一話:ゼロ
文章、ストーリー等でわからなくなる部分があると思いますが、ご了承願います。
今日は運が悪いみたいだ。こんな気がたくさんある場所で任務につき、視界が悪く雨まで降っている。そしてなにより、逃げるのは好きじゃない。
「どうして!?」
林の向こう側から青と赤の光が次々にこちらに打ち出されている。たまに光は周囲の木に当たって、ものすごい音を立てて木は倒れそうなほどの衝撃で揺れた。普通の人がまともに食らえば当たり所が悪ければ即死、運がよくて重症程度になるだろうと思えるほどの光弾が襲い掛かる。しかしそれはあっけなくもオレの目の前で消える。いや、正確にはオレが消している。もちろんあの光弾にあたればオレも死んでしまうだろう。だからオレは当たりたくないから防いでいるにすぎない。
だがこんなことは有り得ないのだといわんばかりのヒステリックな声が林の向こう側から聞こえてきた。
「飽きたな」
あちらは逃げながらあの光弾を打ち続け、こちらはただ追いかけるだけ、そんな鬼ごっこをかれこれ20分も続けていれば誰だって飽きてしまうだろう。しかもこれ以上はさすがに色々と不味い事がおきそうだからオレはスピードを上げた。
すこしして人影が見え始め、もう少しして距離はすでに20m程度にまで縮まった。その人物の姿ははっきりと見えた。深緑のローブを身にまとい、ツインテールの髪型だけがその人物の特徴だろう。後は知らない。そいつは後ろ向きだがまるで流れるように木々をすり抜けて進み、飽きもせず光弾を今も出し続けている。
「いや!こないで!お願いだからぁ」
そいつは泣きそうな声で懇願し続けていて、事実泣いているのだ。無視。オレはさらにスピードを上げた。そして・・・
気が付けば、足下から呻き声をあげ、逃げるように動いているのか、ただ痙攣しているか分からない肉塊がいた。だが雨のせいで本当に呻き声をあげているか確認できない。だがたぶん声はだしていないだろう、なぜなら先ほど喉は潰したから。
オレはただその肉塊を見下ろし続けている。髪は雨で濡れ、目の前に髪から水が滴り落ちて、衣類もすっかり冷たくなり、肌にまで水がきて冷たい。ズボンと靴も泥でぐちゃぐちゃで、手には柄のない五寸ほどの刃を握りしめている。ついに肉塊の心の臓めがけて腕を振り下ろした。オレは振り下ろすその瞬間まで、一度たりとも感じる事ができなかった。
「・・・まだ足りないのか。」
今回もはずれだと悟り、オレはその場を立ち去った。残ったのは雨が降っているのにまるで風が吹いたように砂が舞っていた。
◇
「せんぱーい」
後ろからオレを呼ぶ声がした。オレの事をそう呼ぶ奴はこの世界でただ一人だけで、そいつははっきりいってオレの苦手とするやつでもあった。
「とうっ」
と声を出しオレの背中に突っ込んできた。すこしシャンプーの匂いがするが別にどうってことはない。
こいつは更科七。さっきこいつが言っていたとおりオレはこいつのセンパイだ。とはいってもこの仕事に先に入ったのと年齢もほんの2〜3年下ってなだけ。まあ世間一般からしてみれば本当にセンパイ後輩の関係だ。しかしオレはこの上下関係が余り好きではなかったりする。
「センパイ、今日もおつとめご苦労様です。ご飯にします?お風呂に、イタッ!」
オレは無言で七の頭を叩いた。
もうこの程度の戯言は聞き飽きていたからだ
「もう飽きたよ。それに飯も風呂もおまえやらんだろう?」
「う・・・そうですけど、気分や雰囲気って大事じゃないですかぁ」
身をたじろがせながら抵抗するが、こいつは家事全般が壊滅的にだめだったりする。でもそれはただ今までやらなかっただけで、これから努力すればせめて風呂くらいはなんとかなるだろう。そして七はそっとオレから体を離した
「それと、お嬢が呼んでましたよ」
「ああ、分かっている。」
「わかっているなら早くしてくださいよね。起こすこっちの身にもなってくださいよ〜、寝不足は美容の敵なんですよ!」
とぷりぷりして怒るそぶりをみせると
「それではおやすみなさい」
