邪悪
「冤罪ですわ」
無駄に豪奢なソファに座り、最高級品のドレスとアクセサリーで身を固めた少女は毅然と言った。
そこには確かに裏も疚しさも罪悪感も無かった。
場所は勇者の出身国の王城の一室。
ガラスをふんだんに使い、陽射しの入る明るく暖かい室内は、太陽の恵みを打ち消して有り余るほどに冷え切っていた。
「確かにわたくしはその貴族にリアナ様との婚姻を打診しました。ですが決して命令はしていませんわ。わたくしはあくまで婚約者を取り上げたお詫びとして嫁ぎ先を世話したまで。リアナ様の死を望んだなどと、邪推も甚だしいですわ」
そう豪語する元王女は堂々しており、魔王が感情を探っても己の潔白を信じる気持ちしかなかった。
そこには嘘も偽りも誤魔化しもなかった。
だからこそ厄介だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
勇者からの頼みは、『幼馴染みの死の要因を明らかにする事』。
そこでようやく魔王は勇者の異変の理由を知った。
色々納得した。大切な人の為に戦ってたのに、よりによってその大切な人を殺害されるとかそりゃ闇堕ちするわ。
ガチで世界滅ぼせる奴にそんな真似すんなよ。
ともかく事情は分かった。
これはちょっとやそっとでは勇者も止まれないだろう。何らかの形でその想いに決着を付けなければ、冗談抜きで世界を滅ぼす所まで行ってしまう。
せめて『誰が』『何を』したのか、因果関係をハッキリさせて落とし前を付けさせねば。
という訳で、まず勇者の出身国を急襲。全王候貴族を捕らえ片っ端から隷属契約結びました。もちろん無理矢理。
サクッと王国を支配下に置いた魔王に勇者のお仲間さんは茫然としていた。
武力はあっても権謀術数には弱い勇者達、真相究明したくとも権力者には手が出せず、手詰まりだったのだ。
魔王に相談したのは駄目元で、不思議な魔術を使う魔王なら何か手が有るのでは、くらいの淡い期待しかなかったのだかこの結果。魔王ヤバい。
気を取り直したお仲間さん達は「凄い」「こんな簡単に済むなんて」と褒めてくれるが、魔王としては忸怩たるモノがある。
盗聴器仕込んでいたから魔王にはその事件を未然に防げた可能性があったのだ。勇者に勘付かれて停止させてそれっきりにしてまったが、もう少し勇者を気に掛けるべきだったろうか。
ぐじぐじ悩む趣味は無いが、この真相究明に関しては全力で当たる所存だ。
ちなみに勇者は他国で虐殺に励んでいる。
お言葉に甘えて人口削減任務を任せる事にしたのだ。勇者のガス抜きも兼ねて。
勇者自身も「今国の連中を見たら殺さないでいられる自信が無い」と自ら離れた。
結果を知らせる時がちょっと怖い。
ちなみに、問題の領主と騎士崩れからは話を何も聞けていない。
勇者にズタボロにされ、まともな精神が残ってなかったのだ。いくら隷属させて嘘偽り隠し事を禁じても、肝心の精神が壊れていては何も引き出せない。
――この失敗があったから国の調査を任されたんだな、と静かに納得した。
で、全王候貴族と王城で働いてた平民を奴隷化して片っ端から事情聴取。大変でした。
結果は案の定というか、主犯は勇者との結婚話の出ていた王女サマ。
他の上層部は何も知らなかった。勇者の幼馴染みの事を聞いても「誰それ?」と。
「なぜ平民の事など気に掛けねばならんのだ?」とめっちゃ不思議そうに聞かれました。
とりあえずこの件に関しては白と見ていいだろう。
そして冒頭の場面に至る。
冤罪だ、と主張する元王女に問う。
「リアナ嬢の死を望んでいないと?」
「ええ」
「彼の領主への指示に、彼女の排除を含ませてはいないか?」
「そんな真似はしませんわ」
「では勇者があなたとの婚約を断った事をどう思った?
