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第39話 上洛(後編)

上洛を果たした信長一行。


危惧していたトラブルが思わぬ形でやって来ました。

 那古野弥五郎の家来・丹羽(にわ)兵蔵(ひょうぞう)は、ひとり京への道を歩んでいた。

 兵蔵には慣れた道中だ。

 時折主君から用事を頼まれ、京へ上ることがあり、兵蔵は美濃から近江を通るルートについて、難所なども熟知していたのだ。


 兵蔵の主家・那古野家は、鎌倉幕府の執権(鎌倉幕府のナンバー2。後、事実上のトップとなった)であった北条家の一族・名越(なごえ)家の子孫にあたる名家だ。

 名家であるだけに、京の公家や武家などに知己が多い。

 いきおい、手紙や贈り物、和歌のやり取りなど、京と尾張の間の往来が頻繁になり、しばしば機転のきく兵蔵に声がかかるというわけだった。


 近江に入り、南近江を支配する六角家の居城・観音寺城(かんのんじじょう)の城下を過ぎ、守山の辺りで兵蔵は京へ向かう武士の一団に出くわした。

 30人ばかりのその集団は、5,6人のひとかどの武士とその従者から成っているようだった。


 最初、兵蔵は特に彼らに対して注意を払わなかった。

 少人数で上洛する武士というのは、決して珍しい存在ではなかったからだ。


 偶然、草津にある志那の渡しで彼らと同じ舟に乗ることになり、兵蔵は初めて不審感を抱いた。

 きっかけは一団の頭らしき者から話しかけられたことだった。


「そのほう、どこの国の者か?」


「三河の者にございます。道中、尾張を通って参りましたが、かの国は乱れており、通り抜けるのに随分と気を遣ったものでございました。」


「上総介(織田信長のこと)は甲斐性無し(君主の器ではないという意味)じゃからのう。」


 兵蔵がとっさに出身地を偽り、それとなく尾張の乱れを嘆いてみせると、別の男が吐き捨てるように信長をこき下ろした。


(こやつら・・・何か上総介様に含むところがあるようじゃ。確か、上総介様はいま上洛されているはず・・・。あるいは、上総介様を害するつもりやも知れぬ。)


 織田信長は、兵蔵の主君の、そのまた主君にあたる。

 信長に対する悪意を持った集団を見逃すことはできなかった。


 疑いの目でみると、彼らは口数少なく、ひどく緊張し、いかにも人目を気にする様子だった。

 いかにも怪しい。

 兵蔵は彼らとつかず離れずの距離を保ち、それとなく観察しつつ、一行のなかの小利口そうな少年に目をつけて、これと仲良くなった。


 兵蔵は話術にも長けている。

 少年は京へ着くころにはすっかり兵蔵に心を許している様子だった。


 そこで、兵蔵は何気ない風を装って、核心をつく質問を放った。


「かのお人たちは、湯治にでもゆくのか?」


「湯治ではありませぬ。大事な御用を仰せつかり、上総介殿を討ちに美濃より上洛されまする。」


 少年は兵蔵が三河の者だと言ったことに安心し、サラッと重大な秘密を明かした。


(・・・まさかとは思うたが・・・。これは捨て置けぬ!)


 兵蔵は大いに驚いたが、何とか平静を装った。

 さらに聞けば、頭だった者は小池吉内、平美作、近松頼母(たのも)、宮川八右衛門、野木次左衛門の5人だという。


 対岸の坂本に着くと、兵蔵は彼らの宿の近くに宿をとることにした。

 そして、いまやすっかり打ち解けた少年と談笑しながら供の人々にまぎれ、頭たちの話を盗み聞きした。


 少年の言を疑うわけではないが、確証が欲しかったのだ。

 すると、やがて漏れ聞こえる頭たちの会話から、決定的な言葉が飛び出した。


「道中では討てなんだが、なに、まだ手はある。公方様のご決心さえつき、上総介の宿の者にお下知賜れば、鉄砲で討ち取るに何の面倒もあるまいぞ!」


 どうやら、当初彼らは京への道中で信長を暗殺する予定だったが、ルートが違ったために果たせず、京での暗殺に切り替えたらしい。

 ただ、いきなり襲うのではなく、将軍・足利義輝に拝謁して京の町を騒がすことの許しを請い、できれば将軍の命令を得て信長の宿の者の協力を取り付け、鉄砲で討ち取ろうと言うのだ。