七はオレの目の奥にあるものまで見透かそうと凝視して言った。その眼はまるで対象物の全てを知りつくしたいような願望があるいように思え、そして160cmしかない七の体が一瞬10cmほど大きく見えた。たぶん七の殺気のせいだろうと思った。オレ達は少なからず興味あるものに対して殺気、または殺意を覚えずには感じない生き物だ。そういった点ではオレは七から好かれているとっても嘘ではないだろう。ただ状況が許せばいつ殺されてもおかしくはない、というのが困った点である。
七が廊下を曲がり姿が見えなくなったところでオレは振り返り、階段を上っていく。
鬼無里 紅葉、オレ達は「お嬢」と呼んでいる。確かに見た目はお嬢様だが実際はただの化け物だ。オレ達を管理しているだけあってその管理能力と判断能力は桁外れと言ってもいい。だがこいつの本当の恐ろしさはそんなものではない。それはオレたちの中でも屈指の戦闘能力だ。とはいっても単純な身体機能がトップレベルなだけで技術的には普通だ。けど、そんな風に言われているだけで、実際に見たやつは居ない。
オレは目の前の部屋の中にいるであろう人物の事をもういちど思い出してノックをした。
「どうぞ」
ドアをあけるとそこにはまるで社長室を思わせる一室があった。部屋の中心には来客ようのソファーにテーブル。そして壁にはなにやら色々と立て掛けられていた。部屋の一番奥にはデスクがあり、そこには一人に少女が座っていた。ここからでは顔までは見えないが、髪はおそらく腰まで伸びていて、前髪はピンで横にそろえているのがわかる。そしてオレは部屋に一歩踏み込むと、まるで足に錘をのせたように重くなるのがわかった。
七曰く、お嬢の威圧感がそう感じさせているらしいが生憎オレでは感じる事はできないが、実際に体感しているのでそう思うしかない。
オレは重くなった体を苦もなく動かし来客用のソファーに腰掛けた。
「天野零、報告を」
「言う必要があるのかい?」
肩をすくめる。
「報告を」
どうやら拒否権はないらしい。
オレはポケットからナイフを取り出しテーブルにおいた。
ナイフは赤く光っている。
「見てわかるように、能力的には何の使い物にもならない。だがお嬢の言っていた通りこいつは特殊能力があった。」
オレはナイフを取りお嬢の前に置いた。
ふいにお嬢と目が合い、オレはしばらく硬直してしまった。
寝起きなのかシルクのパジャマを着ているため子供っぽくみえる。実際に見た目は女子高生なのだが、実年齢ははっきりとは知らされていない。だがお嬢の目はとても冷たくて、切実で、真剣で、まるでオレではないオレをみているような錯覚にさえ陥った。
「よろしい?」
「あ、ああ。すまない」
どれくらい固まったかわからなかったが、オレは再びソファーに腰を落とした。
お嬢はオレのナイフを手に持ち、そのまま手の甲に突き刺した。そしてすぐにナイフを抜くと血すらでないまま手の甲は何事もなかったかのように真っ白だった。
そしてお嬢はもう片方の手で先ほどの手を握り、顔をすこししかめた。
「どうした?」
「どうやら罠のようです。こちらが予め入手しておいた情報が嘘だったようです。そしてこの特殊能力というのも嘘です。」
どういうことだ、と聞いた。オレ達はあいつらの心臓を体内に取り込むことであいつらの情報全てを受け入れることができる。すなわちあいつらが知っていることはすべて知りうることができるのだ。それなのにだまされたということは・・・
「察しの通り今回のターゲットはこのためだけに用意された実験体のようですね。」ため息をつき「しかたありません。この件は後日また依頼しましょう。」といい、部屋から出て行ってしまった。
オレもいつまでもここにいるわけにも行かないので部屋に戻った。
◇
街に出てみたが特別やることがなくカフェに入りコーヒーを頼んだ。街に娯楽施設が整っていないわけではない。ゲームセンターやCDショップ、服屋等さまざまな若者向けの店に本屋にデパートなど老若男女が楽しむ事ができる施設は山のように存在している。しかしオレは、いや、オレ達はそういった施設には見向きもしない。正確には興味はあるがたちよらないのだ。といってもオレや七のように元は人間だったやつからにしてみればで、生まれた時からこんな存在のやつは部屋か山でなにかしているらしい。そしてオレは昔の名残が未だ残っていて今日なら大丈夫、なんて淡い期待をつい先ほど砕かれたばかりだったりする。よってこの興味という名の殺意をうまく流す事ができるのは食事だけなので仕方がなく腹がすいているわけでもないのにカフェに入った。
