あとは、世界の話とか ~refuse~
客室――というにはあまりに簡素で、その部屋は十畳ほどの大きさに真ん中にポツリと机が一つ、それを囲うように椅子がいくつか置かれているだけだった。
――まぁ、そこそこ上手い菓子もらったしいいか……。
部屋の狭さに悪態をつきながらも、ヴィルは出された茶菓子を一つ、二つと口に入れていく。赤いジェルのようなものが乗っているクッキー、少し粉っぽいが悪くはなかった。
「うーん……そこまで上手くもなかったか……」
「ちょっと!ヴィル様!」
よく味わえばそこまで美味しくないと言うヴィルに、失礼だとカリンは叱責する。女魔導士は、そんな様子を見て無言で見つめていた。
「……それで、事情を是非とも聞きたいんだが?えっと――」
「ルーと申します……そうですね、しかし、話すべきことは手記に書いてありましたし、改めて説明することもあまりないかと……」
呼び方に困っていると、先に女魔導士――改め、ルーと名乗る。
「そうだな、お前らの目的やらはよくわかった、だから今から聞くのはお前らに関してではなく、この世界についてだ」
「特に――」と、続けてヴィルは問う。
「この世界の魔法とやらは詳しくお聞きしたいねぇ」
「……そのことなのですが、勇者様と私の使う魔法とはかなりの違いが存在するようで……勇者様の使う魔法は……その……」
「……あぁ、科学と近しい」
言いずらそうにするルーを察し、ヴィルはまず先にと答えを提示する。そして「例えば――」と、持っていたクッキーを持ち上げると、そのまま机の上に置き、触れずして破裂させて見せる。
「今やったのは、この菓子にそのまま魔力をぶつける単純な、魔力さえ持っていれば誰でもできる放出……そして」
まず自分たちの魔法の説明をすることで話しやすくしようと考え、ヴィルはクッキーを持ち上げると、次は持ったまま、しかし力は入れずしてクッキーを破裂させて見せる。
「これが、魔力の流し込みと発散、触れた状態なら物質問わず魔力を流し込むことができ、今クッキーが破裂したのはその流し込まれた魔力に耐え切れずに魔力が弾けた状態だ……つまり、すべてが理にかなった科学だ」
「だが――」と、さらにヴィルは続けて、
「お前の使う魔法はこれと違うんだろ?」
そう聞くと、ルーはコクリとうなづいて、「では――」と、次はルーがクッキーを持ち上げる。そして――
「!?」
「な――!」
そのまま手を離し、宙にそのクッキーを浮かせて見せた。
――やっぱりだ、こいつの魔法は……根本的に何かが違う。
そう思ったのはヴィルだけでなく、カリンも同じ、近しいことを思ったようで、目を見開いて驚いていた。
「私の……私たちの魔法はどちらかというと感覚に近く、例えばこれは、クッキーという物体が空気中に固定されたものをイメージして行いました」
「……イメージ……想像……」
口元に手を当て、考え込みながら復唱するヴィルにルーは「はい」と返事をして、
「正確には、大気の流れを感じながら、クッキーを上に流し込むイメージというのでしょうか?」
「……どっちでもいいよ、どちらにせよ理解はできない」
そして同時に、興味もなくなった――と、ヴィルは思う。そして腕を頭の後ろに添えて、足を組み始める。その他にも質問することはあったのだが、それも面倒になったヴィル、それを悟ったのか、次はカリンが口を開く。
「……すいません、ヴィル様は自分のできないことがあると分かるといじけてしまう性質で……」
そういって頭を下げるカリンに、「いえいえ!」とルーは頭を上げてくださいと慌てふためく。
「と、ところで……お二人はどういうご関係で……?勇者様は人間、あなた様は魔族……ですよね?」
「はい、ヴィル様のお世話をさせていただいてます、カリンと申します……ヴィル様は勇者として先代の魔王様を倒し、そして魔王の座を譲り受けたので……現在はそのように、ヴィル様の付き添いをしているのです」
「は、はぁ……なんだかややこしいんですね」
