第三話 「魔術師ミーメイ」
いつもより金色に輝く夜空を見ていたら、お月様と目が合った感じがした。
きっとまた何か特別なことが起きる。
そんな気がしたんだ。
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「もしかして君、ボクに会いに来たの?」
金色の瞳に見つめられて、私は冷静でいられない。
その穏やかで可愛らしい声も、瞳と同等の破壊力を持って私の胸を揺さぶる。
「えっあっはい。で、でもどうして?」
「不思議な魔力反応があって駆けつけたらねー。なんか八百屋さんが『多分この方は貴女を探してた』って」
あ、そうか。「金色の目の女性」を探してるって言ったからか。
「おじさん慌ててたよ。君の服見て異国の身分高い人だと思ってたみたい。自分が水を飲ませたせいで大変なことにって。多分大事ないよって言っておいたけど。念のために聞くけどどこかの王女様とかじゃないよね?」
「あ、はい違います。一般人です」
本当にあのおじさんには悪いことをした。後で謝りに行くとして、まだ目の前の少女にもお礼を言ってないことに気づいた。
「助けていただいてありがとうございました」
「あーうん。それ敬語ってやつだよね。日本語教えてくれた人子どもだったから、敬語だとわかりにくいな」
彼女は日本人と出会ったことがある。そのうち詳しい話を教えてもらえるだろうか。口調からして、彼女が会ったのはきっと小さな男の子だったんだろう。
「あ、はい。わかった、敬語使わない」
突然敬語をやめようとしてちょっと片言になってしまったが、彼女はうんうんと満足げに頷くと四つん這いでこちらに近づいてきた。
吸い寄せられるように瞳にばかり目が行ってしまっていたが、改めて見ると綺麗だ。全身魅力的じゃないところがない。
肩だしのゆるっとしたトップスに、ぴったりとした七分丈パンツが、彼女のスレンダーなシルエットを際立たせている。同じ細身でも貧相なだけの私とは違い、しなやかで美しい。骨格は華奢だけど、緩い首元からのぞく胸は決して小さくない。
肩にかかるセミロングのアッシュヘアーはサラサラで、幼さを残した顔立ちは猫のように大きな瞳も相まって非常に愛らしい。やっぱり私より大分年下だったりするんだろうか。
「八百屋さんに言われたってのもあるけど、実はそれだけじゃなくってねー」
近距離からその目で見られると、いよいよもって私は緊張してしまう。
「なんか、誰かがボクに会いに来る気がしてたんだ」
運命。
私が目が合ったと感じた時、彼女もそう感じてくれていたのだろうか。
「名前、聞いていい?」
「しろな。白銀しろな。」
「シロナ。素敵な響きだね。どういう意味の言葉?」
「しろなも白銀も色の名前からとってて、しろなは白で、白銀は銀」
「白と銀か。銀って、君の瞳と同じだね」
はじめて言われた。この世界に来てから鏡を見ていないけど、私の瞳は銀なのか。
「貴女の瞳の色こそ、金色で綺麗」
「ありがと。ボクはメイリー・レイ・ミーメイ。レイってこっちの古い言葉で金色のことなんだ。お揃いだね」
お揃い。その言葉で私はなんだか妙に嬉しくなってしまった。単純だ。
「メイリー・レイ・ミーメイ……メイリーって呼んでいいのかな?」
「うん。それでお願い。ボクもシロナって呼ぶから」
文化が違うんだろうけど、お互いをファーストネームで呼ぶなんてなんだかもう仲良しみたいで気恥ずかしかった。
「シロナ、じゃあちょっとお腹出して」
「え、あ、あの」
「魔力の検査。手とか顔だと少しわかりにくいんだ」
「あ、ああそういう」
内科検診の時のようにシャツをまくってお腹を出した。しまった、ファスナーも外されたままだったから下着が見えてしまっている。みっともなくて恥ずかしい。
そんな私の心は露知らず、少女は私の腹に手を当てて、さっきまでよりちょっと真剣な表情で目を閉じた。
メイリーの手のひんやりとした感触、そして何かが私の中で動いているような感覚がする。これが魔力なのだろうか。
少しして、彼女は表情を緩めて手を離した。なんだか少しだけ名残惜しい。
「うん、大丈夫。もう体内の魔力も安定してるみたい」
「今更だけど魔力ってなに?」
シャツやブラを直しながら、私はこの世界に来てからずっと気になっていたことを聞いた。少女は納得したようにうなずいた。
「やっぱり君の世界に魔力はないんだね。魔力はこの世界に当たり前に存在するもの。空気、水。生き物の体の中にもね。体に魔力が全くなかったシロナに、周囲の魔力が一気に魔力が流れ込んで一時的に負荷がかかったんだね」
「それって今みたいに触ったら感じたり操れたりするの?」
「ある程度ね。特にボクは魔術師だから、そのへんの人よりはわかるよ」
「魔術師……」
「魔術師ミーメイって言ったら、少しは知られた名さ」
魔術師。倒れる前に八百屋さんが言ってたっけ。そうか、メイリーは魔術師だから私を任されたのか。病気ならお医者さん。魔術のトラブルなら魔術師みたいな。
「じゃあメイリーは魔法が使えるの? 不思議な現象を起こせたりとか」
メイリーは少しだけきょとんとした顔をした。
「魔法かぁ。うん、使える……ってことになるのかな? なんかたぶんシロナが思ってる感じとちょっと違うんだ、魔力って。魔力のない世界から来た人にとっては不思議なものだろうけど、ボクたちにとっては普通のものだから」
魔力と聞いて魔法と結びつけてしまっていたけど、ちょっと違う感じらしい。翻訳の都合なのだろうか。
