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一目惚れで異世界ダイブ  作者: 黒里しい
8/11

第七話 「お風呂 後編」

 カチ。パタン。 

 地球とは少し違う黄金色の夕日が路面電車内に差し込んでいる。

 魔力操作によって僅かに地面から浮いた電車は決められたルートを滑るように静かに、正確に走っていた。

 カチ。パタン。

 ほかに誰もいない車両に私のたてるノイズだけが響いている。

 携帯電話を開け閉めする音。スマホにしてからすっかり忘れていたが、私は無意味にパカパカやるのが癖だった。開いてからワンテンポ遅れて光る画面がひどく懐かしい。メイリーが子どもを見守るような眼をしているが、にやにやしてる自覚はあった。

 このケータイは、出かける前に今後必要になるだろうとメイリーからもらったものだ。まだこっちの文字が読めないからしばらく助けなしには使えそうにないが、ガラケーが実用品として使えるのがなぜかうれしい。ガラケーとはいってもこの世界では魔力技術を使った通信技術の発展が著しいらしいのでそういった方面では地球より進んでいると思われるが、大事なのは形だ。

「ずいぶん気に入ったみたいだね」

「うん。もうこういうの使うことないと思ってたから」

 今でも仕事用に使ってる人もいるのだろうか。私はまだ就活生だったのでそこまではわからない。でも確かサポート終了とか生産終了とかそんな話ばかり聞いていた気がする。

 この世界でも、遠からずスマホの時代が来るのだろうか。ジョブズのいない世界では果たしてどうなるのか、私には予想できない。

「メイリー、これってカメラついてる?」

「ああ、うん」

 私の手に添えるように、メイリーのしなやかな指が横からガラケーのボタンを操作する。カメラが起動し、白いワンピースを着たひざが映る。メイリーが選んでくれた服だ。そのまま隣に向けると、はにかんだメイリーの顔が映ったので、すぐに撮影ボタンを押した。

 正直言って画質はしょぼい。でも瞳と同じ色の光に包まれた彼女はとても綺麗で、柔らかい温かみに満ちていた。それが小さな画面いっぱいに映ってるのはなんだかとても素敵だった。

 とりあえず私が今まで撮った写真の中で一番いい写真なのは間違いない。




 到着したのは町最大の店というだけあってかなり広い。敷地面積としては日本の大型ショッピングモールより狭そうだが、デパートのように縦にも階層が多いタイプのようだった。来るときの電車に他のお客さんがいなかった割にはそれなりの客入りだ。

 風呂桶を扱う店は一階にあった。家具店の一角。

 流行り始めているというのは本当のようだ。文字が読めない私にもなんとなく店側が力を入れているというのはわかる。まだなんとなく物珍しい感じというか、鳴り物入りで、という感じだろうか。

「わぁー色々あるんだねー」

 メイリーが展示してあるぼこぼこ泡が出る浴槽を眺めながら言った。他にも金ピカの浴槽や、浮遊している浴槽もある。浴槽が浮遊してメリットがあるのだろうか。メイリー曰く魔力制御装置の大半は電気で動くものらしいから、これは無駄に電気代がかかりそうだ。

 とりあえず今回も金色帽子はお留守番。二人で選んで、決まったら店員さんとのやりとりはメイリーに任せることになっている。

「とりあえず二人でゆったり入れるサイズから選ぼうね」

 何となく照れるが頷く。そのために買うのだから。

 

 それからしばらく見ていた感じ、メイリーも私と同じで華美な装飾のないシンプルなものにしようとしているようだ。ただなんとなく四角よりも円形のものを見ている時間が長い。あまり自宅用で円形のバスタブは馴染みがなかったが、メイリーはお金持ちだし、私も円形が嫌なわけではない。その条件に合うバスタブはそれほど多くないからもうすぐ決まりそうだ。案の定メイリーが提案してきた。

「ボクとしてはこれかこれかなって思うんだけど、シロナはどう?」

 円形のバスタブ二つ。差異は材質と色。一つはこっちの世界に来てからよくみる金属チックなスチームパンク風。もう一つは陶器風の白色樹脂製。

「いいと思う。どっちかっていうとこっちかな」

 私はなじみのある白色の方を指さした。

「なんかそんな気してた」

 クイズに正解したことを自慢するようにメイリーが笑った。

 なんと設置工事は今日中に終わるらしい。浴室ごと設置する感じになるらしいが、魔力制御によって、ものの運搬に関しては圧倒的にこちらの世界のほうが簡単なのだ。それにしてもすごい。

 一棟丸ごと所有しているうち、普段メイリーが使ってる部屋は5階の一室。風呂は運搬の手間も考えて一階の一室にするらしい。水道周りと換気装置だけつないで、洗濯機を置くようにでん、と部屋の中に部屋を置く形になるそうだ。普通は新しく家を建てる時にあらかじめ設置するか洗浄室を改築することが多いらしい。改築となると流石にこちらの世界でもそれなりの日数が必要になるようだ。

