第2話 始動
<登場人物紹介> ※年齢等は本文中の内容です。
太田又介・・・4歳。今作の主人公。太田家の次男。後の太田牛一。大田勇介の転生後の姿。ようやく自分が戦国時代の、しかもよく知る太田牛一に転生したことを認識する。元に戻る方法がわからないため、とりあえず牛一として生きていくことを決意。
太田和泉守・・・31歳。太田家当主。架空の人物。諱は達定。新介、又介の父。尾張国春日井郡山田荘安食村の土豪。尾張国守護斯波義統に仕える。一見厳しそうな父親だが、息子たちには意外と甘い一面も。弓の名手。
太田新介・・・12歳。太田家長男。架空の人物。又介の兄。やんちゃな性格だが、弟のことが大好きで仕方がない。
安食りつ・・・13歳。太田家に仕える下女。架空の人物。安食村の名主の次女で、太田家の分家筋にあたる。いつも微笑みを絶やさず、ほんわかとした雰囲気を持ち、働き者。幼少時より遠縁の安食伝兵衛と婚約している。
安食伝兵衛・・・13歳。太田家家臣。架空の人物。諱は定春。現在は和泉守の近習を務めている。太田家の分家の出で、新介と又介の又従兄弟にあたり、新介の乳兄弟でもある。槍の名手。幼少時より遠縁の安食りつと婚約している。
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主人公が何者に転生したか認識する第2話。
ちょっとずつ物語が動き始めます。
翌日、目が覚めたら、俺は元の世界に戻っていた。
なんてことを期待していたが、残念ながら前の日と同じ部屋だった。
(たぶんこのまま戻る事はできへんのやろな・・・。)
何となくそんな予感がしていただけに、思ったよりも冷静に受け止めている自分を発見する。
本音を言えば、元の生活に戻りたい。
毎週見てたドラマやアニメの続きも気になるし、家族や友達のことも気になる。
彼女の心配もしたいところだけど、そちらについてはまた別の残念な事情があったりする。
いない相手の心配はできないという、残念な事情がね・・・。
あと、仕事のことも少し気になるかな。ついでみたいな感じだけど。
そのうち戻ることができるかも知れない。淡い期待を残しつつ、俺は気持ちを切り替えることにした。
(元に戻れないなら、何とかこの世界で生きていくしかない。冴えない人生をリセットできたと思って、前向きにやっていくようにせんと。)
熱が下がったので、俺は床上げをすることになった。
りつさんは夜中も甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
穏やかな笑みを絶やさず、実にくるくると働いてくれる。
ずっと一緒にいると、その人柄が伝わってきて、俺は彼女に心からの感謝と好感を覚えた。
何もお礼できるものは持っていないけど、せめて感謝の言葉だけは伝えなければ。
「りつさん、昨日からずっとお世話いただき、ありがとうございました。」
俺が頭を下げると、りつさんは目を丸くして驚いている。
「過分なお言葉をいただき、すみませぬ。」
そう言って、りつさんはかえって恐縮しているようだった。
ただ、若干不審がっている様子も見える。
「若様はどこかお変わりになったような気がいたします。まるで憑き物が落ちたような・・・。」
どうも入れ替わる前の又介は年相応のわがまま盛りの子供だったそうで、急に大人びた雰囲気に変わったことに理解が追いつかないらしい。
俺はりつさんの発言にヒントを得て、昔は色々な病の原因が憑き物のせいにされていたことを思い出し、その設定に乗っかることにした。
「昨日悪いものが自分から出ていった夢を見ました。ひょっとしたら、本当に憑き物が落ちたのかもしれませんね。」
「それはようございました。しかし、若様のお気遣いはありがたいのですが、私のような者にそのような過分なお言葉は無用でございます。もっと威儀を正してくださいませ。」
りつさんによると、主人が配下に気を遣いすぎては関係が成り立たないらしい。
現代日本で周囲への気遣いを意識して生きてきた俺としては違和感があるが、これが身分制社会というものなのだろう。
(りつさんなら信用できそうだし、知っていることを何でも教えてくれそうやな。色々知りたい情報について聞いてみるとするか。)
「りつさん。私は憑き物と一緒に自分のことも忘れてしまったようなのです。今が何年で、ここがどこなのか。自分が誰で何歳なのか教えてもらえませんか。」
「先ほども申し上げたとおり、私に過分なお気遣いは無用でございます。りつ、とお呼びくださいまし。」
「では、りつ。教えておくれ。」
「今年は享禄3年でございます。そしてこちらは尾張国春日井郡山田荘安食村、太田和泉守様のお屋敷。若様は和泉守様のご次男、又介様でいらっしゃいます。4歳におなりですよ。」
りつさんは丁寧に教えてくれた。
享禄3年という年号が西暦では何年になるのかわからないが、それ以外の情報にはピンときた。
又介は太田牛一の通称、安食村は牛一の出身地だ。
