものと、その代わりにしていたリアナ嬢と、精神的支柱を立て続けに失ったのだ。回復には時間が掛かるだろう。


「遺恨は残りますが……それで、良かったのでしょうね。ルイスも、今度こそ幸せを掴めるでしょう」


 ……だと良いな。

 無念を込めた魔術師の呟きに、魔王は言葉には出さず、胸の内でそう呟く。

 勇者は数多の命を刈り取った。

 刈り取り過ぎた。

 他の命を奪うという行為は、それが食事の為であっても魂に負担が掛かる。

 ――それが神の望みだったとはいえ、ルイスの魂にどれほど負荷が掛かっているか。

 それが新天地でどのように作用するか。それは数多の世界を流れて来た魔王にも予想がつかない。

 あー、でも、ルイスなら「リアナに会えたらそれでいい」とか言いそう。

 それに、自身の行いから逃げる奴でも無い。


 ……うん。案外楽しくやっていそうだ。この世界よりは環境も良い筈だし。


 さて、と魔王は頭を切り替える。ルイスの心配はそのくらいにして、先の事も考えなくては。

 予定では勇者の能力を処分出来れば仕事終了だったが、つい追加で仕事を請け負ってしまった。

 神の代行としての運営。ヒト族の統治も、避けていたがこうなったら魔王として独裁国家してしまった方が早いだろう。


 それらを行うにも、人手は必要。

 目の前に並ぶ顔を一人一人確かめる。

 まずは彼等をスカウトしよう。さて、どう口説いたものかな。


 雇われた魔王は、まだまだ奔走しなければならないのだ。


〈完〉

 「雇われ魔王は奔走する」は一先ず完結です。

 ですが、上手く本編に混ぜ込めなかった設定やテンポを優先したり長くなった結果カットしたエピソードがちょろちょろあるのでこの後も番外編を(本編が番外編だけど……)投稿する予定です。

 よろしければそちらもお付き合いください。

 読んでいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本当に魔王の奔走ですね! ヤンデレでヤバい勇者が実はこんな純な奴だったとは。 次は「勇者のしがらみ」を全部断ち切った人生だといいね。 でも、なんかストーカーになる気配も、コーモリ様なら。 …
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