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第11話、証明(嘘)

「ナーラ・スブイ・ギリグ」

「・・・なにかの」


 明らかに怒気を孕んだ声音で呼ばれ、だが賢者もそれで怯える事は無い。

 何だかんだと修羅場はくぐっている彼にとって、若造の威圧程度は左程問題ではない。

 問題は目の前の男の怒りなどではなく、いかにしてこの場を切り抜けるかだ。


「貴様の父は貴様の報告を真に受けて報告書類を作り提出した。事実確認を行わずにだ。ならば貴様はこの場で自分の発言が真実だと証明する必要がある。それぐらいは理解出来るな」


 先程は『貴女』と呼んでいたのが、怒りの余りか『貴様』となっている。

 こりゃ下手な事を言えばどうなるか解らんな。そんな風に想いながら賢者は口を開く。

 両腕を組み、胸を張り、顎を上げ、不敵に笑って、自信満々に。


「当然じゃ」

「・・・ほう?」


 ともすれば不遜とすら見える賢者の態度に、リザーロの表情が少し緩んだ。

 自分の怒気に怯えもせず、真偽の問いに迷いもせず、堂々と言い放った。

 その事実に、先ずは見極めるべきかと、そう判断した様だ。


「ならばその耳を消してみせよ。先ず、話しはそれからだ」

「何故じゃ?」


 だが指示を出すリザーロに対し、賢者は理解が出来ないとばかりに首を傾げる。


「・・・発言の意図が解らんな。もう少し、気を付けて言葉を選べ、小娘」


 その瞬間、リザーロから威圧の籠った魔力が放たれた。おそらく精霊術の魔力が。

 消えたはずの怒気と共に、次言葉を間違えれば子供とて容赦はしないと。

 だが賢者はそんな魔力にも威圧にも怒気も一切怯まず、むしろ鼻で笑う様子を見せる。


「言葉を選べ? それは貴様の方じゃろうが」

「・・・なに?」

「父は確かに儂の発言を元に報告書を出したのじゃろう。ならばそれを理解せずに発言しておるのは何処のどいつじゃ。よおく考えよ。愚か者は小娘の儂か、それとも貴様か」

「――――――」


 自分の怒気にも威圧にも、叩きつけられた魔力にも目の前の女児は動じない。

 それ所か目の前に居る男に対し、呆れにも感じる表情を向けている。

 リザーロは女児の年齢にそぐわない在り方を見て、静かにその言葉を反芻した。


 愚か者はどちらなのか。報告書の何を理解したのか。自分が何を言ったのか。

 その答えは実に簡単な物で、だが簡単には信じられない事だが・・・。


「・・・本当に、山神の願いを叶える為に、あえて出しているという事か」

「そういう事じゃ」


 目の前の女児の発言が真実であるならば、不敬を働いているのは自分自身。

 山神が望んでいる事を、自分の判断基準の為に逆らおうとしている。

 それは敬い機嫌を取るべき存在に対し、けして行って良い事ではない。


 明確に言葉にはしていない。だが女児の堂々とした佇まいがそう言っていた。

 いくら聡い子供であろうとも・・・聡い子供であるからこそ、つまらない偽証はしない。

 つまりこの場で一番の愚か者は他の誰でもなく、リザーロという男であると。


 彼はそう判断すると、その後の対応は早かった。


「・・・失礼した。貴女は精霊術師の心得を良く解っている。非礼を心から詫びよう」

「構わん。誤解させる状況だと、儂も理解はしているのでな」

「寛大な言葉、感謝する」


 リザーロは怒りを消したどころか、膝を突いて謝罪の意を示す。

 その事に両親はホッと息を吐き、そして賢者は寛大な返答で済ませた。

 誰が悪い訳でもない。些細な誤解が生じただけだと。


(よっしゃ、乗り切ったー! ハッタリで何とかなるもんじゃの!)


