願うことは
魔王は勇者の産まれ故郷である辺境の村にやって来た。
村には人気は無く閑散としている。しかし手入れはされているようで荒れてはいない。
謎のストーカー機能で勇者が頻繁にここに来ているのは前から把握していた。
単に故郷だからちょくちょく帰ってただけかも知れないが、これといった手掛かりも無いので取り敢えず来てみた。
それだけだったのだが、どうやら当たりのようだ。
奥にあるこの村では一番大きな建物から、小さな村には不釣り合いな大きな魔術の気配がする。
鍵はかかっていなかった。入って直ぐにあるのは広間らしい大きなテーブルのある部屋だ。
人が集まる事を前提にしたような部屋。大きさといい、村長の家だろうか。
魔術の気配を辿り、ある扉の前に来る。中から知ったヒトの気配が二つ。ノックもせず扉を開けた。
「誰っ……魔王様!?」
「っ…………!!」
「やぁ、斥候殿。聖女、久しいな。こんな所に居たのか」
造りからして客間だろうか、部屋には斥候と約四年振りに会う聖女がいた。
――正確を期すならもう一人、ヒトと呼べる者も居なくはないが……。
「なっ、なっ、なっ」
「聖女さん、落ち着いて。大丈夫、この人怖いの見た目だけでむしろ面しr……穏やかだから」
ビミョーに魔王の威厳に関わる事を言われた気はするが、今は後回しだ。
「お前達何をしている? その死体はなんだ?」
魔王の問いに二人はビクリと跳ねた。
客間のベッドには一人の少女の死体が寝かされていた。
この死体に術を掛けているようだがマジで何してんの?
ブルブルと震える聖女に、斥候がそっと肩をさすりながら応える。
「この娘は……勇者の幼馴染みで、想い人、です」
「ああ、例の。その死体に何をしている? 勇者は怒らないのか?」
想い人の遺体を冒涜されるなど、あの勇者が許すとは思えないが。
魔王の言葉に、聖女が反応する。
「し、死体ではありませんわ! 私が未熟でこの様な状態ですが、リアナ様は生きておられます!!」
「は…………?」
当惑する魔王に、斥候が四年前の出来事を順を追って説明した。
リアナと言う娘の危機を察知した事。
急いで駆け付けたが、娘は崖に身を投げた後だった事。
直ぐに見つけたが、心臓は止まっていた事。
聖女が直ぐに治癒魔術を掛け心臓は動き出したものの、あれから目を覚まさない事。
「………………」
「黙っていたのは、その、なんて言ったらいいか分からなくて。それにあんたはこの件とはなんも関わり無いし、わざわざ言う事でもないかなって……」
なんとなく言いそびれているうちにタイミングを失ったらしい。
まぁ、構わないけど。部外者なのは確かだし。
「それで、魔王様は? なんでここに?」
「ああ、勇者の様子を不審に思ってな。何か手掛かりがないかと来てみたのだ」
「「……………」」
「お前達は、勇者がヒト族を殺したがる理由を知らないか?」
思い掛けない発見はあったが、この状況と勇者の凶行とは繋がらない。
今も継続している魔術は気になるが、魔王の目的はそこではない。
「……あの、さ」
「うむ?」
「魔王様は、世界の均衡を正す為に人間を減らしてたんだよな?」
「そうだ」
「その均衡は、もう正されたんだよな? それじゃ、なんでリアナさんは戻って来ないんだ? 魔王様なら何か分からないか?」
「待て。話が全く見えん。どういう意味だ」
斥候も聖女も困ったように顔を見合わせるばかりだ。
何か二人でやり取りした後、斥候が言う。
「あの、魔王様は人の記憶を覗き見たりって出来る?」
「可能だが?」
「出来るんだ……。それじゃあこの人の、リアナさんの記憶を見てくれ」
「なんだと?」
「ごめん、俺の頭じゃ、アレをなんて言ったらいいか分かんねぇんだ」
「……リアナ様を治療した後、何が起きたのかを知るべく、失礼は承知の上で記憶を覗かせていただいたのです。リアナ様の口から聞かせていただければ一番だったのですが、いつお目覚めになるか分からなかったので」
「その記憶が、ルイスが人を殺し回る本当の理由なんだ」
「…………」
正直、死者を冒涜する真似は気が進まない。
しかしこの娘が事態の鍵で、その記憶を知らないと話が進まないようだ。
「いまいち話が見えんが……分かった」
勇者がキレた時は大人しく殴られよう。覚悟を決めて、魔王は少女の記憶に触れた。
………
……………………
……………………………………
――ああ。これは。
建物の外で物音がした。
なるほど。
なるほどなぁ。
勇者の目的は復讐では無く、この娘を取り戻したかったのか。
