啓示 魔法の目覚め
朝日が登れど私達難民の表情は一向として晴れることはなかった。
私は生まれ故郷といえる農村を理不尽に追い立てられ……母は私以外のすべてを失ったも同然。
父は……どうなったのだろう。勇敢に戦って……考えたくもない。
無事で居てくれたら良い、どんなに情けなく逃げ回ったとしても、生きていて欲しい。
強く、強く願う……神さまとやらが居たらどうか……私達に救いをください。
「アルエット、お母さんはお仕事を探しに行ってくるわね」
「ま、まってお母さん……私も」
「アルエットはまだ疲れてるだろう?ほら、他の子と一緒に休んでなさい」
それを言ったらお母さんだって疲れているに決まっている。
目元はどんよりしていて笑顔もぎこちない。
絶対に無理をしているし……何なら変な仕事でも私を楽させたいからと受けそうな気がしないでもない。
私の母は美形な顔立ちとはいえない、素朴な人だ。
だけれどもそのボディラインというのは魅力的で男を惑わすには十分すぎる。
「母さん、無理をしたら絶対にだめだからね」
「わかってるわ、それじゃね」
手を振って気丈に振る舞いながら出ていく母。
私は仮住まいとして与えられた冒険者たちの仮眠所で待つしかなかった。
力が欲しいな……ぼんやりと思う。
冒険者であれば危険ではあるけれどもその危険に見合った報酬も受け取れる。
私に魔法を使う才能とかがあれば……きっと違うことになっていた。
魔物なんてすぐに凍りつかせる絶対的な氷塊、圧倒的な力で押し流す津波。
消し炭になるまで燃やし尽くす火球……想像すればするほどにそれらを操れていたら……!
そう思わずにはいられない……でも私は農民だ。
きっと祠に行ったとしても何の反応も得られないと思う。
祠は過去に神様が設置していったとされるパワースポットだ。
力の素質、魔力の素質、心の清らかさ……それらに応じて人々に特別な力を与えるとされている。
現に冒険者と呼ばれている人達の大半は祠で何かしら受け取っているみたい。
具体的な言葉や指示等は与えられてはいないらしいけれど……とにかく身体の底から湧き出るパワーを感じる。
そういう風に昔農村に来ていた冒険者が言っていた。
あの冒険者はえっと……あぁ、近くに自然発生した魔物を退治しにきていたんだ。
魔物はありふれていてその驚異は広く知られている。
と言っても農村等の人が多く住む場所には基本的には近寄らない。
森や洞窟等に生息して生息域を荒そうとした人間に対して襲いかかる存在だった。
前世で言う害獣のそれだ。というか害獣がそのまま巨大化しているようなものだ。
だからその驚異もそれ相応、大凡普通の男では太刀打ち出来ず複数人でなんとか抑えきれるかどうか。
冒険者でも一対多になると怪しくなってくる。
ただこの魔物を多く倒せばそれも変わってくるらしい。
魔物に含まれる魔素は特に強くそれを吸収した人間はさらに強さを増していく……らしい。
その強さの増幅も個人差があってあっという間に強くなっていく人も居れば全然強くなれない人もいる。
……物は試しで行ってみよう。
もしかしたらがある、もしかしたら……
街の中心部、大きな公園になっているそこに祠はあった。
最低限のお手入れはされているけれども見た目からして相当な年月が経っているのが想像される。
大きな石が組み合わさって作られた祠には年季の入った苔が生え揃っていた。
近くに水などないのに、青々と生い茂っている。
そして石組みの祠の中にあるのはこの世界で最も信仰を集めている神……ゼヌの像だ。
細部まで精巧に掘られていて人の作ったものとは思えない。
これには一切の穢れがなくて世界から浮いているようにも思える。
触れられないように魔法で結界が張られているが……大凡の人間は触れようにも触れられない神々しさがある。
なんだこれは、なんだ?実際に目の当たりにするのは始めてだがその異質さに慄く。
近くに行けば心臓の高鳴りが激しくなっていく。緊張しているのかも。
手汗がひどいし呼吸も荒くなって……これ以上近づいたら良くないような……
それでいてもっと近づきたい、そう願わせる何かがある。
一歩、一歩……確かに足を踏みしめながら近づく。
今の私はどうなってる?ふわふわとした感覚が襲っていて夢を見ているようにも思える。
――――汝、魔法の才有り
声が聞こえた、何だ?何が……
――――汝、災厄に立ち向かいし者……修練の後災厄を討ち滅ぼせ
声は確かに聞こえる、聞き間違いではない。
そしてこの胸から溢れ出る熱の奔流は何だ!?魔法!?
いや、違うこれは……魔力だ!!
私の身体から魔力が止め処なく溢れ出ようとしている!!これは神からの贈り物か!?
「うぁっ……あ?あぁ?」
体感にして数時間?正確な時間はわからない……けれども、長い時間を過ごしたように思える。
まだデカい胸の奥では心臓がバクバクと鼓動を鳴らしていて頭もすこしぼんやりする。
修練って言って……どこに向かえば良いんだ?魔法の才?