 実際は内心冷や汗で、大嘘だらけの行き当たりばったりであるのだが。

 むしろ賢者的には『謝らせてすまん! ホントすまん!』と罪悪感で胸がいっぱいだ。

 実際事実だけを考えてみれば、賢者は嘘しか吐いていない。偽証だらけである。


 とはいえ賢者もこれはどうしようもなく、更に言えば何度も同じ事はしたくない。


「もし良ければ他の者達にも、この事を周知しておいてくれると助かるんじゃが。何度も同じ様な問答をするのは、流石に面倒じゃしな。もめ事は少ない方が良いじゃろ?」

「承知した。と言っても、それでも絡んで来る者も居ると思うがな」

「・・・先程のお主のようにか?」

「耳が痛いが、理由が違う。問題の提示ではなく、貴女の事が気に入らないという理由でだ」

「・・・どういう事じゃ?」


 てっきり言っても信じない者は居る、という意味で絡まれるのだと思っていた。

 だからそんな風に言われる理由が良く解らず、賢者は怪訝な顔問い返す。

 すると彼は答える事はせず、スッと賢者の両親へと目を向けた。お前達が説明をしろと。


「父上?」

「・・・我が家が貴族の家格が下がる可能性が有った、という話はしたね」

「ええ、まあ」

「・・・ならナーラが精霊契約をした事で、その話はどうなると思う?」

「撤回される、のじゃろう?」

「・・・そうだね。つまり自分達の家こそが後釜に、と思っていた貴族達の狙いは潰えた」


 そこまで聞いてしまえば、賢者もどういう事か理解出来た。

 つまり権力争いの為の手段を潰され、その腹いせをして来る者達が居るだろうと。

 賢者の父はそういった事情も含んだ上で、賢者を巻き込みたくなったのだ。


「全く馬鹿馬鹿しい話じゃな。精霊術師は国外の脅威から国を守る為の存在ではないのか。国内の権力争いの為に在る物ではなかろう」

「同感だ。だが馬鹿共はそれが理解出来ん様だ。面倒な事にな」

「勘弁しとくれ・・・というか精霊術師相手に嫌がらせなど、危険じゃと思わんのかそ奴らは」

「同じく精霊術師が後ろについているから、危険とは思っておらんのだろう」

「冗談じゃろ・・・?」

「紛れも無い真実だ」


 リザーロの告げる言葉に、賢者は思わず頭を抱えた。

 何せそれは本来手を取り合うべき者達が、無駄に反目しあっているという事だ。

 国内の精霊術師の存在理由を考えれば、馬鹿な争いをしている場合では無いだろうに。


「儂、精霊術師になるの、ものすっごく嫌になって来たんじゃけど・・・」


 賢者は精霊術師となる事に対し、割と前向きにとらえていた。

 家族を守る為、領民を守る為、戦えない者達の代わりに戦う立場。

 それはそれできっと今生の自分の生き方なのだろうと。


 だというのに実体は、外敵と戦うどころか内部政争か。賢者は思わず盛大な溜息を吐く。


「特に貴女の次に若い小娘が一番タチが悪い。甘やかされて育った上に祝福を受け、祝福をうけた事で更に甘やかされ、今では相当に増長している。時に王家の命を無視する程にな」

「え、何じゃそれ、流石に不味いじゃろ。王家は何も対処せんのか?」

「国が傾く程の我が儘であれば陛下も動くが・・・そうではないのが何より面倒だ。適度に要請は受けて仕事はするので、処分までは話が進まない様になっている。タチの悪いクソガキだ」

「あー・・・大変なんじゃなぁ」


 最初は苦手な男だと思ったが、苦労しているんだなと思わず同情する賢者。

 おそらくその『クソガキ』と何度も衝突しているのだろうと。

 一度威圧的に来たのも、事実を話さない子供では困る、という判断だったのかもしれない。


 賢者はなるべく迷惑をかけん様に気を付けようと、険しい顔の彼を見ながら決めるのだった。

 その上で『儂はなるべくかかわらんとこ』などと思っているのだが。しかし・・・。


「貴女も他人事では無いぞ。あの小娘は自分の想い人を高位貴族に仕立て上げる為に、その者の家の人間を山神と契約させる腹積もりだった。ギリグ家を、排してな」

「・・・は?」


 何だその話は。訳が解らない。そう思い父を見ると、父はプルプルと首を横に振った。

 どうやら父は知らない話で、という事は広く知られている話ではないのか。

 詳しく効きたいとリザーロに視線を戻すと、彼は厳しい顔のまま続ける。


「自分達の勢力が力を持つ事で国を自由に動かしたい家と、想い人と一緒になる為に他を犠牲にする事を気にしないクソガキの利害が一致して、そういう話になりかけていた。対外的に知られているのは家の目論見で、クソガキの我が儘は余り知られていない」

「もう何なんじゃこの国の貴族は・・・!」


 賢者はまだ見ぬ高位貴族達が、自分が思っていた以上に醜くて頭を抱える。

 過去自分を邪魔だと思って排除した連中と、その連中からは何の差異も感じられない。

 時が経ち時代が変わり国が変わっても、結局権力者というのはこんな物なのか。


 優しい両親と長閑な領地で育った賢者は、ここに来て自分達が特殊なのだと思い知らされた。


(そりゃこんな連中がひしめく世界なら、子供に関わらせたいと思わんわい!)


 恐らく父は聡い我が子はそこまで理解しているのだろうと、そう思っていたのではないか。

 今になって家族の優しさを強く理解し、自分の能天気さが申し訳なくなって来た。


「まだ山神と契約した事実は公表されていないので伝わっていないが、伝わるのは時間の問題だろう。そうなった時あの小娘が何をするか・・・正直な所、余り考えたくはないな」


 そうして最後にリザーロからとどめの様な事を言われ、賢者は遠い目を空へ向けた。


(なんなんじゃ儂の今生・・・前世より遥かに面倒臭いではないか・・・!)

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[一言] 第二の人生を満喫するロリジジイは最高じゃのう
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