ちょうど店内の奥が空いていたのでオレはそこに座りコーヒーを注文した。
外を眺めると人がたくさんいたことに多少驚いた。こうやってじっくり見ると、色んな人間がいる。小さい人、大きい人、年齢がばらばらな男女に派手な服装、地味な服装と様々だ。ふとオレはこんなにも人間を見ていなかったと確認してしまった。
「やあ」
声の主の方向を向くと顔見知りがいた。獅堂秋来だ。後ろで縛ってある髪は解けば肩まであり、眼鏡と地味な服装のせいで普通に見えるが実は美男子ではないだろうか。
「外から見えてね」
と言いオレの向いに座る。
「こんな所にいるなんて珍しいな。ああ、買い物か」
手に持っているCDショップの袋をみていう。
「僕はまあいつもの通りさ、でも君の方が珍しいね」
「そうか?結構来るけどな」
「そうなんだ、もしかして僕達の見方がおかしかったのかな」
とこめかみをポリポリとかいた。それから獅堂もコーヒーを注文し、他愛ない会話をして二人で昼食を食べた。
「これから寄るところがあるんだ、良ければ一緒にどうだい?」
店をでると獅堂はオレを誘ってきた。基本的に俺達は相手には干渉しないしできない。だからこういった場合は大体ややこしい話ばかりだったりする。
「用事はないよ」
「そうなんだ」
オレの答えに満足したのかニッコリと笑った。だがオレにはちっともいいことなんてないのだ、なぜなら笑った瞬間、オレは殺意を感じたからだ。
「どうでもいいから早くいこうぜ」
「つれないねぇ」
「生憎殺される気はねぇよ」
獅堂はまた笑い、歩き始め、オレはそのあとを付いて行った。
「あー!センパイだー!」
病院前で停車したバスから降りたオレ達はまず不吉な声を聞いた。
「あ、ちょっと逃げることないじゃないですか〜」
「まあまあ」
獅堂はオレの腕を掴み引き戻す。面倒な事になった。
「何故七がいる?」
「七さんから誘われたもので」
「ふーん」
嘘だな。オレは七と病院を交互に見るが、あまりの似合わなさにため息がでた。
「センパイ、もしかして妬いてくれてます?ああ、うれしいなぁ。しょうがないからセンパイも一緒しましょう!」
オレは獅堂の方を向いた。はっきり言って七とは会話が成立するとは思えないからだ。
「なんでこいつがいる」
獅堂はちらりと七をみた。
「七さんをナンパした」
そこまで言うと獅堂は5mほど吹っ飛んだ。
「余計な事言うなよ、この骨野郎」
そしてこちらに振り向き満面の笑みを浮かべ
「さあセンパイ行きましょう」
オレの腕を掴み病院の中に引きずり込んでいった。先ほどのとおり七はこういった性格であり、普段はいつものように猫被っている。だがたまにどっちが本当かわからなくなってくるときがある。獅堂は獅堂で物事をはっきり言うくせに本心は何を考えているのかわからない部分がある。
だがそれでもオレは別にどうでも言いとしか思えないし、実際他の9人もそうなのだろう。ただそう思った。
病院の敷地内には入ったが建物の中には決してはいろうとはしなかった。オレではなく七が入るのを拒んでいるのだ。実際オレ達は人間の病院には決して近づいたりしない。それはオレ達が人間の体の構造をしていない事もあるが、病院内の病弱な人をみたら、弱りきった命を目の当たりにしたら、簡単に壊れてしまう弱い体を見たら・・・それこそ本末転倒だ。
だからオレも七も、そして獅堂もここから先へは近づこうともしなかった。
「天野君、どうですか?」
「わかっている」
わかっている。この病院は異常だ。なにが異常かはわからないがとにかく異常だ。そのことをこの二人もわかっていて、七が気が付いたときはきっと獅堂にしか連絡がつかなかったのだろう、そして獅堂はここに向かう途中運よく俺をみつけてここまで連れてきたのだろう。
