第四話 「異世界ヒモ生活」
就活していたつもりが、気が付いたら異世界でひもになっていた。
自分でも何を言っているかわからない。
そもそも世界越しに目が合って、勝手に運命感じて押しかけるつもりだったのに、気が付いたら向こうからぐいぐい来るなんて。
こんな都合のいい展開、夢想だにしなかった。
「まずは服だね」
いつまでも寝てるわけにはいかないと立ち上がった私にメイリーはそう言った。
「その服、お堅すぎるよ。見慣れない感じだし、あのおじさんがどこかのお偉いさんだと思ったのも無理ないね。式典か仕事で使うものなんだろうけど。カジュアルなものを買わないとね」
「あ、うん。仕事っていうか、仕事探し中だったんだけどね」
「就活中だったんだ。こっちでは仕事なんかしなくていいんだからね」
メイリーが念を押すように言った。
正直、ヒモになるのは少し抵抗がある。今までだって親に頼りっぱなしの生活だったけど、あったばかりの年の差もあまりない人に頼るのはまた違う。
親、か。
考えないようにしていたことを一瞬考えてしまった。
金色帽子の彼が言った猶予の期間。普通ならきっと親と話したりする時間的猶予とか、翻訳機のような便利グッズを渡されたり、世界の説明を受けたり、魔力との適応で気絶したりしないようにとか、色々サポートがあったんだろう。それを受けずに勝手に飛び降りたのは私だ。
金色の時とやらで認識がおかしくなっていたにせよ、ダイブしたのは私の意思だったし、もう一度あの場面に戻っても私はきっと飛んでしまう。それほどまでにあの時感じた衝動は抗いがたいものだった。
確かなのは、私が最悪の親不孝者ってことだろう。
「さ、行こ?」
表情が暗くなっていたのか、メイリーが気遣うように私の手を取った。
それだけで、手から幸福感が流れてくるようだった。なんて現金なんだろう私は。
ともかく、メイリーの異世界案内は楽しまないと失礼だろう。遠慮とかはきっとメイリーが望まない。
最初は宣言通り服屋に連れていかれた。通訳はボクがする、と金色の帽子は家だ。
店員さんと話す彼女ところを見ると、今更ながら彼女が異世界人だと実感する。彼女は子どもに日本語を教えてもらったと言っていたが、その割に彼女の日本語はあまりに流暢だ。彼女はこれまでの人生で日本人とどう出会い関わったのか。少し気になったが、今聞くようなことではない。
なぜだか異世界語を喋る彼女は、年上の社会人に見えた。店員相手だからだろうか。
一通り何かをしゃべり終えた後、メイリーはこちらを振り返って弾けるような笑顔を浮かべた。
「おまたせ! 何でも試着していいって。ボク、シロナには色々似合うと思ってたんだよね!」
手をワキワキさせながら近づいてくる。初めてメイリーの笑顔が少しだけ怖く思った。
「うん、やっぱりこういうのも似合うね」
メイリーが着ている服は現代日本とそう変わらないものだったが、服屋においてあるものは日本ではお目にかかれないものも沢山あった。町で見かけた鎧っぽいものも防具屋ではなく服屋に売っている立派なファッションだったようだ。
メイリーが持ってくるものは私の常識の範囲内にあるものが多かった。気になるとすれば一点。
「なんか全体的に露出度高くない?」
へそ出しルックの服を試着しながらついに私は口にした。
「ロシュツド?」
初めて日本語を聞き返された気がする。複雑な魔力の説明の時すらよどみなかったのに。
「肌を出しすぎじゃないってこと」
「あーなるほど。最初着てたのがあれだったからちょっとラフな格好させたかったんだ。お腹綺麗だったし。もしかして肌をあんまり出しちゃいけない風習とかある国の人だった?」
「風習ってほどのものはべつに。ただあんまり出したことないから」
ミニスカートやショートパンツなんて履いたこともないし、お腹や背中をさらす服も避けていた。
「そっかー。シロナこういうのも似合うし可愛いんだけどなー」
そう言われるとやっぱり嬉しくなってしまう。この人に対してだけ自分はどうしてこうもチョロいのか。
