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なお、おまじないとか ~present~

 騒々しいくらいの青空に、仰々しく立ち並ぶビル、その隙間にある公園の前を、その男はグチグチと文句を言いながら歩いていた。

「はぁぁぁぁぁ……クッソダリィ……」

 いつものようにヨロヨロのジーパンとジャージ姿、猫背でポケットに手を突っ込み歩く姿は、まさに不審者というほかなかった。

「やめてくれよ、みんな働かないでくれぇ……俺だけ爪弾きにしないでくれよぉ……みんなで一緒に落ちぶれようぜぇ……?」

「なーにを言っているんですか、いいことじゃないですか社会が発展していくのは」

 そんなヴィルをいつもの待ち合わせ場所、ハチ公前で呼びかけるのは外行きの恰好をしたカリン。いつものメイド服とは違い、ワイシャツにパーカーという着こなし、そして装飾品としてメガネと帽子をつけていた。

「またこちらは小奇麗な格好をしたお嬢さん、こんな不審者に話しかけちゃいけませんよっと」

「何を馬鹿な事を言っているんですか、外交官もしてて顔もばれていますからね、一応の変装ですよ」

「そりゃあまた大変なこっちゃ」

「あなたが政治関係の仕事も押し付けるからでしょうが!何を他人事みたいに……」

 腰に手を当て、文句を言い始めるカリン、しかしそれを物ともせず欠伸をするヴィルを見て、「まぁいいです……」と、呆れ気味にため息をつく。

「じゃ、さっさと行きますよ」

「そういや……行くってどこに?」

「……ハローワーク」

「!!」

 その言葉を聞いた瞬間、ヴィルは先程までの眠たそうな目を全力で開き、ハチ像にしがみつく。

「いやだぁぁぁ!絶対に行かない!行きたくないぃぃ!」

「そんなこと言わないでください!いつまでもそんなんじゃダメでしょ!」

 力強く引っ張るカリンに、しかし負けじとしがみつくヴィルはビクともせず、そんな光景はやはり傍から見れば異様なもので、ヒソヒソと陰口のように囁かれていた言葉は徐々に大きくなり、ざわざわと喧しくなっていく。

「……あ」

 急にヴィルの力が抜け、引っ張る力そのままに、カリンとヴィルは同時に倒れてしまう。

「いてて……やっと行く気になりましたか!」

 やっとハチ像から離れたことにカリンは喜びの声を上げるが、その後のヴィルの姿を見て、即座にその笑みは消えてしまう。まるで子犬のように震え、しゃがみ込み、顔すら伏せて情けない恰好を晒すヴィル。

「……無理なんだよ、わかるだろ?」

 小さく、か細く、弱弱しい声でヴィルはそうつぶやく。カリンはその様子を見て言葉に詰まるが、しばらくして「分かりました……」と、やはり小さくつぶやき、手のひらをヴィルの方向に向けて、()()を唱える。

第一次隠密術式(アレスウェッグ)

 刹那、まるで何事もなかったの如く、皆が静まり返る――――いや、元の日常会話へと戻る。誰もがヴィルたちの方向など見向きもせず、そこに何があったかすらも分かっていない様子だ。

「……第一次隠密術式(アレスウェッグ)、使用者と本人を除くすべての人物が術式をかけた人物のことを認識できなくなる魔法です、これでいいですか?」

「……正確には、認識を()()()だ。かつての大盗賊王、アレスが生み出した最上級の隠密術式だよ、人に集まる視線や意識を散漫させる……」

 ゆっくりと顔を上げ、確かに街中の人物の意識が逸らされたことを確認すると、ヴィルはおもむろに立ち上がる。それを見て「大丈夫ですか」とカリンが声をかけると、ヴィルはゆっくりとうなづく。

「さて、じゃあ落ち着いたことだし、今日はこの辺で――」

「待ってください、どこへ行く気ですか?そっちにハローワークはありませんよ」

 本来の目的地、ハローワークとは真逆の方向へと行こうとするヴィルを引っ張り、無理矢理引きとめると、カリンは力いっぱいヴィルを引きずってハローワークの方向へと向かう。

「帰るんだよ!やだね!俺は働きたくないの!」

「いつまでそんなことを言っているんですか!それじゃあいつまでも社会復帰できませんよ!」

「いいんだよ!一々社会復帰する理由もないだろ!幸せになるために金が必要なのに、金のために不幸せになるなんて本末転倒だ!」

 ジタバタと暴れるヴィルを、しかしガッチリと掴んだまま、カリンは歩いていく。

「……ん?」

 突然立ち止まったカリンを不思議に思ったのか、振り向いて確認すると、カリンはジッと一人の少年を見つめていた。

「……なんだ、あのガキがどうした?」

「ヴィル様、あの子……何をしているんでしょう?」

「はぁ……?何って……何をしているんだ?」

 その少年は、地面に四つん這いになりながら、ジッと地面だけを見つめていた。

「……あのぅ、何かありましたか?」

 カリンはしゃがんでその少年に話しかけると、少年は次はジッとカリンを見つめ始める。

「……落とし物、ないんだ」

「落とし物……?何かなくしたの?」

 カリンがそう聞き返すと、少年はゆっくりとうなづいて、遠い山のほうを指差し始める。

「多分、森の中……落とした、赤い玉」

「そうなの……?」

 再度、少年はコクリとうなづくと、ゆっくりと立ち上がる。その風貌は泥だらけで、そこら中をさっきの格好のまま探し回っていたのがよく分かった。カリンはどうしたものかという顔でヴィルの方向を見る。コクリとうなづき、ヴィルもその少年の近くへと歩み寄る。

「森のどこらへんで落としたとかわかるのか?」

「……」

 少年はジッと覗き込むように見上げて、目と目が合うような形になったまま固まる。その間の長さに耐えきれなくなり、頭をかいていると、ようやく少年が口を開き始めた。

「おまじない……入ってる……」

「……魔法の玉ってことか」

 これはよくある話で、母親や父親が子供にプレゼントを渡す際、おまじないとして、微量の魔力を込めたものを渡すことがある。今回の少年の件も、おそらくそれであろう。

「……となりゃあ、森に行くのが早い……か……」

 森に行くにはここから一時間ほど、探すのに最低でも二時間ほどかかるとして、短く見積もっても四時間はかかる計算を、即座に頭の中で組むと――

 よっしゃ、ハローワークに行かずにすむ算段ができた。

 ――内心で、そうほくそ笑むのだった。

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