第二話 「運命の出会い」
思った以上に近代的だ。
町に到着して最初に抱いた感想がそれだった。町に入ってすぐは商店街のような場所だった。草原だと思っていた場所はもしかしたら公園のグラウンドとかだったのかもしれない。
真っ先に目が行ったのは大きな街頭モニター。見た感じ液晶よりブラウン管に似ている。今はどうやら天気予報のようなものを流している。
建物は全体的に金属っぽいものが多い。石や木、ガラスと思われるものも日本と大差ないレベルで普通に使われているが、その上から金属が張り巡らされているようだ。スチームパンクという言葉が少し思い出される。
それなりに人通りもある場所だが、ケータイらしきものをいじっている人も多い。多くはガラケー寄りのデザインで、中にはトランシーバーかと思うようなかなり大型のものも散見された。服やアクセサリーの一部に組み込んでいる人も何人か見かけたので、この翻訳機を仕込んだ帽子もこちらでは一般的なのかもしれない。
街中で電動の乗り物に乗っている人もいる。こちらはむしろ未来的で、某映画に出てくるような浮遊するスケボーも見かけた。
電化製品店らしきものもあるし、物理法則の違いに戸惑った時とは逆の感じ。なんとなく異世界と聞いて剣と魔法の中世ファンタジーを想像してしまっていたが、どちらかといえばSFか。ともあれ時代的技術的なギャップが少ないのは素直にありがたい。
もう一つありがたいことに、「ヒト」にそこまでの差はなかった。顔つきや体格は確かに知ってるどの人種とも厳密にはちょっと違う。しかし同じ種類の生き物だと何の抵抗もなく思えるレベルだし、向こうにとってもそうらしく私はそれほど目立っていないようだ。そもそもこの町はいろんな文化の人々が集まっているらしく、顔つきや肌の色はもちろん、服装もかなり様々だ。半裸に入れ墨のパンクロッカーみたいな人から、鎧かなと思うような服を着こんでいる人もいる。町に入った瞬間捕まったりしたらどうしようかと少し心配していたので、第一関門突破といったところか。
さて、問題はここからだ。
今の私は無一文。この世界に関する知識も何もない。彼は私を「運命の迷子」とか言ってたが、今はただの迷子だ。
まずはどこに向かうのがいいだろう。普通なら警察とか教会。でも場合によっては危険かな。帽子の鍔をなでながら私は町の奥へと足を進めた。
一時間ほど町を練り歩き、なんとなくの目星をつけた。
ここはやはり町というよりは商店街とかショッピングモールらしい。少し距離を置いたところに集合住宅らしいものがあるが、警察や市役所は見当たらなかった。せいぜいインフォメーションセンターがある程度だ。
TRPGなら情報集めは酒場が鉄板だけど一杯飲む金もない人間には使えない手だ。透明人間なら中に入って情報収集できるだろうがあいにく私は言葉もわからないのだ。
というわけでまずは八百屋のような場所で話を聞いてみることにした。まず数回通りかかった感じあまり人が来ていない。次に何も買わない旅行者のような人に親切に道を教えているところを見かけた。まあほぼこれが決定打だが、帽子の翻訳機の精度がどれくらいかわからない以上複数人の声が混ざらない静かな場所でやるに越したことはない。
「こ、こんにちは。少しお尋ねしてもよろしいでしょうか」
私の言葉を帽子が異世界語に変えて発音する。店主の男性は笑顔で「もちろんどうぞ」と言ってくれた。驚く様子もなかったから、やはりこの形態の翻訳機は一般的らしい。
「私は遠い場所から来たのですが、このあたりで私と似た感じの人を見たことはありますか?」
質問はさんざん悩んだものの、初手はこれにした。同じように地球から来て先に生活している人がいれば格段に話が楽になる。たとえ外国人でも大半の人が英語は通じるだろうし。
「いいえ、正直言ってお客さんのような方はこのあたりでは珍しいと思います。数年ここで働いていますが、同じところから来たと思われる方を私は見たことがありません」
帽子の機械翻訳が丁寧な口調で店主さんの意図を翻訳してくれた。
初手は空ぶりだ。さてどうしたものか。いろいろ考えていたものの途端に次に何を聞けばいいかわからなくなってしまう。優先すべきは仕事か質屋か。図書館……は意味ないか、字はわからない。とりあえず素直に一番聞きたいことを聞くことにした。
「ありがとうございます。では瞳が金色の女の子を見かけませんでしたか?」
これはこの一時間観察していた結果、瞳が金色の人はまだ見つけていないことから、特定に役に立つ情報だと思ったのだ。私がこの世界に来たのはあの少女に会うため。それ以外のことは二の次でいい。
男性は少し悩んだあと教えてくれた。
「直接接客しことはありませんが、金色の瞳の女性はこの商店街で見かけたことがあります。もしくは、著名人でもそういった外見的特徴を持つ人を知っています。お知り合いなのでしょうか」
これは収穫だ。さすがにオンリーワンの特徴ではなかったようだが、この言い方からしてかなり数が少なそうだ。
