第19話、躾(脅し)
「う・・・いつっ・・・」
少女が寝返りの際に走った痛みに呻き、そしてその衝撃で目を覚ます。
何故こんな痛みが走るのか不可解に感じながら体を起こそうとして、けれど出来なかった。
「あっ・・・うぐぅ・・・!」
起こそうとした瞬間先程感じた痛みが体を襲い、力が入らず倒れてしまう。
ただ動かなければ痛くない訳でもない。じっとしていてもズキズキと痛む。
けれど動こうとするとそれ以上に痛みが走る以上、少女は動く事が出来なくなった。
「なんで・・・なにが・・・!?」
少女は痛みを堪えながら、何故こんな事になっているのかと思い返す。
そうしてゆっくりと、ゆっくりと思い出して来た。自分がこんな事になった理由を。
自分の魔法をあっさりと打ち消し、そして容易く吹き飛ばした女児の事を。
「あ、あのガキ・・・よくも・・・! 絶対に、許さない・・・!」
少女とて馬鹿ではない。だから自分と女児の力の差は良く解っている。
精霊化をした相手に自分が勝てる理由は無く、けれど少女は勝ちを確信していた。
「けどこれで、あのガキは死んだ・・・なら、後は・・・!」
精霊化を使って生きていられる訳がない。過去使った者は軒並み死んでいる。
記録に残る初代は自在に精霊化を使いこなしていたと聞くけど、所詮誇張された物語。
近年に精霊化を成し遂げてしまった者は、一人残らず死んでしまっていた。
ならばあのガキは死んだ。山神の祝福を受けた娘は死んでしまった。それが事実。
そして国王陛下への挨拶を済ませていない以上、あの家は変わらず契約者を出さないまま。
これで後はあの二人を始末して、代わりの人間にすげ替えるだけ。
「私を殺せば家が無くなると思ったんでしょうけど・・・それで自分が死んでちゃ意味ないのに馬鹿ねぇ。くくっ・・・いっつ・・・! でも許さないから、私に、こんな!」
上手く行ったと楽しげに笑う少女だが、そのせいで体に痛みが走る。
こんなに痛いのは初めてで、たとえ与えた相手が死んでも許せはしない。
ならどうすれば良い。当然そんな事は決まっている。仕返しだ。
あのガキの親を、一族を、大事な物を、壊してやる。
この私に逆らったのが悪い。今更邪魔な事をしたお前達が悪い。
私にこんな痛みを与えたお前達は、それ以上の痛みを与えてやると。
「ほう、どう許さんのか、儂に聞かせて頂けんか?」
「っ!?」
その考えが、一瞬で真っ白になった。何時の間に居たのか、隣に立つ熊耳女児の姿を見て。
「な、なん、なんで、生きて、そんな、そんな訳、生きてる訳、ない・・・!」
「残念ながらこの通り生きてるんじゃよなぁ。精霊化を使ったから死んだと思っておったのか? 浅いのう。自分の浅い常識でしか物事を考えられん、典型的な小娘じゃな」
「あ、アンタの方が、ガキでしょう! いづっ・・・!」
おもわず起き上がって大声で叫んだ少女は、当然体に痛みが走った。
しまったと思いながら痛みで震え、けれど蹲らずに顔を上げる。
気合と根性で背筋を伸ばし、震えながらも賢者を見据えた。
「ほう、案外根性は有る様じゃの」
「うるさい・・・!」
「良い良い。痛いのじゃろうし、無理に喋る必要は無い。儂が言いたい事あるだけじゃし」
少女は困惑していた。当然だ。死んだと思った相手が生きているのだから。
しかも襲撃したはずの自分に何もせず、むしろ怒りの様子すらも見て取れない。
もし自分が彼女であったとすれば、寝ている間にその首を落としていたかもしてれないのに。
「取り敢えず儂は国王陛下に国の精霊術師として認められた。その意味は流石に知っとるな?」
「っ」
女児が告げる言葉に息を呑んだ。つまり自分の計画は潰えたのだという事だ。
これでもう自分は彼女に手を出せない。この国の絶対の法に逆らう訳にはいかない。
流石にそんな事をしてしまえば、国王陛下も黙ってはいないだろうから。
あの方に反旗を翻すのは無理だ。契約した精霊が、絶対にやめろと警告をする。
そして言われずとも私はあの方が恐ろしい。今回の様な抜け穴が無ければ手が出せない。
忌々しい。忌々しい。忌々しい! コイツさえ生まれなければ上手く行ったのに・・・!