「い、いや家の中だけで着るなら別にいいんだけどね」
「そう? じゃあよかった! ボクが見たいだけだから。大半は家にいてもらうことになるんだし問題なしだね」
最初メイリーは行き場を失った私に精一杯親切にしてくれているんだと思った。だからこんなに明るく振舞ってくれて、服屋でもこんなに楽しそうにしているのだと。
でもメイリーは本当に心から楽しそうだった。疑う余地がないほど。
どうしてなのだろう。そんなにあったばかりの私のことを気に入ってくれたのだろうか。
根っから明るい人、というわけではなさそうだった。さっき店員と話してるとき年上に見えたのは、きっとその喋り方が事務的という以上に淡白だったから。勘だけど、普段はこっちなんだろうなと感じていた。
「ねえメイリー」
「なあに?」
これもさっき気づいたことだけど、メイリーは名前を呼ぶと少しうれしそうだ。普通にしゃべる時相手の名前なんてそうそう呼ばないけど、彼女がシロナと呼んでくれる割合を真似して意識して呼ぶようにした。
「自分の服は買わないの?」
「あーボクはそこそこ数……あ、そうだ。逆にシロナがボクの分選んでくれる?」
メイリーは本当に楽しそうにそんな提案をした。
「よ、よろこんで!」
実はさっきから、「自分じゃなくてメイリーならこういうの似合いそうなのに」と思う服がいくつもあった。手脚が長くて胸も大きいし、それこそ露出度の高い服だってよく似合うだろうから。
「楽しみが倍になった。じゃあとりあえず次これね!」
服を渡して試着室を出たメイリーはぽつりとつぶやいた。
「服買うって楽しいね」
メイリーの服選びは困難を極めた。どれを着ても似合ってしまうのだ。「ボクは普通に服を持ってるから今日は一そろいだけ」と条件をつけられてしまったので本当に大分悩んだ。メイリーはそんな私を見て終始にやにやしていた。
結局大分長居してしまったうえメイリーが私の服を何着も買って大荷物になったので、一度家に帰ることにした。
「こんなにいっぱい買ってもらっちゃって申し……あ、ありがとう」
「ボクこそ楽しかったよ。季節が変わったらまた来ようね」
この世界にも季節の変化があるらしい。
「この歳になってこんな風にはしゃいじゃうなんて思いもしなかったなぁ」
「メイリーっていくつなの? っていってもこの世界の時間のシステムをよく知らないけど」
「あー。たしか似てたと思う、前聞いた感じ。一年の長さも大体一緒。ボクは24歳」
「私は23歳」
「じゃあほとんど同じだね。こっちのほうが少しだけ一年短かったと思うし」
同い年。最初顔立ちから年下だと思っていたけど、実際に会って話し方の感じからもしかしたら年上かもしれないとも思っていた。ゲームシステム開発者という話もあったし。
同い年かぁ。そうかぁ。
「他にもさ。聞きたいことある?」
「えっ、あっ、うん。そりゃああるにはあるけど。でも多すぎて何から聞けばいいのかって感じで」
「あー、別の世界から来たんだもんね。当たり前か。さっきから何となく何か聞こうとしてやめてる気がしたから」
メイリーは本当に私のことをよく見てれているみたいだった。
「じゃあさ、今日は二人で飲み会しよ。たくさん買ってって。そこでできる限りいっぱい答える。ボクも聞きたいことあるし」
そう言ってスーパーマーケットのような店を指さし、そのまま私の額に指を向けた。
「で、もし一番聞きたいことがあったら、今聞いてもいいよ」
一番。
一番聞きたいこと。聞いておかなければならないことはあるような気がする。
でもこういう時私の頭は回らない。あるいは空回りしてしまう。
旧式の洗濯機みたいにけたたましいノイズとともにぐるぐると無駄な回転をした後に、ぺしゃっと言葉が流れ落ちた。
「どうして突然降ってきた私を、こんな風に受け入れてくれるの?」
それはやっぱりどうしても頭の中から消せない疑問だった。
一目惚れして異世界に飛び込んで、その日のうちにその相手に出会って、しかも相手は偶然日本語が使えて、その上私を自分の家で養ってくれるという。こんなの都合がよすぎる。
