閉幕……ならず
報告の場に魔王が選んだのは謁見の間だった。
広い空間の、本来なら家臣が居並ぶ場所に王を始めとした元王族が待機し、その後ろに重役に就いていた元貴族が並ぶ。彼等には『許可するまで動く事、話す事を禁じる』と命令してある。
中央付近には勇者の仲間達が佇み、中心では魔王が勇者に事の次第を説明していた。
話が進むにつれ、異様な気配を増していく勇者に、魔王以外の者達は冷や汗を浮かべ、震えだし、血の気が引いていく。
一通り話を聞いた勇者は全身に憎悪を滾らせ、元王女に掴み掛かろうと動く。
魔王はその肩を素早く掴んだ。
「離せ」
「そう逸るな。まだ話は終わっていない」
「十分だ。あの女は許さない。生きたまま切り刻んでやる」
「ふむ。どうしてもと言うなら止めはしないが、その前に私の案を聞いてはくれないか?」
「あ゛あ゛?」
ギロリと魔王を睨む勇者。
その怒気はもはや物理的な圧力を持ってその場に居る者に襲い掛かっていた。それだけで心臓を止める者が出てもおかしくはなかった。
それでも誰一人動かなかったのはそう命令されていた事と、魔王が間に入って威圧をやわらげていたからだ。
元王族貴族達は自分達が魔王に守られている事に気付かなかったが、それが理解出来た勇者の仲間一同は心の中で魔王に取り縋っていた。
余裕の無い様子の勇者に、これはさっさと本題に入るか、と廊下に続く扉を示した。
「入りなさい」
言うと同時に、扉がひとりでに開く。
そうして扉の向こうから現れた人物は、その現象に驚きつつも命のまま謁見の間に足を踏み入れた。
その姿を視界に入れた元王族貴族は嫌悪に顔を歪めた。
「あんたは……オーク族の長?」
「いかにも。お久しぶりですな、勇者殿」
魔王達に近付き、礼を取るオークの長と幹部数名。予定より遠くで止まったのは勇者を恐れてだろうか。
なぜ彼等がここに、と疑問を浮かべる勇者に魔王は説明する。
「魔術師殿に聞いたが、勇者は迫害されていたヒト族の保護もしていたそうだな」
「は……?」
何の事だ、と疑問の声を挙げる勇者に、魔術師が恐る恐る近付き言う。
「今言われた『ヒト族』とはオーク達の事だ。魔王はどうもエルフやドワーフや獣人、それにオークやゴブリンまで人族と認識しているらしくて」
「はあっ!? 全然違うだろうが!?」
「細かい種族差は認識してるぞ。耳の形も肌の色も大分違うし。ただ、ヒト族に変わりはないだろう?」
「いやそれ分かってないだろ!?」
この時ばかりは勇者も元王候貴族も、ついでにオーク族も心は一つだった。
「まぁ、細かい事はさておき」
細かくねぇよ、と魔王以外の全員が思った。
「彼等は勇者の味方なのだろう? そこで、この国の統治を彼等に委ねようと思ってな」
魔王の言葉に、待機させている貴族達から驚愕と憤怒と屈辱と……まぁ怨嗟の念が向けられた。
勇者も驚愕し――次いで目に入った王族達の様子に理解の色が浮び始めた。
この国の、いやこの社会のヒエラルキーは頂点を王とし、王族、貴族、裕福な平民、一般的な平民と続く。
そしてそれは『人間』に限った話で、人間以外はヒエラルキーに存在すらしない下等生物。
頂点たる王を、王族貴族をその下等生物の下に置こうと言うのか。
…………それはいい。
魔王の采配に昏く歓喜した勇者だが、まだ終わりではない。
「そして、元国王を始めとした元王族達には、彼等――オーク族に仕えて貰おうと思う」
言ってカツカツと元国王の方へ進む魔王。元国王の前に着くと、どこからか小瓶を取り出す。
「飲みなさい」
隷属させられている元国王は、それだけで人を殺せそうな視線で睨み付けながらも、差し出された小瓶を受け取り、中身を飲み干す。
「……? この香りは?」
魔王の唐突な行動に、一同が何事かと首を傾げる中、オーク族が反応を見せた。
スンスンと不思議そうに匂いを嗅いでいたオーク達は、次第に顔を紅潮させ、直ぐに目をギラつかせて食い入るように元国王を注視し始めた。
「ま、魔王、様、これは、一体……!!」
「今飲ませたのは、飲んだ者にオークの女性のホルモンと同じ匂いを発生させる薬だ。どうだ、オークの長? 元国王をどう感じる?」
ヒト族の大半は視覚に依存し、異性を見る時も見た目を重視するが、オークの場合嗅覚がそれに該当する。
原料は元々オークの女性が美容に良いと重宝している果物だ。それを加工し、飲用した者の匂いをオークの男にとって好ましい物にするアイテムを作ってみた。
