第34話 仮装
信長という男は、普段からジッとしていることがない男だ。
日課の乗馬や水泳などは言うに及ばず、少しでも時間があると、鷹狩りに繰り出す。
さすがに1人駆けはしないが、しょっちゅう手薄な警備で出歩くので、俺の目には暗殺のリスクがメチャクチャ高いように見える。
ただ、本人は自分が殺されることなど、頭から信じていない様子だ。
そして、実際にここまで幾度かあった暗殺の危険を回避しているのだから、彼の運の強さとまるで動物的なカンの鋭さに驚くほかない。
さて、そんな活動的な信長が最も好む趣味は、意外なことに「コスプレ」だ。
自分が仮装して踊るのも、他人が趣向を凝らして仮装しているのを見るのも大好きだった。
信長自身は女装することが多い。
幸若舞の「敦盛」を舞うのが好きだが、時に天女に扮して舞う。
細面でそれほど上背がないから、化粧をするとあまり違和感なく女性に見えた。
現代の女形の役者さんみたいに、着物だと筋肉質の身体つきも隠れて妙齢な美女に見える。
しかし、どちらかと言えば、みんなで「コスプレ」する方が好きなようだ。
弘治3年(1557年)7月、信長は盆踊りを一大仮装パーティーに仕立てようとしていた。
現代で例えれば、ハロウィンの仮装行列みたいなもんだろうか。
元々盆踊りは悪い鬼からの災厄を免れるため、鬼に扮して仲間と思わせて襲われないようにしたり、逆に鬼退治をする存在に扮して威嚇していたらしい。
だから、信長が命じて仮装させた配下たちも鬼や鬼退治をする弁慶の格好をしていた。
具体的には、平手内膳の家来たちが「赤鬼」、浅井備中守の家来たちが「黒鬼」、滝川一益の家来たちが「餓鬼(餓鬼道という世界に住む鬼。決して食欲が満たされることがない。)」、織田信張の家来たちが「地蔵」に扮した。
また、前野長康、伊東夫兵衛、市橋利尚、飯尾定宗が「弁慶」に、祝重正が鷺の格好で鳴き真似をした。
ここに名前が出てきた織田信張や飯尾定宗は遠縁の織田一族、それ以外は信長に仕える侍大将たちだ。
平手内膳や前野長康のように尾張出身の土豪もいるが、滝川一益や伊東夫兵衛のように他国からやってきて信長に認められ、取り立てられた者もいる。
彼らは現時点での信長軍を支える中核的な存在と言えた。
諸将の家来たちの仮装は顔料などで赤や黒に顔・手足を染めたり、面をかぶって鬼などに扮したもので、ハッキリ言って雑だった。
しかし、それぞれ数十人以上いるため、一堂に会するとなかなか壮観な眺めとなった。
一方、弁慶は武将たちが扮装しただけあって、手間をかけて器用に仕上げていた。
また、祝が扮した鷺を近くで見る機会に恵まれなかったが、よく似合い、鳴き真似もよく似ていたそうだ。
何で鷺の仮装をするのかはよく分からんが、鬼と同様に妖怪に扮することで、災厄を招かないようにしたのだろうか。
なお、信長の扮装はいつもの天女だ。
これこそ、盆踊りの趣向から一番外れている気がするが、それにツッコむような野暮な者はいない。
今回の踊りは清洲だけにとどまらず、7月18日には領内の最西部に近い津島に行き、堀田道空の屋敷でも行われた。
堀田屋敷には近在の者たちが数多く集まり、「興行」として大成功を収めた。
津島の人々はよほど嬉しかったらしく、後日津島周辺の5ヶ村の年寄(世話役)たちがわざわざ清洲までやって来て、信長に対して踊りの返礼をした。
よほど練習も重ね、工夫も凝らしたのだろう。
賑やかで楽しいイベントとなり、信長も心から満足した様子だった。
信長は披露を終えた年寄たちをいちいち身近に招き寄せては、「ひょうきんで面白かったぞ!」とか「よく似合っておったわ!」などとフレンドリーに言葉をかけていた。
それだけでなく、手ずから団扇を取って仰いでやったり、「お茶を飲まれよ」と勧めていた。
大名クラスの身分の高い武士が庶民にそのようなもてなしをすることは珍しく、年寄たちは恐縮しつつも炎天下での苦労も吹き飛び、涙を流して喜んでいた。
(信長の趣味全開のイベントに見えるけど、これも信長なりの政治の一部かもしれんなぁ。「興行場所」を考えたら、領内の人心掌握を狙ってそうやもん。)
一大イベントの後片付けを終え、メモをまとめながら俺はそんなことを考える。
今回、このように軍事行動以外で領内を回れたのは、周囲の敵対勢力に対する一連の戦闘に勝利を重ね、情勢を安定させたことが大きい。
となれば、今まで代官や奉行たちに任せきりで後回しになっていた領内の見回りをしようと信長が考えたとしても不思議はない。
恐らく、信長は単純に大人数で「盆踊り」や「コスプレ」をしたいと思いたち、その後でそれを領内統治に活用することを思いついたのだ。
そのことは、開催場所に選んだ津島、その中でも堀田道空の屋敷が示している。
津島の南2里(約8km)足らず、木曽川河口付近の二の江に本拠を置く服部友定が信長に敵対していて、津島は必ずしも安全な地域ではなかった。
二の江付近は濃尾地方独特の輪中と呼ばれる堤防で囲まれた川の中洲になっており、これを攻撃するためには一筋縄ではいかない。
また、服部家は守護・斯波家の被官であり、信長の家とは同格であることから誇り高く、容易に降伏しそうになかった。
服部家をすぐに排除できない以上、信長は津島の町衆の支持を取り付け、防衛力をかさ上げする必要があったのだ。
また、津島の実力者・堀田道空はかつては斎藤道三とも近く、美濃国との縁が深い。
一色義龍が国主となって以降は美濃国は敵となっており、堀田道空を敵に回さないようフォローする必要もあった。
この点、信長は今回の「コスプレイベント」で3つの成功を収めたと言えるだろう。
1つ目は、敵対勢力の侵攻を心配することなく、このようなイベントができる余裕があることを周囲にアピールできたこと。
2つ目は、美濃に近い堀田道空の屋敷を使用することで、堀田家と親密であることを周囲に見せつけたこと。
3つ目は、津島の住人の心をつかみ、支配力をより高めたこと。
対外戦略では武力一辺倒の観がある信長だが、時折こういう思いもよらぬ手をうつ。
また、突然怒りだし、機嫌が悪いときは近づき難い雰囲気をまとっているが、普段は人懐っこい一面があり、対面した人の心をつかんでしまう。
信長という男の不思議さによく分からぬ思いを抱きながら、俺は分析した結果を黙々と記し続けた。




