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3/10

茶番開始

 勇者が現れてから、戦線が動かなくなった。

 要は現状維持だが、これまで押される一方だったヒト族側からすれば快挙だろう。


 魔王はこの状況を歓迎している。

 勇者が現れた為、魔王がその相手に掛かり切りになったのだが、その結果配下達が自発的に動くようになったのだ。

 今まで配下達は魔王の指示に従うばかりだった。様々な事を学び、ものを考える事を覚えたものの、状況を判断して決断するまでには至らなかった。

 それが、指示を得られない、しかし行動はしなければならないという事態に追い込まれ、拙くも自ら試行錯誤するようになったのだ。

 放ったらかしにならないようにとばかり気を付けていたが、距離を置く事も必要だったらしい。

 まぁ、結果オーライって事で。


 勇者側も着実に腕を上げている。

 勇者には力があったが、それはただ闇雲に振り回されるばかりだった。ただ振るうだけで障害を蹴散らせていたからだ。

 それ故に磨かれる事も運用方法を模索される事も無かったが、ここに来て力押しの効かない強敵に出会いその必要が生まれた。

 仲間との連携も同様だ。どうやらこれまで、ただ勇者が突っ走り、仲間はそのフォロー役でしかなかったらしい。魔王に敗れた日から、ぎこちなく交流をする姿が見られ始めた。


 そんな、殺伐とした戦場で魔王だけがほのぼのとした日々を送ること数ヶ月。

 勇者が故郷を出て一年になる、という時期の事だった。




 唐突に勇者が戦場から消えた。




「うん?」


 謎機能で意識せずとも勇者の位置を把握していた魔王は首を傾げた。

 勇者の位置が一瞬にして戦場から遥か遠く――勇者の故郷へと移動したのだ。


 移動手段は転移だろう。仲間の魔術師はそれが使えてもおかしくない技量だったし、使い手がいるなら勇者も真似出来る。


 何かあったのだろうか。ヒト陣営にはこれといった変化は無かったが。


「となると、故郷の方か」


 国が故郷との連絡を阻害していた筈だが、ここ数ヶ月の勇者の尽力で国ではなく勇者を支持する者が増えていた。

 誰も手も足も出ない魔王にほとんど一人で戦っている姿を見ているのも大きいだろう。


 何があったのかな、と気にしつつ表面上は変わらず侵攻を続ける。魔王が勇者の位置を把握出来る事は知られていないのだ。


 さて、ヒト族はどう対応するのかな、とのんびり構えていた。

 それが崩れたのは勇者が移動してから数時間後。


 ドン。


 と、物理的な衝撃と錯覚する勢いで、尋常ではない感情の嵐……いや噴火にみまわれた。


 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す壊す殺す殺す壊してやる殺す殺す殺す殺す殺す消えてしまえ殺す殺す殺す殺す殺す全部全部死ねぶっ壊れろ消えてしまえ俺の前から全部――