「あ、ああ、あの醜い人間が、まるで極上の美女のようだ……!! 話を聞いた時は反吐が出ると思ったが、これなら!!」
「承諾して貰えるか?」
「おお、もちろんだ! お前達も異論は無いな!?」
「ええ!」
「当然です、誰も文句など言いませんよ!!」
「むしろご褒美です!!!」
今まで大人しくしていたオーク達の盛り上がりように勇者達は困惑する。
「魔王………?」
不可解な展開に、勇者は背景に『説明しろ』と言う文字が浮びそうな表情で魔王を呼ぶ。
「私の目的はヒト族の削減だ、という話はしたな」
「ああ」
「どうやらお前達は彼等をヒト族と認識していなかったようだが、その対象には彼等――オーク族も含まれている」
この発言に、勇者達はもとよりオーク達もピシリと固まる。先程、事前に打ち合わせしているような事を言っていたが、全てを聞いていた訳ではないのか。
「ヒト族の削減は勇者に一任したが、オークのようなヒト族と認識していないヒト族の殺害は承知していないのだろう?」
「――! あ、いや、これは」
「ああ、責めているわけではないよ。認識のズレに気付かなかったのは私も同じだ。彼等とは友誼を結んでいるのだろう? そんな相手を殺せとは言わんよ」
「え……いいのか?」
それでは約束を果たせないのでは。
訝る勇者に、魔王は肩を竦め続ける。
「こちらの落ち度でもあるんだ、一方的に責めるなどしない。しかしオーク族も数を減らしたい。そこで考えたのだが、要は最終的に帳尻が合えば良いのだ。なら、数を減らすのではなく、殖やさなければ良いのでは、と」
「はあ……?」
「かと言って繁殖は生物の本能。無理に抑え込んで精神に異常をきたすのでは、死んだ方がマシと言う者も出よう。なら、絶対に繁殖出来ない者を相手に出来ればどうだ?」
「…………!!」
元国王が薬を飲んだ後のオーク達の様子。生殖しなければいいと言う主張。
漸く魔王の言わんとする所を察し、勇者は目を剥く。
控えていた元王族貴族は『オークに仕える』の意味を察し、恐怖と屈辱でわなわなと震える。
あらかじめ聞いていた魔術師達もその発想の非人道振りに恐ろしくなるが、非人道度では王族の方がずっと酷いので同情はしない。
「問題は他種族を性の対象と見做せるかどうかだったが、この通り解決した。これなら勇者がオークを殺さずに済むぞ。相手にこの国の支配階級を選んだのは、その方が勇者の意にかなうと勧められたからだが、どうだ? 気にいったか?」
「そう、か。――ああ、最高だ! ははっ、確かに、殺して終わりにするよりよっぽどいいな!! あはははっ」
とても真っ当とは言えない様子で笑う勇者の視線の先には元王女が居る。醜く顔を歪ませ、こちらを睨み付ける様に勇者は気分を良くした。
殺してしまえば、気が晴れるのはその一瞬だけ。けれどこの方法なら、穢らわしい物を世に留める代わりに死ぬまで苦しませてやれる。
あの愚かな女はリアナの尊厳を踏み躙った。
ならばこの女の尊厳も踏み躙られるべきなのだ。
心底喜ぶ勇者に、魔王は密かに安堵した。
魔王が懸念したのは勇者の復讐が際限なく続く事だ。こればかりは理屈ではない。勇者が溜飲を下げるかどうか。それが全て。
惨殺を止めたのも元王女の為などではない。殺した後で、勇者の怒りが収まらず矛先を失い暴走する方を危険視したためだ。
まだ若い女性には苦痛だろうが、もとより国の為の結婚をすると言っていたらしいし、有言実行して貰おう。
実際に、この元王族貴族達が従っている間は民には手を出さないようオーク族に指示した。
――元王女を始め王族達が脱走したとの報告を受けたのは、それからわずか一月後の事だった。
その後、指示通りオーク族は民衆も性欲処理要員として徴収した。
その原因をきちんと説明した上で、だ。
そこに元王族が民衆の前にのこのこ現れ、「共に魔王に抗おう」と演説ぶり、キレた民衆に蹂躪され、死にかけたので回収した後、今度は奴隷としてオーク達に下げ渡されたりした。
――仕事としてオークの相手をしていた時は最低限、衣食住や十分な睡眠時間自由時間も魔王権限で保証していたが、奴隷は死なせなければ良いという扱いだ。
何がしたかったのかな、あのヒト達。
まぁ、元王女が民衆に襲われてるのを見て勇者の機嫌が良くなったので感謝しよう。
そうして三年の月日が流れた。
その頃になって漸く人口が適正値に入った。
思ったより時間が掛かったが、これは主に魔王が大規模破壊を禁じたせいだ。
広範囲無差別殺戮魔術を使えば数ヶ月と掛からずに事は済んでいただろうが、勇者一人が、周囲に気遣いながらではどうしたって時間が掛かる。
