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第46話 立志

※今作では「秀吉=主人公の幼なじみのヨシロー」という設定ですが、文中の表記は「秀吉」で統一しております。

 あまり来客のなかった我が太田家に、ちょくちょく来る客ができた。

 俺の前世の幼なじみであるヨシロー、この世界では木下藤吉郎秀吉だ。

 数日に一度のペースでやってきて、俺と話をするだけでなく、俺の子供たちの相手をしたり、家の中のだれ彼と他愛もない話をする。


 最初は得体のしれないヤツとあからさまに警戒していた家中の者たちも、俺と同じ六人衆のひとり浅野長勝の娘婿になる男と知ってからは、警戒を解いたようだ。

 陽気で人懐っこいので、思ったより短期間で太田家の面々に受け入れられた観がある。

 長男の又七郎はすっかり懐いているし、生まれたばかりの次男・小又介も、秀吉の顔を見ても泣かなくなった。


 そんなある日、秀吉が俺に弓を教えてくれと頼んできた。

 このところ、太田家で最も槍の名人である安食伝兵衛に槍の稽古をつけてもらっているのは知っていたが、今度は俺に弓の稽古をつけてくれと言うのだ。


「喜んで教えるけど、最近急にどうしたん?」


「今までの俺は戦場で全然活躍できへんかったんよ。台所奉行とか普請奉行とか、武芸と関係ないとこで頑張って評価はされたけど、やっぱ武士は戦場で活躍してナンボやろ。」


 秀吉が言うことは、武士としては正しい心がけだ。


 だが、秀吉に限って言えば、必ずしも良い考えとは思えなかった。


(前世のヨシローなら、180cmくらい身長あったし、力も強かった。けど、この世界の秀吉の身体は160cmあるかどうか。どう見ても、戦場での武者働きが期待できる体格やない。無理して命を危険にさらす必要はないやろ。)


「なぁ、ヨシロー。別に戦場で活躍せんでもええんちゃうん?台所奉行とか普請奉行も大事な仕事やで!?織田家はこれからどんどん大きくなるねんから、そういう裏方の仕事も重要さが増すばかりや。」


「いや、それは武士として出世コースに乗ってないやろ!?俺は早く活躍して武将になって、本物の秀吉みたいになりたいねん!!」


「出世ってそんなに大事か?別にお前が本物の秀吉になりきる必要はないやんか。」


「・・・マタスケ。俺は自分の田んぼもない貧乏人の家に生まれ変わったんや。ええとこの武士の家に生まれ変わったお前と違って、子どものころからホンマにしんどい思いをしてきた。家の中に今日食べるものがないなんてこともザラやった。それでも生きていかなアカンから、小さいときから口減らしで寺へやられたり、ちょっとでも稼がなって行商人になったりした。正直、人には言えんこともやった。言うちゃ悪いけど、お前とは飲んできた泥水の量が違うと思う。」


 目の前にいるのは、俺が知っている、いつもどこかおちゃらけていたヨシローではなかった。

 この世界で積み上げた20数年が、親友にどんな変化を与えたのだろう。


「小さいときから何とか生きてきて、俺にはわかったことがある。戦国時代みたいなグチャグチャな時代は、底辺のままでおったら終わりや。冗談抜きで、生きていかれへん。田んぼを持たん水呑み百姓や零細の行商人なんて、いつ死んでもおかしない。せやけど、身分ってもんがあるから、なかなか上には上がられへん。それでも命を張るからこそ、武士は上へ上がる目がまだある方やと思う。だから、俺は武士として活躍して、支配階級にのし上がるんや。そのためには、誰よりも目につく働きをせなアカンねや!!」


 いつにない真剣な口調に、俺は何も言えなかった。

 俺もこの世界でぬくぬくと過ごしてきたとは思わない。

 けど、ヨシローは秀吉として生まれ変わり、相当ひどい前半生を送ってきたようだ。

 ハッキリとは語らないが、犯罪スレスレどころか、犯罪そのものの後ろ暗いこともやってきたのだろう。

 そんな人間に対し、出世などにこだわるな、とはとても言えない。


「わかった。もう何も言わん。せやけど、武芸は習っても護身術やと思うのがいい。それよりも、もっと頑張ったほうがいいことがある。」


「うん?武士が武芸頑張ったらアカンのか?」


「そういう意味やなくて、自分で武器とって戦う必要なんてないってことや。武将は作戦考えたり、部隊指揮が仕事やからな。それより、もっと秀吉が得意とする分野を頑張れってことや。小柄な人間がナンボ頑張っても、強いヤツには単体では勝てん。地道に人材収集に励んで、大勢の味方で豪傑に挑んだり、調略(敵や中立勢力を説得し、味方に引き込むこと)で逆に豪傑を味方に引き込んだりするんや。」