 確証を得た兵蔵は、翌日先回りして京の入り口で待ち受け、暗殺者たちの京における宿を突き止めようとした。

 彼らは人目を避けるように夜になってから入京し、二条蛸薬師の辺りに宿をとった。


 兵蔵は彼らの宿を見失わないよう、左右の門柱を削って目印をつけると、道ゆく者に信長の宿を尋ね、上京室町通りの近くにある宿を探し当てた。

 兵蔵が門を叩くと門番が出てきたので、取次を頼んだ。


「国元よりの火急の使者にござる!!金森様か蜂屋様にお取次ぎ願いとうござる!!」


 実は兵蔵は信長の側近の誰とも面識がなかった。

 場合によっては、門前払いされる可能性があった。


 そこで兵蔵は知恵を絞り、側近のなかでも美濃出身の金森長近や蜂屋頼隆に面会を求めた。

 両人ならば、兵蔵が聞き取った美濃衆の名前に心当たりがあるだろうと推測し、話を信じてもらえる可能性が高いと考えたのだった。


 幸い、夜分に知らない客が来訪したにも関わらず、金森・蜂屋の両人は早速会ってくれた。

 兵蔵は見聞した一部始終を丁寧に説明した。


 両人は驚き、事の重大さをたちどころに理解した。


「少々待たれい。殿に申し上げるほどに。」


 ……………………………………………………………


「あいわかった。兵蔵をこれへ。今すこし、詳しゅう聞きたい。」


 金森・蜂屋両人の報告を聞くと、信長は丹羽兵蔵を呼ぶよう命じた。


 いつも通り記録係を務める俺は、いきなりの事件の発生に多少緩んだ気持ちを引き締めた。

 暗殺者たちの口ぶりでは今夜襲撃される可能性は低そうだが、いつ狙撃されるかわかったものではない。


 間もなく、兵蔵がやってきて、改めて一部始終を語った。

 説明が終わると、早速信長から質問が飛んだ。


「そちは其奴(そやつ)らの宿を確かめたか?」


「はっ。皆が二条蛸薬師の辺りの宿に入ったところを確かめましてございまする。念のため、門の柱を削り目印となしましたゆえ、ゆめゆめ間違うことなどございませぬ。」


「であるか。苦労であった。下がって休むがよい。」


 信長は兵蔵を下がらせると、左右の者たちの意見を尋ねた。


「こちらから押し出し、討ち果たすべきでござる!」


「いや、都で騒ぐは下策。今日にでも尾張へ帰還遊ばすのが良いかと。」


 みな、思い思いの意見を述べ、信長はそれを黙って聞いていた。

 俺も意見を求められたので、早めに帰国すべきと言上した。


 そうこうしているうちに、夜が白々と明けはじめた。

 意見は出尽くし、あとは信長の決断を待つばかりとなった。

 そして、朝のしじまを破って放たれた信長の命令は、誰も考えつかなかったものだった。


「長近、そちならば見知ったる者もおろう。早朝より兵蔵を連れ、美濃衆の宿へ行ってまいれ。」


 命令を受けた金森長近は兵蔵を連れて例の宿に行き、いきなり裏口から入ると、小池らを呼び出して対面した。


「昨夜貴公らが上洛されたことは、上総介様もご存知ゆえ、こうしてそれがしが参った。上総介様にご挨拶に参られるが良い。明日、立売(たちうり)から小川(おがわ)の辺りを見物なさるゆえな。では・・・ごめん。」


 長近は言いたいことだけをさっさと告げると、呆気にとられる美濃衆を尻目に退出した。


 あとに残された小池らは、自分たちの上洛が早くも信長に知られたことに仰天した。

 秘かに信長を暗殺する予定だったのに、彼らのプランは完全に崩れたのだ。


 もはや暗殺どころの騒ぎではなく、彼らは自身の安全すらわからない状況に追い込まれたと感じていた。

 逃げるか?信長と対面するか?

