後編 この世界にはないもの、この世界にしかないもの
収穫祭のその日がきた。
会場となった冬平マンションには、杏奈が集めた5人の助っ人が招集されていた。その面々を見て、帆乃花は杏奈に声をかけた。
「あの、人手が欲しいって言ったって……どう考えても戦いに行くようなメンバーでは」
帆乃花の言うとおり、招集されたメンバーは悠平を除いて実力者が揃っていた。危険だと言われているローレンに始まって、杏奈とともに戦ったことのあるグランツ。対吸血鬼のホープともいわれるエレナに、新進気鋭のエースであるヨーラン。ここを襲撃する気のある者であれば、誰でも相手にしたくはないだろう。
「ゲートが絡んでいる以上、何かあってもおかしくないと思ってな」
杏奈は言った。
彼女も収穫祭に駆り出され、女騎士が着るような鎧に身を包んでいた。
「……?」
帆乃花はいまいち理解できていない様子だった。
限に会場はにぎわっているだけで、何かが起きる気配もない。そんなときだった。
「帆乃花ちゃん、差し入れだってよ!」
帆乃花に話しかけるグランツ。ハロウィン仕様のマフィンを持っていたのだが。
「あ?」
一瞬にして険しい顔になった帆乃花。グランツさえ怯ませるようなまなざしを向け、すぐに目をそらした。
「グランツ。帆乃花は男が苦手だから話し方にも気を付けろ」
と、杏奈。
「マジか。先に言ってくれねえと困るぜ。まあ、それは置いといてよ。杏奈のこと、異世界のレクサとかいう人が呼んでたぜ」
「了解だ」
杏奈はそれだけを言って、一度その場を去った。
レクサは冬平マンションの3階の屋外テラスにいる。杏奈はそこに向かった。
屋外テラスに置かれた椅子にはすでにレクサが座っていた。黒くてウェーブがかった髪とシスターのような服装から、すでに仮想しているかのようにも見えるが。レクサにとってはそれが正装なのだという。
「待ってましたよぉ、杏奈さん」
レクサは言った。
「レクサという名前からもいろいろ気になったが、どうしてここにいるのかを聞いておかなくてはならない。あんたは誰だ?」
「ふふふ……私はただの観測者ですよぉ。あなたの知っているレクサとは並行世界の同一人物に当たります。そうですね、ここにいる理由は……この世界線を襲撃しようとする不届きものに気づいたからですよぉ」
と、レクサ。
杏奈は眉間にしわをよせる。
「どこまで話せる? 場合によっては、ここに呼んだメンバーだけでなく彰たちまで招集しなければならん」
「そうですね……相手はイデア使いですねえ。この時期になると、他の世界線に悪戯しようとする連中なんですよぉ。いやあぁぁ、偶然その1人がこの世界線に狙いを定めましてですねえ……」
レクサはわざとらしい口調でもあったが、話している内容は事実。杏奈はレクサの言うことを重く受け止めていた。そして。
「悪戯の程度は?」
と、杏奈。
「略奪、誘拐。やつらの世界にないものを奪っていくんですよおおおおお。例えば、他の世界線に並行世界の同一人物がほとんど存在しない杏奈さん、あなたなど」
「……悪戯の程度を越えているな。全く、面倒なやつに目を付けられたな」
杏奈はそう言ってため息をついた。
昔の杏奈であれば。守るものも失うものもない頃の杏奈であれば、その身を引き渡していただろう。だが、今の杏奈はそうではない。
「そして、彼らはどこに現れる?」
「ハロウィンらしい要素ですねえ。このレムリアにハロウィンという行事がないようですから、ここが狙われるのはほぼ確定でしょうね」
レクサは答えた。
「ふむ……冬平マンションの連中か帆乃花かは知らんが、大層なことをしてくれたらしい。中止しようか」
と、杏奈。すると。
「それには及びませんよ。もし、中止すればやつはどこに現れるかもわかりませんからね。ここに注意を引いているからこそ、叩くことができますよ」
レクサはそう言ったのだ。
「そうか。結果オーライ、なのか? まあ、それはいいとして……ここで叩けるなら腕に覚えのあるやつらと、期待されているあいつを連れてきて正解だったな。事情がわかれば、まあいい。あんたも迎撃を手伝うんだよ」
そう言って、杏奈はレクサに鋭いまなざしを向ける。
「いやあぁぁ……申し訳ありませんがそれはできませんねぇ。これは観測者の定めでして、無暗に世界に干渉できません。今でさえギリギリのところを行っているというのに。そもそも干渉することが『シナリオの書き換え』じみていましてですね……」
