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第3話 出家

おそらく今作で最も時間が経過する第3話です。


作中では約16年経過しますが、驚くほどサクサクした読後感が得られます(笑)

 兄の新介に中庭のような場所へ連れてこられた俺は、いきなり木剣を渡された。

 子供用に作られたものなのか、小ぶりで軽く、怪我をしにくいように角が丸くなっている。


「いつでもかかってまいれ。」


 わけもわからず飛びかかっていく。

 だが、簡単に避けられ、次の瞬間鋭い痛みに襲われる。

 すれ違いざまに兄が背中を打ったものらしい。


 その後も何回か打ちかかっていくが、全てかわされ、そのたびに攻撃をくらう。


(こんなん、体格差がありすぎて、勝負にならんやろ。現代やったら、就学前の子供が小学校高学年と喧嘩するようなもんや。)


 そう思っていると、心の内を覗いたように兄が言う。


「そなたはわしに勝てるはずがないと思っておろう。だが、戦場ではどのような手を使っても相手にも勝たねばならぬ。勝たねば己の命はないのだ。」


(言ったな。それやったら!)


 俺はやにわに足元の砂をつかみ取り、ぱっと兄の顔めがけて投げつける。


「うわっ!」


 と思わず両手で顔を覆う兄の向こう脛を、思い切り打ちつける。

 激痛が走ったようで、兄はその場にうずくまってしまった。


(いくら体格差があっても、弁慶の泣き所への攻撃は効くやろ。)


 俺はほくそ笑み、兄に告げる。


「兄上、私の勝ちです。」


「卑怯だぞ、又介!」


「どのような手を使っても勝たねばならぬと言ったのは、兄上ではありませんか。」


「うぬぬ、許せん。」


 どうやら兄の中の何かに火がついたらしい。

 その後はさっきまでと比べ物にならないくらい容赦ない攻撃が浴びせられ、文字通りボコボコにされた。

 いつの間にか傍で控えていた伝兵衛が止めに入らなければ、俺は大怪我をしていたかもしれない。


(痛た・・・。兄ちゃん、大人げないで、まったく。)


 自分の部屋に戻り、りつさんに傷の手当をしてもらいながら、自分の卑怯は棚に上げて兄に毒づく。

 りつさんに聞いたところでは、兄は父から少々やりすぎだとお灸をすえられたらしい。

 兄が俺の卑怯な振る舞いについて言い立てると、父はそれも武士の武略と言うものだと笑っていたのだとか。


 2,3日して傷が癒えると、また兄と木剣の稽古が待っていた。

 連日兄に打ち据えられてべそをかきながら、夢中で木剣を振り回す。


 他の武芸にも通じなければならん、と兄は弓についても教えてくれた。

 何だかんだと世話を焼いてくれる兄は親切だ。本当に弟が可愛くて仕方がないらしい。


 槍については伝兵衛が上手だとして、伝兵衛に教えてもらう。

 若いのに、確かに伝兵衛の槍は名人芸のようだった。

 身長の倍ほどの長さの槍を軽々と使いこなし、手元で縮んだかと思えば、次の瞬間には目にも留まらぬ早技で突き出す。

 伝兵衛の手にかかると、まるで伸縮自在の生き物のような動きをする。


(まるで如意棒みたいやな。とても俺にはこんな真似はできそうにないわ。)


 実際、兄も俺には剣も槍も特別な素質は見られないという意味のことを言っていた。

 だが、弓については大いに見込みがあるらしい。

 父も兄も弓が得意なので、弟の俺もきっと弓の上手になるだろうとのことだった。


 確かに兄も弓が一番上手で、年の割には強弓を引き、狙った場所を射抜く力も並々ならぬものを見せていた。


 しかし、それよりもすごいのは父の和泉守で、俺と兄が二人がかりでも引けないような強弓を引き絞り、百発百中というべき腕前だった。

 老けて見えていたが、父はまだ31歳だそうだ。

 日々の鍛錬の成果もあるだろうが、道理であんな強弓が引けるわけだ。


 父に秘訣を聞くと、何やら哲学めいたことを口にしていた。


「矢を当てるためには、風の匂いをかぎ、その湿り気を測り、心を平らかにし、自然にひょうっと放つのじゃ。」


(何か、野球で言うところの来たボールをバーンと打つみたいな教え方やな。ま、風向きや風力、湿度から矢の飛び方を見定めて射ろってことを言いたいんやろな。)


