第17話、覚悟(恐怖)
「いやいや全く、くくっ、君は可愛いな」
ようやく笑いが落ち着き始めた国王は、それでも少し笑いながらそんな事を言う。
「まあ、可愛い自覚はありますな」
ただ自分の可愛さに自信が有った賢者は、その言葉に胸を張って答えた。
それはもう心から自身満々に、もっと褒めても良いのじゃよと言わんばかりに。
すると国王はぶふっと噴出し、今度はプルプルと震えながら口を元抑える。
「―――まって、まってくれ・・・これ以上私を笑わせないでくれ・・・!」
「笑わせているつもりは無いのじゃが・・・」
なぜこんなに笑われねばならんのじゃと、賢者は本気で心外である。
ただ国王にしてみれば、目の前の少女は余りに行動がちぐはぐなのだ。
大人顔負けの教養を見せたかと思えば、謙虚など欠片も無い自信満々の子供の顔を見せる。
先程も「ドヤァ」と音が出そうな程の表情で、自分の可愛さを誇っていた。
なお賢者本人は鏡を見た際の客観的な、孫に対する感想を言っている様な感覚だったりする。
故に着飾って可愛い姿になるのは嫌いではないし、むしろ好きではある。面倒なだけで。
そこが他者から見れば子供の様に見える訳で、しかし賢者本人は割と無自覚だった。
「はー・・・いやぁ、腹筋が痛い。良い訓練になるよ」
「こんな事で訓練されても困るのじゃが・・・」
「くくっ、いやすまない。ふぅ、流石にちょっと笑い過ぎた。失礼」
ちょっとムッとした表情の賢者に対し、国王は好々爺とした表情で笑う。
先程まで賢者に剣を向けていた威圧感は無く、体を見なければただの老人の様だ。
「それで、国王陛下。ご説明願えるのかの」
「ああ・・・その前に一つ質問をして良いかな」
「なんですかの?」
「その喋り方は祝福の影響で?」
「あー、いや、祖父の影響なんじゃが・・・」
「成程、精霊の影響はではないのか。もしや人格にまで影響を及ぼしたのかと思ってね」
精霊術師が人格に影響を及ぼす。それは無くはない話ではある。
何せ精霊の力を自分の体に受け入れた時点で、他人を体内に入れた様な物。
自意識の強い大人であれば別だが、子供はかなり影響を受けやすい。
忘れがちだが、賢者は本来3歳女児である。十分に影響を受ける可能性が有った。
実際は元からこの喋り方であり、それを祖父のせいにいしているだけだが。
「ご心配をおかけしたかの」
「いや、理由が何処にあるのかを知りたいだけさ。君が特別である理由をね」
「・・・そういえば、先程もそんな事を仰っておりましたな。一体どういう事で?」
山神が理由なのか、それとも賢者自身なのか、そんな事を国王は確かに言っていた。
おそらくそれは先程の違和感が理由であり、無意識に国王の使った魔法に抵抗したのだろう。
賢者本人は何もしたつもりがない上に、何をされたのか解っていないままではあるが。
「端的に言えば、君は王家が制御出来ない精霊術師、という事だ」
「制御?」
国王は手に持っていた剣を手放し、害をなす気はもう無いという様子でそう告げた。
賢者は思わず先程の小娘を思い浮かべ、アレは全く制御できてないのではと思ったが。
「王家の血を引く者は、この国の精霊術師を殺せる。そういう力を持っている。初代精霊術師が暴走を防ぐために、そういう仕込みをしたんだ。後の術師が国王に逆らえないようにね」
「・・・呪い、ですかな」
「ああ、良く知っているね。いや、それも山神の祝福かな。驚きもしないとは、やはり凄いな」
呪い。それは術師の手から離れても、延々と効果を発揮し続ける魔法。
ただしその為に触媒になる様な物や場所、他にも様々な条件付けが必要になる。
この場合は先ず王家の血か。それ以外にも条件は有るだろうが、教える気は無いのだろう。
いやむしろ、国王の言葉には山神を特別視している節がある。
となれば説明は不要だと、そう思われているのかもしれない。
自分が知るはずの無い知識は、全て山神が理由だと押し付けられそうだ。
そう判断した賢者は過去の知識を引っ張り出し、先程の違和感の理由を口にする。
「成程。先程のお言葉は、その術式を成立させる為の儀式という訳ですか」
「ご名答だ。そしてそれが失敗した。いや、成功したが効いていない、が正しいかな。本来ならば術式が成立した精霊術師は、王家に対し本能的に恐怖を抱く。逆らってはならないと」
「その割には、暴走している小娘も居る様じゃが・・・」
「困った事に『逆らっていない』と思っていると効果が薄い。キャライラス嬢は本気で私に一切逆らう気なく、貴族としての権利を行使して、何の問題も起こしていないと思っている」
「ああ、成程・・・」
それも呪いの条件付けの一つなのだろう。王家に逆らわせない為の条件付け。
逆を言えば国王の言う通り、従っているつもりなら簡単に暴走できてしまうと。
「そういう意味では、彼女よりもリザーロの方が困る事も有るんだがね」
