表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/266

第33.5話 敦盛とは?

大田勇介マタスケ藤田吉郎ヨシローの対話コーナーの第34弾です。


今回のテーマは、敦盛とは?です。


第34話で出てきた「敦盛」について取り上げました。


信長が好んで舞った有名な舞ですので、ぜひご一読ください。

ナレーション

 さぁ、始まりました!親友ふたりによる、夢のひととき。今回のお題は・・・「敦盛とは?」です!!では、おふたり、お願いします。


藤田吉郎ヨシロー

 あつもりって知らんなぁ。何なん?


大田勇介マタスケ

 幸若舞っていう室町時代に始まった舞の演目のひとつやね。信長がよく舞ってたことで有名やねん。「人間五十年、下天(げてん)のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり 一度(ひとたび)生を()け、滅せぬもののあるべきか」って節はよく知られてる。


ヨシロー

 知らんなぁ。どういう意味なん?


マタスケ

 下天というのは、仏教世界で6つある天上界のひとつで、一昼夜が人間界の50年に当たる。つまり、人間界の50年なんて、下天では1日分しかない、夢や幻のように儚い一瞬のこと。一度生まれた者で、死なん者なんかおりはせんって意味になるな。


ヨシロー

 何か悲しい詞やな。


マタスケ

 実は、当時の平均寿命が50年くらいやから、「人間50年=人の寿命は50年しかない」みたいに解釈する人がいるけど、実際は間違いやねん。実際の当時の平均寿命はもっと低いし。ま、どっちにしても悲しい詞なのは変わらんけどね。


ヨシロー

 ちなみに、何で敦盛ってタイトルなん?


マタスケ

 主人公の名前が平敦盛(たいらのあつもり)やからやね。


ヨシロー

 どんなストーリーなん?


マタスケ

 平安時代末期の源平合戦が舞台やね。一ノ谷の戦いのとき、まだ16歳でしかなかった平敦盛が討ち死にした史実をベースにしてる。


ヨシロー

 ほんで、あんな悲しい詞が出てくんのか。


マタスケ

 うん。この戦いが行われたのは今の神戸市の辺りやねんけど、当時ここは福原と呼ばれる平氏の本拠地やった。一時は首都が置かれたこともある重要拠点で、東西に細長く、南は海、北は険しい山が迫ってたから、東西2方向を固めたら難攻不落の要塞となった。


ヨシロー

 それやったら、何で敦盛は戦死したんや!?


マタスケ

 有名な『平家物語』によると、西側の一ノ谷付近の守りが、源氏軍の源義経によって破られ、そこから平氏軍が総崩れになったからや。義経は侵入不可能と誰もが考えた北の断崖を駆け下り、手当たり次第に放火して回った。何が起こったか分からない平氏軍は混乱し、我先にと海に浮かぶ味方の軍船へ逃げた。でも、逃げきれずに海岸などで追いつかれ、討ち取られた平氏軍の将兵が多くいた。そのうちのひとりが平敦盛やったんや。


ヨシロー

 逃げてるときにやられたってことは、後ろからバッサリいかれたってことやな?


マタスケ

 いや、敦盛は海岸まで逃れ、すでに沖へ向かって馬を泳がせ始めていた。そこへ源氏軍の熊谷直実という武士が「敵に後ろを見せるは卑怯!戻ってきて、俺と勝負しろ!!」と呼ばわった。それを聞いて、敦盛は引き返して直実と一騎討ちをすることにした。


ヨシロー

 それって、そのまま逃げたら、良かったんちゃうん!?


マタスケ

 いや、武士は何より名誉を重んじる。卑怯者の汚名を着せられたら、今後の人生が不名誉なものとなってしまう。死ぬよりその方が辛かったんやろ。


ヨシロー

 で、どうなったん?


マタスケ

 歴戦の猛者・熊谷直実とほとんど戦闘経験のない敦盛では勝負にならんかった。直実はたちまち敦盛を馬から組み落とし、首を取ろうと相手のカブトを上げて見ると、元服したてのような年頃の美少年や。直実は自分の名を名乗ってから、敦盛を助けようと考えて敦盛の名を尋ねた。


ヨシロー

 直実って男もよく分からんヤツやな。首取りたいんか、助けたいんか、どっちやねん!?


マタスケ

 実は、直実には敦盛と同じ年頃の子供がいて、しかもこの戦いで重傷を負っていた。息子の負傷に親としてとても心配した直実は、同じように若い敦盛を殺すことができなくなったんや。


ヨシロー

 それで直実は逃そうとしたんやな。


マタスケ

 けど、敦盛はすでに覚悟してたから、「(私は)お前にとって良き敵ぞ。名を知りたくば、後で誰ぞに尋ねてみよ。早う首を打て!」と潔い。直実はやむを得ず、泣く泣く首を取った。直実は武士という因果な家業に嫌気がさし、後に出家して敦盛らの菩提を弔う余生を送った。


ヨシロー

 何とも言えん悲しい話やな。


マタスケ

 『平家物語』はこういう悲哀に満ちてるから、千年経っても語り継がれ、読み継がれてきた。敦盛の肉体は若くして散ったけど、『平家物語』のおかげでその名は不滅となったわけやな。


ヨシロー

 なるほど、後世に名を残す生き様ってのもいいもんやな。よし、俺も明日からそういう生き方するわ!


マタスケ

 ん!?


ヨシロー

 とりあえず、周りのものに名前つけまくるわ!まず、ヨシローハウスやろ!?で、ヨシロースーツにヨシローシューズ。ヨシローバッグに、それから・・・


マタスケ

 何じゃそりゃ!?てか、ヨシローハウスて!!名前残す意味が全然違うやろ!!


ナレーション

 お後がよろしいようで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 熊谷次郎直実は今でも埼玉県の偉人として銅像まであるそうですね。 熊谷姓の人も多いようですが、直系は少ないと思います。 なにせ「く 紛い」
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