「ちょっと見せてあげる。魔力を操るとこ。魔術師の中でもボクは魔力技術師だから、自分で操るのは専門じゃないけどね」
魔力技術師。ますますイメージと離れていく。
メイリーが自分の口の横に手を添えて、声を発した。
「聞こえる?」
なぜかその声は後ろから聞こえた。
後ろを振り向いて困惑してる私を見て、メイリーはいたずらっ子のように笑った。
「これが一番基本的な魔力操作かな。魔力って主な働きの一つに、まぁおおざっぱに言うと方向性に関わる力があってね。ボクは自分の中の魔力や自分が触れてるものの魔力に干渉して、方向性をちょっと操ることができるんだ。声なんかは自分を起点に空気を伝わるものだから一番操りやすいね」
確かに思った感じとちょっと違う。不思議だけど、なんか子どものころにやった理科の実験みたいだ。
「この世界に来て、不思議だなって思ってことある?」
「えっと、色が違うって思った。あと浮いてる乗り物とか、さっきの体の中ぐるぐるする感じとか」
「空気中の魔力が空の色に関係してるって説があるね。単体ではほとんど透明なんだけど、魔力がない君の世界と空の色が違うなら有力説かも。浮く乗り物は方向操作の性質の代表的な利用法の一つだね。正確にはちょっと違うけど、まぁ簡易的な半重力みたいな? ちょっと雑すぎるかな、ごめん」
「大丈夫。私物理学とか全然詳しくないから専門的な説明をされてもよくわかんないと思う。あ、魔力技術師の人なら他の世界の物理学とかきっと興味あったよね、私こそごめんなさい」
「あはは、逆に謝らせちゃった。気にしないで、ボクも専門じゃないんだ。ボクの専門はどっちかっていうともう一つの性質のほうでさ」
「もう一つ?」
「じゃあこっちも実験して見せてあげるよ」
メイリーはちょっと悪い顔をして手をワキワキと動かし始めた。
するとさっきまで触られていたお腹が急にくすぐったくなった。まるで見えない手にくすぐられているように。
たまらず笑い声をあげながらメイリーの手を抑えた。するとお腹のくすぐったさもおさまる。
「あっ」
勢いで握ってしまったメイリーのしなやかな手を離して、咳払いをして問いかけた。
「これって遠隔操作?」
「まぁそんな感じ。さっき君の魔力に干渉したけど、干渉した魔力同士はしばらくの間空間を隔てても繋がりを保つんだ。繋がった魔力を利用して『触れる』ようなことも少しならできる」
今度は掌を枕元においてあった帽子に向けた。すると帽子がメイリーのもとに引き寄せられる。まるでフォースみたいだ。
「すごい、こんなこともできるんだ。こういうのの専門ってことは、宙を浮く機械を作ってるみたいにこれを使って何か作ったりしてるの?」
「その通り。ボクが作ってるのはこういうの」
そういって指さした先には。
「……テレビゲーム?」
それは私が生まれたころに出た家庭用ゲーム機によく似ていた。カセット式の。繋がっているのもブラウン管テレビに似ているし、ファンタジーとかSFチックな話からなんだか急に平成初期の感じになった。
「魔力の性質を利用してテレビゲームは一気に進化したんだ。やってみる?」
「あ、うん」
コントローラーを渡される。ワイヤレスだった。これも魔力接続なのだろうか。
電源をつけると、少し驚いた。
グラフィックがゲーム機の見た目から想像されるスペックより進んでいる。地球の最新機種ほどではないが、端的に言えば2と3の間くらいの感じだった。おもちゃが動き出す映画で、レトロげーっぽい見た目で最新機種のようなグラフィックのゲーム機が登場したけど、リアルにそんな感じだ。
「最初魔力は高精度のワイヤレス化程度にしか使ってなかったんだ。ここ数年で、機械によるより精密な魔力制御が可能になってね。難しい話は省くけど、ゲームに応用してみたら、一気に膨大な量のデータを同時に処理できるようになった。距離を隔てても干渉できる魔力の性質と複雑な処理を要求するゲームの相性は思った以上に抜群だったんだ。10年ほど前に通信技術での大革命があったけど、それに匹敵する技術革新だったといえるだろうね」
これは3D対戦アクションゲームだった。操作性も直感的に理解できてなかなか面白い。
「最近は一旦技術開発は後回しで、体の魔力に干渉する体感型ゲームの開発をしてたりするよ。まだシロナには難しいかもしれないけど」
離れた場所からくすぐられたさっきの感覚を思い出す。
没入型ゲームは昔からある妄想だけど、私の世界ではまだ実現しきれてはいなかった。魔力があるこの世界ならいつか実現してしまうかもしれない。
「じゃあメイリーはゲーム会社の人なの?」
「実はそういうわけでもないんだ。流れで何作か関わったけど、ボクはあくまで魔術師。この技術のおかげで一財産築いてからは、一人で気ままにのんびり研究しながら印税暮らしさ」
「あ、なるほど」
この世界にもちゃんと特許性のようなものがあるらしい。
「それで、なんだけどシロナ」
「ひゃいっ!?」
ずいっと顔を近づけてくる。思わず目をそらしそうになるがその金色の瞳から私は目を離せない。
「君、お金ないよね」
「う、うん」
「行く場所もないよね」
「うん」
「残念かもしれないけど、元の世界にも多分そう簡単には帰れないと思うんだ」
「うん」
「だからここに住めばいいと思う」
「うん。……え?」
「ていうか住んでよ」
安心して、と彼女は私の肩に手を置いた。
「お金持ちだから、ボク」
就活中に一目惚れして、突発的に飛び込んだ異世界生活一日目。
私は、運命の相手のヒモになった。