その結果に対し、どう対応した?」
「ルイス様は平民の育ち、本来の身分に相応しくとも直ぐには馴染めなかったのでしょう。ルイス様のお気持ちを汲めず、先走ったのは失態でしたわ。まずは使命に専念して頂き、ゆっくりと貴族社会に馴染めるよう支援に徹するべきでした」
魔王を前に青褪めつつもしっかりと受け答えする姿は好感が持てるものだった。
しかし内容がひどい。
《なぁ、この元王女さんは普段からこうか?》
念話で背後に控えている魔術師達に問う。
ちなみに思考加速を全員に付与した状態だ。呆れたような何かが遠のくような感情を感知したが諦めて欲しい。魔王はチートなんです。
《ええ、いつも通りです。王女殿……前王女に限らず、王侯貴族は基本こうですよ》
《この子、自分が振られてる事本気で気付いてないんだけど》
《……そりゃあね、王族との結婚に喜ばない人なんていないからね、普通は》
《ある意味常識的な反応ではあるかと》
皆さんから精神的疲労を感じた。魔王もだ。
《とすると、あの事件は領主の暴走か?》
この元王女はアレだが、悪意が無いのは確かだ。
《……どうでしょう? あの領主は地方の下級貴族。打診として断る余地を残したとは言っても、王族からという時点で断るなんて選択肢は有りません。王女の慈悲を無碍にした、なんて話にでもなれば貴族社会では致命的です》
《事実上の命令か。しかし、彼女にそんな意識は無いようだな》
《故意でなく無自覚なら教育係の怠慢ですね。王族に産まれた以上、己の影響力は把握し、些細な言葉尻にも神経を行き渡らせなければなりません。王と王妃、後見である王妃の実家にも責任があるでしょう》
《ふむ。――盾騎士殿、思う所があるなら言ってみろ》
さっきから言うべきか言わざるべきか、みたいな迷いを感じるので話を振ってみる。
《あ、いえ、単なる憶測にすぎませんので》
《いいから、さっき考えてた事を言ってみろ》
《……本当にただの思い付きですが……。私はあの領主と面識があったのですが、彼は強い選民思想の持ち主でした。下級貴族である事に劣等感を抱えているようで、それが平民に対する過度の侮蔑に繋がっていたようです。そんな彼が、頂点たる王族から、平民との婚姻を打診されるのはひどい苦痛だったのではないかと……》
《続けて》
《は……。王命には逆らえない。かといって平民を妻とするなど受け入れられない。そこで、命に従いリアナ嬢を迎え入れようとしたものの、その前に『事故』で亡くなった、という筋書きを書いたのでは、と》
《そこに、王女が『勇者の元恋人』を疎んじている、なんて噂が入って来たら「その平民を排除するのが主目的」と解釈し、なら無理に嫁入りさせる必要は無いと判断してもおかしくは無いな》
《というか、遠回しな暗殺命令と受け取っていた可能性も有りますね》
《……貴族面倒臭ぇ》
シンプルに生きて来た魔王には、貴族の曖昧な物言いも裏の読み合いも鬱陶しいばかりだ。
そんなやり取りは時間にして数秒にもならなかったが、間が出来たのは確かだった。
それを機と見たのか、元王女が言う。
「そんな事より、あなた達は何をしているのです」
やや身を乗り出し、キッと目を向けたのは、魔王の背後に侍る勇者の仲間達。
「予想外の事態になった事は確かでしょう、勇者と言えど人の子、感情を乱され道を誤る事も有りましょう。そんな時、勇者を支える為にあなた方が居るのではありませんの?」
突然何を言い出すのか、と魔王は元王女を観察する。
反応が無い事をどう思ったか、王女は続ける。
「勇者が道を誤った時に身を挺してでも諫め、正しい道へ導くのが仕える者の務めでしょう。それを果たさぬばかりか、よりにもよって敵へ媚びつらうなどと。恥を知りなさい」
「……………」
魔王は内心溜め息を吐いていた。
彼女から感じるのは義憤。敵の手に落ちようとも、自分は屈さぬという誇り。
「元王女よ、思惑はどうあれ、あなたの行いがこの事態を招いた、という話をしているのだが理解出来なかったかね」
「ご心配なく、分かっておりますわ。ですがそれとこれとは別でしょう。わたくしの失態はお詫びしますわ、犠牲になった国民に。リアナ様の不幸もルイス様も気の毒に思います。ですが、そんな事は人を殺していい理由にはなりません。はぐらかさないで下さいませ」
