移動 東より南へ
お買い物をして必要な物を買い集めた私、装備の更新もしたかったけどそれは無理と言われた。
まだ私は冒険者になりたてのルーキー。魔力の扱いが上手いとは言え手加減をしきれずに……なんてのもあり得る。
魔物刈りを3回程こなしてくるくらいしないと次の装備は与えられないと来た。
平時ならそれでも納得したけど今は非常時だと思うんだけどなぁ。
ともかく、私は初心者の装いと武装のままで次の街に向かうことにする。
幸いな事にポーション類はその制限には引っかかってなかった。
「よいしょっと……うぅー良いカウンターウェイトだけど肩が……!」
背負い袋に道中の野営セット、着替えなどを詰め込んで腰ベルトに冒険ですぐ使うものを吊るしてみる。
するとまぁ駆け出しのソロ冒険者とぱっと見でも分かる装いになる。
この大陸のどこのギルドに転がり込んでも親切にしてもらえるらしい。
冒険者としての格はチョーカーで分かる。装飾に星を象った物を追加でぶら下げる。
ルーキーは何もなし、ランクが上がれば星が増えていき……国が指定する最上位は4つ星。
それぞれの街で成果を上げた後別な街に移って……移った先のギルドで戴ける。
こうすることで一箇所に強い冒険者を留まらせたくないって狙いがあったらしい。
結局は終着点の王都に集まって再分配って形になってたけど。
「次の街、スザンに行けば私も星がもらえるんだよね……数百年に一度のペースらしいけど、実感ないなぁ」
普通ならば一つの街に最低でも三ヶ月は留まって功績を徐々に上げていかなければいけない。
けれども私は一つ大きな功績を上げたから特例でこうなっている。
それにさっさと行かないと魔素を吸い上げた魔物は更に強くなっていく。
猶予はそんなに残されては居ないハズ。
「おじさん、馬車出せますか?」
「ん、おぉ……スザン行きで間違いないかい?」
「はい、超特急でお願いしたいんですけど」
「じゃあ金額は……」
「うっ……はい、これで良いですか?」
「毎度あり、どうぞ快適な馬車旅を」
馬車は幸いあってまた徒歩という事はなさそう。
お値段もそれなりに張る、ただ食事の準備や夜の番などは馬車の御者がしてくれる。
言っちゃえば特急列車とかそういうのと同じだよね。
私はお金をたんまり払って……そして業者が色々と面倒な事を代わりにする。
食事の後片付けとか火の始末とかそういうのをしなくて良いとなると気が楽だよ。
背負っていた荷物を足元に置いて……一休み。
馬車は乗り合いで同じくスザン行きの人が乗る。
人数が多くなれば多くなるほど後々の面倒は楽になるらしい。
まぁ今は更に面倒事が多くなるのは避けれないしね。
各地の災厄はまだ収まっていない、当然道中では魔物が出てくる事が想定される。
御者は戦闘能力無しの人だ、冒険者が乗っていれば冒険者が防衛に当たらないといけない。
防衛が発生したらその働きに応じて返金があったりする。
ちなみに冒険者が乗らない場合はギルドから手隙きの冒険者が割り当てられる。
防衛任務として貸し出される感じだ。
今日の馬車は……私だけになりそうなのかな?人が来る気配が……
なら伸び伸びとできるし、それはそれで良いなと思う。
「よぉ、空いてるか?」
「おや、リギルの旦那。スザンに行かれるんで?」
(うわ、フラグだったかぁ……そしてこの人ギルドで飲んだくれてた人じゃん)
優雅な一人馬車になると思ったら間髪入れずに一人乗り込んできた。
筋骨隆々で身体の各所に傷跡があったりする荒くれ者な冒険者さん。
拳にナックルガードを着けてるから格闘家とかかな?
かなりのインファイターだと見る、装備もかなり頑丈そうな物だ。
急所になる胸元を護るワンポイントアーマーだけど魔力を感じる。
手首や足首、肘膝などを護る防具にも同じ物を感じる。
いわゆるミスリルとかオリハルコンって言われるヤツなんだろうか?
首元のチョーカーを見てみると星は3、かなりの猛者っぽい。
「なんだ、人をジロジロ見やがって」
「ん、いえ、すごく強い人なんだなと……」
「おう、オレは強いぞ。豪速乱打のリギルったぁオレの事よ」
魔物の群れに対してその腕で殴りかかりボッコボコの滅多打ちにして撃退、撃破する冒険者の華形。
剣士や拳闘士の憧れとして名が挙がる位の人で一度に30の群れを相手に撃破した実績もある。
あのエルダートレントも倒せたかも?そういう人物らしい。
ただ人物としては……酒癖が悪く暴れやすい為星を1個剥奪されているとの事。
「なんでその事まで話した、あ"ぁ"?」
「いえいえ、事実でしょう?」
「チッ……」
うん、非常にガラが悪そうだ、お近づきにはなりたくないかも。
遠巻きに見ていてって感じの人だなって思う。
戦闘面では頼りにしてその他では敬遠してって……
「まぁなんだ、困り事がありゃ助けにはなってやるよ」
「……あぁ、はぁ」
ふぅん、こっちのチョーカーを見て色々判断してるんだと思う。
ちょっと視線が下に飛びがちだけどそこは流して、頼る先が増えたのは良いことだ。
「もう少し待って相乗りが居なさそうなら出発しますよ」
「はい」
「おう」
6人乗りの馬車に結局5人乗り合わせることになった。
冒険者は私とリギルさん、他は商人だったりで荷物がすごいことに。
商人さんも体力勝負だなぁと見ながらしみじみ思ったり。
ただ男女比は男4に女1、御者を含めれば男5だ。肩身が狭いなぁ。
私自身はあんまり気にしたくないけど気にするよねぇ。
うら若き乙女が居合わせてとびっきりの美少女と来たら……
ちょっとフィルター入ってるとは思うけど実際私は客観的に見ても魅力的だと思いますー!