どうやら俺は太田牛一に転生したのではないか。
俺は前世での記憶を必死にたぐった。
(前世の最後の年は西暦2013年。たしか太田牛一の没後400年の節目の年に当たっていたはずやな。つまり牛一は1613年に亡くなっている。享年は86歳やったから・・・生まれは1527年となるな。今かぞえで4歳なら、享禄3年は西暦1530年になるはずだ。)
さらに聞くと、昨日部屋に来た新介という少年は俺の兄で、歳は12歳だという。
俺の目には10歳くらいに見えたが、現代の子供とは発育状況が違うらしい。
新介はやや気性が激しいところはあるが、弟の俺を溺愛し、俺もよくなついているという。
また、りつさんは安食村の名主の次女で、大人びて見えるがまだ13歳だという。
だが、すでに幼少期から決められた遠縁の伝兵衛という婚約者がいるのだとか。
現代人の感覚からすれば早すぎるように思うが、この時代では特に珍しいことではないらしい。
なお、りつさんの実家は安食姓を名乗っていて、数代前に分かれた太田家の分家になるそうだ。
「それでは、私は若様がお目覚めになったとお伝えしてまいりますね。」
そう言って、りつさんは静かに部屋を出ていった。
(何とか無事に情報をゲットできたけど、今後は言葉遣いとか振る舞いとか気をつけなきゃな。英語とか関西弁出ちゃうのもマズいし。ちょっとずつでも、この時代に溶け込む努力をしないと。)
しばらくして、若い侍がやってきて、殿様がお呼びですと告げた。
侍の名を聞くと伝兵衛といい、父の近習を務めているらしい。
まだ十代半ばくらいに見えるが、やけに落ち着いていて顔の表情の変化に乏しい感じがする。
歳を聞くと13歳と答えた。ピンときて確認したら、やはりりつさんの婚約者の伝兵衛だった。
太田家の分家の多くは安食を名乗るらしく、伝兵衛も安食姓だった。
伝兵衛は俺の又従兄弟にあたり、兄の新介にとっては乳兄弟になるという。
そう言えば、昔の支配階級の家では生母が授乳や育児をせず、乳母に任せていたと何かで読んだのを思い出す。
当然お乳が出る女性が選ばれるため、乳母にも同じ年頃の子供がいて、時には実の兄弟よりも強い絆で結ばれる関係になったらしい。
新介と伝兵衛もそんな関係なのだろう。
そんなことを考えながら伝兵衛に連れられて廊下を渡り、12畳ほどの広間に着いた。
奥に敷かれた敷物の上に父の和泉守が座り、俺から見て右手に兄の新介が座っている。
俺は部屋に入るとあぐらをかき、頭を下げた。
時代劇ではこんな時にどうやってたか、もっとちゃんと見ておくべきだったと軽く後悔した。
「おはようございます。」
「うむ。すっかり良くなったようだな。」
父が声をかけてくる。何とか所作を見とがめられずに済んだようだ。
「聞けば、憑き物が落ちたとか。確かに少し大人びたようじゃのう。」
どうやら俺の設定を信じてくれたらしい。
「さて、又介よ。快復したならば、かねての手はずどおり、そちを寺にやらねばならぬ。」
元々俺は寺に入れられる予定だったらしく、父はそれを口にする。
(そう言えば、牛一は幼少時を寺で過ごし、出家していたと聞いたことがある。次男坊やから寺へ入れられたのか。となれば、兄の新介が後継ぎということやな。)
「我が太田家は小身なりと言えど、武衛様の被官としてお仕えする家。しっかり行儀作法や学問を修め、将来は兄を助けて武衛様にお仕えするように。」
(確か武衛様は尾張守護の斯波家のことだよな・・・。牛一の家は土豪と聞いていたが、直臣だったのか。俺には僧として文の道での役割を期待しているということらしいな。けど、牛一は弓の名手として信長に見いだされたはず。武芸も磨いておかないと。)
「承知いたしました。ですが、ひとつお願いがございます。」
「何じゃ。」
「武士の子ならば、武芸も修めておかねばなりません。寺での修行の前に、私に武芸を教えてください。」
「武芸をか。・・・良かろう、ならば寺へやるのは1年延ばし、その間にみっちりと武芸をしこんでやろう。」
そう言って、あっさり父は許してくれた。頬が少し緩んでいるのを見ると、息子の申し出が嬉しかったらしい。
「父上。それならば、それがしに又介の稽古をお申し付けくださいませ。」
今まで黙って座っていた兄の新介が声をあげた。
「うむ。では新介に申し付けよう。頼んだぞ。」
「では、早速稽古を付けてまいります。ごめん!」
言うやいなや兄は立ち上がり、俺についてこいと言って慌ただしく部屋を出ていく。
俺は慌てて立ち上がり、その後をついていく。
息子たちの騒々しさに苦笑しながら、和泉守はつぶやいた。
「又介も武門の子じゃな。太田は弓で聞こえた家、血は争えぬということかの。」
今回は過去2話より長めです。
今後はこれくらいの字数で毎話投稿していこうと思っております。
しばらく狭い太田家の中で物語が続きますが、主要な架空人物は最初の5話くらいまでにだいたい登場させる予定ですので、じっくりお読みくださいませ。