「…………………」
なるほど。
なるほど正論だ。
確かに自分の大切な人を殺されたからって、人を殺していい理由になどならない。
当たり前だ。
実に正しい。だが、
お前が言うな。
魔王の背後で殺気と怒気が膨れ上がる。
魔王はそれを制するように立ち上がった。
「元王女の言い分は分かった。追って沙汰を下す。大人しく待っていろ」
言うなり元王女に背を向け、勇者の仲間に退室を促す。
その背に。
「このような悪逆、神は決してお許しにはなりませんわ。魔王陛下、勇者を籠絡しても必ずや神罰が下り悪の世は滅びるでしょう。――覚えておくことです」
魔王はその言葉に反応せず、さっさと部屋を出、扉を閉めた。
残念だが、神はこの状況を黙認している。
勇者がああなってから、念の為にこのままでいいのかと何度か問い合わせたが、返事はいつも『問題無い』だったのだから。
「なんっなんだあのアマッ……!!」
扉が閉まるなりそう吐き捨てたのは斥候だ。聖女と共に離れたかと思ったが、少し前に顔を出した。
魔術師はぐっと拳を握りしめ俯き、盾騎士は苦々し気な顔を明後日の方に向けている。
「分かっていると言いながら、全く分かっていないな。まるで現実が見えていない。あんなのが王族とは」
気の毒に、と魔王は溢す。これまでも無自覚に周りに理不尽を強いていたのではあるまいか。
王女自身は己の善性を確信しているようだが。
「だが、正論だ」
ぽつりとそう呟いたのは盾騎士だ。
「っ! てめぇ、あんなヤツの肩を持つのかよ!?」
「アレの味方をする気は無い。しかし、リアナ嬢が殺されたからって、ルイスが人を殺す理由にはならない。――そこは間違ってないだろう?」
「それは、そうだが」
何やら揉め出した勇者の仲間達。
「けど!! この国は腐ってる!! 放置していい筈が無い!!」
「今勇者に殺されているのは他国の、それも平民が大半だ」
「……っ、そ、れでも」
「――そうだとして」
声を荒げる斥候に被せるようにして、魔術師が言う。
「あの時、俺達に何が出来た?」
「「……………」」
「あの時、ルイスは正気じゃなかった。言葉が届いたかどうか怪しいし、そもそも俺達は威圧にあてられて指一本まともに動かせなかった」
その時の事を思い返しているのか、しばし沈黙が降りた。
「……魔王よ」
やがて、盾騎士が魔王へと顔を向けた。
「なんだ?」
「もし、貴殿があの場に居たら、勇者をどう説得しただろうか?」
「……魔王に対する質問ではないな」
視線が魔王へと集中する。
「そもそも前提が違う。私は勇者を説得などしない。好きにさせるさ」
「あ、いや、こちら側だったとして――」
「下手に止めたりしたら、勇者は壊れるぞ」
「「「……!!」」」
「勇者の怒りや憎しみは尋常じゃない。今だって正気とは言えない状態なんだ。あの激情を押し込めたら、精神崩壊くらい起こすだろう」
「その変わり、無関係な人が大勢犠牲になっても?」
「勇者は、その無関係な大勢の為に戦いに駆り出されたのだろう?」
「「「………………………」」」
「要は、大勢の為に一人を犠牲にするか、一人の為に大勢を犠牲にするかの選択だ。それなら私は親しい者を優先しよう」
「随分あっさり答えを出すんだな」
「どっちも犠牲を出してるじゃないか。その時点でたいした差は無い。それとも多数か一人かがそんなに重要か?」
魔王の問いに、魔術師ははバツの悪そうな顔になって目を逸らし、盾騎士は理解不能という顔をし、斥候は力強く頷いた。
「それぞれ思う所はあるだろうが、議論していても仕方ない。当面の課題の話をしよう」
気まずい空気を無視して、魔王は話を戻す。
「課題とは」
「アレを勇者の前にそのまま放り出すのは不味いだろう?」
「「「………………」」」
いっそ悪意を持ってこの結果になった方がまだ良かった。怒りの矛先が明確で復讐のしようもある。
それでも原因に八つ当たり出来ればいい、と勇者が納得する可能性もあるが、それを当てにするのは危険過ぎる。
元王女を生け贄に差し出してもあの調子で地雷を踏み抜き、世界滅亡に突き進む未来しか見えない。
何か対策を取らなければ。