「ん?」
ちょっと顔を向ければバッと視線が散る。
横顔を見ていたのかそれとも……馬車の揺れでぽよんぽよんとしてる場所を見てるのか。
まぁ理解が無い訳じゃないけど、不躾だなぁと思うな。
娯楽無いしねぇ、長閑に流れていく風景を見るのも飽きるだろうし。
となれば必然的に私を見てってなるんだろうけど。
「御者さん、スザンまでは推定どれくらいかかりますか?」
「うーん、出来るだけ飛ばして1回は夜を挟んで昼になって着くって所かなぁ」
「そうですか……休憩場所は決まってますか?」
「うんうん、馬車小屋があってね。そこを利用するよ」
ふぅん、想像よりも快適そうだ。
ただ小屋が利用中だったり魔物に荒らされていたら野宿になるみたいだけど。
そこの近くには湖もあって水浴びなんかもできるって言う。
まぁ私が居るから水には困らないんだけどなぁ……とは思うけど。
「そちらの商人さんは」
「はいはい?何でしょう」
「すごい量の荷物ですけど、これは?」
「あぁ嗜好品なんか速達で運ぶのさぁ」
「へぇ、嗜好品……例えば?」
暇になりそうな移動中は話を振って色々と聞いてみよう。
良い娯楽になればそれだけ見られてイヤな感じはしなくてすむ。
Win-Winってやつだね。
「例えばこれはセリューで作られる酒だ、甘みがあって癖がなくスルスル飲める」
「はぁ、お酒」
「キミにはまだ早いかな、楽しめるようになったらオジサンと一杯交わして欲しいね」
「お酌するくらいなら出来ますよ?災厄が去った後に考えておきますね」
「そいつぁ良い!早く災厄とやらが去ってくれないかねぇ……」
お酒か、見た感じは清酒っぽいな。
透明な瓶に詰められて穀物の絵が施されている。
前世でもまったく口にした事が無いからどんな物かわからないなぁ。
お父さんが麦酒を良く飲んでたけど酒癖が悪くて……良いイメージはあんまりない。
「お嬢ちゃんにはこんなのが良いかもなぁ」
「わぁ……お茶っ葉ですね?」
「紅茶って呼ばれるヤツだよ、お嬢様が好んでるねぇ」
「ふわっと香る匂いもいいですね……お高いんでしょう?」
とまぁそんな会話をしていたけれど……ん?ゾワっとくる。
「御者、ちょっと止まれ」
「そいつはどうし……」
「魔物が来るぞ、おいガキンチョ」
「アイアイサー」
感知ができるのは私だけじゃないって事か。
リギルさんも感知していて動き出していた。
商人さん達の一行と御者さんは馬車に残ってもらって……
「どうします?」
「お前は見ていろ、漏らしはしないが万が一がある」
「はーい」
じゃ、見せてもらおうかな……熟練の冒険者の動きっていうのを。
いやぁ、すごい。あれは人の形をした嵐というべきか。
腕の動きとか全然見えなかった。魔物はまぁ結構大きい……私とタメはれるデカさの狼。
ハウンドの群れが襲ってきたんだけど、一瞬でミンチになっていた。
腕が残像を残しながら乱舞していくんだよ。こんな動きを魔法なしにやれるんだ……とビックリ。
この人達が居たらあのエルダートレントも殺されてたと思うなぁ……やばー。
「うぇ……」
ちょっと刺激が強い光景に私慣れてなくてゲロゲロ戻しながら打ち漏らしが無いか見ていた。
リギルさんはただ身体の性能に物を言わせるんじゃなくて的確に頭だけをブチ抜いている。
おかげでそこら中血みどろのカーニバル。
ちょっと暫くお肉食べれなくなりそう。
虫はまだなんとか耐えれたっていうか大体凍らせてたしなぁ。
水でスパッと切ってもこんな風にはなってなかったし、血が違うもん。
「終わったぞ」
「いやぁ、お見事といいますか……あ、水いります?」
「もらおう」
私が出る幕もなくハウンドの群れ10体は即殺されておしまいでした。
場馴れした冒険者ってすごいんだなぁ……いやこれはリギルさんだからできるんだっけ?
普通の冒険者って言ったらどれくらいなんだろう?
その後も散発的に魔物が襲ってきたけれどもリギルさんが大体狩っていった。
私の出る幕はなく、そのまま馬車は中間地点の小屋にまでたどり着いた。
部屋が分かれているなんてことはない。
着替えのための間仕切りはしてもらえたけど……
ほぼ雑魚寝、私の寝相は良い方だけど他の人の寝相はどうかなぁ?
ハプニング無ければいいけど。