オレ達はそれぞれ能力が付与されている。とりあえずオレは「吸収」、悪く言えば「奪う」能力だ。そしてオレは病院から流れる気の一部を奪った。これ以上は危ないからだ、なにが危ないからはこれから分かる事だ。
自然上には存在しない物質、建物の無機物の存在感、人の生気に死気、そして微かに人ではない気がした。これはたぶん「あいつ」等の仲間だろう。正直病院内の人には影響がないだろうが、オレ達には少なからず影響が出ている時点でバレバレだ。そしてこの気はたしかにあいつらと同じ感じがするが、少なくてもあいつとは濃度が違った。
「間違いないな、でも別の奴だ」
「それじゃあやっぱりここは」
そういった七からはオレに向けられている殺気とは別のものが感じられ、オレはそんな七の殺気と、獅堂の可笑しくてたまらないといった含み笑いの意味が分かってしまい。自分はもう人間じゃないのだと再確認された。
「とりあえず帰るぞ」
「「えー」」
「えーじゃない!七はともかくなんで獅堂までそんな反応をする。とにかくオレ達の仕事は夜からだし、見つけたらお嬢に連絡する契約だろ」
二人はしぶしぶ同意して、来た道をそのまま帰るバスにのってオレ達三人は帰った。
バスに乗る直前に、オレは自分も可笑しくてたまらない気分になってかすかに口元が釣りあがっていた事に気が付いたのだ。
そう、オレ達は普通に人間じゃない。世間一般で言う「鬼」だ。だが角も牙も生えていない、そんなものはもちろん昔話の鬼の話だが、一つだけ通じるところがあった。
「人を食らう」ことだ。まあ正確には人の魂を食らうのだけど・・・
聞いた話では古来から、少なからず人を食らっていたそうだが、それは江戸初期まで、以降はなるべく食らうことなく生きながらえてきて、今では別の生き物をターゲットにしている。
言うまでもなく「人間ではない人」だ。オレ達のような人外な存在がいるように他にも吸血鬼なんかも存在するらしい。今オレ達が狩っているのはこの地に移り住む「魔女」だ。
何故魔女を狩るのかはよくわからん。まあ上の命令だから聞いているだけだし、とにかくあいつらを見ると殺したくなるから殺しているだけだ。
今のオレにとってのあいつらの見方は「殺しても問題ない相手」だ。
だからオレは満足するまで・・・。
◇
「なるほど、やはりそうでしたか。」
オレ達三人を目の前にして、お嬢は視線をこちらに向けずに文庫本を読んでいた。
オレ達は戻り次第お嬢にさっきのことを報告した。だがお嬢の反応はやはりといった感じだった。オレ達に依頼しないのは確証がないときだけで、確証が取れる情報を得たときはこちらの事なんておかまいなしに狩り出すのだ。
「今回は七に任せます。時間は深夜0時決行。」
オレも適任だと思った。正直すでに人がたくさんいる場所ではオレは不向きだし、オレも獅堂もことを済ますには時間が掛かりすぎて却下だ。その点七は隠れて遂行するのには向いていないが、遂行時間はオレ達の中でも特別はやいほうだったりする。
といってもオレや七のようなタイプは、都会のように人が密集している場所の方が適していて、他の大掛かりな能力のやつは地方にとばされている。そうしてオレも、獅堂も部屋に戻っていった。
◇
お嬢から簡単な説明を受けた私はすでに病院のすぐそばまで来ていた。ここから見える病院はどこか陰湿で、悪循環が渦巻いているように見えた。
時計はすでに11時半になり、私は病院の敷地にないに足を踏み入れた。そこはすでに異界のようにさえ思えた。空気は濁っていて、視界も暗い。まるで悪魔の世界だ。私は足を一歩一歩前へ動かしていくたびに不安になるが、しだいに心が躍るように心臓が高鳴った。これは嬉しい気持ちなのだと悟った。敷地内には簡単に進入できた。今までのケースなら相手の根城ならば、必ずと言っていいほど敵や、罠が張り巡らせている。でも今回はそれがまるでない。さっきから靴の音だけが耳にはいり、それがやけに不気味に思えた。
当然だが自動ドアが作動していなかったので、無理やりドアをあけて中にはいると中はひんやりとしていた。きっと空調が効いているのだろう。
「病院だし当たり前か」
