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一目惚れで異世界ダイブ  作者: 黒里しい
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第六話 「お風呂 前編」

「おフロってなあに?」

 メイリーにそういわれたとき、もしかしたらこの世界に来てから一番絶望したかもしれなかった。

 でも冷静に考えれば地球上ですらお風呂は世界標準というほどではなかった。日本は火山が多く偶然にも温泉大国だったが、異世界に風呂文化が発達していなくても何ら不思議はない。

「シャワーはある?」

「シャワー?」

 シャワーもないのか。いや、メイリーは流暢に日本語を話すけど実は生粋の異世界人だ。お風呂やシャワーという言葉を知らないだけの可能性だってある。

「えっと、お風呂っていうのは裸になって熱いお湯につかる」

「あ、もしかしてエッチなこと?」

「いや、ごめんそういう感じじゃなくて、体を洗ったりリラックスしたりする」

「あー、ってことは水浴びとかそういう」

「そうそう、そっち。で、冷たい水じゃなくてあったかいお湯につかると気持ちいいの」

「なるほどなるほど」

 その反応からすると、少なくともメイリーにとってお風呂っぽいものは一般的じゃないらしい。ちょっと残念だ。

「ってことはシャワーっていうのも体の清潔を保つための仕組みかな?」

「うん、そう。こっちはお湯を体にかけて汚れを落とすの」

「なるほど。そっちは比較的近いかな。こっちでも一世代前までは水をかけて洗い流す洗浄法が主流だったよ。丁度いいか、こっちに来てからまだ体を洗ってないもんね、案内するよ」

 今は飲み会が終わって寝て起きて二度寝して起きた後。来たばかりのころは今が何時かもわからない状態だったけど、実はまだこっちに来てから丸一日ちょっとといったところだ。色々ありすぎてもっと経ってる気がしてた。

 ちなみにトイレは飲み会の最中に教えてもらったが、幸いなことにこちらの世界と大きな違いはなかった。メイリーがお金持ちであるおかげもあるだろうけど、地球上でも異文化のトイレはかなり差が大きいことを考えるとこれは本当にありがたかった。

「この部屋だよ。使い方説明するね」

 案内されたのはトイレの隣の部屋だった。扉が若干メカっぽいのでてっきりメイリーの仕事部屋かと思っていた。思い返せば建物の外観もメカっぽいのが多かったけど何か関係があるのだろうか。

 中を開けると中もメカメカしかった。お風呂のイメージとは大分違う。

「人体に関連する分野は通信技術やゲームよりもはるかに魔術研究が進んでいてね。かなり高度な魔術操作が使われているんだ。ほんとは服を脱いで全身やるけど説明の都合でこのまま髪にだけ使うね」

 壁にかかっているシャワーヘッドとドライヤーの中間みたいな機械を手に取るとそれを自分の髪の毛に近づけた。

 モーターの駆動音がするが、それ以外は特に見た目には何が起こってるかよくわからない。

「魔力はものと結びつく性質があってね。その結びつき方はものによって違うから、魔力パターンを調整することで、干渉したいものにだけ干渉することができる。要するに汚れだけを魔力と反応させ、体から分離させて吸収する仕組みなんだ。昔は埃や塵を取り除くのがせいぜいだったけど、今は技術の進歩で老廃物やはるかに小さい汚れも除去できるようになった。今では水で洗い流す方式やふき取る方式よりも効率的かつ効果的に清潔を維持できるようになってるよ」

 つまりやっていることは掃除機と似たようなことだけど、空気の流れではなく魔力の流れを利用しているので音もモーターの駆動音だけ、吸い込んで髪が絡まったりする心配もないということなのか。これは地球よりもハイテクっぽい。

「体は基本これだけで終わりだけど、髪はもう少しやることがあってね」

 機械の横にあるスイッチを一つずらすと、今度は霧状のものが出て髪にまとわりついた。その不自然な挙動から、多分これも魔力操作されて髪につくようになっているんだろう。

 他にも洗顔マシーンや必要に応じて使う細かいケアの機械の使い方を教えてもらった。性別によって差異がある類のものも多く、こういった点でもメイリーに拾ってもらえたのは幸運というほかなかった。

 そのあとたびたび質問しながら実際に使ってみて、とりあえず二人とも体の洗浄が終わったところで、メイリーが切り出した。

「で、そのお風呂って面白そうだね。二人で入ったりもするの?」

「あ、うん。一人で入ることが多いけど、二人以上で入ることもあるよ。公衆浴場っていうのもあって、大きなお風呂にみんなが入りに来るの。昔は家にお風呂がない人も多かったから」

「ふーん。楽しそう。おっきな湖のある地域では昔からみんなで水浴びする習慣や儀式があるっていうし、そういう感じかな」

「かも。温泉っていうのもあってね。天然のおっきいお風呂みたいなあったかい泉。それだけで観光地になるくらい」

「へー。熱湯の泉はこっちにもあるけどただの危険地帯だなぁ」

 地球上でも有毒なガスや火山の近くで危険な温泉はいっぱいあるんだったような気がする。こっちでは温泉は危険なものというのがより一般的な認識なのかもしれない。

「まあともかく、せっかくシロナが教えてくれたんだし、こっちでも作っちゃおう」

「え? お風呂を!?」

「うん、そう。最低限お湯をためれば良いわけだからそんなに難しくないだろうし」

 確かに、簡単なものだとドラム缶風呂みたいな手段もある。

「それで一緒に入ろ?」

 メイリーの楽しそうな顔に、私は無言で首を縦往復させていた。



 思い立ったらすぐ行動する方なのか、彼女はすぐさま浴槽になりそうなものを調べ始めた。通信技術が発展しているのだから当然というべきか、パソコンのような機械を使ったネットワーク検索で。読み込み速度は相当早いが、画像や画質、3Dモデリングの感じなんかは一昔前を感じさせる。

 すると予想外の事実に行き当たった。

「なんとシロナ。ボクが知らないだけで、こっちにもおフロあったよ」

 まだ文字は読めないが、そこに掲載されている写真は確かにバスタブのようだった。

「外国で発展して、この国にも愛好家がいるんだって。テレビで特集が組まれたこともある。知らなかったなぁ」

 動画を見てみると、水着らしきものを着た綺麗なお姉さんが、入浴中のいかにもお金持ちっぽいハンサムなおじさんを取材している。他にも、はだかんぼの子供たちが楽しそうに入浴しているシーンなんかも流れ、公衆浴場のようなものが建設中であるらしいこともわかった。なんとなく番組の作りが懐かしい。

 しかし見ていて気になったことがもう一つあった。

「こっちのお風呂、なんていうの?」

「ジャックジーって名前みたい」

「やっぱり……」

 動画を見ている時、何度かそういってるように聞こえたのは気のせいじゃなかった。

「聞き覚えのある言葉?」

「うん。そのままじゃないけど似てる」

 ジャックジー。お風呂でジャックジーと言われれば誰だって自然と「ジャグジー」を連想するだろう。もしくは「ジャック・G」という人名か。いずれにしても地球と無関係とは思えない。私のように向こうから来た人間が広めたのか。メイリーが日本語を喋れることもあるし、結構たくさん来てるんだろうか、地球人。

「もうあるなら買うだけで済むね。この町の一番おっきい店でも扱ってるみたいだから後で買いに行こっか。排水溝があれば設置できるみたいだから、空き部屋の一つをお風呂部屋にしちゃうのもいいかも」

 そんなわけで、今日の予定が決まったのだった。

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