第3.5話 尾張国の諸勢力について
大田勇介と藤田吉郎の対話コーナーの第4弾です。
今回は、尾張国の諸勢力についてです。
同じ名字の家が複数出てきてややこしかったりするので、第4話を見る前にぜひご一読ください。
ナレーション
さぁ、始まりました!親友ふたりによる、夢のひととき。今回のお題は・・・「尾張国の諸勢力について」です!!では、おふたり、お願いします。
藤田吉郎
第4話でやたらと色んな家の名前が出てきたんやけど、全然わからん・・・。
大田勇介
織田家なんか5つもあるもんな。
ヨシロー
守護とか守護代とかもよくわからんし、その辺教えてくれんか?
マタスケ
わかった。まず守護の斯波家からいこうか。斯波義統という人が当主で、主人公はその子供の岩竜丸に仕えるという設定やな。
ヨシロー
「管領」とか「守護」とか「武衛」とか、また見慣れん言葉が並んでるな。偉いさんの家なのは何とかわかるんやけど。どう偉いんかが、ピンとけーへんわ。
マタスケ
ヨシローが言う通り、斯波家は織田家よりもはるかに家柄が良い。当時は足利将軍家の室町幕府が日本の中央政府やってんけど、斯波家はその足利将軍家の分家になる。しかも「管領」になれる家やから、一番格上の分家のひとつやな。
ヨシロー
「管領」ってのは、そんなに凄いんか。室町幕府のナンバー2って書いてあるけど、今の日本に置き換えたらどんなイメージなん?
マタスケ
まず、室町幕府のナンバー1は足利将軍家。天皇家は別格として、当時は「将軍=日本の国王」みたいな位置にあった。管領はそれを補佐する家臣のトップやから・・・今で言ったら、「管領=総理大臣」って感じかな。管領は「斯波」、「細川」、「畠山」の3つの家の人間しかなれないようになっていたから、総理大臣を出しまくってる名門一家ってとこやな。
ヨシロー
なるほど、名家中の名家やってんな。あと、「越前、尾張、遠江の守護」ってのも凄いんか?
マタスケ
これも現代日本で考えると、「守護=都道府県知事」が近いかな。ただ、この当時の守護は今の知事よりはるかに権限が強くて、政治だけじゃなく軍隊の指揮権や裁判権なんかもあったから、その地域の王様みたいな存在やねん。だから、斯波の本家は越前国(今の若狭地域以外の福井県)、尾張国(今の愛知県西部)、遠江国(今の静岡県西部)の王様で、東北地方にも分家の王国がいくつもあるイメージかな。
ヨシロー
おお、めっちゃ強い家やってんな、斯波家は。
マタスケ
それだけじゃない。権威もすごかったんやで!元々天皇を守る親衛隊として「兵衛府」というのが左右2つに分かれてあったんやけど、斯波家は代々そのうちの「左兵衛府」の長官(左兵衛頭)か次官(左兵衛佐)になってる。左兵衛佐は源頼朝もなったことがある官職やから、武士の官職としては凄く格が高い。
ヨシロー
なるほどな。ちなみに「武衛」っていうのは何なん?
マタスケ
日本の朝廷の官職の多くは、元々中国のパクリやねん。中国オリジナルでは「左兵衛頭=左武衛将軍」となるから、そのうちの「武衛」を取ったってわけ。こういうのを「雅号」と言って、その呼び方のほうが敬意がこもっているとされてた。今やったら、英語で言う方がカッコイイ!みたいな感じかな。かなり乱暴な例えやけども。
ヨシロー
斯波家は、オーラも実力も凄かったんやな。
マタスケ
ただ・・・それも昔の話や。この物語の頃には権威だけになってしもて、すでに越前や遠江の王様ではなくなってしまってる。管領にもなってないし、尾張の清洲城の一角でひっそり生きてる感じやねん。
ヨシロー
何でそんなに落ちぶれたんや!?
マタスケ
一番の原因は「応仁の乱」やな。その中で斯波家は2つに分かれて相続争いをして、その間に色々と失って、京都とも縁遠くなって、尾張で引きこもりになってしもた。ちなみに、落ちぶれた斯波家を尾張に迎えて世話したのが「尾張守護代」の織田家になる。「斯波家=尾張の王様」としたら、「織田家=尾張の副王」というところかな。
ヨシロー
織田信長の織田家やな。でも、4話では織田家、いっぱい出てきたんやけど・・・。
マタスケ
信長の家は分家のそのまた分家になる。まずは信長の本家・織田大和守家(清洲織田家)から紹介しようかな。この頃の当主は織田信友という人で、この人が清洲城の主となる。
ヨシロー
あれ?斯波家は城主じゃないんか?
マタスケ
清洲城は元々清洲織田家の城で、そこに落ちぶれた斯波家を引き取った形やな。ただ、清洲織田家は尾張国の8つの郡のうち、半分しか支配していなかったし、そもそも織田の本家でもなかった。
ヨシロー
ということは、織田本家は別にいてるんやな。
マタスケ
そう。岩倉城を本拠とする「織田伊勢守家(岩倉織田家)」がそれにあたる。この当時は織田信安という人が当主。この家は、応仁の乱の時にもう一つの斯波家を担いでたから、今の斯波家とは敵同士やった。織田家も2つに割れたんやけど、結局尾張国の8つの郡を「半分こ」し、どっちの織田家も守護代を名乗ることで決着が着いた。
ヨシロー
織田家も色々あってんな。ところで、信長の織田家は?
マタスケ
織田家の分家のうち「織田弾正忠家(勝幡織田家)」が信長の織田家。この頃の当主は信長の親父さんの信秀という人。この家は勝幡城というところを本拠にしてたんやけど、この頃では尾張国で一番勢いが強い家やった。
ヨシロー
分家やのに、何で一番強くなったんや!?
マタスケ
国で1,2を争う商業都市を押さえて、一番の金持ちになったんや。銭を持ってる人間が一番強いのは、いつの時代も一緒やな。具体的には、信長の祖父ちゃんの信定という人が当時尾張国で一番の港町やった「津島」を支配するようになってから強くなった。それと、信秀が津島と同じくらい栄えた「熱田」の港を押さえてさらに強くなった。
ヨシロー
信長の前から凄かったんやな。あと、「清洲三奉行」って何?
マタスケ
清洲織田家の重臣となった3つの分家のことやな。1つは信長の勝幡織田家。残りは織田因幡守家、織田藤左衛門家の2つ。ただ、この2つはあんまり話に絡んでこないから、覚えとかなくてもいいかも。
ヨシロー
全部聞いてもわかりにくいなぁ。。。
マタスケ
大丈夫や!そのうち信長が全部まとめてやっつけてしまうから。信長の尾張統一までの我慢や!
ヨシロー
終わりよければ全てよしってか!?
ナレーション
お後がよろしいようで。
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※尾張諸勢力図を追記しました。
織田家だけで5つもあってややこしいですよね。
マタスケも言っていますが、そのうち信長さんが整理してくれますんで、しばらくの我慢です。。。
応仁の乱について詳しく知りたい方は、呉座勇一さんが書かれた『応仁の乱』という新書をオススメします。
筆者の私見ですが、値段も分量も手頃で、丁寧に書かれていて読みやすかったです。