この世界に来て、彼女に出会ってからずっと思っていることだった。
「君の視線が気持ちいいから」
この質問が来ることが分かっていたようにメイリーは即答した。
「視線……」
「うん。楽しそうっていうか嬉しそうっていうか、そんな視線。ボクによっぽど興味があるんだろうなっていうか」
ひゅっと肝が冷えた。バレてた。当たり前か。あんなにいちいち喜んだり慌てたりしていたら。
「ずっと考えてた。いきなり全部任せてここで暮らしてなんて言われて当然混乱してるだろうから、なんでボクはそんなことを言ったのかって、理由考えてちゃんと言葉にしておくべきだなって」
メイリーはそんな誠実に考えてくれていたのか。
「困ってる人に親切にしようとかそういうんじゃなかった。親切なら逆にボクの家に住んでなんて言わないし」
確かに、逆の立場で考えてみれば私も自分の家に置くことが親切とは考えられないかもしれない。
「だからボクがシロナに住んでほしい理由が何かあるんだ」
「メイリーが、私に」
「ボクは他人とずっと一緒にいるのあんまり得意じゃないし好きじゃなかった。でも今日は楽しかったよ。今日みたいなこと、自分がして楽しいなんて想像もしてなかった。正直さっき思いついたんだ、この答え。気づいてた? 本当に楽しそうな顔してるんだよ、シロナ。ボクといて楽しいんだなって自然とわかる」
そっと彼女が私の頬にあてる。細くて繊細な指の感触がそれだけで心地いい。
「君がボクに興味津々なのはボクが異世界人だからって理由じゃないみたいだし。ボク自身に向いてる。見た目とか、体とかも含めて。それがね、なんかいいなって思った。ボクのほうも嬉しいっていうのか。多分ボクは関わりたいんだよね、シロナと。説明になってた?」
私はこみ上げるものをこらえながらがくがくと震えるように頷いた。
一緒にいて嫌じゃないどころか関わりたいって言ってもらえた。
それは私にとって何よりも運命的な言葉だった。
「わ、私も。その、同じかどうかわからないけど、でも他人と一緒に服買いにきて楽しいなんて初めてだったから。というか一緒に服買いに来るだけで楽しい他人なんて初めてだったというか」
「あー、そうなんだ。シロナもあんまり友達とかいないほうだった?」
「うん。それもあってこっちに飛び込んできちゃったっていうか。別の世界ならそんな風に一緒にいるだけで楽しい相手見つかるかもってよくわかんない理由もあって、だからなんというかその、えー、いきなり目標叶っちゃってびっくりっていうかあの、その相手がメイリーでよかったっていうかその、」
着地点が分からなくなってもごもご喋りだした私をほほえましそうに見ながらメイリーは優しく私の肩に手を置いた。
「来てよかったね、こっち」
スーパーに寄って、飲み物と食べ物をたくさん買った。お酒とソフドリ半々くらい。メイリーもお酒は好きだけど、そんなに量は飲めないらしい。私も飲めなくはないけど、この世界のお酒にはまだ警戒する必要があると思った。何かあってもメイリーが近くにいれば大丈夫だろうという安心感もあったけど。
ただでさえ元々大荷物だったのに食べ物も買い込んだので、落としても割れない衣類はメイリーが一部を魔術で浮かせている。
「さっきさ、ちょっとラフな格好させたからって言ったけど、ほんとはそれだけじゃないんだ」
「え?」
「お腹触ったとき、すごくいい顔してたから。魔力検査中だったからあんまり見られなかったけど」
「えっ、いたずらしやすいように? そんなこと事前に言われたら着ないかもしれないよ?」
「着るでしょ」
「……着るけど」
何の疑いもなく言い切られてしまってはこちらも素直にこう答えざるを得ない。
「私が選んだ服も着てくれる?」
「もちろん」
なんだかとってもハラハラする飲み会になりそうだった。
でも次はやられっぱなしではいない。こちらが最終的に選んだのも、へそ出しの魔法少女みたいな服なのだから。
長い夜になる予感がした。それと同じくらい、楽しい夜になる予感も。