序章 災厄到来
世界は幾つも枝分かれしていると聞く。
世界が生まれた時から大きいことや小さいことでいくつもあり得た可能性の世界が枝分かれしている。
それらが所謂パラレルワールド、あり得たかもしれないもう一つの世界……という考えがある。
根源が一緒だから超常的な手段を用いれば往来もできる……かもしれない。
その平行世界を覗き見る方法が夢であったり臨死体験から見るビジョン……
前者は普遍的ではある、だがこちらから干渉することは出来ない。あくまで見るだけ。
ではここで一つ、死んだ場合だ。死んだ場合概念的にはあの世、幽世……まぁ色々な呼び方があるが……
平たく言えば別世界に飛ばされると考えられている。
死んだ後の肉体は火葬されたり土葬されたり……消滅するけれども魂はどこかへ行ってしまう。
それが同じ世界のどこかか……別世界のどこか……生まれようとする命に宿る。
そんな考え方も出来なくはないだろうか?
「ふぅ……自分の体験とはいえ、これを信じる人がどれだけ居るかな?」
私はアルエット、長閑な農村に生まれた女の子だ。
生まれつき色が薄く……所謂アルビノに近い。瞳の色素はあるけれどもね。
この世界は3つの大陸がどどーんと君臨している。
その間は荒れ狂う海が存在して……かなり大掛かりな船でないと往来が不可能だ。
他にも往来可能な手段はあるけれどもやれる人間は少ない。
今書いていたのは自分が実体験した事と前世からの考察も含めた世界論だ。
商品にもならないクズ紙を撚り合わせて作ったメモだ。
大凡女の子……まだ齢15の子供が書くものではない。
というかこの世界では識字率というのが少ない傾向にある。
よっぽどの勉強好きでもない限りは一生字を知らないまま終える人もいる。
地域差もあるけれども……農家でも簡単な読み書きすら覚えない人も居る。
言葉が通じればなんとかなる世界ではあるからだろう。
だから私は相当な変わり者……商人にでもなるのか?と聞かれた。
前世が識字率高い時代の国に生まれたからなんとなく読めないとって思っただけですけど。
それに、私は風変わりな女の子になるのは宿命付けられている。だって前世、男ですもの。
ぼんやりとしかおぼえてないけれど、男の意識があって成熟はしていた。
この世界には機械というものは存在しない。
その代わりに存在するのが魔法だ、進歩した科学は時に魔法のようだ……と言われるけれども……
ここではその科学の代わりに進歩したのが魔法だ。
大気、土壌、水……全てに含まれる魔素を転化させて発揮するいろんな力だ。
その他にも魔法みたいな物はある……その一つが意思。
人の意思は強くなればなるほど現実に作用して……時には強い加護に、時には強い呪いに変容する。
人の意思の力というのが強く出る世界だ。
私もこうして生まれてからその意思の力というのを内面に発揮している気がする。
もっと力強くなりたい、けれどもゴリゴリマッチョにはなりたくないなぁとか……
目はもっとクリクリしたほうが可愛いのになーとか……
そう、身体的、成長的な所にかなり作用していたと思う。
強く願えば美少女に成長できるって事だ、精神面が成長していれば……だけどね。
自分が所謂転生に近い事を体験している人間だっていうのが強いアドバンテージになっていた。
成長するにつれてその意思の力で成長を促進する人間はまぁそこそこ居る。
ただそれはぼんやりとしたイメージで……ただ強くなりたい。
あるいは……完成された父親や母親、近隣のお兄さんお姉さん等を目標にしている。
前者はぼんやりとしすぎて方向性が定まらないから成長力を損なわせてしまう。
後者は自分の天井というのをそこで決めてしまっている。
さらに言えば……自分の限界というのを見れずに天井知らずに思い続けていても現実との剥離に悩まされていつか心が折れる。
そう例えば……男の子だったら勇者みたいに強くてカッコいい男になるなんて夢をみても……
それは十代のどこかしらで現実と向き合い心折れてしまう。
私はそうではなかった……最初の生まれつきがまぁそこそこ可愛いのもあったが……
成長するに連れて自分の容姿に磨きをかけて自分の理想とも言える姿を目指して日々努力した。
少し変わればそれが燃料となってより私を理想へと近づけた。
ここまで変われば可愛い、ここがもっと……なんて目標を小さく小分けにしてね。
まぁその結果、私は自他共認めるすんごい美少女になった。
農村に産まれるのはなにかの間違いなんて言われるレベルの。
身長は伸び悩むけれどそれは私が望んだこと。
色白でちょっと青っぽい髪はサラサラと膝程まで伸びていて自慢の一つ。
普段は三つ編みにしているけれど遊ぶ時とかおしゃれする時はハーフアップにしている。
胸はでっかく、腰は細く、お尻もまぁまぁ、太ももはちょっと控えめ。
全体的には線が細いけれども女らしい曲線があるっていう私の理想の姿。
目の色は両親の緑色でキレイな色合い……これも自慢。
これで農作業はお手の物なちょっとパワフルな女の子です、ふふふ。
男だったのどうしたって?まぁ15年も生きていれば身の振り方というのを学びます。
「アルエットーちょっと手伝ってー!!」
「はーい、今行きまーす!」
母親の呼ぶ声がする、今の時期だとちょうど乳牛の乳搾りが繁忙期。
当然ながら手絞り、慣れないと牛さんも痛い思いをして蹴ってきたりする。
それはどんな人が相手でも変わらない、キレイだろうが可愛かろうが……
「よしっ、頑張るぞー!!」
むんっ!凝り固まった身体を伸ばしつつ私は農作業に出ていった。
それが私の日常で今の人生で長く経験する普遍的な日常だと思っていた。
空は陰り、雷鳴轟く。3大陸に覆いかぶさる暗雲現れし時、世界に災厄来る。
そんな予言を聞いたことがある。
今よりずっと子供だった頃の私はよく父親に言い聞かされていた。
雷が鳴ってる時は布団に潜ってないと魔王に食べられる……なんて。
実際に怖い思いをしている他の子供達はそれにさらに驚いていた。
雷は怖いけれどももっと怖い存在が居るからまだ平気……とか?そんな教育だろうか?