その間にヒト族は散らばり逃げ回った為それを探すのにまた時間が掛かり、逃げた先が自然豊かな所では闇雲に力を揮えず、更にヒト族が「殺戮者は自然破壊を避けている」と気付いて手付かずの自然の中に逃げ込み、自然に配慮した殺戮を強制されてと、気付いたら三年も経っていたのだ。
試しに勇者の仲間と配下の魔族を引き合わせて見たが、配下は警戒心を反射するばかりで攻撃性は見せなかった。
この結果に安心して魔王は勇者達を魔王城に招いた。せっかく作ったのに結局出番が無かったので、せめてお披露目したい。
魔王の知らせに、勇者は大きな反応を見せた。複雑過ぎて上手く読み解けない感情が膨れ上がり、そのままどこかへと跳んで行った。
「???」
勇者の仲間達も何やらそわそわしている。
どうしたのか尋ねてみても「こちらの事情だから」と答えては貰えなかった。
関わりを拒む感情を感じて大人しく引き下がる。少し寂しいが、自分はあくまで『魔王』、言えない事もあるだろう。
数日後、やって来た勇者は浮かない顔をしていた。仲間達も勇者を気遣っているようだ。
「魔王。本当にヒト族は必要なだけ減らせたのか?」
妙に思い詰めた様子の勇者がそう問うてくる。
「ああ。もう殺さなくていいぞ」
「本当に? まだまだヒト族は残っているぞ? もっと減らした方がいいんじゃないか?」
「勇者?」
まぁ、確かに適正値ギリギリだけど。
またヒトが殖えたら直ぐに削減対象になってしまうレベルだが、コントロールは出来なくもない。
それこそオーク族にしたようなやり方で人口増加を抑制すればいいのだから。
そんな感じの事を勇者に説明するが。
「そうか、やはりまだヒトが多いのか」
何かを納得した様子で頷く勇者。
「もっと数が少ないのが理想なのだろう? もっと殺して来る」
「? なぜ?」
「……やっぱり魔王はなるべく殺さずに済ませたいんだな。すげぇ皮肉」
「いや、私も大概殺しているぞ?」
一人で納得して、勇者はさっさと立ち去ってしまった。
困惑する魔王に、斥候が「好きにさせてやってくれ」と言い、魔術師や神官騎士も全面的に納得してはいないようだったが同意を示した。
改めて魔王城を案内し、つい作ってしまったドリンクバーや広大な浴場、派手さは無くとも品質だけは王族御用達を上回る寝具の数々、自動で料理を作って出してくれる食堂に勇者の仲間達は茫然としていた。
うん、自分でもそんな所にチート注ぎ込むなよと思う。
だが後悔はしない!
……体だけはヒト族仕様だから野宿は辛かったんです。
この日から、勇者は頻繁に魔王を尋ね、人口の変移を聞いて来た。
人口は順調に減り、しばらくして安全圏にまで下がった。
そう伝えたがなぜか勇者は納得せず、殺戮を続けた。
止めても勇者は聞かず、過剰繁殖どころか文化の維持に支障が出始める程に減った辺りで魔王は動く事にした。
前々から引っ掛かりは覚えていた。
しかし知られたくないならば無理に暴く事もあるまいと放置して来た。
距離を置いていた。
けれどそれもここまでのようだ。
いい加減問い質そう。
勇者よ、何があった?
一話で出た"魔物扱いされてるヒト"とはオークやゴブリンの事です。
魔王にとってはラブラドールとプードル程度の違い。どっちも犬だよね? って感じ。
他にもエルフ、ドワーフ、妖精、獣人等多種多様な種族が居ますが、彼等も魔物扱いされ人の国では普通に売り買いされています。
偶に人族でも魔物のレッテルを貼られ動物のような扱いをされてる人も居る。
上の人が黒だと言えば白も黒になる。そんな社会。
〜おまけ〜
魔王「一般市民の徴収だけど、娼館の利用者から順に連れて行こう。貞操観念がしっかりしてる人だと流石に辛いだろうから、まずはその辺ゆるい人からね」
オーク長「承知しました。常連客だけでもかなりの数に上りますから、一先ずは十分な数を確保出来るでしょう」
魔術師「なるほど! そうした施設に賛同して使用する人なら反対する資かk、理由は無いでしょう。名案です! (っしゃあぁぁぁっ! 付き合い無視して魔術にのめり込んだ俺、大・勝・利!! 何が紳士の嗜みだバカ令息共ざwまwあw)」
盾騎士「そういう事ですか。流石ですね。(女の子の手も握れず泣いていた十代の俺よ! お前の苦悩は! 今! 報われた!!)」
神官騎士「仰せのままに(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル)」