第22話、軽口(自爆)
ナーラ・スブイ・ギリグ。英雄ギリグ家の娘。あの山神と契約した精霊術師。
まさかこんな形で出会う事になるとは思わなかった。
一応父から話は聞いていたが、色々と想定外が過ぎる。
「っ!」
「殿下、お下がりを!」
魔法を使って何者かが近づいて来るのを感じとり、だからこそ護衛より先に反応出来た。
むしろ警戒を見せて自分が反応したからこそ、護衛は素早く剣を抜いたのだろう。
そうして現れたのは突然地面から放り出された女児。最初は獣人の血を引く子供かと思った。
だが良く見れば彼女の耳からは強い魔力を感じ、そして精霊の気配を感じる。
念の為契約精霊に問いかけると、敵ではないという答えが返って来た。
むしろ敵対しない方が良いという、珍しく警告まで追加して。
今までに無い事に少々警戒心を上げ、護衛との受け答えを見つめた。
少女の名を聞き、成程彼女がそうなのかと、そして先の魔法も納得が出来た。
山神の精霊魔法は私も文献で学んでいる。あれが事実であれば不可能ではないのだろう。
ありとあらゆる魔法を自在に使う事が出来る、スブイの山の大精霊ならば。
ただし他の精霊よりも扱いの難しい精霊とも伝えられている。
単一の性質を強く持つ精霊と違い、出来る事の幅が広いが故に術者の技量が求められると。
精霊術師は疑似魔法使いの様なものだが、その魔法は契約精霊の性質に引きずられる。
水が得意であれば水に、火が得意であれば火に、風が得意であれば風に。
無論それを押さえつけて別の魔法を使う事も出来るが、相応の鍛錬が求められる。
だがスブイの山神だけは違う。どの種類の魔法でも制限なく使う事が可能だ。
得手不得手が存在しない驚異の精霊。更にどれにも属さない特殊な魔法すら使う。
ある意味で最強の精霊であり・・・そして一番使い勝手の悪い精霊でもあると。
何でも出来るという事は、何にも特化していないという事でもあるからだ。
精霊術師の使う魔法は、精霊の力を借りるが故に技術の部分を多少省略出来てしまう。
性質に任せて魔力を使い、術式構築を飛ばして魔法となるのが精霊術の強み。
だが山神の契約者だけはそれが出来ない。適切な魔力操作と判断力が常に求められてしまう。
つまり子供に扱える様な簡単な精霊ではなく、だが彼女は既にその力を使いこなしている。
キャライラスが暴れた騒動も、そしてその結果どうなったのかも報告は受けた。
アレは性格こそ酷いが、精霊術師としては認めざるを得ない力の持ち主だ。
だがアレの精霊術を凌駕できる技量であれば、彼女の技量は疑うべくもない。
それだけで脅威だというのに、目の前の女児は更なる脅威を抱えていた。
(王族に何の脅威も感じていない・・・!)
我々王族の血には、精霊術師を抑える為の呪いが受け継がれ続けている。
今まで影響の強弱はあったとしても、欠片もない人間など記録になかったはずだ。
ならば彼女は危険因子。この場で切り捨てる方が安全で確実な判断。
だが父はそれでも彼女を使うと決めた。ならば私も彼女を見極めさせて貰おう。
そう思い会話の場を作ったが、何の事は無い可愛い子でしかなかった。
確かに聡い。子供と話しているとは思えない。むしろ同年代以上に感じる。
だがしかし、どうにも子供らしい愛された可愛らしさというか、優しさが強く見えた。
(ギリグ家の教育の賜物か・・・貴族らしくはないが、芯を持っている。それも近年の高位貴族達には無い優しい信念を。成程、これならば確かに、排除するよりは友好を持つ方が良いか)
久しく表れなかった山神との契約者。しかもその力を使いこなせる人間。
次が現れない可能性を考えれば、下手に排除する方が国にとって損となるだろう。
もしその判断が間違っていた時は・・・父か私が命を懸けて贖うまで。
「・・・そろそろ飽きんか、殿下」
「飽きるなど、こんな手触りにどうやって飽きるというのか。ずっと触っていたいぐらいだ」
「・・・そうか・・・好きにせい」
「ああ、感謝する!」
「・・・」
そんな決意をしながら賢者の熊耳を触る青年。賢者はもう敬意を払う気がなくなっている。
だらしない顔で堪能する王子から視線をずらし、護衛に向けるも目を逸らされる。
使用人も同じ様子で気不味そうに逸らして、そこで賢者は全てを諦めた。
視線を青年に戻し、その立派な体躯を何となく観察する。
「お主は父親と同じように鍛えているようじゃが・・・方向性が大分違うの」
「おや、どう違うのか気になるね。教えて頂けないかな」