 工事が始まるのはもう少し後。せっかくなので少し買い物してから帰ることにした。


 正直何もかもが目新しかった。家具も見慣れないものが数多くあったが、特に雑貨だ。似たような生活様式であるためか、家具は何となく用途は察することができるのだが、雑貨は本当に用途不明なものも数多い。興味を惹かれすぎて工事開始までに帰れなくなる気がしたので、今日はおもちゃ屋さんだけのぞいて帰ることにした。実は見たいものが決まっているので、きっと周りの誘惑にも耐えられるだろう。

 当然のことながらおもちゃ屋さんも不思議なものがたくさんあったが、まず目に入るのはゲームコーナーだった。ほかならぬ魔術師メイリー・レイ・ミーメイの功績によって今こちらの世界ではゲームが大ブームなのだ。

「せっかくだからボクも新しいゲーム買ってこうかな。いまなら二人プレイもできるわけだし」

 もちろんメイリーの遊び相手ならいつでも買って出る。それにこっちの世界のゲームを遊べば、言語習得の役にも立つだろう。

「で、シロナは何か気になるものがあるんだったよね」

「うん。あのへん」

「あー、いいね。あれそんな高くないし、好きなの選んでよ。買うから」

 そんなわけで来たのは浮遊するスケボー売り場だった。デロリアンほどではないが、あの映画を象徴するアイテム。地球では2015年になっても実現しなかったが、こちらでは子供に買ってあげられる値段らしい。車輪はないので形状としてはスノーボードに近い。あの映画に出てくるまんまの姿だ。

 しかし元の世界でも私は別にスケボーに乗れたわけではない。買ってもらったところで乗りこなせるかは疑問だった。

 と、そこで隣のコーナーが目に入った。

 思わず目を見開いてしまう。まさかこれもあるなんて。

 それは浮遊キックボードのコーナーだった。

「こっちのほうが乗るのは簡単かもね。あっちはちょっといるから、コツ」

 正直浮遊スケボーを見た時よりも興奮しているかもしれない。実はあの映画で主人公が使っていた浮遊スケボーはスケボーではなく、女の子から借りた浮遊キックボードからハンドルを外したものなのだ。つまり売り物の状態としては、こっちのほうが映画に近い。使われている技術は全く違うし、ハンドルはたぶん外せないだろうけど。

 結局私は派手なピンク色のキックボードを一つ買ってもらった。買ってもらってばかりで申し訳ないけど、ちょっと我慢できなかった。

「メイリーはゲームのほかに何買ったの?」

「ちょっと衝動買い。帰ったら見せるね」

 その袋はなかなか大きいものが入ってるようだった。

「シロナ、せっかくだから乗ってく? 帰り道」

「え、いいの? メイリー歩きなのに」

 そんなに興奮が顔に出ていただろうか。

「乗せてよ、後ろ。人あんまいないし平気平気」

 というわけで帰り道早速少し浮遊キックボードに乗っていくことになった。行きは路面電車で来たけど、確かに大きな公園沿いに幅の広いサイクリングロードのような道があってそこを走って行く分には安全そうだった。

 必要なものだけ取り出して箱は店先のリサイクル資源置き場に捨てた。いざ電源を入れると、低音のモーター音が響く。そのままそっと手を離すと、ボードはしっかりとバランスをとって数センチ浮いた。

「おお……hoverboard……」

「ハバボーっていうんだ、そっちだと。じゃあこれはハバボーって名前にしようか」

「それいいね。ハバボー号」

「ゴー? 5?」

「日本だと乗り物の名前の後に号ってつけることが多いんだ」

「へー。面白い風習だね」

 さっそく片足を置いてみた。少し沈んだ感触。磁力で浮いているわけではないはずだが、映画を見て想像したのに近い感触だ。ハンドルを握り、思い切って両足を乗せ全体重を預けてもかなり安定感がある。ただ半重力で浮遊させているだけではなく、魔力でバランスの安定まで実現させているのだろうか。魔力凄い。

「よいしょっと」

 ひょいっとメイリーが私の後ろに乗って肩に捕まった。首を後ろに回すと、メイリーの綺麗な顔が文字通り目と鼻の先にある。彼女のほうが僅かに高いがほとんど同じ身長なのでびっくりするくらい近い。私はあわてて前に向き直った。

「安全運転、おねがいね」

 よほど無茶な運転をしない限り転んだりはしないだろう。私はなるべく急なカーブだけしないように気を付けながら弱めに地面をけった。頭の中ではドクがクララを抱えて飛ぶシーンのBGMがずっと流れていた。

「これ楽でいいね。またやろう、次もボクは後ろで」

「うん」

 恋ってのは雷に撃たれるのと同じさ。

 これが恋かはわからないけど、今の私はきっとあの時のドクと同じくらい浮かれていた。



 帰りにせっかくなので最初に助けてくれた八百屋さんに寄ってもらった。本当は昨日のうちに来るべきだったが、色々あって後回しになってしまった。人通りが多い場所なので、今はいったんボードからもおりている。