「おお、確かにそっちの方が、今の俺には合ってるかもしれん。せやけど、遠回りやな。」


「急がば回れ、っていうやろ!?まずは、美濃国の地侍への調略から始めることや。いま、織田家は美濃へ勢力を広げようとしてる。こっちに引き込めそうな美濃の勢力を根気よく説得し、1人でも多く味方に引き込むんや。今のところ織田家でそういう働きをして目立つヤツはおらん。信長自身、何かあったら、すぐ武力で解決しようとしてるしな。だから、信長に願い出て、やらせてもらうといい。」


「何で美濃?いまは三河を攻めるって話で持ちきりやけど?」


「確かにね。けど、信長は亡き斎藤道三から美濃の国譲り状を受け取ってるし、昔から目は西へ向いてる。必ず近いうちに美濃を攻める。だから、そのための準備を今からしとくんや。」


「わかった。」


 本音を言えば、ヨシローには秀吉としての人生をなぞってほしくはない。

 だが、本人の意志が固い以上、尊重するしかない。


(これもまた運命ってやつやろか。史実と違う方へ誘導しても、歴史を変えることができん。)


 ……………………………………………………………


 永禄4年(1561年)4月上旬、織田信長は三河国北西部に侵攻し、梅ガ坪城を攻めた。

 敵軍を城の周囲に追い込み、周辺の麦畑を刈り取った。


 だが、敵軍も屈強な射手を集めて城外で懸命に応戦するかまえを見せ、矢戦に続いて足軽同士の激しい叩き合いとなり、信長軍では前野義高が討ち死にしてしまった。


 また、信長軍の平井久右衛門は巧みに矢を射て、敵の名のある武士を射倒す活躍を見せた。

 これには敵からも称賛を受け、射た矢を記念に贈られた。

 信長もおおいに感心したようで、ヒョウの皮の大(うつぼ)(矢を入れる武具)と芦毛の馬を褒美として久右衛門に与えた。


 梅ガ坪城を攻めたあと、信長は高橋郡へ兵を進め、ここでも小規模な合戦があり、敵を打ち破って加治屋村など各所に放火したり麦畑を刈り取った。

 さらに伊保城と矢久佐城を攻撃し、周辺の麦畑を刈り取った。


 伊保城や矢久佐城を治める三宅家を助ける勢力はなく、信長は高橋郡一帯を手に入れた。

 信長は高橋郡を三河国から切り離し、強引に尾張国へ編入してしまった。


 2年前の上洛の際、信長は将軍・足利義輝に拝謁し、尾張一国の支配者と認められていた。

 このため、信長は高橋郡を尾張国の一部とすることで、その支配権を強く主張できるようにしたのだった。

 信長は高橋郡の支配を、今や佐久間一族の総帥となった重臣・佐久間信盛にゆだね、尾張東南部と三河方面の責任者とした。


 本来ならば奈良・平安時代の律令国家において決められた各国の線引きを一戦国大名が変更するなど、許されない暴挙だ。


 だが、信長はそれをあっさりとやってしまった。


 この1年間、信長は対京都工作に多くの手間と時間を費やし、莫大な財物を献上して朝廷や幕府の了解を取り付けたうえで、高橋郡を自領に組み込んだのだ。


 また、桶狭間の戦い後に高橋郡の南に位置する岡崎城に居座り、今川家からの独立の動きを見せはじめていた松平元康と同盟を結び、味方に引き入れた。

 元康は完全に今川家と手を切り、今川義元の偏諱(へんき)(主君から諱の一字をもらうこと)である「元」の字を捨て、松平家康と名乗るようになった。


 これにより、西三河は織田領と親織田勢力である松平・水野両家の支配領域で占められ、三河山地を挟んで今川家と向かい合う形となった。

 織田領東側の守りはしっかり固められ、信長は三河方面を心配することなく、他の方面へ戦力を集中できるようになった。


 こうして戦略上のフリーハンドを得た信長は、新たな軍事作戦を構想しはじめていた。

 その両目は木曽川の向こう、北に広がる美濃国へ向けられていた。


 ……………………………………………………………


 ※信長が獲得した地域(桶狭間の戦い後)を図解しました。


 ☆信長が獲得した地域(桶狭間の戦い後)

挿絵(By みてみん)

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