レクサは言った。
彼女は神にでもなったつもりでいるように見えた。が、実際のところレクサという名を持つ者は人智を越えた力を持っていた。以前から杏奈が知っていたレクサだった。
それゆえに、レクサという名を持つ者は力を使わない。
「なるほど。私の知るレクサと同じことを言うのだな。筋が通っているのは理解した。さて、話すことがここまでなら、私はあいつらに話してこようか」
杏奈はそう言って立ち上がり、階段を下りていった。
会場に下りてくる杏奈。会場は先ほどよりもにぎわっており、冬平マンションの外からも人が来ているようだった。もちろん彼らはこれから起きると言われていることを知らない。知る由もない。
杏奈は真っ先にギャラリーの方に向かった。そこには帆乃花と陽葵がいる。
「わあ、杏奈さん! いきなりここに来て、警備の方は大丈夫なんですか?」
と、陽葵。
「大丈夫、とはいえない。ここを襲撃しようとしているやつがいるらしく、私たちはやつからここを守らなくてはならない。だから、戦えるやつに応援を頼みたいところだ」
杏奈は言った。
「そんな事情があったんですね。わかりました、相手が吸血鬼なら私がぶっ飛ばしますから!」
陽葵は自信ありげに言う。だが、杏奈が気にしているのは吸血鬼ではない。むしろ、吸血鬼と戦うエレナや陽葵では太刀打ちのできない相手ではないのかと考えていた。
「吸血鬼相手なら任せた。それ以外なら、戦えないとわかったら逃げろ。いいな?」
杏奈はそうやって釘を刺す。勝てない相手に向かっていっていたずらに命を落とすところを見たくないのだ。
「大丈夫です、私がぶん殴ってでも引き離します。能力さえ発動していればだいたいの攻撃はききませんから」
帆乃花が口を挟む。
だが、襲撃というものは打ち合わせが十分でないときにやって来る。
外で物音がした。近くにまで金色の霧が漂い、ゲートが現れたことを示唆していた。そして、その方向は。
「……悠平くんのいるところ」
帆乃花は呟いた。
その直後――彼女の身体は動いていた。いくら悠平が期待されているとはいえ、まだ未熟な彼が互角以上に戦えるはずがない。
「帆乃花!」
響く杏奈の声。その声も無視して帆乃花は外に出ていた。
「……ここにもハロウィンってあるんだな。反応が小さかったが、この程度だったとは」
襲撃者は呟いた。
ここにいるのは襲撃者と悠平、そしてヨーラン。悠平もヨーランも能力を発動していたが――ヨーランは少し青ざめていた。
「見た目にノイズがかかりすぎているじゃないか。まさか、こいつは並行世界のぼくか……?」
ヨーランは呟いた。
彼の耳に届いていた声にはひどくノイズがかかっていたうえ、襲撃者の姿を確認することもできなかった。まるで、認識することを拒否されているかのように。
「わかりませんが、ヨーランさんは下がっていてください!」
前に出た悠平。特殊な銃を抜いて襲撃者に銃口を向けた。
「……あなた、ヨーランさんですか?」
「なぜ僕の名前を知っている? いや、そうか。この世界の僕をしっているらしいな。どこの世界にでもいる普遍的な人間に興味はない。イレギュラーか紅石ナイフさえ奪えるのなら、それでいい」
異世界から来たヨーランの言うイレギュラーと紅石ナイフ。イレギュラーは並行世界に同一人物がほとんど存在しない者。紅石ナイフは人間を吸血鬼に変える代物で、どうやら悠平たちが今いる世界にしかないということだ。
「――邪魔だ」
異世界から来たヨーランはビームのようなものを撃った。すかさず悠平は鏡の形をとった能力で応戦する。撃たれた攻撃など、はねかえしてしまえばいい。
ビームは鏡に反射され、異世界のヨーランの方へと放たれる。異世界のヨーランは舌打ちをしてその攻撃を躱すと。
「そういうことか。点や線での攻撃が駄目だとしても、面での攻撃をすればいいだけの話」
異世界のヨーランの手にはすさまじいエネルギーが集まる。これを撃たせてはならない。撃たせる前にヨーランをダウンさせるしかない。
悠平は異世界のヨーランに向けて特殊な銃を撃った。だが、それに討たれながらも彼は力を貯め続ける。
「安心しろ、この町にいるイレギュラーにはこの攻撃は及ばない」
と、異世界のヨーランは言う。果たして彼は本当のことを言っているのだろうか――