 その日は夜遅くまで激論が交わされた。


 翌日、暗殺者たちは小川通りに向かった。

 結局丸1日善後策を考えても何も結論が出ず、逃げて臆病者と言われるよりは、と信長に面会に来たのだ。


 信長は彼らと対面すると、開口一番、大音声で凄んだ。


「その方ども、わしを討たんと上洛したそうじゃな。未熟者の分際でわしの命を狙うとは、カマキリが鎌を振り上げて車に向かうような者じゃ。できるはずがなかろう!それとも、ここでわしを討つか!?」


 のっけから威圧され、暗殺者たちは何と答えたら良いかわからず、黙り込んでしまった。

 彼らは蒼白な顔になり、早々に引きあげていった。


 こんな事件が京の目抜き通りで起こったのだから、目立たないはずがない。


「大将の言にあらず」


「いやいや、若者にふさわしい振る舞いよ!」


 口さがない京の町衆は信長を思い思いに評した。


 俺は信長がとった策を間近で見て、ただただ圧倒された。

 暗殺者の虚をつき、最終的には立場を逆転させ、彼らが暗殺を行う機会も気力も奪ってしまった。


 こうなると、役者が違うとしか言いようがない。


 恐らく信長は自分が殺されるなどとはさらさら考えてはいなかっただろう。

 その上で、世間に対しいかに自分を大きく見せるパフォーマンスを演じるか、そのことに知恵を絞ったに違いない。

 そしてピンチをチャンスに変え、大いに自分の名を売ることに成功したのだ。


 しかし、俺はひとつの懸念があった。


(暗殺者を差し向けた以上、美濃の一色義龍は何らかの軍事行動を起こす可能性が高い。早急に帰国すべきではないか。)


 だが、信長は当初の予定を変えず、何事もなかったように京に滞在し続けた。

 たまりかねた俺は、信長に帰国について問うた。


「殿。美濃勢が国を窺っておるやも知れません。早く帰国すべきでは・・・?」


「いや、急に見苦しく帰国いたせば、世に怯懦(きょうだ)(あなど)られよう。まぁ、見ておるがよい。」


 数日後、俺たちは予定通り帰国の途につき、ゆったりと進んでその日は守山で宿をとった。

 ここまで来れば、京の目は届かない。

 もう演技の必要はなかった。


 翌日は雨だったが、夜明けから出発し、相谷から八風峠を越え、清洲まで27里(約106km)の道をわずかな休憩の他は丸1日ひた走り、寅の刻(午前4時ごろ)に清洲へとたどり着いた。


 暗殺失敗と信長帰国をほぼ同時に知った一色義龍は、歯噛みして悔しがった。

 信長を暗殺し、混乱につけ込んで一気に尾張をかすめ取るつもりであったのに、まったく上手くいかなかったのだ。

 義龍は秘かに召集をはじめていた軍を解散せざるを得なかった。


 ……………………………………………………………


※上洛ルート図を図解しました。


☆上洛ルート図

挿絵(By みてみん)


信長の初上洛を2話にわたってお届けしました。


美濃の暗殺者を退けたくだりは『信長公記』に詳しく描かれていますが、まるでドラマを見ているような展開です。


詳細不明な点について筆者が推測を交えて加筆しましたが、おかげで2話分になってしまいました。


次話からはいよいよ桶狭間に向かって話が動きます。

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