我ながら阿呆な考えをしていると悟り、すぐに頭を切り替えた。
周囲を見渡す、ここはまだロビーだから見渡しがいいが、このまま進めば自分にとって不利になるなは明白だった。しかし来る前にお嬢から、ターゲットは病室にいると聞かされていた。だから私は少しばかり油断していたと思うのだ。
私はセンパイのような能力は持っていないので、周囲に気を張り巡らして慎重に進んでいった。
「おかしいな」
七は何事もなく支持された目的の病室に辿り着いていた。今回はいつもと違っているなとは常々感じていたが、今ははっきりとわかる。そう、やはり警戒している雰囲気がまるでないからだ。
だけどここまでたどり着いたからには任務をやりとげなければならない。実際にここまでくるのに、あいつらと同じ感じがどんどん強まっていくのがわかったし、他の病室に迷い込む事がないくらい目の前の病室からただよう感じはいつもより違っていたのだ。
そしてゆっくりとドアを開けた。
その部屋は白かった。カレンダーや花瓶など病室らしい物に、可愛いらしいヌイグルミもベッドに置いてあって、ベッドの主もとても可愛かった。だけどやはり部屋の全体的なイメージは白いのだ。
私は彼女が起きないようにゆっくりと近づいていく、もちろん何があるかわからないから戦闘準備も済ませてある。
ベッドの目の前まで辿りつくと彼女からスースーと寝息が聞こえ、ますます気味が悪くなった。見ためは小学生だけど、彼女からは間違いなくあいつらと同じ薄気味悪い感じがする。でも私はしっかりとした殺意も覚えているし今すぐこの手に掛けたい衝動に刈られている。だけど私は殺せないでただ立ち尽くしている。
「賢いのね」
ふいに耳元で囁かれた私は体を駒のように回転させ、なりふり構わず右手で声の主を切 裂く。しかし手応えはなく、勢い余り壁に4本の線が描かれた。
後方へ全力で飛ぶ。背中がドアにぶつかる音がした。こんな音がすれば誰かに気付かれたかもしれない、しかしそんな事を考えている場合じゃない。
部屋を見渡すがあの少女以外誰もいない。さっきの声はなんだったのか?そしてどうやって近づいたのか、わからない状況にわからない事態がおきた。本当なら一旦退くのがセオリーだ。しかしそんなことを言っている場合ではない。ここで退けばお嬢の罰が待っているし、なによりあの少女を殺さないと気が済みそうにないのだ。
ならば決めるのは一瞬がいい、この不安と焦燥感がすぐに消えることもあるが、私のスタイルでもあるからだ。
(じゃあね)
体を沈ませ、右足で地面を蹴る。私ならあの少女の元まで1秒とかからず辿りつくだろう、実際に私の手はすでに少女の胸元まで指1本の距離までで、後はこのまま心臓を取り出すだけで全てが終わる。はずだった。
七は少女の胸元に触れた瞬間、少女を見つけた時から渦巻く悪い予感がいっきに膨れ上がり、さっき囁かれた言葉が脳裏をよぎった。そして腕を引き、体を回転させて少女を避ける。
(一体なんなの!)
殺したいのに殺せない、まるで猛毒を持つフグを食べるようで、こんな事は七にとっては初めての事だった。
「残念ね、助言したのがまずかったかしら」
ドアの方からさっきの声が聞こえた。きっとドアの向こう側だろう。
そしてドアが開かれると、そこには黒衣のローブを纏った者がいた。胸元の膨らみから女性だとわかるが、後はローブのせいで顔すらわからなかった。その人物は見ためは凄く怪しく、見た目以上に目の前の人物から発せられる空気は危ない。すでに怪しいを通り越して邪悪だ。
「さっきから止まっちゃってどうしたの?もしかして恐いの?」
黒衣の女はクスクスと笑った。七はドアが開き、目の前の人物を見た時から両手はだらんと下がり、頭は俯いている。
「・・・がと」
「何かしら?」
「ありがとう」
七は顔を上げてお礼を言った。ゆっくりと顔をあげると、七はいつもと違っていた。日本人特有の黒髪は白く染まり、その瞳は赤色に染まっている。すでに人ではない雰囲気さえでおり、その顔はうれしさがにじみ出ていた。次の瞬間七は飛んでいた。地面と平行に飛び、黒衣の人物まで一直線に向かっていった。