「見たところ身分賤しからぬ方のようですが、もしやおつきの方とはぐれてしまったのでしょうか? よろしければ私のほうから警察に届け出ておきましょうか?」
「いいえ、大丈夫です。ただ、もしもの時のために警察の場所を教えていただけると助かります」
男性は快く頷くと、奥から地図のコピーを持ってきて渡してくれた。その上、「かなり疲れているように見える」と紙コップに水を入れて持ってっ来てくれた。この世界に何の頼り物もない私は素直に好意を受け取った。客でもない私にここまで親切にしてくれるなんて。何らかの手段でお金を手に入れたら次は客として来ようと心に誓った。
受け取った水を一口飲むと、なんだか少し顔がほてったような感じがした。味もほんのわずかに刺激があった。シロップのような川も見かけたし、こっちの世界の水は何か違うのだろうか。
そんな呑気なことを考えていた私から、店主は慌てた様子で水の残った紙コップを回収した。しかもなんだかとても驚いた顔で見ていた。どうかしたのだろうか。
「まさか魔力を持たない体質の方ですか。申し訳ありません。私も会うのは初めてでうっかりしておりました。この水は市販品ですが多少の魔力を含んでおり、一口程度でそれほど問題が起きることはないと思いますが、そういった体質の方にはよくないと聞きます。一口水を含んだだけで酒を飲んだ時のように顔に赤みが増しましたので、念のため。もし勘違いでしたら驚かせて申し訳ありません」
「魔力?」
かなり慌てた様子の店主の様子に気圧されながらもそれ以上に何度も出てきたその言葉が気になった。
魔力。そう翻訳された言葉。この世界はやっぱりファンタジーで、魔法が存在する?
そんな私の反応に、店主の男性は今度こそ青ざめた。恐らく帽子の翻訳よりも本当に何も知らない様子の私の顔を見てだ。
「異郷の方とは思いましたが、まさか魔力を知らない文化圏の方とは思いませんでした。そもそも不勉強でそんな文化圏が存在すること自体を知りませんでした。水を飲んだ時の反応からして、可能ならばすぐにこの町を離れたほうがいいかもしれません。この辺りは魔力濃度が高いです。水を飲むほど体内に吸収はされませんが、空気中にも魔力は存在します」
「空気中にも……」
金色がかった空。色が違って見える世界。あるいは「魔力」こそがその原因なのか。
そう思った瞬間、眼球が熱を発した。
ああ、これだ。
突然理解した。面接会場で音が聞こえなくなった時。ゲートが開く場に居合わせた時に関係があるのか疑ったが、それは正しかった。私の認識能力が、こちらの世界に引っ張られた感覚だったのだ。恐らくあのタイミングでゲートが開き始めたとかそんな感じだったんだろう。
そしてこの世界にしかない魔力なるものを体に取り込んだことで、それはもう一段階先へ進んだのだ。多分体が魔力に適応できるように。
急速な適応は私の体力を奪い取った。その上店主の男性が言うように実際私は疲れていたのだろう。よく考えたら就活帰りに歩き回った後、さらに長時間運命という名の熱に浮かされてさまよっていたのだ。しかも魔力に適応していない体で。
「多分、大丈夫です」
そういいながらも貧血の時のように頭がクラっとしてついには思わずしゃがみこんでしまった。
「大変です、魔術師の方を呼ばないと」
店主の男性には悪いことをした。彼には何の責任もないどころか親切にしてもらったのに恩を仇で返すことになってしまう。大丈夫なふりをしてこの場を離れたかったが、体はいうことを聞かなかった。きっとアップデートを有効にするための再起動に入ったような状態なのだ。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
なんとかそれだけ口にしたが、もう限界だった。
そして私は抵抗むなしく意識を失った。
目が覚めると、知らない天井の下で寝ていた。
慌てて飛び起きた。その拍子にかけてあった布団が落ちる。
なんだかスースーすると思って自分の体を確認すると、上着がなく、ワイシャツのボタンとベルト、ズボンのファスナー、ブラのホックが外れていた。見たところ民家のようだけど、倒れた自分を誰かが連れ帰って介抱してくれたらしい。あのまま店主の男性が助けてくれたのだろうか。だとしたら本当に申し訳なかった。
「あ、起きたんだね。君突然倒れたんだよ。原因は大体予想がつくし、多分大丈夫だと思うけど、もう少し寝てたほうがいいかもね」
その声を聞いた瞬間、なぜか強い確信があった。
声のしたほうを見ると、果たしてそこには。
私を異世界ダイブに駆り立てた、あの金色の瞳があった。
「わ、わたっ」
そこで帽子をしてないことに気づいた。
「みゃっ、みゃあ! みゃーは、え、えっと」
「あはは、大丈夫だよ、落ち着いて。ボクの言葉、わかるでしょ? 少しわかるから、日本語」
少女は金色の瞳を猫のように細めて屈託なく笑った。
「もしかして君、ボクに会いに来たの?」
声も姿も表情も、どうしてこんなにも私の心を惹きつけるのか。
この瞬間に、私の異世界生活は本当の意味で始まったのだ。