「彼が? 理性的な人物だと思うのじゃが」
「彼は私に忠誠を誓っている。それはそれは心から。そして彼の心からの行動は、一切私に害を働くつもりがない。忠誠心の高さ故の暴走というのを、若い頃は何度かしてくれてね」
「あぁ・・・」
少女が彼に対し「アンタに言われたくない」と言っていたのを思い出した賢者。
アレは彼女自身も本音で『狂人』と思っているという事だったのだ。
売り言葉に買い言葉で返したのではなく、実績の在る同族嫌悪的な発言なのかもしれない。
「そして王家は時に暴走した精霊術師を、この手で処分してきた。精霊術師をこの手で始末する為に鍛える事が、王家に課せられた一番重要な責務でね。たとえ王家の血筋に恐れを抱いたとしても、その権力で持って逆らう時がある。精霊術を封じるだけでは足りない」
「その体はその為、という事ですな」
「ああ。老体にはそろそろ堪えるから、世代交代したいのだけれどね」
ははっと笑う老人の言葉は、何となく本音の様に聞こえた。
実際ここまでの体を維持するのは、並大抵の努力では無いだろう。
その上技術も高いとくれば、どれだけの鍛錬を積み重ねて来たのか。
「そしてこれは王家の血を引く者以外、誰も知らぬ国家機密。知った者はその場で殺さねばならない程の。なにせ王家の血筋を途絶えさせれば、精霊術師は好きにやれるのだからね」
「―――――」
相変わらず優しげに笑う国王の口から、聞き捨てならない言葉が紡がれる。
つまりそれは、賢者の事は処刑しなければならない、と同意義なのだから。
賢者はそれに驚くと同時に、そりゃそうじゃろうなと納得もしていた。
この国の精霊術師の扱いを知れば知る程、何かしらのストッパーが無ければ危険すぎる。
それが王家の血筋というのであれば、その血は絶対に絶やしてはならないだろう。
ならば秘密を知る者は少なければ少ないほど良い。口の軽い幼児に知られるなぞ論外だ。
「ならば、儂に何を願っておられるのですかな」
だからこそ国王は賢者を殺す気が無いと、改めて確信した。
もし殺すつもりなら既に殺されている。国王が剣を抜いたあの時に。
つまり何かしらの目的が有って、賢者を排除しない事に決めたのだろうと。
「やはり君は賢いね。いや何、単純な話だよ。精霊化まで使いこなせる君ならば、他の精霊術師達を統べる事が出来るだろう。その才能を潰すには惜しいと思ってね」
つまり賢者にあの面倒な小娘を躾けろ、と言っている訳だ。
制御出来るとはいえそれでも重要な駒であり、国王直々に動くと面倒もある。
出来るだけ王家に不満を持たれない様に、けれど手綱を握れる様にしたい。
それを上手くやりさえすれば、賢者が生き延びる事を許可してやると。
中々の脅しだ。死にたくなければ役に立て。そう言われているのだから。
しかも状況的に賢者には選択肢がない。だからこそ少々仕返しをしたくなった。
「・・・もし儂がそ奴らを率い、離反したらどうされるおつもりで?」
「ふむ、その時は・・・」
勿論賢者にそんなつもりは無い。面倒な事をするぐらいなら領地に引き籠る。
けれどどうにかこの老人に粟を食わせてやれないかと、動揺を誘おうと試みた。
そんな賢者の挑発に国王は少し考える素振りを見せ・・・スッと目が細められる。
「・・・この命を懸けて、君を殺そう。どんな手段を使ってでも」
「―――――っ!」
一瞬で目の前の人間が別の何かに、化け物に変わった様な威圧感に襲われる賢者。
国王の言葉が冗談ではないと、背筋に感じる冷たいものが証明している。
呪いの有無など関係無い。この男は自分を殺しうる力を持つと。
恐怖で呼吸がままならない。胃を鷲摑み割れた様な畏怖に賢者は震え上がり―――――。
「ならば離反せぬ様に、重宝してくれますな、国王陛下殿?」
ニッっと歯を見せて獰猛に笑った。目の前の女児は扱い難いぞと告げる様に。
すると威圧が一瞬で消え去り、国王は目を見開いて固まってしまっている。
「ククッ、いやいや確かにそうだね。扱いには重々気を付けるとしよう。ナーラ嬢。あははっ」
どうやら合格を貰えたらしいと、笑う国王を見ながら賢者は大きな溜息を吐く。
その何処までも落ち着いた対応を見て、国王は一層彼女を気入った様に笑った。
(怖かったぁ! コノジジィ下手な魔獣よりバケモンじゃぞ! 誰が好き好んで逆らうかい! あーもう儂このジジィの前で余計なこと二度と言わん! やるんじゃなかった!!)
因みに内心では、冷汗びっしょりでかなりビビり散らかしていた。自業自得である。
(・・・恐ろしい子だ。目の奥に死の覚悟が在った。アレはまともな子供が出来る目ではない。殺さなかったのは失敗だったか・・・いや、彼女は本当に聡い。今後も彼女の様な子が現れる可能性を考えれば、味方に引き込むのが得策か。少なくとも、今はまだ)
ただ国王は、女児の目の奥の『賢者』を見抜いたが故の、冷徹なまでの利害判断であったが。