だが黒衣の人物はすでに知っていたかのように手を前へ突き出し、唇をかすかに動かすと目の前に魔方陣が浮かび上がった。
七はいきなり障害物が出現したにもかかわらず、まるで槍のように変化している右手を突き出した。展開された魔方陣に右手がぶつかる。
ものすごい電磁波のような音が発せられ、七の動きは完全に止められた。がしかし、次に左手をしたからすくい上げるように振り上げた。
その瞬間魔方陣は4分割に切り裂かれ、それはまるで空中で切られた紙のようで、切られた魔方陣はそのまま消滅した。
残りはさきほどの人物だけだったがすでにその姿はなかった。七は振り返ると黒衣の女は少女のベッドに腰掛けていた。
「さすが鬼ね、でも残念。あなたと私じゃ相性が悪いのよ、諦めてね。」
だがそんな言葉は七には届く事はなく、また黒衣の女に突っ込んでいった。この時すでに言葉が届かないのでも、聞いていないのでもなく、七は一つの事しか考えていない。ただ「殺す」事しか考えられなくなっていた。あの少女はどうしても殺す事ができなかったストレスが、新たな獲物の出現により爆発した。七達の殺人衝動は食欲、睡眠欲、性欲とほとんど変わらないほど強い欲求心が体を支配しており、彼らの中でも七はその殺人衝動は強い方に位置づけられていた。
「懲りないわね」
そしてまた消えようとするところを、七は槍のように変化させた右腕で貫こうとするが、間一髪間に合わない。そしてさっきまで黒衣の女がいたところを七は突っ込み、壁を突き刺した。腕を引き抜き、振り返るとそこには少女が未だに眠っていた。すでに七には興味のない対象になっていた。今のような本能が抜き出しになっているからこそわかる。この少女は「殺せない」のだ。もしこの少女を殺したならば、何かが起きてしまう。その何かまではわからないが、決して殺してはならない。と体が訴えているのだ。
ふいに七の体が硬直した。まるでロープかなにかで縛られているようにも見え、実際に月明かりで七の体に何かが巻きついているのがわかる。
「え?あああああああっ!」
まるで本当にロープで縛られているようだった。しかしその締め付ける力は半端ではない。もし、ただの人間だったならば体中の骨が砕かれ、内臓が破壊され、たちまち絶命するだろう。だが普通の人間ではない肉体を持っているためにただの痛みだけに苦しめられていた。しかし今はこの肉体が災いしている。強靭な肉体がゆえに痛みに耐え、苦しみ続けなければならないからだった。
「拍子抜けね。この子を殺しに着た鬼だから期待していたのに、これじゃあただの捨て駒じゃない」
黒衣の女はベッドで寝ている少女の下へ歩み寄り、ベッドに腰掛、七を見て笑い始めた。
その笑みはすでに勝利の笑み、敗者が誰なのかわかりきっているようでもあった。周囲の異変に気が付くまでは。
黒衣の女はその変化に気が付くまでしばらく時間がかかっていた。その変化はすでに奈七との戦闘時には起こっていたからだ。視界が明るくなっていた。まるで部屋に電気が付いたみたいに明るくなり、それは月明かりだとわかる。だが何故明るくなったのだろうか? もちろん電気は付けていないし、月に雲がかかっていたわけでもない。
それでも明るくなったのだ。
「邪魔するよ」
そしてそれは声の主の登場とほぼ同時だった。
黒衣の女は振り返る。
「あなた・・・何者?」
黒衣の女は驚きを隠せないでいた。それは思わぬ来客でも突然現れた事でもない、自分が作り出した異空間が取り壊されたことだった。
先ほど何故明るくなったか、この黒衣の女が自らの魔力で部屋を満たしていたからだった。だから七の攻撃はことごとくはずれていた。黒衣の女は自らの魔力には少なからず自信が存在していた。それを気づく暇を与えぬまま消し去ったのが腑に落ちない。魔力はそう簡単には消し去る事ができない、魔力とは、彼女達が持つ特別な「血」だ。擬似的な血、精神の血、いわばガソリンと同じ解釈だ。その血を部屋に充満させ、まるで水に墨汁を入れたように完全にこの部屋の空間を自分の支配化においていたからだった。
「せん・・・ぱ・・・・・・い?」
「七、中々絶景だぞ」
オレはフッと笑うと
「いけてるでしょ」
