準備
結局魔力に関しては底というか尽きる前に私の体力、精神力が持たなかった。
行使し終えた氷に関しては形成した魔力をこっちから解いてやればすぐに氷解していった。
すごい量の水になってびっしょびしょにしてしまったが……水も私の魔力で操れる。
覆水盆に返らずとは言うけど魔法ではそうとは限らない。
キレイに水だけ分離させ生活水として使う桶や樽につめる。
万能ではないけれどもすごく便利だ、全て終わった後魔法に頼り切りにならないかちょっと心配。
冒険者として認められた私は早速魔物退治……とは行けない。
そりゃそうだ、装備が農民のままでは死にに行くようなもの。
魔法を使うに適した格好というのはあるし装備もある。
魔法を行使する上で触媒やある程度の制御を代替してくれる物があると全然違う。
例えばだけれども動き回る狼に対して的確に魔法を当てるのは結構頭をつかう。
イメージもし続けなければいけないし、同時に幾つも頭で認識しなければならない。
当然標的になる相手が増えれば増えるほどその制御は多くなる。
デカい氷塊を作れるからと言ってそれがそのまま幾つも作れるわけではない。
当然標的が増えればその分を割り当てる。分割されていくわけ。
そんな制御やイメージをしやすくしてくれるのが……杖。
本来攻撃的でない私なんかが必死に加害イメージを持たなくても杖自身が攻撃の概念を持ってくれている。
当然杖を介しているから杖で出来る範囲というのは限られる。
杖に頼るのはまだまだひよっこの証……ルーキーシンボルだ。
次に服装……魔法使いは濃度の低い魔素を取り込んで魔力に変換して魔法を使う。
さらには空気に含まれる魔力の残滓を感じ取って危険を察知したりもする。
その特性上からか魔法使いの装備は往々にして露出が高めである。
「これ、こんなに胸がばっと開いてていいの?」
「すいません、そのサイズが精一杯です……」
私に支給された魔法使いの衣装はそれはそれは胸元がキツかったし上半分が露出していたりする。
お腹周りだって見えているし背中はバッサリ、肩から付け袖が出ているけれども下腕は見えているし。
スカートも長いと思えば後ろだけ、前はミニ丈となっていて太ももから丸見え。
首元にかけている冒険者としての証のチョーカーがなければただの痴女とか……
ううん、それは現職の魔法使いに失礼だね。訂正しよう。
素材は何ら変哲もない布、分厚いからいくらか衝撃や斬撃は防いでくれそうではある。
こてこてな魔法使いの帽子はなかったけれども髪飾りを貰った。
魔法の加護が付与されているリボン、餞別だと言ってギルドから贈られたもの。
加護は簡単な護りの加護、少し皮膚が丈夫になって魔物に噛まれたりしても大怪我にならなくなる。
ただ数は少ないし冒険者となった一部の人間に与えられる期待の新人の証。
髪型もおしゃれ仕様のハーフアップに改めて貰ったリボンで留めている。
まぁ防御力に関しては期待しない方がいいね、魔法使いって前に出ない物だし。
「……期待されてるんだ、ふふ」
この災厄というのがなんで起きたかは知らない。
言い伝え、予言……あるからには神様がそれとなく知ってはいるんだろうけれど。
試練を乗り越えたら……それも教えてくれるのだろうか?
いや、どうだろ……神様って往々にして自分勝手というか……
「ぁいたっ!?」
「あぁっ!?な、なんでその水差しが……」
私より高い棚に置かれていた水差しが独りでに落ちてきて脳天直撃。
神罰か、思うのも筒抜けと言うことですかー……着替えて早々にびしょ濡れになってしまった。
これには思わず渋い顔……まぁ胸元が裂けてぽろりとかじゃなかっただけマシかな。
どん底から希望を見出した一日はそんなハプニングで締めくくられた。
翌朝、日が昇ると共に私は初の冒険で初の魔物討伐に出る。
母は何も言わず私を抱きしめて眠っていた……母の為にも絶対に生きて帰ってこよう。
さて、魔法使いとして神託を受け覚醒した私は身体能力がそこそこ上がっている。
今なら農作業していた父と腕相撲していい勝負が出来ると思う。
脚力もそれなり、走ってみればおそらく凄いタイムが出ると思う。
私は身体的特徴上走ったらアウトだけど。
魔法使いとして成熟していけば魔力を使って身体的な補助やぽろり的な事故防止も出来ると聞く。
ともかく今は魔法を使って使って……息をするのと同じくらいに慣れていこう。
一人で行く試練……危険な道のりだけどもそれを乗り越えてこそ災厄を打ち払う力を身に着けれるというものだろう。
「行ってきます」
撤退も視野に入れて常に慎重に行こう。命あっての物種。
野営とかも始めてだしうまくいかない事の方が多いと思う。
うげー背負い袋おもーい……胸の重みとで肩にすごい負担だぁ。
早いところ魔法の習熟を終わらせてこの辺もなんとかしたいね。