 結局、自分でその感覚を掴むしかないのだろう。


 俺は来る日も来る日も風や空気の状態を読んで弓を射る練習を繰り返した。

 父や兄が動作についてのアドバイスをくれ、少しずつ技量が向上していくのがわかった。


 そうして1年が過ぎていった。


 その間に元の世界に帰りたいとは何度も思った。

 でも、来る日も来る日も帰るための手がかりさえ見つからない。

 いつしか俺は、この世界で生きる決意を固めていた。


 さて、1年も経てば、色々とある。

 大きな変化と言えば、兄が元服したことと、小さな相棒が増えたことだ。


 俺が転生してから2ヶ月ほど経った頃、兄は武衛様と尊称される斯波義統に仕えることになり、主君の一字をもらって太田新介統定と名乗ることになった。


 元服後、兄は父とともに守護館に詰めることが多くなり、不在がちになった。

 それでも時間を見つけて帰ってきては俺に稽古をつけてくれ、弟である俺に愛情を注いでくれているのがよくわかった。

 前世では兄弟のいなかった俺にとって、初めて兄と慕う存在ができた。

 中身は俺のほうが遥かに年上なのだけど。


 兄の元服から数日後、伝兵衛と伝兵衛の母のたみが小さな男の子を連れてやってきた。

 俺と同い年のその子は青梅丸といい、伝兵衛の弟で、俺の乳兄弟でもある。

 となれば、たみさんが俺の乳母になるわけで、初めて聞いたときには太田家の人間関係の濃さにびっくりしたものだ。

 

 俺たち兄弟の実母はすでに他界しており、たみさんが言わば母親的存在だ。

 やんちゃな新介もたみさんには頭が上がらない。

 また、たみさんにとっても俺や兄の新介は実の子同然の存在のようで、いつもあれこれと世話を焼いてくれる。

 

 青梅丸は俺と一緒に出家することが決まっており、元々学問や行儀作法を優先して学ばせていたのだが、俺が熱心に武芸の稽古に取り組みだしたと聞いて一緒にやりたいと言い出し、根負けした伝兵衛たちが連れてきたのだ。

 兄の伝兵衛に似て、青梅丸は剣や槍の扱いに冴えをみせた。俺たちは毎日泥んこになりながら、武芸を磨いた。


 そして、遂にその日がおとずれる。


 父や兄、伝兵衛らとともに成願寺という寺に連れて行かれた俺は、青梅丸とともに出家することとなった。


 堂内に読経の声が響く中、住職の泰源和尚が剃刀を取り上げる。

 俺は合掌しながら目を閉じ、自分の頭が剃られていくのを感じていた。

 ややあって住職の手が止まり、俺はすべて終わったことを知った。


「法名は功源と授ける。以後励むように。」


 泰源和尚から新たな名をもらい、俺は俗世から切り離された。

 続いて青梅丸も頭を丸められ、青源の名を授かった。こうして、俺達の寺での新生活が始まった。


 成願寺は大きな寺で、寺男が十数人おり、日々の掃除などの雑務をする必要はあまりなかった。

 だが、俺は青源を誘ってすすんで取り組むようにした。結果、寺男たちと仲良くなることができた。


 寺男は近くの村の出身者が多かったが、他国から流れてきた者も何人かおり、彼らの過去の生活や諸国の話を聞き、貴重な知識を増やすことにつながった。

 きっと、いつか何かの役に立つはずだ。


 また、史実の太田牛一は信長の下で主に行政関係の仕事をしていたのだから、文字が書けなければどうしようもない。

 最初ミミズがくねったような文字はなかなか慣れなかったが、2,3年もしないうちにすっかり慣れて読み書きができるようになった。


 文字が読めるようになってからは様々な経典を読み、修行を積むのはもちろんのこと、文字を積極的に学び、寺に所蔵されている書物をかたっぱしから読んだ。

 寺には仏典以外の書物も多く、諸国の風土について書かれた書物、昔寺にいた僧の日記、中国や日本の歴史書、兵法書など文献が豊富だった。


 前世で高等教育を受け、社会人経験も経ていたため、青源ら同年代の誰よりも学問の上達が早く、やがて神童と呼ばれるまでになった。

 前世ではそんな突き抜けた評価を受けたことがないだけに戸惑ったが、悪い気はしなかった。

 大学まで卒業させてくれた前世の両親に心から感謝した。


 また、合間をみて、青源と弓などの武芸の稽古は欠かさなかった。

 いずれ還俗(寺を出て俗世に戻ること)した時に必ず役に立つ。


 兄の新介も伝兵衛を連れてたまに顔を出し、稽古に付き合ってくれた。


 こうして気がつけば、寺での生活は約15年が経とうとしていた。


 その間に、俺はこの世界での将来像をほぼ固めていた。

 せっかく戦国の世に生まれ落ちたのだから、俺は自分が見たこと、知り得たことを書き残し、正しく歴史を伝える者になりたい。

 それだけでなく、「史官」としてのプライドを持ち、権力者にペコペコするのではなく、時には思うことをストレートに言っていきたい。

 例え、その相手が織田信長であっても。


 しかし、そのためには寺から出なければ始まらない。

 本当に還俗できるのか俺が不安になってきたころ、その日はついにやってきた。

とある事情で、牛一は5歳から20歳までを寺で過ごすことにしております。


・・・決して話を作るのが面倒くさくなったからではありません!!


この期間中のエピソードについて、いずれ番外編の形で書ければなぁと思っております。

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