と七も同じように笑った。だが七からは余裕は感じられない。きっと衝動に負けて暴れただろう。その証拠に部屋はすでに突き刺し後、ひび割れてえぐられた壁が物語っていて、さらに消耗した体にあの拘束状態。並みの鬼の体ならすでにアウトだ。
そして、オレの登場に気が抜けたのか、七は気を失った。
だがここで気にかけるのはあいつだ。どうしたものか・・・
「あなた、もしかしてここ数年出てきたルーキーね」
驚いた。新人はオレや七ともう一人いるが、オレ達はまだこの任についてから5年ほどだったが、すでに存在が知られているとは思わなかった。それはあいつらが集団での行動をしない、という習性だとしっているからだったが、その考えは改めなければならないようだ。
「知っているなら話は早い」
疾走。奴まで5mといった所。オレなら七ほどの身体能力は持ち合わせていないが、十分仕留められる範囲内だ。地面を蹴ると同時にポケットからナイフを取り出す。同時に壁に向かって壁のカケラを蹴飛ばす。黒衣の女は壁に当たった音に一瞬反応する。もはやそれで十分。
何の苦もなくやつの懐に飛び込むことに成功し、ナイフを腹部に向かって突き出す。
だけどローブの手ごたえしかない。避けられたらしい。
「ぐっ・・・」
避けられたと同時にオレは七と同じように何かに巻きつけられた。・・・だが。オレにはこんなものは意味がない。締め付けが強くなる前に「力」を発動する。まるで何事もなかったかのようにオレは地に脚をつけた。
「おどろいた。貴方が噂の「マジックキラー」ね」
いつの間にかドアまで移動していた黒衣の女は言った。
「マジックキラーか、中々な異名をつけてくれるじゃないか」
「ええ、貴方はここ最近では私達の間で有名ですもの。魔力を無効化する鬼が現れた。とね」
「ほう」
そんなものはどうでもいい、飽きた。疾走する。もちろん力を発動しながらだ。
一直線に走り、目の前で横に飛ぶ。先ほどまで奴がいた場所はかすかに黒い霧のようなもので覆われていて、次にベッドの方が黒く染まっていく。それを見逃さずに壁を跳躍し、後ろに飛んだ。
「!!」
今度は奴の腕をかすかだが切り裂いた。奴は口を歪ませて腕を庇う様な体制をとっていた。
体を回転させ、振り向きながら奴の頚動脈目掛けてナイフを走らせる。やはり奴らは普段魔法に頼りすぎて動きが鈍い。
捕らえたと思ったが首まで残り5cmとない所でナイフが止まる。見れば刃が黒く固められていた。魔力自体を使用したようだ。詠唱する時間すらないのだろう、先ほどまでの余裕が見られない。すでに終局だと、この場の敗者は誰か分からせるためにオレは続ける。
刃にまとわりついていた魔力を「吸収」し、一度後ろへ飛ぶ。
「詰みだ。」
吐き捨てるように言う。
「ええ、そのようね」
黒衣の女もそう思っているらしく、まるで諦めたかのように笑い、そして地面に右手をかかげて何か詠唱を始めた。
妙だと思った。普通オレ達は詠唱を始めたと分かった時点ですでに遅い、それほどまでにこいつらの詠唱は早く正確だ。だがこいつは詠唱を続けている。それは長く、4節程度の中級魔法ではなく、大魔法を使う気だと悟る。
オレは能力とは別の力を発動した。この力は久々だった。オレ達は個々の能力とは別に上から道具が与えられている。それはオレのように能力が戦闘に向いていない奴は武器等、七のように能力自体が戦闘に特化しているやつは能力を補助等の道具。しかし与えられる道具は一人につき一つだけだ。
そしてオレの武器にしてもう一つ能力はこの「ナイフ」だ。普段はただのナイフと同様だが、もちろんただのナイフではない。これは刃に魔力をこめる事ができる魔刃だ。これはオレの能力との併用で、今まで取り込んできた魔力をこいつにこめ、かすりでもすれば奴のような「魔法使い」は一撃で葬り去る事ができる。まさにオレにうってつけのナイフだ。
だがオレは基本的にこの力は使わない。それはもちろん簡単に殺せてはつまらないからだ。
すでに魔力の充電は終えていて、ナイフの刃は黒く光っている。確認するとオレはまた奴へ飛ぶ。
窓が割れる音がした。そして同時に殺意がオレを覆う。何の迷いもなく後ろへ刃を走らせた。
