第10話、報告(虚偽)
お祭りの翌日、早速賢者は王都へと向かう事になった。
王宮へ早文を先に送ってから、その後を追う形で出発する事になる。
なので余り急ぎ過ぎない程度に、のんびりとした旅路になるだろう。
そう聞かされながら賢者は身支度をされ、何故か物凄く磨き上げられていた。
「のう、ザリィよ」
「何ですかお嬢様」
「何で儂、こんなにめかし込んどるんじゃ?」
「当り前じゃないですか。国王陛下に謁見するかもしれないんですよ」
「いや、今からする必要は無かろうよ・・・王都まで何日かかると思っとるんじゃ。しかも王都に着いた後も、謁見出来るかどうかも解らんじゃろうに」
「いいえ! そう言ってお嬢様は、ギリギリになって面倒臭がります!」
そんな事は無い。と言いたくなった賢者だが、現時点『面倒じゃな』と思っていた。
実際貴族として国王に会うのであれば、みすぼらしい恰好では良くないだろう。
心の底から面倒ではあるが、ここは大人しく侍女に従っておくべきかもしれない。
「大体ですね、お嬢様は自分が可愛くなるのは好きなくせに、その為の自分磨きは面倒臭がるんですから、これを機にしっかりしましょう」
「あー・・・出来上がったのを見るのは好きなんじゃよ、儂」
「何て我が儘な。貴族のお嬢様じゃなかったら許されない発言ですよ」
「儂貴族のお嬢様じゃもん」
可愛いポーズでニコッと笑うそれは、見た目だけは可愛らしいお嬢様である。
中身は元ジジィのくせに、完全にぶりっこお嬢様が板についている賢者であった。
侍女は『こういう時だけお嬢様ぶるんだから』と冷たい目で見ているが。
「お嬢様、この耳と尻尾、どうにかなくせませんか?」
「面倒かもしれんが我慢してくれ。山神様の願いじゃ」
「・・・畏まりました」
因みに相変わらず熊耳と尻尾は出っ放しである。もう引っ込めるのは諦めた。
そうしてしっかりと着飾られた賢者は、靴に苦心する事となるのだが。
始めて履いた踵の高い靴に、賢者の足はプルプルと震えている。
「ザ、ザリィ、どうしてもこれで行かねばならんか?」
「大人になった時の練習と思って下さい」
「儂、ずっと子供で良い」
「はいはい、何時までも我が儘言ってないで行きますよ」
「うう、覚えていろぉ」
侍女の容赦のない言葉と共に、よたよたと覚束ない足取りで外に出る賢者。
足首を捻りそうだと思いながら母の足元を見て、自分より踵が高い事に驚愕する。
「母上・・・儂は今日、今までで一番母上の事を尊敬し申した・・・!」
「あらあら、ふふっ、その内ナーラちゃんも慣れるわよ」
本当にそんな日が来るのだろうか。そんな疑問を持ちながら、母に手を引かれる賢者。
小鹿の様に足を震わせながら進むその様子を、皆生暖かい眼差しで見送っていた。
庭には既に車が用意されており、護衛の騎士達も準備が出来ている。
(何度見ても、騎兵が集まると凄い光景じゃのー)
この国で騎兵に使われるのは、騎犬と呼ばれる大きな犬。
それこそ下手をすればその辺の熊より大きく、良く操れるなと賢者は感心している。
何せ魔法も使わずに従えている訳で、その事には尊敬すら抱いている程だ。
「姫様、道中の護衛、今度こそ全うさせて頂きます」
「ん? おお、お主か。山神様の意思だったのだし、余り気にするでないぞ?」
「はっ」
護衛を指揮するのは、儀式の際に賢者を護衛していた男であった。
どうも山神契約の一件で何も出来なかった事が、かなり根深く尾を引いている様だ。
賢者としては仕方なのない事だと思うのだが、自分で自分が許せないらしい。
(まあ、きちんと仕事をこなせれば少しは納得するじゃろ)
下手に何を言っても逆効果だと考え、賢者はそれ以上声をかけるのを止めた。
「では婆上、爺上、行って来るのじゃ」
「ええ、気を付けてね、ナーラちゃん」
「王都の連中にナーラちゃんの凄さを見せつけて来るんじゃぞ!」
祖父母は留守を守る事になったと聞いているので、賢者は心配をさせぬ様に胸を張る。
まあ祖父は気にしていないのだが、祖母の視線が頭の上の熊耳に向かっているのだ。
弱気な所を見せると余計な気を回させると思い、必要以上に元気に振舞っている。
祖父母との別れの挨拶を済ませたら、騎士に手を引かれて車に乗り込む。
扉が締められるとゆっくりと車が動き出し、そうして賢者の初めての遠出が始まる。
とはいっても王都への道はそこそこ整備もされていて、特に問題になる様な事も無い。
道中の宿場町で宿を取った以外には、何事も無く王都まで辿り着いた。
熊耳は見られると騒ぎになりかねないので、人目が有る場ではフードを被っていたが。
賢者が奇異の目で見られないようにと、周囲が気遣ってそうさせた。
(熊耳女児は、客観的に見ると割と愛らしいと思うんじゃが。だめかの?)