布団をかぶれっていうのだから身体を冷やさないようにっていう事かもしれない。
だから今日のそれもそういう物かと思っていた。
「……お母さん、牛たちが怖がってる、今日はお乳出そうにないよ」
「そうねぇ……今日はこの辺にしてお家に入りましょ」
今まで見てきた中で一等暗く黒く……どす黒い稲光が見えた。
不吉な予感が胸を過ってゾワゾワと私の肌を粟立たせる。
すごく生暖かく嫌な感じの風が全身を撫でて絡みついてくる。
遠くで何発もの雷が落ちる、地面が揺れている……こんな事はなかったのに。
何かが起きている、とても良くないことが……家に避難するまでの間鳴り響く雷鳴に強くそう思わされた。
皆農作業なんてやってられない、それぞれ不安で女子供は家に避難……
大人の男衆はそれぞれ外に立って村の外を警戒していた。
一人が耳にした音が気になると私の父親も言っていた。
なにかの遠吠えに聞こえたと……狼は確かに居る、けれどもこの村には縁が無い。
もっと北の森林や山が近い村ならば居るだろうけれども……
「ねぇ、お母さん……あれ、なに?」
「……アルエット、今日はもう寝ましょう」
「でも」
「いいから!!朝になれば……何時も通りよ」
母の声は震えていて明らかに無理をしているのがわかった。
私と同じ緑の瞳も……普段優しげな眼差しを浮かべている眼が……不安で押しつぶされそうになっている。
暗雲に浮かぶ血色の魔法陣は見なかったことにして眠る……なんて出来ない。
寝室に入っても結局は布団に包まって外の様子に耳を立てて……気が気ではなかった。
絶えず響く雷鳴に混じって遠吠え、怒号、唸り声が次第に強くなっていく。
ざわざわと空気がどよめいている……魔素が昂ぶっている。
私の肌に感じるのはいつもよりもずっと鋭くヒリヒリする魔素……!!
耳につく音にもう一つ加わった……悲鳴だ。
「アルエット!」
「……逃げるの?お父さんは!?」
「い、今は生き残ることを考えて!!」
その日、闇に包まれた道をひたすらに走ることになった。
子供は体力がないし足も早くはない。一刻も早く逃げて馬車を全速力で走らせる他なかった。
魔物の群れが襲ってきている……それを確認した男達は腕に自信がある者だけ残ってほかは伝令に走って戻ってきて……
そして、村に残り……時間稼ぎになった。
自分たちの子供と妻を生き延びさせるために……
暗雲はそう長くは続かなかった。馬車馬がバテ果てる頃には夜空の星々が見えるようにはなっていた。
それだけ走って……たどり着いたのはこの近隣では唯一の冒険者や兵士等が詰める街だ。
神様とやらの祝福を受けて魔法を使えるようになったり剣を振り回す筋力を得たり……
そういうのを受けれる祠がある街だ、これはこの大陸に4つ程しかない。
腕に自信がある冒険者はその祠を回って……大いなる戦士、大いなる魔法使いになる……とされている。
残念ながらそんな戦士は居ないし魔物を倒すにしても颯爽と……なんてのは無理だ。
街はもう既にてんやわんや……すごい有様だった。
あちこちの農村から逃げ延びた女子供で溢れかえっていた。
それぞれに疲労と困惑、恐怖……そんな感情が渦巻いている。
私もそんな中の一人だ、すごく疲れてすごく怖くて……すごく、寂しい。
二度目の人生になるが父親と離れ離れになるというのは寂しい。
それに父親はただの農家で剣の覚え等なかったはず……おそらくは……でも、きっと。
「……ねぇ、お母さん」
「なぁに、アルエット……どうしたの?」
「お父さん、来るよね?きっと来るよね?」
願いを込めて見上げるも……母は何も言わず……私を抱きしめた……
現実を叩きつけられて……私は声を殺して母の胸元を濡らした……
何が意思の力だ、そんなのでも限界がある……!
もう完成された大人の筋力をすこし増進するだけで襲ってくる魔物の群れに立ち向かえるか?
答えは否、否だ!そんなのは私もわかっている……わかってはいるけれども……
夢を……見るのはいけないことだろうか……?
兵士たちは順に私達難民を受け入れつつ……各所に突如として大量発生した魔物について対策を練っていた。
すぐさま派兵して欲しい所だったけれども……それは難しい。
わかってはいるけれども……もどかしくて、悔しくて……行き場のない悲しみと怒りにただただ泣くだけだった。
夜が白む頃、私達は街に入れた……街の中では冒険者達がそれぞれ武器を持ってあれこれ手続きをしていた。
各村の調査及び生存者の確保……荒れくれ者なイメージをしていただけにそれぞれが正義感を持って剣を握っているのが頼もしかった。