「はい、まったくですよ!それに仕事も私にばかり押し付けて自分は何もせず……」
「いいだろ!その話は!」
関係ないのない話、もしくは自分の痴態を晒され、とっさにヴィルはカリンの話を止める。そしてルーのほうをチラリと見やると、ルーはニコリと笑い、「仲がよろしいんですね」と言う。
「ほかの方達もカリンさんと勇者様のように仲が良いんですか?」
「俺たちのように……は、まぁいきはしないよ、俺たちは関係が特殊ってのもあるしな、確かに人間は魔族と共存してはいるものの……まぁお互い嫌悪はしあってるわな、そういう話はカリンちゃんのほうが詳しいんじゃないの?」
「そうですね……魔族と人間は今……いわゆる、冷戦状態なんですよ」
「冷戦?」
「はい、今は領地の分配で問題になってて……」
説明をしようとするカリンに、「いや……」と、ルーは言葉を遮り、
「冷戦?って、なんですか?」
その言葉に、ヴィルはやっぱりか、と納得する。
「えっと、戦争はしていないけどお互いがお互いを敵視しているというか……戦争の小規模のようなものというか……」
「カリンちゃん、意味ないよ、その説明」
「……どういうことですか?」
ヴィルの発言に不思議そうな顔をするカリンとルー、それを見て、「じゃあ……」とヴィルは口を開く。
「核兵器、世界大戦、基本的人権、進化論、どれか知っている言葉……あるか?」
「……進化論だけ辛うじて、と言っても中々にマイナーな説でここじゃ誰も信用していないですけど……」
その発言を聞き、カリンは「これは……?」と、ヴィルに説明を求めるかのような目線で向く。
「言ったろ、異世界なんだ……それも、俺たちの世界よりずっと前の時代背景のある……中世……だが、それとは少しずれた世界線ってところか……」
「はぁぁぁぁ」と、大きなため息をつくと、ヴィルは天井を見て項垂れる。
「ということは、ゲームもネットもないのかよぉ……死ぬって俺ぇ……」
「いやそれですか!?そんなことより、どうやったら帰れるんですか!まだ明日の業務も残って――」
「残念ながら、それは出来ません」
「な――ッ!」
先程までの雰囲気が嘘のように、そのルーの顔は険しく、重たいもので、
「魔王討伐、それが遂行されない限り……私は、我々は、あなた方たちを帰すわけにはいきません」
「たとえ、命に代えても」そう言わんばかりの迫力に、カリンは押し黙ってしまう。そしてしばらく沈黙が続いたあと、ゆっくりとカリンが口を開く。
「では、その魔王を倒せば帰してくれるんですね」
その言葉に、ルーはうなづくと、「もちろん、保証しましょう」と答える。
「じゃあ早速倒しに行きましょうよヴィル様!」
「断る」
「な――!」
あまりの即答にカリンは驚き声も出ず、そしてまた説教のように話し始める。
「どうしてですか!ネットもゲームもない世界は嫌なんでしょ!だったら直ぐにでも――」
「……カリンちゃん、別に今回ばかりは、俺は面倒くさいとか、そんなしょうもない理由で断っているわけじゃない、確かに、俺の意思と裁量で決めたことだ」
ヴィルは重たそうに自分の体を起こすと、前屈みになって、いつになく真剣な顔つきで話す。
「俺が魔王を倒したと報告した後のこと……覚えてるだろ、俺が俺として生きることになった理由を……」
「……っ……それは……!」
魔王を倒した後――ビルが立ち並び、確かに水面上では平和に見える、そんな世界。誰もが魔法を使わなくなり、あるのは絶対的な科学だけ。昔でこそ重宝された魔法はAIの発展や機械の成長とともに淘汰され、使うだけ疲れるだけの余計なものとされ、あまりに膨大な魔力を持っているものは何をしでかすかわからない、手に負えないと言われて除け者にされる毎日。そんな世界なら――
「俺は、俺が生きづらくなるのが嫌だ、ならここで俺は勇者にもならず、魔王にもならず――人として、生きることにする」
ヴィルの発したその発言、その決断は、一切のゆるぎを許さないものだった。