青年は賢者の言葉に興味を持った様だが、その手は相変わらず熊耳にある。
もはや賢者は溜息すら吐く気が起きず、諦めの気持ちで口を開く。
「お主の父はまるで隙が無い。だがお主は・・・わざとなのだろうが、隙だらけじゃ」
「そんな事まで解るのか。凄いね」
「お主、儂が怯える程の威圧を見せたのを忘れたのか。あんな事出来る人間が、本当に隙だらけで堪るものかよ。むしろ難しいじゃろ、それ」
「あはは、うん。頑張ったんだよ。隙があるように見せ、けれど心構えだけは常に、ってね」
青年はさらっと口にするが、それは生半可な技術ではない。
一見周囲に注意を払っていないような、けれど実際には常に警戒をしている。
それは不意打ちを『させる』為の、周囲の敵を騙す為の技術。
賢者も似た様な事は出来るが、常に出来るかと言われれば自信は無い。
だが目の前の青年は常にそうだと告げた訳で、やはり怖いなと賢者は思う。
優男の様に笑ってはいるが、間違いなくこの男はあの国王の血族だと感じて。
「私の精霊術を十全に使う為にも必要な技術だったんだよ」
「お主の精霊術の為?」
「ああ。私が契約しているのは隠匿系が得意な精霊でね。不意打ちが得意なんだ。逆を言えば不意打ちをして来る者達を見破るのも得意でね。毒殺以外は対応してみせるよ」
「・・・成程のう」
つまり青年は隠匿に特化した精霊術と、鍛え上げた肉体を持って戦う者という事になる。
それは暗殺にも強いという事であり、そうそう簡単に彼を害する事は出来ないだろう。
何よりも彼がこの国の王族であるという事を考えれば、おのずと答えは出る。
「先程の発言は、その力がある故という事か」
「その通り。この国の精霊術師であれば・・・君以外は下せる自信がある」
(じゃから突然その目をするのを止めてくれんかの。怖いんじゃって)
つまり青年の能力は魔法戦には余り役に立たないが、一点突破には強みを発揮する。
その上この国の精霊術師が相手であれば、呪いの効果もあり彼には絶対に勝てないだろう。
護衛で固めても隠匿魔法ですり抜けられ、一対一に持ち込まれて終わりだ。
青年の言葉通り、賢者以外の精霊術師は確実に下せる。だが。
「お断りじゃ。儂が処罰を下すと判断した時は、儂の手でやる。お主に汚れ仕事を押し付ける気は毛頭無い。余計な事はするでないぞ」
「だが、それでは―――――」
「筆頭は儂じゃ。ならば儂が手を下すのが道理。恨まれるのも儂の仕事じゃ」
きっと青年に任せれば、それは鮮やかに処罰を下してみせるのだろう。
賢者にもそれが簡単に想像出来る。出来るからこそやらせる気はない。
目の前の青年は王族。ならば最後の砦であるべきで、その為の自分であろうと。
「大体下手に王族へ不満が溜まったら面倒じゃろうに。その為に儂という人間が差し込まれたんじゃろうが。王家に不満を持つのではなく、儂に不満を持つ様にの」
「それは勿論解っているが・・・」
「解っておるなら『承知しました』と答えれば良いんじゃ」
だが青年は答えずに口をつぐみ、少し困ったような表情を向ける。
賢者は何が不服なのか良く解らず、首を傾げながら返答を待った。
(彼女はまだ子供だ。キャライラスの様な者は何の関係もないのだろうが、優しく幼い彼女が実際に手を下した時どういう想いを持つか・・・できれば実行者は別で立てたいのだけど)
青年としては目の前の女児が歪むのを恐れていた。人を手にかけ歪んで行く事を。
それは今の彼女を知ってしまったが故に、二つの理由で起きて欲しくない未来があるからだ。
彼女を斬り殺さねばならない事。そして彼女を斬り殺せるか解らない事。
心苦しくて失敗するという事ではない。山神の契約者である事が最大の脅威。
本気で彼女が暴れ始めてしまえば、その時自分の力で彼女を下せるか。
そういった不安もあって、出来れば賢者にやらせたくないと感じている。
「なんじゃ、そんなに見つめて。儂に惚れでもしたか?」
賢者は余りに答えない青年に、場の空気を変えるつもりで軽口を叩いた。
すると青年は表情をなくし、賢者をじっと見つめて固まってしまう。
(あ、やってもうたかの。流石に王族にこれは失礼じゃったか?)
既に失礼等と考える場は過ぎ去っており、あまりに遅すぎる焦りである。
だが賢者の焦りは完全な無駄に終わる。
「そうか、君を婚約者にすれば良いのか」
「お主頭大丈夫か?」
失礼などという思考が完全に吹き飛んだ発言をした事で。




