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第9話、精霊術師(魔法使い)

 山神契約騒動の夜、取り敢えず『姫様』の無事を皆にお披露目する事になった。

 耳が消えた事を両親に伝えた事で、ならば領民を安心させようという話になったのだ。

 勿論尻尾は生えたままである。スカートでなければ気が付かれていたであろう。


「ナーラ様、ご無事で良かった・・・!」

「姫様ー、迷子になちゃ駄目だよー?」

「なあらさま、見つかってよかったねー」

「儂は迷子になっていた訳では無いぞ!?」


 儀式の締めのお祭りで領民に無事を祝われ、子供達には見つかって良かったねと慰められた。

 実際迷子になった訳では無いのだが、子供達からすれば大差はない事実だろう。

 大人達は何かあった事は察しつつ、元気そうな賢者の姿に何も言わない事にした様だ。


 こうして今年も特に問題無く、山神への感謝を込めたお祭りが執り行われる。


 賢者は供物席だ。何という名の席だと思いつつも、その通りだなと思って座っていた。

 祭りの為だけに組まれた足場に座りに、侍女の用意した果物を食べながら祭りを眺める。

 この祭りに細かい手順は殆ど無い。日々の感謝を込めて山神様へ祈り踊る。それだけだ。


 細やかな手順が有るとすれば、貴族家が執り行う祭壇での儀式ぐらいだろう。


『グォウ♪』

(ご機嫌じゃな。お主の為の祭りじゃから当然かの?)


 賢者の知識では、こういった儀式に必要なのは雰囲気でしかない。

 手順も、理由も、由来も、ただそこに想いの力が生まれるならば良いのだ。

 故に山神への想いを籠めた儀式であれば、それだけで山神にとっては心地良いのである。


(取り敢えず王都への訪問か・・・王様はどんな人間なんじゃろうな)


 賢者は祭りで皆の前に出る前に、一家で出た結論を聞いた。

 当然と言えば当然の話で、先ずは王都へ契約者が出た事を報告に行く。

 その後賢者がどう扱われるかは、国王陛下の判断を待つ事になるだろうと。


(魔法を鍛える前に、精霊術を使いこなせる様にならねば不味い事になりそうじゃな)


 父達は精霊術を使えない。故に賢者の誤魔化しに容易く騙されてしまった。

 だが王都に行けばきっと精霊術師の一人や二人居て、嘘がバレてしまう可能性がある。

 となれば王都に辿り着く前に、最低でも熊の魔力を操れなければ。


(ただでさえ最近家の立場が悪いらしいのに、偽精霊術師が生まれたとか目も当てられん。じゃからって契約破棄はもっと外聞が悪いのは目に見えとるし・・・)


 偽物なのが悪いからと契約を破棄すれば、結局ギリグ家は義務を果たさなかった事になる。

 つまり契約破棄は選択肢に無い。そして偽物だとバレる訳にもいかない。

 だが今も必死に魔力を操作しようとしているが、未だに尻尾は出たままなのだ。


(一体どうすりゃいいんじゃ! つーか熊公、儂がこれだけ悩んどるんじゃから、何かしら手助けぐらいしてくれても良いじゃろうが! お主が契約したからこうなっとるんじゃぞ!!)