最初の餞別で支給して貰ったのは傷口に塗るタイプのポーションが三つ。
野営や行軍中に食べるための干し肉が四切れ、野営用の火打ち石と寝るための雑多な布。
そして飲水入れとなる水筒だ、魔法が使えるからといってコレ抜きだと痛い目を見そうだ。
集中できない時や魔力切れのときに脱水症状に陥ったらと思うと……ゾッとする。
一応即座に行って戻ってこれたら一日で帰還できる距離だけど……道中で接敵することだってあり得る。
他にも私が疲れて動けなくなるって事も全然ありえる……
一応他にも冒険者が魔物の封じ込めに出ているから……厳密に言えば私一人の挑戦じゃない。
いろんな人に支えられての挑戦だ、失敗は出来ないなぁ。
私が身を寄せていた街、セリューから魔物が大量発生している森までは草原を行く必要がある。
馬は貸し出され尽くしていて徒歩で行くしか無い。
徒歩で行けない距離ではない、ただ片道行くだけで昼は悠々と越してしまう。
なるだけ早歩きをして時間を縮めるけれども……
「……ザワつく感じ、魔物?」
肌を撫で回すこの不快なザワザワとする感覚……あの夜に感じた物だ。
今はハッキリとその発生源の方向まで感じ取れる。
絡みついてくる、私という命を刈り取ろうと。
ゆっくりと迫ってくるその正体は巨大化したカマキリ、ジャイアントマンティスだ。
その大鎌に切り刻まれればただでは済まない、強靭な顎に噛みつかれればひとたまりもない。
初心者冒険者では一対一での接近戦はなるべく避けたい相手。
手練の冒険者ならささっと首を落としてしまうのだろうけれども。
「呑気にしてくれてありがとうっ……!」
のそのそと身体を見せてスキッ晒しだったものだから近寄られる前に……先手を打つ!
現状一番相性がいい氷魔法で行こう。抵抗されるかもしれないけれど……まずは凍りつかせる!
冷気の魔力を練り上げて杖を掲げ相手に向けて放つ!
不可視の冷気がマンティスに絡みつき……そして足元を凍りつかせる。
大雑把なことはコレでいい、あとは止めを刺すための……
「氷の鏃!受けてみろ!!!」
杖を持っていない左手を広げ突き出す。
鋭く細く長い氷の鏃が生成され私の魔力を燃料に飛翔していく。
まっすぐ、マンティスの頭にめがけて、とんでもないスピードで。
ドサリと崩れ落ちるマンティス、実感が……まだあまりない。
私は始めて魔物とは言え命を刈り取った。
あまりにも実感がない……こんなに簡単に奪えて良いものなのか?
……これにも慣れろと言うんでしょう?酷なことだ。
「ごめんね、これも私達が生きていくためだから」
なんの気休めにもならないだろうけど……魔物の死骸にたいして手を合わせて……
ん?お腹が膨らんで……直後直感が嫌な物を感じ取る。
「ぎにゃぁぁああああああ!!ハリガネムシィィィ!!!???」
魔物になってもそういうのは変わらないのかとビックリする。
そしてこのハリガネムシもデカい上身体に纏わりつくから……
「ちょ、待ってそこは入るなぁ!!」
入られたらイヤーな所も潜り込まれてしまったりするハプニングがありました……
その後もマンティスやアント、スパイダー等のジャイアントな虫魔物と戦う事になった。
その過程で吸い上げた魔物の魔素が私に馴染んで力を増加させている。
分かりやすく言えばレベルアップとかスキルアップとか……そういう言葉になるだろう。
身体に漲る魔力や活力というのが物語っている。
ただやはりと言うかそんな戦闘が続いたせいで森にたどり着く頃には夕方になっていた。
接近する前に魔力で感知してそして魔法で殺す。
これを繰り返したから身体に傷はないし服にも……まぁハリガネムシの体液がついていたりはするけど平気。
途中のレベルアップで得た活力が私をバテさせはしなかったけど……今からはそうは行かないと思う。
森からは強い魔力が渦巻いていて……どっちから来るかなんてわからない。
森全体が魔物になっているかのように錯覚する……怖いな。
「ッ……弱気になるな私!」
杖を握り込んで叫んで気合を入れ直す。
臆す事はない、努めて冷静に……魔法は通じるし慣れて来た。
魔物なんて目じゃない、災厄がなんぼのものじゃ。
やれる、そう強く思うんだ……気持ちで勝っていれば負ける勝負も勝てる!
森に入ると一気に暗くなる。陽の光が届かないんだ。
目が慣れるまでは不便な思いを強いられるな……それに足元が良くない。
根っこがあちこち出ていて……足元が見えない私にはちょっと辛――――
「きゃふんっ!?」
思いっきり躓いてすっ転ぶなんて事になった……うぅ、理想としていたは良いけど冒険するには不向きだなぁ。
森に入ってから幸先が悪い、大丈夫かなぁ……大丈夫、大丈夫。もう転ばない。
闇の帳が降りようとする森に私は身を投じた。