『グゥ?』
なお周囲の気遣いをよそに、賢者だけは相変らずの能天気である。熊に聞くな。
そんなこんなで平和に辿り着いた王都では、止められる事なく城へと通された。
賢者達が来たら城まで通す様にと、街の門まで指示が出ていたらしい。
(随分と対応が早いのー。それだけ精霊術師が国にとって重要視されているという事かの)
きりっとした表情で状況を見極める賢者だが、熊耳女児姿ではどうにも緩い。
「ギリグ家の皆様、お待ちしておりました」
車が止まると迎えの者が既に構えており、恭しく礼をして賢者達に城を案内した。
因みに賢者は『も、もうちょいゆっくり歩いてくれ・・・!』と必死である。
王都までの道中でも歩く練習をしたのだが、結局高い踵には慣れないままだった。
「こちらでお待ち下さい」
そうして何とか賢者は案内された部屋まで歩きり、大きくため息を吐いて座り込んだ。
「あー・・・儂もう大仕事した気分じゃ・・・立ちとうない・・・」
「ふふっ、もうちょっと頑張ってね、ナーラちゃん」
「男の私には何とも言えない部分の苦労だね、それは」
「なれば父上も一緒にヒールを履こうではないか。皆一緒にお揃いが良かろう?」
「あら、良いわね。どうかしら、あなた」
「勘弁しておくれ・・・」
なお、母親は冗談で受け取ったが、賢者は割とガチで言っていた。
(男だけこの苦しみを味合わずに済むとか不公平じゃろ! 皆履くべきじゃ!)
生前は一度も履いた事が無くせに、自分が被害を受けたらこの言い草である。
そうして賢者が相変わらずの調子で居ると、コンコンとノックの音が響いた。
父が「どうぞ」と答えると扉が開かれ、冷たい目の男が入って来る。
「失礼する、ギリグ卿。自己紹介は必要か?」
「私達には必要無いが、娘にはしてくれると助かるよ、ロクソン卿」
「そうか」
男は賢者の父に短く答えると、その冷たい目を幼い女児へと容赦なく向ける。
賢者は『儂が普通の女児なら泣いとるぞ、こやつ』などと暢気な物だが。
「私の名はリザーロ・ティリィ・ロクソン。貴女と同じ土地神と契約した者だ。同じ契約者という立場になる以上、私の事はリザーロで構わない」
「これはご丁寧に。儂は――――」
「必要無い。知っている」
この男少し苦手じゃなー、と賢者は思いつつも顔にはかろうじて出さなかった。
だがむしろ顔に出さなかった事で、男は賢者に少し興味を持った様子を見せる。
「成程、幼さの割りに聡い、というのは本当の様だ」
「評価してくれるのかの?」
「ただ事実を述べたに過ぎん」
賢者は少しだけ気を許しかけて、やっぱり苦手じゃなーと思い直した。
「だが子供は子供の様だ。フードを取れ」
「ああ、これはすまんの」
流石にこれは自分が悪いと思い、言われた通り素直にフードを外す賢者。
ただその瞬間、男の目が突然険しくなった。
先程までの冷たい目とは違う、若干のイラつきすら感じる表情だ。
「これはどういうことだ、ギリグ卿。事前に受けた話と食い違っているぞ」
「いや、キチンと報告は―――――」
「目の前の事実が現実だ。虚偽報告を陛下にお送りしたのか」
「虚偽など書いていない」
「ならばこれの何処が、土地神の力を制御出来ているというのか」
賢者は突然何が始まったのかと一瞬狼狽えたが、即座に理由を把握した。
この熊耳だ。熊耳が出ている事で、土地神の力を制御出来ていないと思われている。
だというのに制御に問題は無いと、そう父は文で送ったのだろう。
賢者が『問題無い』と告げた言葉を信じて。
「土地神様の要望だと、その事も報告書に書いたはずだ」
「ならば消せるのだろうな。今ここで、その耳を」
父が余り気にしていない様に見えたから、耳が出てても大丈夫だと賢者は思っていた。
だが実際は問題があった訳で、このままでは一体何を咎められるか。
とはいえ指示通り耳を消せるかと言えば、消せないと応えるしかないのが今の賢者である。
(やっべぇ・・・能天気に熊耳女児可愛いのでは、とか考えてる場合じゃなかった・・・)