『グゥ・・・グォオオオオオン!!』

「うるさっ!?」


 解決策が見つからない賢者が熊に当たると、熊は一瞬困った後に大きな鳴き声を上げた。

 それは賢者にしか聞こえない声で、頭の中を反響する様に響きわたる。

 思わず頭を抱えて蹲った賢者だったが、暫くするとその鳴き声も消えて静かになった。


 いや、静かになり過ぎている。騒めきは有るが、先程までの陽気な声が無い。


「な、なんじゃ・・・何が、起きた・・・?」


 頭を抱えながら顔を上げると、眼下に居る領民達が騒ぐのも忘れて自分を見上げていた。

 ポカンとしたその表情は、信じられない物を見つめる様な驚きの顔。

 だが視線を向けられている賢者は理由が解らず、自分の体を確認しようと更に視線を下げた。


「一体、皆何を驚い―――――」


 だが両手を上げて自分の手と胴体を見た瞬間、賢者の言葉が止まる。

 熊だ。そうとしか言いようがない。熊が立っている。いや、熊になっている。


「わーい精霊化じゃー・・・こりゃ確かに精霊術師にしか出来んのー・・・」

『グォウ♪』


 賢者は子熊になっていたのだ。精霊の力を完全に降ろされた事で。

 精霊化。精霊術師の奥の手の一つであり、最後の手段でもある精霊術。

 それは契約した精霊を身に宿して、自身の力を消耗して精霊を再現する技。


「いやまあ、確かにこれなら証明できるが・・・これしか出来んと逆に怪しまれんか?」

『グゥ・・・』

「いや、不満という訳じゃないんじゃがな。取り敢えず皆驚いてるから、一旦戻してくれんか」


 やれって言うからやったのに、と言わんばかりの不満声で鳴く熊。

 ただ不満を漏らしながらも指示に従い、賢者の体が元の女児へと戻ってゆく。

 自分の手足を確認した賢者は手大きな溜息を吐き、それから頭と尻に違和感を覚える。


「おい、また耳が出とるぞ。つーか今度は耳と尻尾両方出とるんじゃが。予想通り悪化しとるじゃないか。どうすんじゃこれ」

『グォン?』

「オイコラ首を捻るな」


 頭の中の熊に詰め寄るも、熊は『知らないよ?』とばかりに首を傾げていた。

 この熊駄目じゃわと、賢者は最早『山神』への敬意が欠片も持てなくなっている。

 賢者が困った熊に盛大な溜息を吐いていると、父が慌てて駆け寄って来たのが見えた。


「ナ、ナーラ、だ、大丈夫かい!?」

「あ、父上。はい、大丈夫じゃよ」

「ほ、本当かい!? 嘘は駄目だよ!? 今のは、精霊化じゃないのか!?」

(あー、知っとったかー。知らんのじゃったら誤魔化せるかと思ったんじゃがなぁ)


 精霊化の利点は、ほぼ精霊その物になる事で、一時的に超常の存在になれる事。

 体は頑丈になるし、力も強くなるし、魔法も凄まじい力で放つ事が出来る。

 だがその消耗は何から来るのかと言えば、普通は魔力を消耗して使う事になるのだ。


 それだけ聞けば魔法も精霊術も変わらない気がするが、大きな点が二つある。

 一つは魔法使いは自力で魔法を構築するが、精霊化は自力構築という手段を捨てられる。

 つまり本人が魔法を使えずとも、精霊が使えれば問題が無いのが精霊化だ。


 そして二つ目、精霊化は魔力が無くとも行使出来、生命を消費して最後は命を落とす。


(じゃが魔力が有る儂には関係無いんじゃよなぁ・・・いやじゃが、別にこれに関しては隠す必要も無いのではないか? 儂は元々大量の魔力を有しておる訳じゃし)


 と賢者は思ったものの、ふと先程侍女と話していた時の事を想い出す。

 魔法使いに対するこの国の考え方を想うと、下手に魔力が有ると告げるのも不安だと。

 家族は別に構わないが、その他の人間の目からはどう映るのか気にかかった。


「あー・・・その、山神様が、儂とは相性が良いから、消耗が少ないらしいって・・・取り敢えず試しになってみようという話になったんじゃ。驚かせて申し訳ない」

「そ、そうなのか!?」


 という訳でまた『山神様の祝福』に丸投げした賢者である。

 都合の悪い事は全部山神のせいにして、都合のいい所だけ上手く使う気だ。

 つまりこれで何とか、精霊術師としての対面を保つ手段を手に入れた事になる。


「だ、だがまた、耳が出ている様だが・・・本当に大丈夫なのか?」

「・・・山神様が出しておきたいらしいので」

『グォウ?』


 熊は『別に出さなくて良いよ?』と鳴き声をあげるが、賢者は意に介さない。

 単純に余裕も他の策も無い以上、致し方ない嘘とも言える。

 それに熊の鳴き声は賢者にしか聞こえないので、どれだけ嘘をつこうともばれはしない。


「儂はきっと精霊術師になる為に生まれたのでしょう。でなければこれだけ自在に山神様の力を使えるのはおかしな話かと。ですから父上・・・そんなに心配されずとも大丈夫じゃよ」

「・・・そうなのかも、しれないね」


 堂々と笑顔で大ウソをつく賢者ではあるが、そのせいで説得力があった。

 父はそんな賢者に何かを諦めた様子を見せ、寂しそうだが優しい目を向ける。

 そこで賢者はふと領民達に目を向け、彼等も心配してくれている事に気が付いた。


「すまぬな皆の衆。心配をかけてしまったか。儂はどうやら此度の儀式で、山神様に祝福を受けたようでな。精霊術師となったらしく、これからは皆を守る立場という訳じゃ!」


 こうなったら豪快に行こうと、賢者は右手にぐっと魔力を籠める。

 そして籠めた魔力を火球に変換し、空高く放り投げた。

 すると火球は上空でパーンと弾け、綺麗な花火と化す。


 魔法としての威力はほぼ無いが、見目の良い形を保つだけなら問題は無い。


「精霊術師としての、儂の門出の花火じゃ! 皆祝ってくれ!」

「おー!!」

「姫様かっこいー!」

「すげー!」

「かわいいー!」


 領民達のキラキラとした瞳を受けながら宣言する。精霊術師として生きる事を。


(まあ今の花火は普通に自分の魔力で放った物じゃが。もう儂お主の魔力使うの諦めた)

『グゥ・・・』


 ただし結局熊の魔力を使うのは諦めた賢者である。精霊術師とは。

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