「っああああああああっ」


 唐突に襲い掛かった感情の波に、魔王は堪らず絶叫した。


 突然膝をつき、頭を抱えて叫び出した魔王に配下達が駆け寄り声を掛けるが、魔王にはそれに応じる余裕など無い。


 今、気を抜けばこの破壊衝動が全ての魔族に伝播し、ただ破壊を齎すだけの狂った兵器になってしまう。


 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す


「私じゃない私じゃないこれは私の気持ちじゃない」


 呪文のように魔王は繰り返す。

 これは勇者の感情だ。負の感情のマグマに溺れながら、一部冷静な部分が淡々と現状を分析する。

 魔王と勇者の間にある謎回路。それを伝って遠くに居るにも関わらず勇者の感情が流れ込んで来ている。


 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね


「これは私じゃないこれは私じゃないこれは私じゃないこれは私じゃないこれは私じゃないこれは私じゃないこれは私じゃないこれは私じゃない」


 繰り返す。己に言い聞かせるように。自分で自分を洗脳するように。

 それが功を奏したか、少しだけ余裕が出来た。

 その隙に謎回路に手を加える。

 最初はささやかな妨害。それによってまた少しだけ出来た余力でまた妨害工作をしてと繰り返し、魔王はようやく感情の流入遮断に成功した。


「っは、はぁっ、はぁっ、……」


 ようやく暴力の様な感情から解放され、魔王はその場にごろりと転がった。

 キツかった。久々に必死こいて頑張ったわ。


「……魔王、様?」


 様子の変わった魔王に、アリーが恐る恐る声を掛けた。


「ああ、悪い、驚かせたな」

「いえ…………」


 何かを言いたそうにして、けれど何も言わずに口を噤む。その表情には困惑や不安以上にもどかしさがあった。

 こうした事態は初めてだからな、何を言うべきか、自分が何を言いたいのか分からないのだろう。

 残念だがそれに付き合ってやれる状況じゃない。


「アリー、皆も聞け。異常事態だ」


 魔王の言葉に配下達がピシリと引き締まる。


「詳細は不明だが、勇者に異変があった。ミニ、ヒト陣営の様子は?」

「変わりありません。勇者の不在に上層部は狼狽えているようですが、一般兵は何も知らないようでいつも通り過ごしています」

「そうか……なら、知らん振り続行だ。引き続き普段通り振る舞え。こちらが勇者の不在を知っている事を悟らせるな」

「承知しました」

「ただ、心構えはしていろ。いつ何が起きるか分からん」

「――対策は」

「何が起きるかさっぱりなんだ、対策の立てようがない」


 神の仕掛けかとも思うが、確証は無い。


「まぁ、トラブルなんてそんなもんだ、出たとこ勝負で行く」


 それから(主に配下達が)気構えていたものの、その日は何も起こらなかった。

 次の日も変化は無く、ヒト陣営に魔王自らちょっかいを出し「おや、勇者は留守かな?」なんてやってみたりした。


 そして異変が起きた日から四日後、勇者がヒト陣営に戻って来た。

 転移で戻って直ぐに陣地を抜け出し、一人やって来た勇者は表面上は落ち着いていた。

 しかし荒れ狂う感情はそのまま。強いて言えば吹き上がる噴煙から、静かに延々と溢れ出る溶岩になったくらいの変化だ。


 防衛機構が間に合って良かった。それが無かったら勇者が近付いた時点でアリー達は虐殺兵器になっていただろう。

 その代わり感情を読み取り難くなったが些細な事だ。


「魔王よ、話がある」


 勇者の行動を感知し、迎え出た魔王に勇者は切り出す。内心の荒れようを感じない落ち着いた様子だった。


「ほう? 勇者が我に話とは。構わん、言ってみろ」


 好奇心を滲ませつつ促す。心臓が早鐘を打っているなんておくびにも出さない。


 魔王の言葉に勇者はにこりと笑う。


「ありがとう。実は俺、人類の為に戦うのは辞めたんだ。これからは人類を虐殺しようと思う」

「……は?」


 実は猫派じゃなくて犬派なんだよね、なんて告げるかの様な軽い口調だった。


「もちろん、言葉だけでは信じられないと思う。だから今から、本気だと証明する」


 言うなり勇者はくるりと魔王に背を向けた。

 そして正面、ヒト陣営のある方向に向けて。


「はぁっ!!」


 爆発するように解放された怒り憎しみ、それらを具現化させた様な膨大なエネルギー――生命力と精神力その他を混ぜ合わせて物理的な影響力に変換させたモノ――をぶっ放した。


「…………………」


 規格外のエネルギーを誇る勇者のそれは核兵器の様にヒト族の陣地……だった場所に巨大なクレーターを作った。

 中央部に居たヒト族は肉片すら残っていない。


「どうだ? 納得して貰えただろうか」


 振り返り、爽やかさすら感じる笑みで言う勇者。


 魔王は直感する。これはやはり、神の仕掛けであると。

 根拠は無い。でも確信する。そして思う。


「俺は人類を滅ぼしたい。――協力しよう?」


 おい神。てめぇ何しやがった?




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 一先ず勇者と同盟を組んだ。

 元より魔王の役目は『勇者に倒されない事』。向こうが戦わないと言うなら否やは無い。

 決して勇者のオーラがヤバ過ぎてビビったとかではない。


 いや真面目な話、今の勇者は危うい。色んな意味で危うい。

 どう考えてもストッパーが必要なのだが、実力的に可能なのが魔王しか居ないのだからやるしかない。

 本来その役目を務めるべきお仲間は、実行力以前に何やらメンタルがへし折れてる様子。

 あ、そうそう、お仲間さん達生きてました。

 お仲間さんと、親しかったり信用出来ると判断した兵士・騎士達はあらかじめ避難させていたそうな。

 数日前まで寝食を共にしていた者達を躊躇い無く虐殺した勇者だが、人間性はまだ残っているようだ。風前の灯火だろうけど。

 ただ、聖女と斥候担当の子が居なかった。生きていると聞いたし嘘の気配は無かったが、何やら複雑そうな、やり切れないような感情があった。

 あの聖女は人類に反旗を翻すなんて認めないだろうし、袂を分かったのかも知れない。


 まぁ、そんな訳で速やかに状況は『魔王with勇者一行VSヒト族』という図式に移行しました。


 そんな魔王の最初のお仕事は人類滅亡を求める勇者を説得する事でした。


「なぜだ? あんたも人類の敵だろう?」

「それは否定しないが、私の目的は生態系の正常化だ。絶滅は困るんだ」

「???」


 意味が分からない、という顔の勇者達に魔族の性質と役目を解説する。

 語り終えた後の勇者達は、なんともいえない顔をしていた。様々な前提を覆されたのだから当然だろう。

 すんなりと信じられたのが予想外ではあるが。

 あと渦巻く感情の中に『納得』や『諦念』があるのはなぜだろう。

 何より勇者の気配がどんどん剣呑になって行くのはなぜ?