直ぐ近くで大きな足音が響く。
聖女はここで新たな来訪者に気付いたようだ。
そうか、この娘が神の仕掛けか。
何度問い合わせても「問題無し」としか返って来ない訳だ。
バタン! と真後ろで音を立てて扉が開かれる。
「魔王、何をしている」
振り返れば、そこには怒りも露わな勇者が仁王立ちしている。
「リアナに何かしたらお前でも容赦しないぞ」
怒り狂った様子ながら、怒りを抑えているのはこの場にこの娘がいるからだろう。
そうでなくてはこの村くらい吹き飛ばしそうな勢いだ。
勇者の後ろからバタバタと音が近付き、間もなく魔術師や盾騎士、神官騎士と次々に顔を出す。
「すまん。この娘の記憶を見させて貰った」
「……!!」
「この所の勇者を不審に思ってな。何度訊ねても答えて貰えないので探らせて貰った」
「……ッチ」
保身と若干の抗議を含ませて言えば、勇者は納得まではしないものの怒気を引っ込めた。
相談してくれてもよかっただろうに。――相談するには信頼が足りなかったのだろうか。
………。足りなかったのだろうな……………。
「勇者がヒト族削減に積極的だったのは、神の望みを叶えればこの娘が生き返ると思ったからか?」
「……そうだよ。神はリアナを使って俺に人を助けないよう仕向けたんだ。リアナを人質に更に人を殺させるくらいするだろう。分かったら出て行け。隠し事はもう、」
「残念だが、いくら人を殺してもこの娘は戻らない」
「「「!!!」」」
魔王の発言に、勇者は魔王に掴み掛かり、聖女も食い付いた。
「どういう意味だ!」
「リアナ様が目覚めない理由が分かりますの!?」
「理由も何も……この娘は完全に死んでいる。そして聖女が今も使っている術は治癒術でも蘇生術でもない。死体を生きているかのように見せ掛ける物だ」
場の空気が凍り付く。
「――お前!!」
「わ、私は……」
元から違和感を覚えていたのか、勇者は魔王の言葉を疑う事なく、聖女へと疑心を向けた。
聖女へ突っ掛かる勇者に、魔王は二人の間に身を滑らせた。
「落ち着け。聖女にお前を謀る意図は無い。この術は、神殿では蘇生術と呼ばれ、そのように扱われていたんだ」
「どういう事です」
術に関する話になったからか、控えていた魔術師が話に入って来た。
「私はヒト族の調査をした事があってな。神殿にも忍び込んで、この術についてもこの時知った。――生命というのは、肉体と魂が結びついていて生命足り得る。外部要因で呼吸をし、心臓が動かしても魂が無ければそれはただの物体だし、逆に呼吸と心臓が止まっても魂の結び付きが切れていなければ回復可能なんだ。ここまでは分かるか?」
「なんとか」
「この術は、魂を戻しはしないが、心臓を動かし、肺を動かす。肌も色付いて何も知らぬ者には生きているように見えるだろう? 神殿では、主に死んだ権力者の死亡時期を操作する事に使っていたよ」
相続争い等では、死の順番によって誰が何を相続出来るか変わってくる。
殺人であれば、死亡時期をずらすだけで犯人のアリバイを確保し、罪を他人に擦り付けるのも容易になる。
もっと悪辣な使い方もしていたが、それはここでは言う必要はないだろう。
何れも、この術の存在が知られていない事が条件だ。
術者には「命は本来神の領域、もしもの為にこの術を教えますが、許可無く使ってはいけませんよ」なんて言っていたっけ。
「それは権力者には重宝されますね……存在を隠すのも納得です。しかし術者にすら真実を伝えないとは」
「知らずとも術に支障が無いからな」
聖女は術者としては優秀だ。蘇生ではなくともこの術は難易度が高い。それを四年もの間絶え間無く掛け続け、このような混乱した状態でも術は揺るがず発動を維持している。素晴らしい技量だ。
神託も本物を受け取れるようだし、聖女の称号は伊達ではない。
その上神殿を信じきっている。神殿の者にとっては、さぞ都合の良い人形だったろう。
その聖女は話の最中にへなへなと座り込み「神殿が」「そんな」とぶつぶつ呟いている。
可哀そうだが、その様子に勇者も聖女を信じる気になったようだ。
勇者はどこかぼんやりした様子で幼馴染みの少女を見下ろした。
「それじゃあ、俺はずっと、ただリアナの死体を保存してただけか。死体を生きてると思い込んで、ただ無駄に人を殺してただけか」
「ヒト族の削減なら私は有り難かったが」
そんな問題じゃないのを承知の上で言ってみる。
重苦しい空気の中、神官騎士が恐る恐る発言する。
「あの、魔王様には彼女を生き返らせるような術は無いのですか?」
「「「!!」」」