「理解しているようで何よりじゃ。ついでに告げておくが、儂への怒りを儂の周りに向ければ、儂は一切黙っておる気は無い。お主を全力で叩き潰す。命が惜しければ大人しくしておけ」
「・・・はっ」
だが少女はその瞬間、つい先ほどまでの忌々しい思いが消えた。
当然だろう。何せ目の前の女は、この国ではしてはいけない事を口にしたのだ。
命が惜しければ? つまりそれは、いざとなれば命を奪うという発言。
ならば目の前の女児はこの国の禁忌を侵すと口にした。この国の絶対の法を侵すと。
「そう、じゃあ陛下にご相談させて頂くわ」
「それが良かろう。何せ儂は筆頭精霊術師になったからの。今後お主達に指示を出す立場じゃ。納得がいくように陛下にご説明頂くが良かろうて。命を預ける相手じゃからの」
「・・・・・・・・・・は?」
そしてまた、思考が止まった。女児が一体何を言ったのか、理解が上手く出来なくて。
「おや、言っとる意味が解らんかったか? 儂はお主ら精霊術師の中で、一番上の立場になったという事じゃよ。陛下にはお主らの躾も重々頼まれておる。逆らえば・・・容赦はせんぞ」
「――――――っ」
ゾクリと、悪寒が走った。女児の言葉が事実なのだと、何故か解る。
契約している精霊から伝わる焦りが、全て真実なのだと私に叩き付ける。
逆らえば殺される。むしろ逆らう事も出来ない。今の私では彼女には絶対勝てないと。
少女はまさかの事態に完全に頭が真っ白になり、ダラダラと訳の分からない汗が流れていた。
「勿論これは最終的に正当かどうかの判断を陛下に仰ぐ事になるが、それは処断が済んでからの事じゃ。故に儂も下手には手を出せん。安心すると良かろう」
少女は『なにをいけしゃあしゃあと』と歯噛みしながらその言葉を聞いていた。
それはつまり、命を懸けてお前を殺す事が出来る、と言っているに等しい。
処刑される覚悟さえあれば、先にお前を殺す事は可能だと。その許可は得ていると。
「まあ、起きたお主はまた『おいた』を考えそうじゃからな。念の為忠告をしておこうと思った次第じゃ。ああ、勿論良い子にしておれば何もせんぞ。儂は、お主とは、違うからの」
「ぐっ・・・!」
自分の我が儘を通す為に、人に害をなす事をする気は無い。
法の抜け道を通って好きにやるなど、そんなお前とは違う。
それを理解しておとなしくしておけと、自分より上から物を言われた。
少女の怒りがふつふつと腹の底から湧き上がる。当然賢者は解っていてやっている。
この少女がどの程度理性を働かせられるのか、そしてどの程度国王を恐れているのか。
もしここで怒りに任せて叫びなどするのであれば、この少女は何も解っていない事になると。
「・・・寛大なお言葉、心に刻み付けておきますわ」
「それは重畳。聞き分けの良い子で儂も嬉しいわい」
にーっとあからさまな笑顔で笑う賢者に、目が一切笑っていない笑みを見せる少女。
一触即発にしか見えない雰囲気だが、けれど少女は自分を抑え切った。
ここで余計な事をすれば、目の前の女児に余計な口実を与えてしまうと。
自分が何か咎められるだけならばまだ良い。家や領地にまで口を出されると面倒だ。
何よりも自分の想い人に迷惑が掛かってしまう。それだけは絶対に防がなければいけない。
少女とは思えない程の冷静な思考を回し、被害を最小限に抑え込んだ。
たとえそれで自分のプライドが傷つこうとも、その先の最善を選び取る為に。
「ま、最低限の理性は有る様で何よりじゃ。それじゃ儂の要件はこれだけじゃから、この辺りで帰るとするわい。ああ、体の痛みがあるじゃろうし、ゆっくり休むんじゃぞ。かっかっか」
「・・・ええ、そうさせて頂きますわ」
賢者が楽しげに笑って去っていくのを、少女は変わらず笑顔で見送った。
ただし賢者の姿が視界から消えた瞬間、すとんと表情が抜け落ちたが。
「・・・絶対に、絶対に許さない・・・正面からはどうしようもない。下手に家に手を出せばアイツに暴れる口実を作らせる・・・今は良い手が無い。けど、何時か・・・」
ブツブツと呟く少女の言葉は、明らかに賢者に従う気が無い。
むしろ殺してやると言わんばかりの目で、消えて行った賢者を睨み据えている。
(やっぱ小娘じゃのー。まだまだ甘いわ。二度も同じ手にかかるとは)
ただ賢者はその言葉を、近くでしっかりと聞いているのだが。
戦っていた時と同じ、簡単な幻影の魔法で身を隠して。
因みに現れたのも去っていったのも、同じく幻影で作った賢者だ。
小娘がどういう反応をするか見届けようと思ったのだが、案の定過ぎて溜め息も出ない。
素直に従うとは思っていなかったし、何時か何か仕掛けて来るのではと予想していた。
それをしっかり口に出してしまった辺り、迂闊と言わざるを得ないだろう。
(まあ忠告をしてやる気も無ければ、むしろ今後もその調子で居てくれと思うがな)
痛みと焦りがあったとはいえ、こんな簡単な魔法も見破れない小娘。
国を守る戦力としては不安この上ないが、扱いやすくはあるなと賢者は思った。
(治療の魔法は・・・要らんか。あの程度そのうち治るじゃろ。こやつの傷なんぞ心配してやる義理はないしの。そもそも襲ってきた相手に、この程度で済ませた事を褒めて欲しいわい)
そうして賢者は気が付かれない様に、今度こそ静かにその場を離れた。
「私に逆らった事、絶対に後悔させてやる・・・」
(・・・その時は、お主には後悔する暇も与えんがな。両親を殺されかけた怒りを忘れた訳では無い。次は本気で容赦せんぞ。そもそもその前に、儂に逆らう気力が持てば良いがの)
少女の言葉を背に、腹の底に渦巻く怒りを理性で押さえつけながら。