力いっぱいナイフを振り上げたはずだが腕ごと返された。オレはその存在に見向きもせずに七の方に飛ぶ。そして細心の注意をもってして振り返る。
そこにはまたしても「魔女」がいた。だが今までとはまるで雰囲気が違う。まずローブではなく鎧だ。それも白い鎧に白い服を着ており、手に持つ剣でさえも白かった。だがそんなものは一目で飽きた。そしてオレは彼女の持つ雰囲気印象と同じブロンドの髪に見とれていた。絵の具なんかの単調な色などではない、色鮮やかで、眼を奪われるほどのブロンドだった。そしてオレは彼女を見た瞬間、本当にほしかったものが見つかったのだと歓喜し、心が躍り、そしてたまらないほど殺したくなった。
ダメだ、感情が抑えられそうにない。
(殺せ!)一歩前へ。
直視すらできなくなった俺に未だ剣先を向けたまま、彼女はすっかり忘れていた少女の下へ近づいた。そしてオレは何も持っていない手で顔を覆う。
(殺せ!)さらに一歩。
そして彼女は少女をまるでこの世で一番大切だと、この子が全てだと言わんばかりの優しさを持って抱きかかえた。
「これ以上は許しません」
少女を抱きかかえたまま彼女は言った。その瞬間、多少、正気になったと思う。彼女は剣先を七に向け、それで発した言葉の意味を理解した。だがそんなことをしなくてもオレは近づいたりはしない、はずだ。
先の一撃で大体わかってしまった。オレはあらゆる魔法は吸収できる。しかしそれは手元から離れた時、すなわち「発射」したときだけだ。例えば、今も詠唱を続けている黒衣の女の魔力は奪えない、何故なら練り上げている魔力は未だに奴の魔力だからだ。
そして彼女の戦闘手段はオレにとっては最悪だ。見て分かるように彼女は剣士だ。だがただの剣士ではなく「魔法剣士」だ。
さきほどの一撃で、オレは全力を持って迎え撃った。だがそれをはじき返した時にはっきりと魔力を感じ取ったのだ。鬼であるオレ達の全力を上回る力、つまり剣に魔力を乗せた一撃だったと言う事。だからこそオレはああもあっさりとはじき返されたのだ。
そしてそれらを統合して導き出した答えは、オレとの相性「最悪」だってことで。つまりオレは七を守る意外方法ない。ということだった。
ああもう、本当に最悪だ!こんな良い魔女を殺せないなんて!!
「もういいよ、行きな」
警戒態勢を崩さず言い放つ。
「ありがとうございます。貴方が賢明で助かりました。ラック、準備はできましたか?」
「ええ、ありがとうね。最悪のケースを想定して貴方を配置させていた甲斐があったわ。私だけなら確実にあの坊やにやられていたわ」
すでに詠唱は完了していて、そこには闇が存在していた。
オレは、今日はここまでだな、と思い。必要最低限以外の警戒を解き、それに気が付いた彼女もまた、完全ではないが殺気を消した。彼女は未だ此方に剣先を向けたまま少女をラッと呼ばれた黒衣の女に渡す。
少女を受け取ったラックはふふっと笑い、闇に入っていく。そして彼女もまた後に続く。
「なあ、名前は?」
気が付けば、オレは名前を聞いていた。
「貴方は噂に聞くマジックキラーですね。」
「噂になっているなんて光栄だね。だがその異名は気に食わない、レイでいいよ」
「何故あなたは私に名前を教えるのですか?私達は」
「気になるからだ」
「え?」
彼女はキョトンとした顔をした。しかし剣は未だこちらに向いている。
もちろんオレも変な事を聞いたと思う。オレと彼女は敵同士だし、オレはこの5年間何人もの魔女を殺してきた。彼女にとっては「敵」以外の何者でもないのだ。しかし・・・。
「アレイス。皆からレイと呼ばれています。」
そう言い、闇に埋もれた。そしてレイが入っていった闇は音もなく散った。
ドサッ。
「ははっ。忘れてたよ」
久しぶりに気を張りすぎたせいで地面に座り込んでしまった。そしてオレは七を担いで「屋敷」に帰った。
殺したくてたまらないレイを思いながら・・・
読んでくださった方、ありがとうです♪
書いた本人がいうのもあれですが、一話が長いと思います・・・。
でもこんな風に進んできますので、また読んでもらえるとうれしいです。