 八百屋さんは私の顔を見てすぐに気づいたようだ。とりあえず感謝の意を込めて頭を下げた。今は金色の帽子をおいてきてしまったのでメイリーに通訳をお願いする。

「大事ないとは聞いてたけど、実際元気な姿を見て安心したって」

 本当にほっとした様子のおじさんに、こっちに一人で来て心細い時に親切にしてもらって本当にうれしかったこと、無事探し人のメイリーに会えて今はもう大丈夫だと伝えてもらった。そして、

「えんとーしぇ」

 これだけ自分の口から言いたくて、メイリーからさっき教えてもらったこの世界の言葉。意味は「ありがとう」。

 八百屋さんは少し驚いてから微笑んで手を振ってくれた。

 とりあえず迷惑をかけてしまったと思っていたので、ちゃんと挨拶ができてよかった。

 きっともう謝ったりできない人も多いから。



 さて、今日はまだもう一つメインイベントが残っている。もちろん、実際にお風呂に入ることだ。しかもメイリーと二人で。

 .帰ってから30分ぐらいで工事の人たちが来て、設置作業はものの一時間で完了してしまった。

 お湯を張って、シャワー代わりに洗浄室に入って準備完了。あとは入るだけだ。

 バスタオルがないのでかなり心もとないが、裸のまま洗浄室を出る。するとメイリーが全裸で壁に寄っかかっていた。少女漫画のヒーローのようなスタイリッシュなポーズだ。寒いだろうに浴室にすら入らず待っててくれたらしい。

 しかし裸になると改めてよくわかるが、うっとりするほどスタイルがいい。嫉妬する気も起きないほどだ。ただただ見とれてしまう。

 ぎゅっと手首を握られて顔をあげると、ほんの少しだけ赤い顔のメイリーと目が合った。私のほうが恥ずかしがってばかりだったのでメイリーのこの表情はなんだか新鮮だ。

「はやく入ろう」

 珍しく急かすようなことを言ってバスルームまで引っ張っていかれる。恥ずかしいのもあるだろうけどメイリーも楽しみにしてくれていたようだ。

 設置されたバスルームに入ると蒸気が肌を湿らせる。こっちに来てまだたった二日だけどこの感じがもう懐かしい。浴槽は浴室のほとんどを占める大きさで、実際に入る段階になるとお店で見るよりも大きく感じた。庶民の感覚でいえば、家庭に置くものとしては破格の大きさだと思う。園児なら軽く泳げるかもしれない。軽くかけ湯をしてから、二人一緒にそっと足を入れる。ちょっとぬるめだけどいい感じだ。

「おお、ほんとにあったかい」

 メイリーの顔が弛緩する。そのまま座って全身を湯に沈める。

「これは気持ちいい。入っちゃえば裸なのも気になんないね」

 目を細めて笑いかけてくれる。そのまま私の真隣りに来て身を寄せた。メイリーは脚が長いので、座ると逆に少しだけ私より小さい。肩がくっつき、僅かに濡れた髪が首筋をくすぐる。私は内心どぎまぎしながらも動かずに受け入れる。

「これってさ、どれくらいの頻度で入るものなの?」

「え、えーっと、私がいた世界では体を洗う手段だったから基本毎日」

「そっか。じゃあ毎日入ろっか」

 彼女の方に身を寄せ返して頷く。

 不思議な感覚だった。

 私が言い出して設置に至った風呂だったが、実をいうと元々お風呂が特別好きだったわけではない。もちろんお風呂がないと聞いてとてもショックだったし、こちらの世界にお風呂があると知ったときは嬉しかった。

 でも家で一人でお風呂に入ると、いつもちょっとだけ怖かった。裸だからか、音がこもるからか。部屋に一人でいる時とは違う逃げ場のない孤独というか、なぜだか怖い想像をしてしまうことがよくあった。

「毎日一緒?」

「もちろん」

 でも今、メイリーと一緒なら何時間でも入っていたいと思う。もちろんのぼせる前に出るけど。

「シロナと会ってから、全部が新鮮な気がしてたけど、でもべつに新鮮じゃなくてもいいやって思った」

 それはそっくりそのまま私の言葉でもあった。本当に新鮮な体験というなら、ハバボー号くらいだ。他はほとんど元の世界でもできるようなことしかしていないし、それらの体験は決してハバボー号の前に霞むようなものではない。

「私もそう思う」

 買い物も飲み会も、睡眠も入浴も、メイリーと一緒というだけでこんなにも充実している。それはきっと初めてできた親友という「新鮮」が楽しいというだけではないはずだ。

 新鮮な体験はそれはそれで人生には必要だろうけど。でもメイリーとの関係が当たり前になっても私は一向にかまわないのだ。

 手始めに一緒のお風呂から当たり前になっていけばいい。

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