どうやって確認しろっていうんだ……スキル確認なんて便利なものはないぞ。
あぁ、でも……ぼんやりと頭に浮かぶ物がある。
いや明確にイメージできる……氷と水の魔力の練り方。
そしてそれらの放ち方、行使の仕方……魔力の解き方。
でも、すぐには出来ない……集中しないと。
「やるよ、神様……私」
ただの農民の娘に任せたのを後悔はしないでほしいね。
まぁ多分神様と断定しておくけれど、力をくれたのなら何だって良い。
私はそれを使って……いつか、あの長閑な日常に戻るんだ。
今は必死になって……後々でゆっくりすればいい……そういうものだろう?
夕方頃、冒険者たちが一部戻ってきた。
それも一部の生存者をつれて……これには大いに沸き立った……けれども……
その一部っていうのがもう悲惨な状態だった……片腕がもげていたり足を食いちぎられたり……
もう生きているだけで精一杯になりそうな状態が殆どだった。
ただ皆それぞれ口にしていたのは……生きようとした時に不思議な力に後押しされた……と。
もしかしたら皆それぞれの家族が強く祈ったが為にそうなったのかもしれない。
他の生存者は居るとのこと、まだ負傷の具合が軽かったりするから順次連れて帰るとの事……
じゃあ、お父さんも無事なの?
そう考えたらホッとして……腰が抜けていた。
ドサっと音がしてそっちをみたら……なんだ、お母さんも気になって来てたみたいで……お仕事中みたいでメイド服着ていた。
そういえばここ、領主さんが女中を募集してたんだっけ?
私と同じく腰を抜かしてホッとしていた。
ただ、良くない報告も聞こえてきた。魔物がわんさか出てきていて狩っても狩ってもキリがない。
それらは魔物が元来住んでいた森から溢れ出るように出てきていて……人を見つけるなり襲いかかってきていると。
森はさらに酷くなっていて……木々の一部が魔物化していた。
所謂トレントと呼ばれる物だ。それはこの世界でも確認されていたけれども大昔に滅んだとされていた。
……災厄、これが私の脳裏にこびりついている。
おそらくはその災厄とやらがこの惨状を引き起こしたんだろう。
なら良い、上等だ……私が望む平和の為にその喧嘩買ってやろうじゃないか。
――――災厄の魔の手を刈れ
脳裏に浮かんでくる確かな情報たち……あぁ、頭が痛くなるけれども……理解はできた。
整理は全然だが……これは試練だ。私という人間に課せられた試練。
力を望み、才に恵まれ力を賜った人間へ課せた……神の試練。
私一人で魔物を屠ってその魔物の発生源を止めてこい……か。
まだ腰を抜かしているお母さんに顔を合わせて……静かに、でも確かに言う。
「母さん、悪いけど私……冒険者になるから、母さんはお父さんの面倒をみていて」
冒険者として動くには……えっと、なにか証明しなくちゃいけないんだよね。
冒険者ギルドはどこだっけ、衛兵さんに聞けばいいか。
ギルドの場所は仮眠所のすぐ近く、結構奥まった場所にあった。
まだ15の子供がっていうのは抵抗があったみたいだけど前例が無い訳ではない。
なのでよっぽど強い素質がなければ……っていう条件付きで試験にありつけた。
試験は簡単明快、魔物と同等の硬さをもった標的……カカシだね。
これを倒すか行動不能にすればOK……剣は持たない。
魔法使いに必要なのはイメージだ、自分が操れる物をしっかりとイメージすること。
冷たい冷たい白銀世界を思い浮かべ、氷と雪に覆われた景色を想像する。
相手を飲み込み凍てつかせ……そして砕く。
「……ッ!」
息を呑んだのは誰だろう、監督官の誰かだろう。
まぁいいそれは些細なこと。今は試験に集中だ。
腕を振るい力の行使をイメージする……あのカカシを凍らせてしまえ……!!
「……うわ」
「なんと……これは数百年に一度の逸材か……!!」
カカシをまるっと10は並べても足りないかなってくらいの氷塊が出来てしまった。
これは熟練魔法使いなら別に珍しくはない……ただ駆け出し、始めてでこれは異常らしい。
確かに、魔物を屠るっていう凄い意気込みはあったけど……これはちょっと引いちゃう。
うーん……全能感に惑わされて足元を掬われないように気をつけなきゃな。
魔法は一応有限だし。自分の身体に蓄えられる魔力がなくなったら魔法使いはおしまいだ。
ちょっと、魔力がどれだけつづくのかっていうのも試さないと。
「まだ撃ってもいいですか?」
「あ、あぁ……良いとも、私達は書類を作成してくるよ」
事実上合格か、やった。じゃあ遠慮なく……!
氷に関してはかなり扱いをわかってきたと思う。
地面を凍らせてしまうのとトゲを生やして串刺しにする……氷の刃を作って飛ばす……
まぁ色々と試してみた。その過程で魔法の使い方というのにも慣れ親しんでいった。
まだまだ初心者といえる範囲ではあるから油断は全然出来ないね。
ちょっと集中がきれると魔力の練り方が甘くなって思った通りの氷を作れなかったり氷の強度が脆くなったり……
「へっくしゅ!!ずず……」
それにもう一つの問題……周りの温度が冷え込んで風邪を引く可能性が出てきた。
魔法って万能じゃないんだねー……