「黙って私の後ろに隠れてろ」
悠平の耳に入る、帆乃花の声。それとともに、炎の燃える音まで。
「誰だかわからんが、消し飛ばしてやる。このマンションごと、な」
異世界のヨーランがそう言うなり、溜められたパワーが解き放たれ――辺り一帯を焼くレベルの光の束が降り注いだ。だが。
「待ってた。こういう攻撃を」
帆乃花の髪の毛先は燃えている。違う、そうすることで能力の発動ができるようになっている。
帆乃花は彼女自身の能力を信じて、その攻撃を受け止めた。
「な……」
動揺する異世界のヨーラン。
一方の帆乃花はいつも通りの表情。険しさも、普段とは変わらない。
「どんな莫大なエネルギーも、それこそ隕石も。私なら受け止められるってこと」
異世界のヨーランからの攻撃を受けきった帆乃花は攻めに転じた。これから異世界のヨーランがいかなる攻撃をしても――エネルギーを放つだけの攻撃をしても通用しない。すべて帆乃花が受け止めてしまうから。
異世界のヨーランは青ざめる。
いくらあのような恐ろしい攻撃に出たとしても、根は小悪党のようなもの。異世界に悪戯をしに来るような者は、しょせんその程度だったのだ。
「……くっ、殺すなら苦しくないように殺せ」
諦めたかのような口ぶりの異世界のヨーラン。すると。
「それは私の攻撃次第だから口にだしてんじゃねえ。全身の骨を粉砕して、火あぶりにしてやる!」
帆乃花はそう言って異世界のヨーランに詰め寄ったと思えば――鉄パイプを振りぬいた。そのとき、骨が折れるような鈍い音がする。鉄パイプは異世界のヨーランの首をとらえていたようで――
崩れ落ちる異世界のヨーラン。一撃だった。首があらぬ方向に曲げられ、口からは血が流れている。帆乃花はやりすぎた、と後悔したが。
「ありがとう、帆乃花。ここにいる全員が助かったよ」
悠平は言った。
「……礼には及ばないから。それより……こいつはこの会場を襲撃しようとしていたクソ野郎。何かわからないけど、狙いたいものがあったんだと思う」
と、帆乃花。
それから、収穫祭が終わって後片付けもすべて済むまでに何か変わったことが起こることはなかった。だが、収穫祭を手伝っていた異世界のレクサはこの世界を去るときにこんなことを言っていた。
「異世界からの侵略者、これで最後だといいですねえええ。私にはわかりませんけどね」
彼女の言葉はあまりにも意味深だった。これが何を意味するのか、誰にもわからなかったが。
「まあ、次があることを想定しておく。そうか、この世界にしかないもの、か」
杏奈はそう言ったのだ。
「ふむううう、では私はあの野郎の遺体を見せしめにでもしましょうかね。大丈夫です、彼らはそういう人たちですから」
そう言って異世界のレクサは帰っていった。
登場人物紹介
白水帆乃花
メインその1。
鮮血の夜明団の一員。冬平マンションに住む陽葵は親友で、彼女から収穫祭で展示する絵を依頼されていた。
男性が苦手で、話しかけられると汚い言葉を使いがち。礼儀正しくふるまおうとはしている。
異世界のレクサ/シスター・レクサ
メインその2。
世界の観測者。神のような存在で、直接世界や人間関係、戦闘に手を加えることをしない。しかし、お人好しではあるのでガイドラインのぎりぎりを攻めた介入を行っている。
陽葵とは面識があった。
霧生陽葵
メインその3。
帆乃花の親友。以前、異世界に行ったことがあり、そこで異世界のレクサに出会ったことがある。性格は明るいが少々適当なところもある。
神守杏奈
メインその4。
鮮血の夜明団の春月支部の支部長。一見堅物に見えるが、理由や現状を説明できればそれなりに手を貸してくれる人。実は好奇心が強い。
鶴田悠平
帆乃花のクラスメイト。客観的に見れば悠平と帆乃花はクラスメイト以上の関係だが、それを2人はあまり自覚していない。
ヨーラン・オールソン
次世代のエースともいわれている鮮血の夜明団の一員。その能力の都合上、半分死んでいる状態。異世界の自分の言っていたことは理解できなかったが、おそらくそれは知らない方がいいだろう。
異世界のヨーラン
ヨーラン・オールソンは並行世界の同一人物に当たる。ハロウィンの時期に略奪を繰り返す盗賊団に所属していたが、帆乃花に討たれる。なお、覚悟のない小悪党だということはある人には伏せられている。彼の名誉のために。