「どちらにせよ人を大量に殺す必要はあるんだろ? どのくらい殺せばいいんだ?」


 と勇者。

 あの、目がヤバいですよ? 本当にどうしたの?


「そうだな、現在の五分の一くらいで正常値に入る筈だ」

「五分の一!?」

「そんなに!?」


 そんなにです。生態系の一種のみが通常の五倍にまで膨れ上がってるんです。他の生物が逼迫してるんです。

 他にも様々な弊害が出てるんです。


「ああ、それとヒトの軍隊を吹っ飛ばしたような大規模破壊魔術も出来れば控えて欲しい」


 ついでなので環境破壊も控えて貰うようお願いする。

 これも首を傾げられたが説明すれば普通に納得してくれた。


「了解だ。手間は掛かるが剣で殺そう」

「――妙に殺る気だが、何もお前が率先して虐殺する必要はないぞ」


 勇者が破壊衝動を持て余してるのは分かってはいるが、だからといって『勇者』にヒト族を狩らせるのは、と口を挟んだ魔王は続く勇者の言葉に目を点にした。


「俺が殺したいんだよ。殺らせてくれ。それにあんた、人を殺すの嫌なんだろ?」

「へ…………?」

「人を手に掛ける時いつも強張ってるし、誰が死んでも落ち込んでるし。――あの部下? の獣に殺させるのも気が進まないみたいだし」

「い、いやいやいや、私は表情変わらないし何をそんな」


 思わずロールプレイを忘れる魔王。


「…………いや、あんた分かり易いぞ?」


 勇者もこの瞬間だけは物騒な雰囲気が鳴りを潜め、普通に呆れた顔をした。

 貴重な一瞬だったが、残念ながら魔王は内容が衝撃的過ぎて気付かなかった。

 そういえば勇者から嫌悪とか侮蔑とかいった負の感情向けられた事無かったな……気が進まないの見抜かれてたのか……。

 ビミョーなダメージを受けた魔王だった。


「それに、あんたにはやって貰いたい事があるんだ」


 静かにへこんでいる魔王をどう思ったのか、勇者は魔王に頼み事をして来た。


 話を聞いた魔王は二つ返事でそれを受け入れた。

ちなみに勇者の仲間達もざっくりとしたバックボーンのみであんまり細かく設定してません。人数もぶっちゃけ適当。(堂々と)


・聖女

 別に神に選ばれたとかじゃない。赤ん坊時代に魔力の質を買われて神殿入りした。

 平民の出だが外聞とか政治的戦略の為に高位貴族の養女になる。が、本人はそれすら知らない。

 端から見れば異常な環境に置かれているが、物心ついた頃からこの暮らしなので疑問も何も無い。

 信仰心厚く、疑う事を知らない為、神殿にとってはいい駒。


・魔術師

 平民出身だがその才能と努力で宮廷魔術師にまで登りつめた苦労人。

 身分ゆえに冷遇されているが能力はほぼトップ。

 作中最もセリフが多い勇者の仲間。魔術に言及したり、賢そうな物言いのセリフはだいたいこの人。


・盾騎士

 そこそこの家の貴族の三男。良くも悪くも貴族らしくない、誠実で裏表の無い人。

 それ故閑職に追われたがあんまり気にしてはいない。脳筋の気有り。

 堅苦しい物言いのセリフはこの人。


・斥候

 公式な勇者の仲間ではなく、一行に盗みを働こうとして捕まり、なんやかんやあって仲間になったスラムの住人。教養は無いが、下手な貴族よりよっぽど倫理観は確りしてる。

 雑な物言いはこの人。


・神殿騎士

 神殿の回し者。魔王を無事討伐した際には勇者達を暗殺する密命を帯びていた。

 でも勇者と対面して即鞍替えした危機管理能力の持ち主。より長い物に巻かれましょう。


 国にとっては、勇者のみならず選ばれた仲間達も基本、失っても惜しくない人材。本人達もその辺は察している。

 聖女だけは「使い勝手いいから出来れば回収したいな」と思われてる。

 神殿騎士ももちろん処分対象。

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