神殿に属する者にあるまじき発言だが、そんな事どうでもよくなるくらい勇者が恐ろしかった。穏便に片が付くなら何でもいい。そんな心境だった。
神の意に反する事でも、魔王とっては問題ではあるまい、という予想もある。
「私にも、死者の蘇生など出来ないよ。肉体に無理矢理魂を縛り付けてもいいが、それは動く死体だ。そんなモノが望みでもあるまい」
一瞬でも抱いた期待を即座に否定され、勇者は消沈する。
大人しいのは立て続けに齎された情報に、それによる感情の乱高下に飽和状態だからだ。
勇者とて、死者の生き返りを本気で信じていた訳では無い。だが、可能性が皆無ではなかった。
その幽かな可能性に縋り付かなくては、己を保てなかった。
ボロボロと勇者の何かが崩れ落ちていく。
そんな勇者に魔王は言う。
「死者は生き返らない。私にその能力は無い。しかし、私には神域を訪う権限がある」
「……?」
魔王はゆるりと手を差し伸べる。
「神域には神がいる。――行ってみるか?」
「行く」
勇者は迷わず魔王の手を取った。
流石に魔王も、こんなやり方は見過ごせなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そこは一見して何も無い空間だ。
かろうじて床が存在するが、それは客人の為に用意されたものだ。
そんなこの場の主は今現在その客人にボコボコにされていた。
時に拳を振るい、時に足蹴にし、時に剣を突き立て神を痛め付ける。
怒りに声を荒げるでも無く、報復の喜びに笑うでも無く、無言・無表情で淡々と暴力を振るう。目にだけ異様な光を灯して。
怖い。
魔王は十分に離れた所から静かに勇者の暴行を見守る。
神はヒトに寄せた姿で待ち構えていた。
そんな神を認めるや否やいきなり殴り掛かった勇者。話し合う気はさらさら無かったらしい。
神は今やボロ雑巾のような有り様だ。最初は勇者の怒りを察し、やられて見せてるのかと思っていたが、よくよく見ればキッチリダメージ入っているのが分かった。
お前神だよな? 被造物に負けてんの? マジで?
思わず素で突っ込む魔王。
以前、勇者の能力は神にも通用しそうだと思ったが、本当に通用するとは。
そしてダメージがあると言っても神は神。ちょっとやそっとでは死にはしない。一見安心材料のようだが、死なないせいで延々と嬲られる結果になっている。
自業自得だし、気が済むまで殴るが良い。
そう思って静かに眺めていた魔王だが、勇者が落ち着く気配は一向に無く、一方的な暴力が地上時間で半日に及んだ辺りで止める事にした。
これいつまでも終わらないヤツだ。
「勇者、まだまだ殴り足らないようだが、そろそろ話を進めよう」
「……話?」
「幼馴染みの子の事、聞かないのか?」
ハッとして勇者の手が止まる。
ボロ雑巾のような物体を見下ろし、何やら困惑顔で言い掛けては止め、言い掛けては止めと繰り返す。
勇者から感じるのは……怯え? 何に?
「リアナは………」
ここ数年荒れ狂ってばかりいた勇者からは考えられない慎重さで、その名を口にする。
「リアナは………どこだ?」
問いに、神は途切れ途切れに言う。
《あの子、なら………帰った、よ》
「帰った?」
《そう。……元の、世界に》
「いつ」
《死んで、直ぐ。……君達の、事、見てたら……未練、が残りそうだから……って。元の世界に送った………。君が、あの子を見つける前、だよ》
「………………!!」
潔いと言うべきか、薄情と言うべきか。
仮に蘇生術があったとしても、件の娘が蘇る目は無かったようだ。
さて、勇者はどうするか。
「………その世界に連れて行け」
「追い掛ける気か」
勇者の選択に、魔王はつい口を挟んだ。
そんなにもその娘を……………。いや、この世界に嫌気が差したのもあるか?
《無理だよ……》
「なぜ!」
《世界というのは……、地面のような、固定されたモノとは違い、常に流動し、近付いたり離れたり、している。……あの子は、偶々近くを通り掛かった世界で見つけた子。帰りは、同じ波長を目印に出来るから……問題無く返せた、けど、もう僕にもあの世界を見付けるのは無理だ……》
「そんな……………」
ああ、この神はまだ若いからな。あまり遠い世界の事は分からないし、関われないのか。
「それなら問題無い」
「《?》」
「心当たりがあったんで、待ってる間に連絡取ってみた。直ぐに来てくれるそうだ」
魔王は様々な世界を渡り歩いて来た。その膨大な記憶の中に、覚えのある物があったのでもしやと思ったら当たりだった。
草履懐かしい。